紅白で印象に残ったのは、椎名林檎とトータス松本のデュエット「目抜き通り」だった。
この曲は「日本の夏」を歌っている。
なぜ?
見えているのは、東京五輪。
ふたつの意味での東京五輪。
過去と未来をつなごうとしている。
もちろん、椎名林檎自身の戦略がある。
でも、そんなことだけじゃない。
政治が彼女の歌を求めている。
社会は求めていないかもしれないけど、それでも、時代の感覚と確かに一致している。
政治家や官僚の話を聞くと、面白いくらいみんな一致しているのが、東京五輪をひとつの目途にしていること。
そこがひとつのピークになることが前提で、それ以降にどこまでその成果を定着させるのか、という話ばかりする。
もうひとつ重要なのが、敗戦だ。
1945と2011。
この曲は、明らかにそれも意識している。
占領下でジャズがポップスになったあの時代の曲調であり、ミュージカルが再ブームとなった今の時代でもある。
「不幸だった訳が分かっている今は」という歌詞にあるように、
この曲は人生がうまくいかなったところから、今それを変えよう、という内容だ。
こんなに景気が良いというデータばかり流される昨今だが、なぜ日本社会はこんなにどんよりしているのだろう。
本当に興味深い。
その答えもみんな分かっている。企業の内部留保ばかり大きくなって、給与は増えないし、若年層の労働環境最悪だし。
人口減るし、国際環境やばいし、大企業つぶれるし。
企業はもちろん、公務員も政治家も人材不足で笑えるくらい薄い人材の層。
守りに徹しようとしているけど、ジリ貧だけど、攻めに転じるのも怖いし。
社会全体が怖がっている、鬱になっている。
だから、「目抜き通り」は歌う。「最後の日から数えてみて」と。もういい加減、腹を決めろと。
そして、「飛び出しておいで目抜き通りへ!」と宣言して終わる。
過去を修正しながら、忘却しながら、でもノスタルジーに浸りながら、未来を見つめながら、
何かをしなくちゃいけないから、僕たちは五輪をやる。
前向きになる方法も忘れてしまって、希望は90年代からずっと失ったままだけど、
でも、僕たちは五輪をやる。
欧米のメディアでは、ここ数日、日本の女性に対する暴力が全力で報じられている。
恒例のコメディ・プログラムでは、顔を黒塗りにして黒人に扮装した芸人さんが出て、
それがまたツイッター経由で海外に流れ、人種差別として報じられている。
欧米の欲望、つまり日本が野蛮であれ、という欲望と、
実際、ある面で衝撃的に暴力的な日本社会が、
仲良く手を取り合って、前に進む。
でも、五輪は行われる。何事もなかったように。
この曲は「日本の夏」を歌っている。
なぜ?
見えているのは、東京五輪。
ふたつの意味での東京五輪。
過去と未来をつなごうとしている。
もちろん、椎名林檎自身の戦略がある。
でも、そんなことだけじゃない。
政治が彼女の歌を求めている。
社会は求めていないかもしれないけど、それでも、時代の感覚と確かに一致している。
政治家や官僚の話を聞くと、面白いくらいみんな一致しているのが、東京五輪をひとつの目途にしていること。
そこがひとつのピークになることが前提で、それ以降にどこまでその成果を定着させるのか、という話ばかりする。
もうひとつ重要なのが、敗戦だ。
1945と2011。
この曲は、明らかにそれも意識している。
占領下でジャズがポップスになったあの時代の曲調であり、ミュージカルが再ブームとなった今の時代でもある。
「不幸だった訳が分かっている今は」という歌詞にあるように、
この曲は人生がうまくいかなったところから、今それを変えよう、という内容だ。
こんなに景気が良いというデータばかり流される昨今だが、なぜ日本社会はこんなにどんよりしているのだろう。
本当に興味深い。
その答えもみんな分かっている。企業の内部留保ばかり大きくなって、給与は増えないし、若年層の労働環境最悪だし。
人口減るし、国際環境やばいし、大企業つぶれるし。
企業はもちろん、公務員も政治家も人材不足で笑えるくらい薄い人材の層。
守りに徹しようとしているけど、ジリ貧だけど、攻めに転じるのも怖いし。
社会全体が怖がっている、鬱になっている。
だから、「目抜き通り」は歌う。「最後の日から数えてみて」と。もういい加減、腹を決めろと。
そして、「飛び出しておいで目抜き通りへ!」と宣言して終わる。
過去を修正しながら、忘却しながら、でもノスタルジーに浸りながら、未来を見つめながら、
何かをしなくちゃいけないから、僕たちは五輪をやる。
前向きになる方法も忘れてしまって、希望は90年代からずっと失ったままだけど、
でも、僕たちは五輪をやる。
欧米のメディアでは、ここ数日、日本の女性に対する暴力が全力で報じられている。
恒例のコメディ・プログラムでは、顔を黒塗りにして黒人に扮装した芸人さんが出て、
それがまたツイッター経由で海外に流れ、人種差別として報じられている。
欧米の欲望、つまり日本が野蛮であれ、という欲望と、
実際、ある面で衝撃的に暴力的な日本社会が、
仲良く手を取り合って、前に進む。
でも、五輪は行われる。何事もなかったように。
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