それでも僕はテレビを見る

社会‐人間‐テレビ‐間主観的構造

イギリスのクリスと、日本のJ

2012-10-10 07:52:26 | イギリス生活事件簿
論文の修正にとにかく時間をかけている。

まあ、提出が近いので当然なのだけれど、書いていて分かるのは、本当に最後の最後まで全く気を抜けるような箇所が博論には全くないということで、それはとにかく大変なのではあるが、それこそが面白いということでもある。



これまで色々なクリスに会ってきた。友人の間の話にだけ登場したクリスもいる。クリスはとても一般的な名前だ。

最近、イギリス生活2年目に一緒に住んでいたクリスからメールが来た。

「8月に帰ってきました。

帰ってきたら、もうマルコ(筆者仮名)がいない!

元気ですか?博士課程はもう終わったのかな?」

とても嬉しかった。

クリスが僕のことを覚えてくれていたこと、彼が進学できたこと、そして、あのフラットに戻ってきてくれたこと。

前よりも、そう、彼と住んでいた頃よりも流暢に僕はメールをしたためる。

日本に帰ることになった簡単な経緯、一応なんとか博論提出に近づいているということ、それと2年目の感謝。

彼が急に出ていったときに言えなかった「ありがとう」をさらさらと書く。

あんまり、ぐだぐだと書いてもいけないので、さらっと書く。

おそらく、クリスはそんなに深く考えていないと思う。

しかし、彼と住んでいた2年目は僕にとっては最も苦難の時期で、孤独を癒してくれたのは、Tさんとクリスだけだった。

だから、僕にとってクリスとの1年間はとても思い入れがあるのだ。



そんなメールをしながら、日本のイギリス人の友達Jに久しぶりに会った。

彼とは僕がイギリスに行く前に知り合い、何度か話をした。飲みに行った記憶はないのだが、行ったかもしれない。

彼はとにかく日本語が流暢で、非常に紳士的。日本人よりも武士道とかを知っていそうな落ち着いた佇まいの青年である。

彼に僕の論文の英語のチェックをお願いしたのである。

彼はとても頭がいい。本当に頭がいい。

実はもうひとり同時期に(日本の大学に)来たイギリス人青年がいたのだが、彼もべらぼうに頭が良かった。

ふたりともL○Eの出身で、僕は身近にこんなにIQというか、社会科学の能力の高い(しかも分野のとても近い)人がいたことは無かったので、とても驚いたのだった。

僕は彼らに会ったとき、イギリスに行くことを決めた、と言ってもいい。こんなにすごいやつが沢山いるなら、イギリスで間違いないと思った。

そして、イギリスの大学は実際、日本の大学とは遥かに違った。社会科学の研究環境だけで言っても、まるで子供と大人だった。



久し振りに会ったJは、まったく変わっていなかった。

大きくつぶらな瞳。細い四肢。落ち着いた佇まい。優しい声。

すでにメールでチェックしてくれた文章をもらっていた。

その日はそのコメントを受けて、再度書きなおしたところのチェックをしてもらったり、直した理由など沢山質問させてもらう。

あちらも博士課程で忙しいため、こちらもそれなりに報酬を用意している(合意済み)。

仕事として真剣にやってもらうためであり、こちらも遠慮なく、ガンガン質問するためだ。

3年目でずいぶんまともになった僕の英作文は、Jをがっかりさせずに済んだようだった(まだ、これからの章はどうなるか分からないが)。

彼が僕の英語の評価で気を使っているのではないかと思い、まじまじと彼を見たが、ただ彼の大きくてつぶらな瞳に吸い込まれただけだった。



その日の夜、僕はイギリスの夢を見た。

どういう場面かははっきりしないのだが、大学だったと思う。

僕は少しうなされて目覚めたのだった。

思い出は美化しすぎてはいけないものだ。

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