さすらうキャベツの見聞記

Dear my friends, I'm fine. How are you today?

文章 (3)

2010-05-29 23:54:17 | ひとこと*古今東西
 ですから、文章練習法を訊かれたとき、わたしは翻訳をすすめることにしてゐます。
翻訳と言つたつて、何も長編小説を一冊、訳すなんてことはしなくていい。
したつてかまはないけれど。
何かあなたが外国語のものを読んでゐて、ひどく感心した個所があるとする。そしたらその部分を訳すのです。


 たとへば小説のなかの女主人公の手紙が気にいるとする。それを訳す。新聞に出てゐる外国の総理大臣の演説に感銘を受けるとする。それを訳す。どちらもさう滅茶苦茶に長いはずはないから、まあ手ごろでせう。が、しかし訳してみると意外にむづかしいんですね。原文の意味は出せても、色調や味や香りは出せないのです。そして色調や味や香りがうまく出せないと、不思議なことに意味内容も何だか嘘みたいに見えて来る。


             (丸谷才一;「文体を夢みる」より一部抜粋、「私の文章修業」,朝日新聞社)
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