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森男の活動報告綴

身辺雑記です。ご意見ご感想はmorinomorio1945(アットマーク)gmail.comまで。

大阪日本橋のジョーシンスーパーキッズランド本店で拙作が展示されています

2022年11月05日 | 模型の話題
大阪日本橋にある大型模型店・ジョーシンスーパーキッズランド本店がこのほどリニューアルオープンしまして、私が時々作例を作らせてもらっている月刊ホビージャパン誌の作例展示コーナーが設けられました。

ありがたいことに私にも声が掛りまして、作例3点が展示されてます。

展示作はこの3点です。

「四式自走砲ホロ」ファインモールド 1/35

2018年3月号掲載。フィリピンでの実戦の様子をイメージして作りました。製作記はこのブログでも紹介してますのでよろしければご覧下さい。↓
https://blog.goo.ne.jp/morio1945/e/d56dc9403181473c0e2b3bff4423faed

「四式軽戦車 ケヌ」(ドラゴン 1/35)
2017年5月号掲載。本土決戦の架空ジオラマです。

「テンポ A400」(ミニアート 1/35)
月刊ホビージャパン2022年9月号掲載。これは先日紹介したものですね。作例としては最新作です。

展示はこんな感じです(写真提供・ジョーシンスーパーキッズランド本店)
お店からこの写真が届いた時、びっくらこきました。ご、豪華だ、、、。破格の扱いだ、、、。貴族様みたいだ、、。国賓待遇だ、、(もうええわ)。

後ろが鏡になってて、裏側も見れるようになってるんですね。ケヌのジオラマは建物の裏も頑張って作ったのでこれはありがたいです。
作品解説はもちろん私が書いてます。下はホビージャパンさんが発売した陸自のFH70の展示となってます。お隣も他の作者の方の作例が展示されています。

で、模型店で私の作品が展示されるのは初めてなんです。子供の頃、模型店のショーケース内の完成品をみて「すげー!!」となってました。私のがそういう場所に展示されるのは、ほんと嬉しいです。しかも大阪の大きな模型店で、、。

模型は3次元なので、生で見たり見てもらったりするのがほんとはいいんですよね。もちろん写真でも全然OKなんですけど、そもそもは3次元を念頭に置いて作るので(当然ですが)、細部や全体の構成など現物を見ないと気付いてもらえないところもある訳です。

とはいえ、生で見てもらう機会って展示会など年に何度かある程度なのです。なのでこういう風に人がたくさん来るところに常設的に展示してもらうというのはモデラーとしては実にありがたいことなのですね。どれも頑張って作ったものなのでなおさらです。

というわけで、お店に行かれた際はぜひご覧になってください、っていうかお店に行って何か買い物してください(笑)。5階の建物丸ごとホビーショップという、でんでんタウンのランドマークともいえる(商店街組合の案内パンフの表紙になるくらい)お店です。展示場所は2階です。展示期間は半年ほどとのこと。

お店の場所、営業時間などはこちらです。でんでんタウンのど真ん中です。↓

最後になりましたが、月刊ホビージャパン編集部とジョーシンスーパーキッズランド本店の皆様に心からお礼申し上げます。



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模型の持つ可能性について。

2022年09月25日 | 模型の話題
前回紹介した九九艦爆のジオラマは、私にとってはとても思い入れのあるとても大事な作品です。自分なりに頑張って作ってそれなりに満足しているから、というのはもちろんなんですけど、そういうのとは別の大きな理由があるのです。

この作品を通じて、ある出来事がありました。このことで、以後私の模型に対するスタンスが大きく変った、といいますか、それまで漠然としていた考えが確固たるものになったのです。これはでかかったほんとに、、。今回はそのことを書いてみたいと思います。

このジオラマは本には載りましたけど、そもそもは個人的に作ったものです。十数年くらい前のことです。私が所属する模型クラブの年1度の展示会での出品を目標に製作しました。当日までに本体は完成しましたが当初想定していたジオラマ(要するに本に載った状態)までは出来ませんでした。仕方なく簡単な地面を作り、本体をそれに載せた状態で展示しました。

作品カードには「今はほぼ単体ですが、情景作品にするつもりです」と書き添えておきました。展示会は毎年公営のギャラリースペースで開催しています。市内の中心部にあるので、うちの展示会を目的として来る方だけでなく、通りがかりの人がふらりと寄ってくれることも多いんです。なので、模型展示会としては老若男女、ほんとにいろいろな方が来られます。

展示会当日、会場入り口で受付をしているとクラブの先輩が私を呼びに来ました。「九九艦爆の作者と話がしたいといっている人がいるので、来て」と。作品の前に行くと見知らぬおばあさんが立っていました。「ひょっとすると、苦情か何かかな?」と思いました。

以前の展示会で、兵器の模型の展示に抗議する人がいたことをその先輩から聞いていたからです。その先輩は対応がいろいろ大変だったと。まあ、そういう人たちがいることは理解できますし、仕方のないことですね、でも大変ですよね。みたいな話を少し前に先輩としてたのですね。なので、私は彼女にちょっと緊張して話しかけました。

私が声を掛けると、彼女は上ずった声で「これを見て感激して泣きそうになったんです。ひとこと作者の方にお礼をいいたかった。いつ情景にするんですか?是非見てみたいです」と。

彼女は小柄でおとなしそうな、いかにも「おばあさん」という感じの方でした。でも、その佇まいからは想像できないような勢いで話してきました。隣で開かれていた絵手紙展(ここは2つのギャラリーがある)を見に来て、ついでにこっちの模型展示会にも寄ってみたとのこと。すると、私のこの作品が目に留まったそうです。

