えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・火あぶりの席

2017年12月09日 | コラム
 階段を下りた地下の喫茶店には、中庭に続くガラス扉から伝わる冷気が広がっていた。その出窓の側で暖炉が明るく火を立てている。薪に火が回るにつれて木肌が白い灰になり、崩れては赤く光って熱をためていた。暖炉の前の四人席が空いていたのでそのまま座りこむと、身体の片側が熱くなった。もう片方は忍び寄る外気で冷えてゆく。身体をひねってもう片側にも火を当てた。黒い上着の脇腹が焦げたように温まっていた。

 天窓を見上げると煙突から薄い白煙が空に溶けて広がる。火がゆらめくと火の子は煙に吸い込まれ、じくじくと薪の皮がはぜて燃えていった。暖炉の底には白い灰が積もっている。この灰は季節が過ぎると売り物になるそうで、常客の茶道の先生が持ってゆくのだという。純粋な木灰が欲しいと季節が過ぎたころに取りにくるらしい。火が静まると、店の主人が握りこぶしほどの太さの薪を三本くべた。すっかり炭で黒く染まった火ばさみで薪の並びを崩すと、空気が間隙を縫って押し寄せぼぼぼ、と音を立て火炎があがった。赤い炎が数十秒もせず立ちのぼり、熱気が一気に押し寄せた。それでも炎と火の粉は真っ直ぐに煙突へ向かい、熱だけが暖炉からやってくる。「暑い」ではなく「熱い」。

 席を四つためし、暖炉から一番離れた席にぽつんと座っていると、立て込んだ客があっというまに席を埋めていた。席に座った人の背後から、七歳くらいの男の子が珍しそうに火を覗いている。喫茶店は変わらずに寒く、何かとない用をつけて客たちは次々暖炉の側へ寄っては離れ、寄っては離れと動いていた。エアコンが壊れてしまって、電気屋をこれから呼ぶんですよ、と、奥で主人が笑う声を聞きながら、私は一番暖炉に近いせいで誰も座らない席へコートを掛けた。店を出るころには背中がカイロのように温まっていた。

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