えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・新商品哀歓

2020年06月06日 | コラム
 昔、バスキンロビンズの十二個入りの箱を開けて最後まで取り残されているフレーバーがチョコミントだった。ポッピングシャワーなど着色料とりどりのアイスクリームとは明らかに異質の、「歯磨き粉に似た」においに狼狽し、手を付けずに時間が無駄に過ぎてアイスが溶けるころ、やむなく親が嫌そうに平らげてはお土産を持ってきた親戚へ軽く文句を言う。歳を重ねてからある時いきなりチョコミントを食べるようになったきっかけは忘れてしまった。かつて嫌いだった極端な薬臭さが薄れ、サクマのハッカドロップのようにミントの鼻を通る香気が自然のものに近くなったせいかもしれない。いずれにせよ一つの種類としてずっと食べやすくなったが、私の周りでは私しか愛好する人はいない。

 そのチョコミントアイスと共に、意外にもいちごアイスクリームを買う人がいるのだという。ならば融合させてしまえばよいと考え、実現にこぎつけた商品が赤城乳業「いちごチョコミント」だ。今年三月に発売された。公式サイトによると味はさっぱりわからなかったが、企画立案者は八年前に世を席巻した「ガリガリ君コーンポタージュ味」の発案者で、熱意のあまり企画提案を終えた後に倒れてしまったらしいと並々ならぬ意気込みが語られている。それだけ自信があるのならばさぞや売れているのだろうと在宅仕事の合間に散歩がてら近所のスーパーやコンビニを少しずつ回った。どこにも置いてはいなかった。インターネットで「いちごチョコミント」を検索すると予測候補に「どこ」「コンビニ」など、探索に苦労している人々の影が見え隠れする。会社の知人にこぼしたところ、次の日に自宅近所のスーパーで見つかったとの報告を受けた。「おいしいですか」とウェブサイトで自信なさげに問いかける前に味の売りをもう少し書いていただきたい。とにかくいちご果汁とチョコミントアイスクリームを融合させたという仕事っぷり一本を打ち出す姿勢は強気なのか弱気なのか読み切れない。

 意地でも味のレビューを読まないまま二か月近くが過ぎた。知る限りのスーパーとコンビニのアイスクリーム売り場を覗き込んだがない。各地で目撃情報の多いショッピングセンターの巨大なアイスクリームケースの中には昨年発売された「ラムレーズン」が大量に売られていたが肝心の「いちごチョコミント」の薄い桃色のパッケージはどこにも見当たらない。この「ラムレーズン」はアイスミルクながらラム酒の風味が効いていて、ハーゲンダッツの半額ながら舌触りもよく食べよかった。何度か通ったが「いちごチョコミント」が入荷される気配はいっこうにない。
 悶々と頭の片隅に探し物を入れていると、探し物に関連づいたものを探す視野も広がるようで、少し遠回りをしようと入った脇道の奥にさりげなく「ローソン+スリーエフ」の、生鮮食品を扱うスーパー並みに広い売り場があった。かなり前にもコンビニがあったように記憶しているが、店の前に地元の野菜を山積みにしている現在はそこがコンビニであることを忘れていたので通らなかったのだろう。その頃には発売から三か月が過ぎており、半ば期待薄く店に入った。数メートルほど離れたところからもわかるほど目立つ薄桃色のパッケージが置かれていた。店にあるだけを買い占めて溶けないようバスで帰宅する。

 冷凍庫でゆるんだアイスクリームをもう一度冷やし直し、おやつ時にいただいた。「あの風味」の代わりにいちご果汁の甘酸っぱさが効き、ミルクの濃さが夏の始まりには程よく、後味のミントが喉を過ぎる不思議な味わいだった。チョコミントに懐疑的な数人に食べさせたところ、半分がチョコミントを見直し、半分が「いちごチョコアイスではいけなかったのか」と意見が割れた。個人的にはひっそりと売れ続けて欲しいが、買いためたアイスを補充しようと同じ店に行ったところ、最後の売れ残りとおぼしき一つが他のアイスのパッケージの合間できまり悪そうに置かれているばかりだった。

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