聞けば、彼女には海軍にお兄さんがいたのですが、軍艦に乗っていて戦死されたとのこと。彼女自身も、戦中はいろいろと苦労されたそうです。そういうことをとつとつと私に話されました。彼女は目に涙を浮かべて「これを見た瞬間、兄のことや当時の記憶がどっとあふれ出てきて、たまらなくなったんです。本当にありがとう」と、、、。

私は頭の中が真っ白になりました。お礼をいうにしても一体何をどういったらいいのかわからない。なんとかひねり出したひとことが「ありがとうございます、、」。それしか言えませんでした、、、。お名前と連絡先を伺い、必ず情景にして完成したら写真を送ることを約束しました。前回と今回UPした写真の一部は、情景の完成後彼女に送ったのと同じものです。

この作品の製作の動機・目標は、飛行機のクラッシュモデルを作るというものでした。私は壊れて戦場に遺棄された兵器に昔からなぜか魅かれていて、一度は作ってみたいと思っていたのです。それとはまた別に、戦争で亡くなられた方々への慰霊の気持ちも少なからずありました。こういう作品を作る場合は、そういう想いも込めなければならないと思ったからです。

ただ壊れた兵器を作るのではなくて、乗っていた人、それを作った人など、兵器の背後には多くの人々がいたことも考えながら作らなければいけないのではないか、と(もちろん、これは私の個人的意見です)。で、実際そんなことを思いながら作ったんですね。っていうか、作ってるとどうしてもそういうことを考えちゃうんですよね。

例えば、ですが当時の日本人って海外旅行なんてまあほぼ誰も行けないですよ(海外旅行経験者って、人口の1パーセント以下とかの富裕層のみでしょう多分)。彼は田舎の農村から海軍に志願して、なんとか搭乗員になって(志願してもまずなれない。かなりの能力がないと無理。なので彼は郷里の英雄です)、初めて海外の南洋の空を飛ぶ。海と空は本当に綺麗で目がくらんでしまう、、、。

郷里の家族ら含め、日本人の大多数はまず見ることができない南洋の綺麗な風景(戦争中とはいえ)を見たときの彼の気持ちはどんなだったろう。これを家族に見せたいなあ、とちらっと(任務の邪魔にならない一瞬の間だけ)思ってしまう、、、、。でもしかし残念ながら、彼の乗っている飛行機は南洋の空の下で長生きできる性能では決してない、、、。作ってると、そんなことが頭の中から次々と湧き出てくるんですよ。で、ちょっとたまらんのですよこれ、、。セルフで何やってんだ、なんですけど(笑)ほんとたまらんのですよ、、、。

閑話休題。で、彼女の言葉を聞いたとき「伝わったんだ!!」と文字通り膝が震えました。戦中に苦労され、しかも肉親を戦争で亡くされた方が、戦争を知らない私の作ったものを見て心を動かされた。信じられない。けど「伝わった!!」。その時の気持ちは、私が生まれて初めて感じたものでした。頭の中が真っ白になったとさっき書きましたけど、ほんとにそういう感じでした。自分が作ったものが人の気持ちに届く、ということがどういうことなのか初めてわかったような気がしました。

彼女は先に書いたように、物静かでおとなしそうな感じの方でした。自分とは全くなじみのない模型の展示会場で「作者を呼んで欲しい」とスタッフに話し掛けるのはよほど勇気がいったんじゃないかと思います。でも、それ以上に彼女は自身の気持ちを作者に伝えたいと思ってくれたわけで。たまらないです、、。

で、私はこの件以降模型に対する認識や態度が変わってしまいました。私自身、子供の頃から模型誌などでジオラマなどをみて「すげー!」と感激や感動はしていました。しかし、それは私が模型とかミリタリーが好きだからで、そういう属性がない人が見ても私のように感激感動することはないのかも?と勝手に思い込んでいました。

でも、自分の模型を見て感激してくれた一般の人(しかも戦争体験のある方)が、現実に、目の前に、いるわけです。自作を評価してもらった以上に、「模型の可能性」を確信できたことが本当に嬉しかったのです。「模型というのは、自分の想いを誰かに伝える表現手段に十分なり得るんだ、という」。

模型にそういう可能性があることはずっと前から思ってはいたのですが、なにぶんその実例も証拠もなくて、ぼんやりとした推測、推定、希望のようなものでした。でも、この件でその思いは確固としたものになりました。

誤解されると困るのですが、これは決して「私のこの作品が凄い」と誇示するような話ではありません。そんな瑣末なことではないのです。「誰が作った模型にも、何らかのそういう「伝える力」が潜んでいるし、込めることができる。模型にはそういう力が確実にある」ということがいいたいんですね。

これ以降、私の模型製作に対する姿勢はかなり変りました。「伝わるんだから、ちゃんと気持ちを込めよう」と考えながら作るようになりました。しかし以後作ったものたちが、誰かに何か伝わったのか、伝わってないのかは分かりません。でも、この件以後、何も迷わず作れるようになりました。これはほんとうに大きかった、、。

もちろん、伝えたい内容はなんでもいいんです。自由です。作る人それぞれが考えることです。っていうかそこがキモ中のキモです。「戦没者への慰霊の気持ち」とういうのはあくまでこの作品の一例です。そういう重いテーマを込めなくちゃダメ!とかではもちろんありません。これはたまたまそうだった、というだけです。個人的にはそういう気持ちはずっと大きなテーマとしてありますけど、それは私個人の話ですからね。

「伝えること」というのは何でもいいわけです。作る人が「これを伝えたい」と思うことがそれです。例えば「タイガー戦車カッケー!」でも全然いいんです。むしろそういうのが大事かもしれません。逆にいうと「伝えたいこと」がなければ「伝わらない」んですね。当然なんですけど。

