えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・『還願』雑感 ※ネタバレがあります

2021年04月10日 | コラム
 かつて『返校』を勧めてくれた知人に『還願』の再販を伝えると喜んでその日に購入したと報告があった。それきり音沙汰が無かったので忙しいのだろうと放っておき、年度末の慌ただしさに紛れて話題にする余裕も無くなっていった。少し余裕が出来たので会話の合間に『還願』へ触れると、返事は「予想以上に怖すぎてまだクリアしていない」とのことだった。日常の延長に恐怖が待ち構えていることが怖いのだという。

『返校』は序盤から主人公は幽鬼達の待ち構える奇妙な世界へ巻き込まれてゆくが、『還願』の始まりは古めかしい雰囲気の自宅でテレビを前にした夕食というありふれた光景だ。けれども家族が家からいなくなるという静かな異変を皮切りに、安心をもたらしていた家庭は主人公の手の中から壊れて失われてゆく。

 アパートの一室である自宅の玄関を開くと、他の部屋や階段、エレベーターがあるはずの廊下は壁に挟まれた一本道となり、道の奥は暗い。先へ進むと何故か出てきたばかりの自宅の玄関の前に戻っている。家に入り直しても誰もいない。廊下で見かけた赤い傘と赤いチャイナドレスの幽霊を振り切って家を探し回っても、求めるものは見つからない。一方で脚本家である主人公のスランプと、スランプを克服出来ず困窮に悩まされる家庭と、原因不明の病に苦しめられる娘、と、過ぎたはずの波風がまた主人公の前へ時に象徴的に、時に直接的に現れる。プレイヤーは彼の視点から三人家族のもつれを眺めさせられる。

 無論、不意に登場する幽霊や突然閉まる扉、振り向くとこちらに近づいているマネキンなど、音や映像で怖がらせたり驚かせたりする仕掛けはむしろホラーに慣れている人ならば素直に現れすぎて微笑ましいのかも知れないが、変に捻くれずにじわじわと迫る怖さを本作は直球に投げつけてくる。家を壊してしまった原因そのものは、怪異ではなく私達の日常にも続いているようなある行いなのだ。むしろ怪異によって和らげられているのではないかと思うほど、切実な苦しみにプレイヤーは苛まれる。それが世界中で『還願』というゲームのお話が読み続けられている理由だと思う。

 知人にどこまでゲームを進めたのかを尋ねると口を濁した。まさかソファから立ちあがって部屋から出ていないという ことはありませんよね、と聞くと、「いや、出たら怖いことが待っていると分かっていても出られないんです」と素敵な返答をいただいた。次に会う頃にはせめてドアを三つほど開けてほしいと内心願いながら、実況動画でお茶を濁したいという知人の気持ちもわからなくはなかった。知人は「アクションはホラーの緩衝材だと思います」と締めくくった。

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