【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

大和と武蔵

2019-07-24 07:03:50 | Weblog

 戦艦だったら絶対に「大和」で、武蔵は影が薄いのですが、剣豪だったら、断然「武蔵」で大和は印象が薄くなります。なんでこんな“使い分け"を日本人はしているのでしょうねえ。

【ただいま読書中】『戦艦武蔵 ──忘れられた巨艦の航跡』一ノ瀬俊也 著、 中央公論新社(中公新書2387)、2016年、860円(税別)

 戦前の陸軍は精神主義で海軍は合理主義、という話がありますが、実際の日本帝国海軍も実は精神主義で組織防衛が国益に優先でした(だからワシントン会議で16インチ砲戦艦を最初は日米英が各1隻という案だったのを海軍は蹴り、日米英が2:3:3という比率にしました。兵力比率で不利になりますが、「艦長職」や「予算」は倍となりますから)。最有力の仮想敵は当然アメリカですが、そこに勝利するためには、アメリカが太平洋艦隊を押し出して艦隊決戦をしてくれることが大前提とされ、そこで勝つために最新鋭の魚雷や大和・武蔵が構想されました(アメリカ海軍が日本に都合よく行動してくれるか、の議論はなかったそうです)。
 戦艦建造は大変です。夢と理論と予算とを高いレベルで折り合いをつける必要がありますが、妥協の産物は全てにおいて中途半端となってしまいます。しかも国際情勢は急激に変化し、軍事技術や作戦も進化します。設計図が引かれ始めたときと進水の時とで、武蔵を取り巻く「世界」は大きく変わっていました。
 米軍の反攻は、航空機を中心とする勢力で制空権・制海権を確保、その上で孤立した島を一つずつ潰す(あるいは触らずに迂回する)方法でした。艦隊決戦はしてくれません。パラオ泊地にいた武蔵や他の艦船は、空襲を予想して本土に撤退します。呉で15.5センチ副砲塔を除去して対空火器を増設しました(大和は副砲塔の跡に12.7センチ連装高角砲を積みましたが、武蔵は高角砲の生産が間に合わず25ミリ3連装機銃でした)。アウトレンジで主砲を撃ち合った後接近してくる敵の駆逐艦などに対して使うのが副砲ですから、「艦隊決戦はもうしない(できない)」とこの工事は物語っています。
 さらにこの戦艦部隊を何に使うかと言えば、空母部隊の護衛です(この時日本にどのくらい空母が残っていましたっけ? 4隻だったかな)。戦場はフィリピン。フィリピンに上陸しようとする米軍部隊に一撃を加えたら恐れ入って講和をするだろう、というまるでファンタジーのような“構想"によって水上部隊は(飛行機の護衛なしで)出撃します。米軍の主力はもうすでに上陸を済ませていたのですが。
 武蔵は6次に渡る激しい空襲を受け(他の艦より巨大で目立つからか、ほとんど被害を一手に引き受ける形だったそうです)魚雷20本爆弾17発を受けて沈没しました。戦前の思想では、艦隊決戦で魚雷を3発までくらうことは想定されていましたが、飛行機が続々魚雷や爆弾をぶら下げて群がってくることは想定外だったのです。さらに対空射撃は手薄で、さらにさらに、対空砲の兵員は実戦前に実弾射撃の経験がありませんでした。実弾は貴重なものだから訓練なんかで浪費はできなかったそうで、模型の飛行機を紐でぶら下げて移動させるのをホースから放水して命中させることが「訓練」だったそうです。
 漂流している武蔵の生存者(1367名)の一部は駆逐艦・浜風に救い上げられ、ルソン島に上陸(沈没から救助された船上での、帝国軍人らしからぬなんとも切ないエピソードが残されています)。そしてフィリピンに上陸した生存者はほとんどが“口封じ"のためかそのまま最前線に投入されました。大和はレイテ湾への突入を目前にUターン。ここで「武蔵は沈んだが大和は生き残った」ことが、後世の「大和と比較して武蔵が冷遇される」風潮を形作ったのかもしれません。
 戦後「敗戦の責任者探し」が行われましたが、そこで有力候補とされた一つが「大艦巨砲主義」でした。たしかに今でもこの言葉にはネガティブなイメージがべったり貼りついています。しかし「大和」に技術立国の誇りを見いだそうとする心情もずっと残されています(呉の大和ミュージアムには、そういった意味の記述が多くあります)。敗戦国民の心理は、複雑です。ちなみに「大和・武蔵がのちの日本の技術立国の基礎として貢献した」という主張に対して「大和・武蔵は戦前の技術の集大成(新技術の開発は実はそれほど多くない)」という主張が本書ではぶつけられています。
 戦後の「大艦巨砲主義批判」と「大艦巨砲主義批判・批判」について、著者はフェアな態度を取ろうとしています(ということは、両方の論者から「お前は敵だ」と見なされることになりますが)。ただ、「戦争」という“ファンタジー"や「戦後の復興(高度成長)」という“神話"には、それぞれ“生きたシンボル"が必要で、そこに大和や武蔵が(“本人(本艦)"や関係者の意向は無視して)はめ込まれてしまったことは確かでしょう。
 興味深いのは、「宇宙戦艦ヤマト」や映画「男たちの大和」はあるのに「武蔵」を“主人公"にしたアニメや映画が制作されないことです(「宇宙戦艦ムサシ」という小説はあるそうですが、なんともしょぼい内容だそうです)。戦争という“現場"にいる人でさえ“ファンタジー"や“神話"に逃避します。ならば、戦争を知らない人間が最初から“ファンタジー"に固執するのも無理はないでしょう。ただ、少しでも事実を知っていたら、ファンタジーに浮かれて次の戦争に突入する危険性が少しでも減らせるかもしれません。