せっかく作るのだから、やっぱり誰かに共感してほしいですよね。かといって「伝える」ためにはどうしたらいいのかとか考えちゃうかもですが、でもそれはとりあえずは考えなくてもいいんじゃないかな、と思います。

例えば「俺がカッコイイと思うタイガーはこれだ!」と思いながら作るだけでも結果は全然違うんじゃないかな、と。「誰が見ても唸るような、今の技法を駆使したタイガーを作ろう」と思うのも大切なんですけど、それとはまた別にそういう風に思いながら作るのも大事なんじゃないかな、と。もちろん、それが伝わらなかったとしてもまあ仕方ない(ここは怖いところ(笑))。

でも、もし一人だけでも「タイガーって、こんなにカッコよかったんだ、、」と思ってもらえるものが出来れば最高じゃないですか。そう思いませんか?だからこそ何かを作る意味があるんじゃないかなあ、と私は思っています。

模型は技術で作るものなので、こういう精神的な面はあまり語られないような気がします。でも私はとても大事なことと思ってます。

情景の完成後、写真を彼女に送りました。丁寧な返事をいただきました。翌年の展示会前に「完成形の情景を展示するのでぜひおいで下さい」とハガキを送りましたが残念ながら来られませんでした。ほんと現物を見てほしかったのですが、仕方ないですね、、。でも写真を送り、それを見ていただけただけでもよかったと思ってます。

もう一つ、兵器や戦争に興味を持ったり模型を作ったりすることへの迷い・罪悪感のようなものが吹っ切れたというのもよかったです。私は銃器や兵器はほんと大好きで「メチャカッコイイなあ!」とホレボレしてる一方で、「戦争っていやだなあ。戦争ってなんだろう」とも考え続けています。そういう矛盾したグチャグチャした考えが何十年も頭の中を渦巻いています。

でも、この件で「そういうグチャグチャはグチャグチャのままでいいから、とにかく進め!」と背中を押されたような気がしたんですね。「答えなんかないんだから!」と。これも大きかったです。

そんなこんなで、この件は私の中では非常に大きな出来事でした。いろいろと書きましたけど、私のいいたいことがきちんと伝わったのかどうかよくわかりません。まあでも、幾人かの方にでも伝わったてたらとても嬉しいです。

なんであれ「伝える」ってほんと難しいことなんだなあ、と思ってます。「伝える」ってたったの三文字ですけど、実際に「伝える」ってことは実に困難です。大体は「伝えた、という気がしている」だけなんだなあ、と。この件でいろいろ考えてたら、そういうことも分かってきたような、、。なんであれ、頑張るしかないんでしょうね。それくらいのことはさすがに分かるようになりました(笑)

というわけで長々と書きました。すいません。でも今回このことが書けてよかったです。こういう機会がないと書けなかったですからねえ。突然この話をされても脈略なさスギですからねえ(笑)こういうのも何かの縁なのかもしれません。あ、ほんとよかったらこの本ご覧になって見てくださいね(最後に宣伝かよ!)。

それでは。

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九九艦爆のジオラマがムック本に掲載されました。

2022年09月11日 | 模型の話題
8月31日発売の「REAL FINISH WORKS 模型をリアルに仕上げる! フィニッシュワーク虎の巻」(Hobby Japanムック)に拙作の九九艦爆のジオラマが掲載されました。

この本は模型の「汚し」「朽ち」表現について、多数の作例で技法・素材込みで丁寧に紹介しています。興味のある方はぜひご覧下さい。

私のジオラマは(今回UPしてるのは全て私の撮った写真です。本には載ってません)結構前に作ったものなのですが、今回取り上げてくれました。有難いことです。カラー4Pです。

頑張って作ったものなので、多くの方に見ていただきたいのでぜひ。著名なモデラーさんが各作例を通じて「汚し」「朽ち」のテクニックを細かく紹介されています。この辺の表現をスキルアップしたいという方には非常に有益な本と思います(実際私も「ほおぉー」とかいいながら読んだ)ので、ぜひご覧ください。

それにしても昔の作品がこうやって今また紹介されるのはほんと嬉しい、、。かなり気に入ってる作品ですからなおさらであります、、。
というわけで興味のある方はぜひ。

このジオラマについては、もうちょっと話したいことがあるので、次回に紹介したいと思います。

今回はメチャ短いエントリーとなりました。まあ、そういう回もあるということで。でもほんといい本なのでぜひ書店などで手に取って見てくださいね。

それでは。

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月刊ホビージャパン誌にテンポトラックの作例が掲載されました&その他の話題

2022年07月31日 | 模型の話題
今発売中の月刊ホビージャパン2022年9月号に、模型のお仕事が載ってます。今回のお題はミニアート1/35テンポA400です。とてもいいキットでした。キットのよさをできるだけ生かせるよう、頑張ってジオラマにしたのでよろしければぜひご覧下さい。
キットはドイツの公的機関(銀行や郵便局など)のデカールが入っているのですが、今回は戦後民間でお店の配達車として使われてる感じにしてみました。とても愛らしい車両なので、戦後の平和な風景が似合うなあと思ったのです。

こちらが表紙です。よろぴく!

