スルバランの「神の子羊」という絵画(上↑)見たことありますか?
以前美術館でこれを見たとき、「おおっ」と感じたことがありました。多分聖書知らん人には「ナンだ、これ」でしょうけど

知っているのと知らないのとでは楽しみ方も雲泥の差。

追記のようなものですが、過越の祭りでささげられるのは、
「傷のない雄の子羊」。
傷がないってものはごく限られます。ついでに、羊より子羊のほうが美味いものですw
大事に、大事に、育てて、1歳のときにほふられるのです。
さて、イスラエルの人びととエジプトの人びと、どうしてこんな待遇の差があったんでしょう?イスラエルの方が奴隷だったから? いやいや、奴隷はイスラエルだけではなかったでしょう。
決定的な違いとなったのは、「門柱とかもいに塗った子羊の血」。自分たちが死ぬ代わりとなる「いけにえ」があるかどうかでした。
「傷がない」というのは、人間では「罪がない」ことに通じます(神様から見たら)。自分たちが死なないためのいけにえには、罪のないモノでないといけない。
「見よ。世の罪を取り除く神の子羊」
(ヨハネの福音書1:29)と言ったのは、イエス様を来られるのを見たバプテスマのヨハネ。そんなこんなで、イエス様は「子羊」にもたとえられます(^_-)
そういうわけで、もしも、パン裂き 1)の祈りの最中などに「ほふられた子羊」なんて言葉が、兄弟 2)の口から出たら、「イエス・キリストのことを言っているんだな」と思ってください。私たちの罪の身代わりとして、イエス様が十字架にかかられたことと、罪のためのいけにえの子羊とをかけて言っているんですヨ
【注】
1)パン裂き:日曜日、パンとぶどう酒をもって、イエス・キリストの十字架の贖(あがな)いを覚えて(=記念して)、神様に皆で礼拝する集まり。このとき、自分が所属している地域集会に集まって、パン裂きを行う。キャベツの場合、今、府中キリスト集会。
もし、出張などで他の地方に行き、別の集会のパン裂きに出席するときは、自分の今おかれている集会から「紹介状」を書いてもらって参加します。
2)兄弟:クリスチャンの男性を指す。クリスチャンの女性の場合は、「姉妹」。