それでも僕はテレビを見る

社会‐人間‐テレビ‐間主観的構造

子守話「リンゴの木」

2011-10-29 18:37:55 | ツクリバナシ
僕の家の庭にはリンゴの木がある。

僕の家と言っても1年間、間借りしているだけだ。

近くの大学に通う学生が毎年毎年入れ替わり立ち替わりでこの家に住む。

いわゆるシェアハウスというやつで、メンバーの出自も様々だ。

間借りとはいえ、庭付き一戸建てというのは嬉しい。

その庭の片隅にリンゴの木がひっそりと生えている。



この家に住み始めてすぐの頃、リンゴの木に実がつきはじめたとき、はじめて木の存在を知り、なんだかとても嬉しかった。

実のなる木が家にあるなんて僕にとっては初めて経験だった。

僕は果物のなかでもかなりのリンゴ好きで、リンゴ狩りが家でし放題なんて、なんだか夢のようだった。

そういうわけで青いリンゴの実が赤くなるのをずっと首を長くして待っていた。

けれど、リンゴは一向に赤くならず、結局、赤くなる前に落ち始めてしまった。

「そうか!これは青リンゴの木か!」と気がついたときにはもう収穫期も終わりごろ。

急いで実を収穫しはじめた。

そしてリンゴが買い物袋いっぱい採れた。


沢山採れたリンゴだったが、やはり家庭菜園の限界。そのまま食べるにはやはり甘さが弱い。

そこでこの大量のリンゴを調理しにかかった。

まず、虫食いのない形の良いものを選ぶ。

それらの上の部分を切って芯をくりぬき、そこにシナモン、砂糖、バター、ラム酒を詰め込む。

オーブンへ入れて焼けば焼きリンゴの完成。

残りは煮リンゴにしてヨーグルトと混ぜたり、ジャムにして瓶詰めにしたりした。

フラットメイトにも食べてもらい、ずいぶんと好評のうちにリンゴの収穫期は幕を閉じた。



ある夜、僕は夢を見た。

気がつくと、リンゴの木の傍に僕は立っていた。

「こんにちは、お礼を言いに来ました。」

とリンゴの木は僕に言った。

「お礼?いや、こちらこそ、美味しいリンゴをありがとうございました。」

僕はリンゴの木にリンゴのお礼を言った。

「いえいえ、お礼を言いたいのはこちらの方です、僕の実をちゃんと食べてくれたのですから!」

リンゴはいやに嬉しそうだった。

「でも毎年、誰かかれか食べていたでしょう?」

「いえ、誰も食べてくれなかったのです!どうしてでしょう。せっかくこっちはリンゴの実をつけているというのに!」

確かに出入りの激しい貸し家で、庭のリンゴの木に気がついて料理するものなんて、なかなかいないかもしれない。

「それは残念でしたね。でも今年は沢山いただきましたよ。」

「そうなのです!だからお礼を言いに来たのです。」

リンゴは寂しかったのかな、と僕は思った。

「美味しくいただいただけで、もうお礼なんてそんな。」

「美味しく食べてもらえたなんて!本当に嬉しくて・・・。だから今日は黄金のリンゴをプレゼントしに来たのです。」

黄金のリンゴ?それは一体何だろう。

リンゴの木に目を凝らした瞬間、風景全体がぼやけていった。

そして目が覚めた。もう朝だった。

いつものように一日が始まり、一日が終わった。

何も特別なことはなく、黄金にもリンゴにも出会わなかった。

きっとただの夢なのだと思った。

リンゴを食べて、さらにお礼をもらうなんて虫がよすぎる。

たとえ誰もずっとリンゴの実を食べていなかったというのが本当だとしても。



それから一か月が経つか経たないかしたある日、僕はパーティに行くことになった。

パーティはひどく苦手でいつもなら行かないのだけれど、親友の誘いもあってその日はなんとなく行く気になった。

パーティには大勢の人がいて目まいを感じたが、それでも親友をつてにして少しずつその輪のなかに溶け込んでいった。

そのなかにひと際、僕の目を引く女性がいた。

笑顔がすごく素敵で、時折長く豊かな髪をゆらしている。

なんとなく知的で、落ち着いた雰囲気がある。

普段はシャイな僕だけれど、なんとなく彼女に惹かれて話しかけに行ってしまった。

なんたることだろう!女性と話すのが不得意な僕だけれど、この彼女とは信じられないほど話が弾んだのだ!

そして、僕らはパーティ抜け出し、会場になった家のベランダでふたりきりになった。

吸い込まれそうに夜の空には星が光っていて、ガラス窓を隔てて行われているパーティの喧騒がまるで嘘のように静謐さがあたりを包んだ。

このなんとも言えないロマンチックな瞬間が永遠に続けばと思わずにはいられなかった。

そして、ほんの少しだけお互いの生い立ちや人生観を話し合って、そしてまた黙った。

僕は彼女の方をじっと見つめ、そしてキスする心の準備をし、彼女の髪に手をやった。

彼女の耳にかかった髪をゆっくりとかきあげたとき、そこにキラッと光るものが一瞬見えた。

『何だろう?』と思いながら目を凝らして見えてきたのは、金色のリンゴのピアスだった。

そのキスがなんとなくリンゴの味だったのは、パーティで飲んだシードルのせいだけだろうか、それとも・・・。



おしまい

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