カラー3Pで紹介してくれてます。上の完成写真はもちろん私が自宅で撮ったもの。誌面の1P目の写真は、ほんと夏らしく綺麗に撮ってくれてます。

製作法など、収まる範囲でできるだけ書いてますので、ぜひ。

あと、コメント欄でも書きましたけどこの作例の製作中に映画「ひまわり」を初めて観ました。いまさら!で恥ずかしいんですけどまあいいじゃないですか(笑)。

観ているとほんといろいろと考えさせられる深いテーマで、映像も綺麗(ウクライナロケだそうです)、役者さんもみんな素敵。「ああ、ほんとに名画だなあ、、、」としみじみ、、。テーマ曲もいい、、。曲は知ってて、あ、これが「ひまわり」の曲だったんだ、と。ついこないだ観た私がいうのもなんですけど、お勧めですよ。

「戦争って人が死んだり傷ついたりするからダメ!」とされてますけど、もちろんそれはそうですその通りです。しかし私は「戦争は人の人生を簡単に狂わせちゃうからダメ」とも思ってます。

自身が死んだり傷つかなくても、家族や友人がそうなると自分の以後の生活に影響が来ます(当然ですが)。さらにこの映画のように、夫が死んでなくても人生が狂うわけです。また兵士が無事故郷に帰れたとしても、PTSDなどで人が変わってしまい、家庭がボロボロになるという例もあります。ベトナムから帰還した兵士が元の生活に戻れず、家庭崩壊の原因となる。崩壊することで兵士の家族全員の人生が狂う。その影響は何百、何千万人にも及ぶし、何年も続いた(ないし続いている)、というような記述を読んだことがありますけど、確かに、、、と思いました。「ランボー」1作目はまさにそういう深いテーマが底にありましたよね。あれ、アクション映画じゃないんですよね実は、、、。

かといって、戦争は絶対にダメ!しちゃダメ!というかというとそうとは言い切れないから難しい、、、。向うからこっちの人生を狂わせようとやってきたら、どうするのか、、。彼の国が今必死で抵抗しているのは、戦争を止めて降伏したら「もっと、さらに自分たちの生活や人生が狂ってしまう」ことを重々承知しているからでしょう。ほんとうに難しいですよね、、、。

おっと、すいません。話がずれちゃいましたね。でも、映画でも小説でもいい作品って、こういう風に観た人それぞれがあれこれと物事を考えるきっかけになってくれるんですよね。50年も前の映画なのに、、、。だから名作といわれてるんでしょうね。ほんとお勧めですよ。

さて、作例はバン型のA400です。このテンポはあれこれ派生型がありまして、ミニアートではトラック型のE400もリリースしてます。これまた素敵。
下のは果物セット。記事では牛乳瓶セットとかを使いました。ミニアートはこういう小物もちょこちょこ出してくれるので有難いですね。自作するのほんと大変ですからねえ、、。

トラックバージョンは民間仕様がメインになってます。

うーん、これもほんと作りたいなあ、、。作例用に届いたバンのキットを見て、速買いしたんですよ(笑)。

トラックは、フロントグリルの形状がバン型と違いますね。こういうちまちました違いをきちんとしてくれるのが嬉しい。バン型には入ってない、梯子とかのアクセサリーパーツ(上の左のランナー。多分ジオラマキットのもの)があるのもポイント高し!
記事にも書きましたけど、ミニアートキットとしてはかなり部品が少ない方なので入門編にピッタリです。「作りたいけど部品多いからなあ」と躊躇してる人はぜひ挑戦してみてください。って、こうやって見ると「ミニアートとしては少ない方」だけど他社と同じ位なんすよねえ(笑)でもそれがミニアート!最高です!

でも、どっちのキットも今はネット方面では売り切れが多いみたいですね。店頭在庫はまだあると思うのですが、、。作例で使ったジオラマベースのキットともども品切れ品が多いんですけど仕方ないですね、、、。どのキットも再生産されて入手しやすくなる日が来ることを心から願ってます。

で、こちらはミニチャンプスの1/18の「Tempo hanseat」のミニカー。
もう20年くらい前に買ったものです。東京にショッピング(1年かけて貯めた金を、数日かけて都内の模型店やモデルガンショップ、古本屋などを回りまくって溶かす、という狂気の単独ツアー。独身だからできたのだ、、)に行ったとき一目惚れして買ってしまったのです。

当時テンポトラックなんて全く知らず、ルックスに「ズキューン!!」となって衝動買い。
私はミニカーは趣味外でして、持ってるのはこれだけ。「Tempo hanseat」というのはバリエーションの一つらしいのですが、例によってよく分からないのでした。

今回久しぶりに手に取って埃を払ってあげました。とてもよく出来てますね。で、荷台内側と外の色が違うのは、幌で隠れてるところだけ日焼けしなかったということです。
買ったときは汚し塗装とかしてみようと思ってたんですけど、案の定買ったまま放置してました。フロントウィンドウも染みが付いてて残念、、、。また機会があれば綺麗に再仕上げしてあげたいですね。でもこのまままた放置かなあ、、。

それにしてもほんとよく出来てます。駆動部もこの通り。
ミニアートのキットもほぼこんな感じでした。エンジンとかマフラーがボンネット内部全て収まってるんですね。

裏側もきちんと再現されてます。ミニアートのキットを作ったあと見ると、どっちもちゃんとしてることがよくわかりますね。
で、今回調べてミニチャンプスというメーカーがあることすら初めて認識したというくらいの門外漢ぶりなのでした(笑)それにしても20年の時を経て、この車種でつながるというのはなにか感慨深いものがありますね、、、(いやそんな大したことではないぞ)

というわけで、ホビージャパンぜひご覧になってくださいね。

最後にお知らせです。

●京都の「ギャラリーソラト」さんで開かれる展示会「軍装遊戯」(8月2日ー7日)に参加します。

今回は軍事、ミリタリー全般がテーマということで、銃器の絵を出品します。興味のある方はぜひ。詳細はこちら↓
主宰の近藤宗臣さんのツイッターアカウントはこちら。開催中作品紹介などをして下さると思いますのでぜひチェックを↓

出品するのはこういう絵です。以前から描いてUPしてる銃の絵ですね。複製画です。会期中は通販も可能です。1枚500円!ネットにUPしてるのとは違って最高画質です!買って下さい!!(直球だな、、)

というわけでお知らせでした。

まだまだ、というかずーっと暑い日が続きますね。ほんとタマランです、、、。コロナも凄いことなっとるし、、、。皆さん何卒ご自愛くださいね。なんとかこの夏乗り切りましょう!!

