読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

シャルロッテ・リンクの『失踪者(上・下)』を読んで

2017年05月29日 | 読書

失踪者』(原題:DIE LETZTE SPUR)

        著者:シャルロッテ・リンク(Charlotte Link)
        訳者: 浅井 晶子    2017.1 東京創元社 刊

  

     2003年1月、濃霧ですべての便が欠航となったロンドン・ヒースロー空港で一人の若
 い女性が途方に暮れて泣きじゃくっていた。見かねた中年の弁護士が気の毒に思い自宅
 に一晩泊めてあげた。
  翌日空港へ向かう地下鉄まで送ってあげたその女性が何故か行方不明となった。

  これがこの物語『失踪者』の発端である。
  行方不明となった女性エレインはロンドン近郊の田舎村に住み、ジブラルタルで結婚
 式を挙げる幼馴染のロザンナに招待され、初めて都会に出るという大冒険の旅だった。
  エレインは事件に巻き込まれたのか、家と村の束縛から逃れるために自ら姿をくらま
 したのか。

  エレインが失踪してから5年の歳月がたった。ロザンナはいまだに行方不明のままの
 エレインの事が気にかかって仕方がない。親切心で招待したばかりにこんなことになっ
 てしまった。夫との間がうまくいっていない中でかつて勤めていた週刊誌の上司からの
 勧めもあってエレイン失踪事件を含め「その後あの人は」の企画に乗って、本格的にエ
 レイン失踪の真相究明に乗り出す。
  しかし最後にエレインと接した当の弁護士に会って話を聞いても謎は深まるばかり。

  登場人物は少なくはない。ロザンナの夫デニス。その連れ子のロブ。その母でマリー
 ナ。ロザンナの兄セドリック。事故で車椅子のエレインの兄ジェフリー。エレインを泊
 めた弁護士マーク。事件のせいで離婚したその妻ジャクリーンと二人の息子ジョシュ。
 エレインの旅券を持っていた女性パメラ。その愛人で暴虐な男ピット。

  実は5年前のレインの事件があったころ、娼婦殺人事件と凄惨な若い女性の殺人事件
 があった。弁護士マークは新聞・TV 等でその犯人に擬せられて散々な被害を受けた。
 ロザンナはマークと一緒に真相究明に駆け回っているうちにたがいに惹かれあって深い
 仲になる。

  最終章で事件は意外な展開を見せる。 

  実はこの本には複雑な謎解きもサスペンスや凄惨な描写もない。むしろ魅力なのは、
 主人公ロザンナをはじめ、その夫デニス、有力な容疑者弁護士マーク、父親と自分を
 捨てた実母に反発しロザンナを慕う義理の息子ロブ、謎の女パメラなど登場人物の人
 柄、心理、葛藤などが丁寧に描かれ、彼らの心理状態や人格の多面性を追うことでス
 トーリーの展開に厚みが与えられている点であろう。

  作者はドイツ人であるが好んで舞台を英国などに求め、本書でも登場人物はイギリ
 ス人だけという念の入れよう。テムズ川やロンドンの濃霧、郊外の田舎の様子が巧み
 に描写されている。
  2003年発表の『沈黙の果て』(邦訳2014創元推理文庫)、2015年の『欺かれた女』
 (未訳)もぜひ読んでみたい。

                             (以上この項終わり)

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