「物質」と「反物質」の間の対称性は「CP対称性」と呼ばれ(詳細は省略)、かつては厳密に成立すると
考えられていたが、1960年代に、ごく僅かに破れていることが確認された。[CPの破れ理論」とは、
宇宙初期の相転移が起きる前には「物質」と「反物質」が完全にシンメトリックに振舞っていたのに、
相転移によって両者の相互作用に僅かな差異が生まれたため、この宇宙で「物質」の方が量的に圧倒的に
多くなったと主張する理論である。相互作用の「僅かな差」が量の「圧倒的な差に発展するというのは奇妙に
思えるかもしれないが、数値を使うと、次のようになる。相転移によって真空が「物質」と「反物質」の
振舞いに僅かな差異を与えた結果、宇宙ができてから1000分の1秒までの間に、「反物質」粒子10億個
に対して「物質」粒子が10億1個存在するようになる。宇宙が膨張して温度が下がっていくと、10億組のペア
は、互いに消滅して光のエネルギーとなり、四方に拡散してしまうが、10億分の1の割合で残った「物質」
粒子は対消滅する相手を持たないまま宇宙空間にいつまでも残ってしまう。この「物質」が重力によって
凝集して天体を形成し、生命の発生を可能にしたのである。
宇宙初期における「自発的な対称性の破れ」は、物質と反物質の関係にとどまらない。この宇宙では
僅かに右と左の対称性が破れており、現実世界の物理法則と鏡に映った世界の物理法則は、ほんの少しだけ
違っている。例えば、この世界では、アサガオや巻き貝は右巻きだが、鏡の国では、左巻きの方が多い
(はずである)。同様に、この世界では、生物はL型(=左旋性)アミノ酸しか代謝できず、DNAは
右巻きラセンであり、ニュートリノと呼ばれる素粒子にはキラリティ(旋回性)が左巻きのものしか存在
しないが、鏡像世界では、全て逆になる。こうした違いも、宇宙初期の相転移に起源を持つという考え方が
ある(ただし、確証されてはいない)。相転移前は、世界は完全に左右対称だったが、エネルギーの低い
真空に左巻きのニュートリノだけが存在できる状態とその逆の2種類があり、たまたまこの宇宙では、
前者の状態に落ち込んでいったのである。
「真空の相転移」という発想は、宇宙の成り立ちに関して、従来とは異なる新しい見方を与えてくれる。
この宇宙は、創造された瞬間は、物質も変化もなく全きシンメトリーが支配していた。ところが、ひとたび
膨張を始めると、対称性の破れが生じ、いびつだが変化に富んだ世界へと転移していく。この世界の豊穣さ
は、完璧な幾何学的秩序が崩壊したところから始まったのだと考えると、宇宙の奥深さ対する畏敬の念を
禁じ得ない。
あの世へ行くということは、対称性のやぶれによって発生した人類が再び対称性の世界へ帰っていくということを意味するのだろう。
考えられていたが、1960年代に、ごく僅かに破れていることが確認された。[CPの破れ理論」とは、
宇宙初期の相転移が起きる前には「物質」と「反物質」が完全にシンメトリックに振舞っていたのに、
相転移によって両者の相互作用に僅かな差異が生まれたため、この宇宙で「物質」の方が量的に圧倒的に
多くなったと主張する理論である。相互作用の「僅かな差」が量の「圧倒的な差に発展するというのは奇妙に
思えるかもしれないが、数値を使うと、次のようになる。相転移によって真空が「物質」と「反物質」の
振舞いに僅かな差異を与えた結果、宇宙ができてから1000分の1秒までの間に、「反物質」粒子10億個
に対して「物質」粒子が10億1個存在するようになる。宇宙が膨張して温度が下がっていくと、10億組のペア
は、互いに消滅して光のエネルギーとなり、四方に拡散してしまうが、10億分の1の割合で残った「物質」
粒子は対消滅する相手を持たないまま宇宙空間にいつまでも残ってしまう。この「物質」が重力によって
凝集して天体を形成し、生命の発生を可能にしたのである。
宇宙初期における「自発的な対称性の破れ」は、物質と反物質の関係にとどまらない。この宇宙では
僅かに右と左の対称性が破れており、現実世界の物理法則と鏡に映った世界の物理法則は、ほんの少しだけ
違っている。例えば、この世界では、アサガオや巻き貝は右巻きだが、鏡の国では、左巻きの方が多い
(はずである)。同様に、この世界では、生物はL型(=左旋性)アミノ酸しか代謝できず、DNAは
右巻きラセンであり、ニュートリノと呼ばれる素粒子にはキラリティ(旋回性)が左巻きのものしか存在
しないが、鏡像世界では、全て逆になる。こうした違いも、宇宙初期の相転移に起源を持つという考え方が
ある(ただし、確証されてはいない)。相転移前は、世界は完全に左右対称だったが、エネルギーの低い
真空に左巻きのニュートリノだけが存在できる状態とその逆の2種類があり、たまたまこの宇宙では、
前者の状態に落ち込んでいったのである。
「真空の相転移」という発想は、宇宙の成り立ちに関して、従来とは異なる新しい見方を与えてくれる。
この宇宙は、創造された瞬間は、物質も変化もなく全きシンメトリーが支配していた。ところが、ひとたび
膨張を始めると、対称性の破れが生じ、いびつだが変化に富んだ世界へと転移していく。この世界の豊穣さ
は、完璧な幾何学的秩序が崩壊したところから始まったのだと考えると、宇宙の奥深さ対する畏敬の念を
禁じ得ない。
あの世へ行くということは、対称性のやぶれによって発生した人類が再び対称性の世界へ帰っていくということを意味するのだろう。