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M3リー ミニアート 1/35(M3 Lee Mini Art )(その2 完)

2022年07月03日 | 模型の話題
というわけで2回目です。今回は車内の様子や製作法などを紹介します。

このキットはフルインテリアキット、つまり車内も完全に再現されています。ミニアートの必殺技ですね。めちゃくちゃよく出来てます。パーツはほぼプラです。エッチングはごく一部。
必殺技、というのは製作者もその必殺の対象となってます。要するに製作中に「殺す気か!!」と何度も感じさせくれるキット(笑)

でも、完成したときの達成感はまあ半端ないですね。難しそうですけど、単純にメンドクサイだけです。「難しい」と「メンドクサイ」は違いますからね。「難しい」というのは例えばイチローさんに絶対ヒットを打たれない、ということです。これができる人はもの凄く限られている。世界に何人もいない(と思う)。しかし「メンドクサイ」は誰にでも達成可能です。例えば、自分の持ってる本をアイウエオ順に本棚に収める、とか。簡単です。ただただひたすらメンドクサイというだけです(でもこれ実際にするとしたらマジでメンドクサイよな、、)。なので、このキットもコツコツ淡々と粛々と進めていけば誰でもきちんと完成させることができるのです。回りくどかったですが、そういうことです(でもほんとに回りくどいな。すいません)。
閑話休題。で、こういうキットのいいところは、戦車の構造を立体的に理解できる点です。図面とか写真で見てもピンと来ないんですよね。でも、模型だと順を追って作っていくこともあって、各部の関係性とかが結構すんなり頭に入るのです。「あ、砲と砲弾はこういう配置なのか」とか「エンジンの動力はこういう風にトランスミッションに伝達されるのか」などなど。立体の教材ですね。

このキットに限らず、ミニアートのキットは精度がしっかりしてるのでその気になれば車体外側を完全接着しなくても、完成後も内部をみれるようにできます。

精度がいいので、一見接着しているようにみえます(よね?)。

でも、こういう風にパカッと外せるわけです。以前SU85でもそうしたのですが、こうすると頑張って中を塗るぞ!という気にさせてくれるのでいいですね。接着しなきゃならない場合はやっぱテキトーにやっちゃいますからね。

戦車でも飛行機でも軍艦でも、中に人が乗って操作操縦する兵器です。戦車は特に中に人がいることをついつい忘れがちです。でもこうやって中身を見ると、狭い内部で人が必死に戦ってるんだなあということがよく分かります。戦車とかって来られる方からすると恐怖の塊、みたいなんでしょうけど、中の人もかなり大変で怖いだろうなあ、と。

M3は比較的大きい車両で、車内も多少は余裕があるように見えなくもないのですが乗員は7名。かなり狭かったろうなあと思います。
主砲、機銃、弾薬、もろもろの機材にはさまれて身動きは取れない。中は当然暗い。外の様子もまあ見れない。不整地を走るので揺れまくる車内、呼吸を妨げる銃砲弾の硝煙(有毒ガスです)、いつ飛び込んでくるか分からない対戦車砲弾、、。戦車に来られるほうも怖かったでしょうけど、それと同じくらい戦車に乗って戦うのはほんとたまらんかったろうなあと。

37ミリ砲塔はバスケット式で、これまた狭そう。ここに3人入ってたって、ほんとかなあ、、。

出入り口も限定されてて、砲塔内と車内は遮断されてるような印象。こういうのも立体でないと分かりにくいところですね。

さて、製作法としてはさっきも書いたようにただただメンドクサイだけなので特に書くことはありません。コツとしては、ゲートはともかくパーティングラインの処理はある程度ユニットになってからしたほうがいいです。最終的に完全に死角になるところもあるので、無駄な手間になってしまいますから。

あとお勧めなのは製作前に各ランナーに目印を付けておくということ。このキット、ランナーが計61枚(!)もあるので「ランナー探し」(よかった探しとはちと違う)が作業の中で結構な比重を占めます(いやほんと)。なのでこれをしていないと「A8と9がいるのか。えーと、Aのランナーはどこだ、、。これはB、あ、これはF、、。Aはどこじゃぁい!!」と製作中発狂し続けることになります。これは精神衛生上非常によろしくない。それを防ぐための措置なんですね。
この名札付け、意外とかなり効果的ですよ。ちとメンドクサイのですが、やるとやらんは大違いです。製作中にいちいちランナーを探す時間のトータルと比べるとかなりの時間短縮になるはずです。騙されたと思ってやってみて下さい。

同じように、塗料の番号も一覧にしておくと便利ですよ。

これも「えーと、ここは塗料は1の指定か。えーと、1って何色だったっけ」とその都度インストをばさばさめくる手間が省けます。これもほんと後々楽です。

車内の塗装は、大体これくらいまで組み立ててからやってます。
これくらいより前だと大変ですし、これ以後組み立ててからでも大変、というレベルがこれくらい。これこればかりですいませんけど(笑)まあそんな感じです。でも、こういうのは人によって違うと思うので参考程度でお願いします。

エンジンもスゲーよくできてます。ご覧の通り飛行機用の空冷エンジンです。M3・M4系列の戦車の特長ですね。
こういう星型エンジンを使うことになった理由ははっきりわからないんですけど(すいません)、このせいでM3・M4ともども背が高くなっちゃったとのこと。

