
この場面、どの画家のも「その当時、イスラエルの一般的な家は、そんな背景じゃなかっただろ~」と思うようなものばかり、加えて、なにやら厳(おごそ)かに書かれていることが多いケド・・・

というわけで、御使いが、
「おめでとう、恵まれた方。主(しゅ:神様のこと)があなたとともにおられます」
とマリヤに挨拶をし、おめでた宣言をして、イエスと名づけるようにと言ったとき、

夫となるはずのヨセフが悶悶(もんもん)と悩んだのもムリはない

・・・・・・・・・・・現代の「できちゃった婚」や「不倫」の比ではないんだから。
それに、一体、誰が「処女が男の子を産む」なんて信じる

だが、
マリヤはこのあと、
「ほんとうに、わたしは主(しゅ)のはしため 1)です。
どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように」
と言って、その信じられないことを受け入れ、
ヨセフは、夢のお告げで言われたとおり、マリヤと結婚する。
・・・・・・・・・・すごいね。
(新約聖書・マタイの福音書1章、ルカの福音書1章参照

そして、もっとすごいことに、このことは、その数百年前から神様が告げられていたことの一つだったらしい。

「さあ、聞け。ダビデの家 2)よ。・・・・主(しゅ)みずから、あなたがたに一つのしるし 3)を与(あた)えられる。
見よ。処女が身ごもっている。そして、男の子を生み、その名を『インマヌエル』と名づける。」(イザヤ書 7:13-14)





【注】
1)はしため:本当は、召使いの女、という意味だが、この場合、マリヤがとても謙遜して用いている。
謙遜ということばはふさわしくないかもしれない。
というのも、実際のところ、「自分は、神様のしもべにすぎない。御前に出る資格さえ、ない」というのが、神様を知っている人々のフツウの感覚のことが多いのだから。
2)ダビデの家:イスラエルの民、全体を指す。
3)しるし:奇跡のこと。