それでも僕はテレビを見る

社会‐人間‐テレビ‐間主観的構造

最後のキッチン・ミーティング

2010-06-22 10:19:55 | イギリス生活事件簿
さきほど、最後のキッチン・ミーティングをフラットメイトたちとひらく。

ただ、キッチンで何人かでだべっていたら、我らがリーダーの隣の香港人が、いきなりキッチン・ミーティングをひらくことを決意。お別れ会の話し合いに突如入ったのだ。

僕は夜ようやく研究しようと思っていたのだが、これこそ最後の最後。そして、重要な英語の練習。ある意味では、この一年間の総決算かと思い、積極的に参加。

やはり一年間住んできただけあって、僕らの息は合っている。

しかし、行く場所が全然決まらない。

話は盛り上がるが全然決まらない。

紆余曲折の結果、投票にかけることに。

ところが予想外の投票結果に、僕らは口ぐちに、これが民主主義なのか、とのたまう始末。

二度目の決選投票を行い、ようやく議論は終結したかに見えた。

しかし、今度は日にちや待ち合わせ場所、スケジュールが問題に。

その前にショッピングする?という提案に、男性陣はブーイング。

これに対して女性陣が面白い主張。
「女性もパブへ行き、サッカーを見る。このように、女性は男性の社会習慣を自らのものとしてきた。だから、君たち男性もショッピングに参加せよ。」

いやいや。

全部決まったあと、なぜか話は思わぬ方向へ。なぜか最も難しい日中の歴史問題。

中国制作の歴史映画を見て、僕なりに責任を感じコメント。ああ、難しい。勉強不足。

議論は果てしなく。

そして、よく分からないまま今に至る。

明日は明日で予定があるのだが、この数日間は引っ越しなどで訳の分からない忙しさに翻弄されそう。

だけど、それも勉強。

僕が一番必要としている(と、みんなが言うところの)勉強。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