完成するとこういう感じ。ちょっと色を塗り分けて、ちょいちょいと汚すだけでイキフンチリバツ!塗装はラッカー基本に、油彩でウェザリングしてます。

さっきも書きましたけど、星型エンジンを戦車に積んだら、まあこれくらいの車高になっちゃうんだな、という点もすんなり理解できました。

ヒマワリは、前回書いたように紙創り製です。このシリーズはほんと素晴らしいですね。安価でかつリアルな植物が作れます。昔はこういうのなかったので大変だったろうなあ、と。
この写真はほぼ完成したフィギュアと記念撮影したもの。塗装はラッカーです。黄緑はクレオスの「ルマングリーン」を少し調色したもの。この色はほんと発色がよくて植物にぴったりです。

完成形がこちら。油彩のバーントアンバーを中心とした色でスミ入れなどをしてやると、ルマングリーンやイエローが落ち着きます。
その他の草や花は「いつもの」です(笑)草は麻紐、花はドライフラワーにスポンジ。ワンパターンなんで恐縮なんですけど、これらはほんと簡単な割りに効果的でついやっちゃうんですよねえ、、。

これはフィギュアのヘッド修正中のもの。前回も書きましたけどあーでもないこーでもないとグリグリやってるところです。

こういうのって「答えがあるようでないし、でも答えはあるみたいだし、どないやねん!」と自分の脳内でボケツッコミを無限に交錯させながらの作業となります。なので頭がおかしくなる前に「もう今回はこれでいい!」と一旦〆るのが大事かなあ、と思ってます。

で、その葛藤の果てに基本塗装が終わったところ。
基本塗装の肌色はとにかくエアブラシじゃないとダメですね。メンドクサがって、筆で済まそうとしても、いくら塗ってもムラになって以後の仕上げに影響してきますね。誤魔化しがきかないんですよねえ、、。そんなこんなでフィギュアってほんと難しいです。

で、なんとかできたのがこれ。なんやかんや偉そうに書いててこの仕上がりかよ!かもですが、ほんともうこれで勘弁して下さいなのです。
で、次はもっと納得できるの作るど!と奮起するわけです。「経て経てぇー、経まっくてぇえ、、」ですねえ、、。

で、これが村娘の視線の先にある砲塔上の鳥です。エポパテ製です。特に種類とかを考えず、それっぽさ優先で作りました。
もちろん、ロシアにいる鳥とかを調べてみたんですけど、結局「それっぽい鳥」がいなくて創作しました。ジオラマの中である程度存在感があって、思ってるような色の鳥ってやっぱいないんですよね。当たり前ですが。

なので、私はこういう風にすぐウソをつきます。スケールモデルは「実在の兵器や兵士、建物風景を忠実に再現したもの」という原則はあるのですが、それはあくまで「ひとつの枠組み」でしかない、と思ってます。だって、自分の作ってるのって、自分の作品ですからね。「事実」と「自分の作りたいもの」を天秤にかけたら後者を優先してしまいます。

なので、ジオラマ的にイイ感じになるのなら、まあ事実じゃなくてもいいか、と「やってまう」ことも多々あるのです。こういうのほんと難しいですね。スケールモデル、キャラクターモデル関係なく、模型って作者の裁量に委ねられたフィクショナルなものであって、自由に作っていいんじゃないかな、と考えていますがもちろんこれはあくまで個人の意見です。そういう場合は「これのここはウソついてます」と断わってないとアカンとは思ってはいるのですけど。でもその事前の断りを全部いちいち書けないし、書いてたとしても誰もが読むわけではないわけで。難しいですねえ、、。

閑話休題。作例なのでほぼ完全形で完成させたのですが、例えば一番上の機銃塔の機銃には銃弾が装填された様子で再現されてます。放置車両としてはかなり不自然なので、今回の再仕上げにあたりエポパテで布が被ったようにしました。
でもまあ、車内のトンプソンとか弾倉とかそのままなんですけどね(笑)それにしても、こういう戦場の遺棄車両の兵装とか銃砲弾の扱いはどうなってたのかはよく分かりませんね。軍の担当部局があちこち回って回収してたのか、基本ほったらかしで地元の人が勝手に持ち出し放題だったのか。

独ソ戦でいうと例えば森の中で全滅した独軍の歩兵部隊の装備や銃器とかそのままになってたと思うんですけど、いちいちソ連軍は回収してないですよね多分。してたとしても完全にはむりでしょう。地元の人が飯盒とかスコップとか日常ですぐ使えるのは再利用して、銃器は猟銃として使えそうなライフルはとっといて機関銃やMPはくず鉄として売るとか、そんな感じだったのかなあ、と。今でもそういう放棄された兵器を発掘する人たちがいて、掘り出されたサビサビの銃や装備の画像が出回ってますね。

閑話休題。とまあ、こういう作例でもあれこれ思うところ考えるところは多々あるんですよ、という話でした(笑)

なんであれ、このミニアートのM3はほんとにいいキットです。ほんとお薦めです。
この作例の掲載誌(月刊ホビージャパン2020年2月号)では、このブログよりも丁寧に製作法などを解説しています(当然ですが)。よかったらチェックしてみてくださいね。

というわけでお終いです。いやー、それにしてもM3リーはええですよねえ、、。

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M3リー ミニアート 1/35(M3 Lee Mini Art )(その1)

2022年06月19日 | 模型の話題
今回はミニアートのM3リーを紹介します。月刊ホビージャパン2020年2月号に作例として掲載されたものです。で、これを去年くらいからちょっと手直しをしてまして、先日やっと完成。大きくは変えてないんですけど、塗装やフィギュアをちょこちょこやり直しました。

