えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

:レンブラントの帽子 バーナード・マラマッド 夏葉社

2010年08月04日 | コラム
:レンブラントの帽子 バーナード・マラマッド 2010年5月 夏葉社

 やりとりの作家である。短編集「喋る馬」の表題、かつては本書の一部をなしていた「喋る馬」でも、マラマッドは真剣勝負じみた意地の張り合いで離れられないでいるふたりの対話を本流に置きながら、翻弄されようとする読者の足元に固定された話の飛び石を置いてぽんぽんと対岸に歩かせていた。鈍重な体つきと毛並みの馬が、最後、森に走り抜けて行く後姿で揺れている鬣と尾が、はずむ足取りにあわせてふさふさと左右に揺れる様はあくまで軽やかに仕上げている。本書でもしんにょうを書く毛筆のように力強くたわめ、一気に最後に向かってはらいきる話のかろやかさはかわらない。

 本書「レンブラントの帽子」は、表題「レンブラントの帽子」「わが子に、殺される」の短編二つ、中篇「引き出しの中の人間」の三作からなる短編集だ。中の「引き出しの中の人間」作者のバーナード・マラマッド(1914~1986)は、すぐれた短編に与えられるO・ヘンリー賞を受賞した。もとは1975年に出た集英社の本で、こちらには先の「喋る馬」ほか8篇が収録されており、本書はその中から三本を選んで再収録したものなのだ。どの作品でも、主人公の男たちは不器用に相手と向かい合う「レンブラント~」の二人の美術教師、「引き出しの~」の旅行者とタクシー運転手、「わが子~」の父子、男同士が互いの体をかすめながらことばをぶつけあっている。

『「これは、美しい彫刻ですなあ」アーキンは、しぼり出すような思いで口をきいた。「この部屋の中じゃ、最高じゃないですかね。」怒りに上気した顔で、ルービンは彼をにらみつけた。(中略)どういうものか、いつもの灰色が買った目の色が、今は青く見える。その唇がヒクヒクと動いた。が、言葉は出てこなかった。』(「レンブラントの帽子」より)
 告げる側の口を開くときの気まずい思いと、受け取る側がことばを消化する間。マラマッドの計算された歯車でありながらも、その吐息には空間が間違いなく存在している。理屈めいたきっかけぬきに行われる変化の描き方が、マラマッドは抜群にうまい。

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