そもそもM3リーは昔から好きだったので、ずっと楽しく製作することができました。戦車としては唯一無二(多分)の三段重ねのこのスタイル、いいですよねえ、、。丸っこい印象でカワイカッコイイです。
この作例は新製品紹介なので、ほんとは生きてる状態で作るのがいいとは思ったのですが、個人的な好みで壊れて放置された状態のジオラマにしました。今回のようにキャタピラが外れてるのも「可動式なんですよ」という紹介になりますしね。と自分に言い訳してます。

シチュエーションとしては、戦争が終わって平和になって、村の女の子が戦車の上にとまった鳥をみてる、みたいな感じ。舞台はロシアです。M3リーはアメリカの戦車なんですけど、ソ連にも送られてドイツと戦いました。キットも米軍、ソ連軍、ドイツ軍鹵獲仕様のデカールがついています。
鳥は、砲塔の一番上のキューポラにいます。写真ではちと小さくてわかりにくいですけど。

壊れた状態とはいえ、例えば全体をサビサビガビガビにしちゃうと新製品紹介にもならないので、戦争が終わってから1-2年くらいというイメージで汚し塗装をしました。
誌面掲載後、返送されたジオラマを見てたらもう一回チャレンジしてみたくなりまして、塗装をやり直したというわけです。とはいえ根本的にやり直したのではなくて基本塗装後のウェザリングから修正した、という感じです。

M3の周りには、草や花が生き生きと芽生えてるという感じにしてます。
散歩してると、空き地とかの雑草の繁殖力の凄さにびっくりしますね。冬は枯れまくってるのに、春夏となるとブワーッと増殖する。植物って、凄いなあ、と。でもそういうのって日本とロシアではまた違うんでしょうけど、、。ヒマワリは今回新たに追加しました。紙創り製です。ヒマワリは綺麗だし力強いし、素敵な花ですよね。

車体全面の文字はロシア語のスローガンです。「ソビエートスキエ ゲローイ」と読みます(表音は適当です)。「ソビエトの英雄」の意。アメリカ生まれの戦車がソビエトの英雄になっちゃってるわけです。なんといいますか、物事って昔からいろいろと複雑なんですねえ、、。当時アメリカでレンドリース法という、ドイツと戦う国を援助する法律が作られまして、それに沿ってアメリカはソ連にいろいろ武器とかを送りました。このM3もその一環でした。で、今になってまたレンドリース法という言葉をリアルタイムで目にしてます。なんなんでしょうねえ、、、。
閑話休題。車体全面下部から生えてるツタ(のようなもの)は、採取したコケを貼り付けたもの。採取からかなり時間が経ってて枯れて茶色になってるので着色してます。コケはいろいろとほんと使えますね。

塗装のやり直しは誌面掲載時と大きく変わったかというと、段取り的にはそうでもないです。ラッカーのオリーブドラブをベースに、油彩でスミ入れ&ウォッシング、角の錆は油彩。隅っこの埃はピグメント、という感じ。
ただ、誌面掲載時よりは少し色の調整などを入念にやったかな?という感じです。

砲身、砲基部、車体の装甲など、ちょっとづつウェザリングの印象を変えようかなあ、、と思ったり思ってなかったりしつつぼんやりと仕上げているうちにできた、という感じ。
なんでそんなあやふややねん!って表現ですいません。でも、こういうのってほんとグネグネやってるうちに「あ、でけた」ってなるんですよ。

サビの流れ落ちた表現とか、もっとしたかったんですけど、もうこの辺でいいか、と〆ました。さっきと矛盾するかもですが。「あ、でけた」ってのはそういうの込み、ってことですね。
このキットはディテール再現が鬼のようによくできてるので、塗装がイマイチでも助けられます。塗装とディテールって相互補完してるような感じですよね。塗装がいくら凄くてもキットのディテールが甘いと生えないし、逆も同じ。この辺もプラモの醍醐味のひとつ、ですね。メーカーさんの気合と、作り手の気合をガッチャンコして、その組み合わせ内でできるだけいいモノを作る。こういう風に「送り手と受け手が一体化して、何か新たなものを創造する趣味」ってなかなかないよなあ、と。なのでプラモっていいなあ!と思います。

閑話休題(すいません)。で、このキットはキャタピラも可動式でして、こういう風に外れた様子にする場合には願ったりかなったりです。
とはいえ、ベルト式に比べると組み立てはメチャ大変なのですけどね。まあでも粛々と組み立てていけば、きちんと形になるというのはほんと凄いし有難いと思います。

村娘は、ミニアートの「SOVIET VILLAGERS」のフィギュアです。でも、ヘッドは作り直してます。誌面掲載のも作り直したんですけど、さらに作り直しました。キットをお持ちの方は「めっちゃいじってるじゃん!」ってなるかもですが、まあいいじゃないですか(笑)「村娘はこんな子じゃないとダメなの!そういうものなの!」という作者の妄想がスパークするとこうなっちゃう見本としてご査収ください(笑)
とはいえ、頑張りましたけどそれでもまだまだだなあ、と。フィギュアの造型は本当に難しいですね。塗装同様、なんかエポパテを盛って削って、グリグリやってて「もうこれが限界だー!」ってなってとりあえずオケ!とするような繰り返しです。いやほんとフィギュアって難しい、、、。

顔以外はほぼキットのままです。後姿のポーズや服の皺とか、とてもよく出来てます。ミニアートはもちろん、マスターボックスやICMなどウクライナのメーカーのフィギュアはどれもよくできてますね。国とかで何かそういう資質ってあるのかなあ、、。と思ってしまうくらい。
実際にやってみるまでもなく、水の入ったバケツを2個も抱えるのはかなり大変です。このフィギュアはその重みをきちんとキッチリ再現しているように思います。シャツやスカートの柄はラッカーの手描きです。

でも、重いものをもっててることはあまり気にしてないような女の子をイメージしながら作りました。
はたから見るとかなりキツイ仕事をしてるんだけど「あー、こんなのなんてことないわよ」って微笑みながら働いている人って素敵だなあと思います。そういう人に、私はなりたい(けど、絶対無理)。

というわけでお終いです。それにしてもM3リーはいい戦車ですよねえ、、。ほんと大好きです。映画「1941」はよかったですねえ。また観てみたいです。

次回は、製作時のポイントとかを書きたいと思ってます。でも間に別の話題を挟むかもです。

それでは。

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月刊ホビージャパンに米軍トラックの作例が載りました&トラックのキットの話題

2022年05月08日 | 模型の話題
今発売中の月刊ホビージャパン6月号に、模型のお仕事が載りました。今回は米軍の「G7107 4×4 1・5tカーゴトラック」(ミニアート 1/35)です。よろしければぜひご覧下さい。

こちらが表紙です。


カラー3P+スケールモデルコーナー扉で紹介してくれています。

単品作品で、製作のポイントなどあれこれ書いていますので興味のある方はぜひ。

キットはミニアートらしく精密でキッチリ、かつアクセサリーやデカールも豊富で、作っててほんと楽しかったです。

完成形を見ると「いかにもアメリカのトラック!」って感じでカッチョいいですね。トップとこの写真は私の撮影したものです。誌面ではもちろんもっとカッチョよく撮ってくださってます。

このあいだのオースチン装甲車やブルドッグトラクターと、ミニアートキットのお仕事が続いてます。これまで同様、とてもいいキットですよ。詳しくは記事をお読み下さい。

で、記事にもちょっと触れましたが、こういうボンネットトラックっていいですよね。「いかにもトラック!」って感じがします、、、って、それはもうオッサンの感じ方なんでしょうねえ、、。

ボンネットトラックは、私が子供の頃はギリギリたまに走ってて見かけるたびに食いついてましたね。今から考えるとどこに惹かれてたのかよく分からんのですが、要はクラシックな外見が良かったのでしょう。でもふと気が付くと全く見なくなってしまいました。寂しかったなあ、、。

さて、これまた記事にも書きましたが、トラックって戦車とか装甲車と違って地味な車両なのですが、私たちには身近ということもあるのか、昔から各社であれこれキット化されてますね。私も手持ちのトラックのキットはいくつかあって、どれもいつかは作りたいなあと思ってます。それらのいくつかを紹介してみます。

これは同じくミニアートのキットで、ある方からいただいたもの(ありがとうございます)。

好きとはいえ詳しいわけではないので厳密にどういうタイプかは知らないのですが。でもこういうクラシックなのほんとええなあ、と。

フィールドキッチンとセットになってて、作るのほんと楽しそう。

そういえば、このキッチン単体とフィギュアのキットもあって、それを結構前にホビージャパン誌で作例しました。これまたとてもいいキットでした。また紹介したいです。

レジンキットではこの2個くらい。WESPE MODELSの「FORD JA3」と「ISUZU 6×4」

もう20年くらい前のですが、いつか作ろうと思いながらいつまでも作らないまま(笑)ずっと持ってます。

フォードは何故キットになったのかよくわかんないですね。確かロシア軍かソ連軍かが使ってたと、何かの雑誌の新製品紹介に載ってたような記憶が。

かなりクラシックでヨシ!ですねえ、、。うっとり、、。なんであれ、これは軍用じゃなくて民間仕様で作るのがいいでしょうね。退色表現とか楽しそう。アメリカの田舎の風景にして、ギターケース持ったブルーズメンがヒッチハイクしてて、運ちゃんが「乗ってくかい?」みたいな感じで。そこは十字路で、運ちゃんを悪魔みたいな造型にする(笑)。あー、想像するだけだとほんと楽だなあ、、。

いすゞのキットは、当時日本軍のトラックなんてレジンでもインジェクションでも影も形も無かったので(多分)、飛びついた記憶が。値札見て腰抜けましたけど12180円(税込み)でした。ひえええ、、。今なら絶対買わない、買えない(笑)

でも、とてもよくできてます。メーカーさんの愛が感じられますねえ、、。丁寧に作ったらいいものになりそう、、。

で、お気づきの方もおられるでしょうけど、これファインモールドの「九四式六輪自動貨車」と同型です(多分)。要するにレジンキットあるあるの「高価なレジンキット買って大事に温存してたら、インジェクションが出て大暴落」の見本です(笑)

いつか作りたいとは思いますけど、これはさすがに作らないだろうなあ、、、。でも可哀想だなあ、、。でも作らないだろうなあ(どないやねん)。

で、そのファインモールドのトラックのキットは九四式のほかにもありまして、それがこれ。「1/35 トヨダG1型トラック」。これは以前も紹介しましたね。
これは2007年に「トヨタ技術会会員限定頒布」として作られたものです。要するに、一般的には非売品です。箱にはシリアルナンバーが。スゲーですねえ、、。非売品だったのですが、今でも中古品としてなら入手することができます。もちろん売りに出された時だけなんですけど。

内容的に、かなり気合が入っていてたまらんですね。
パーツ分割など同社の一般販売キットの感じより一歩踏み込んでるような気がします。これが「限定配布のパワーなのか、、」という(笑)もちろんこれもいつか作りたいと思ってます(だから死ぬ思いで2個買った)。

というわけでお終いです。トラックって身近なクルマなせいか、過去の見たことないような車両でもなんか親近感が沸くのが不思議ですね。これらのキットに限らず、作りたいのはいくつもありますのでそのうち着手したいです。

最後にお知らせです。

●京都の「ギャラリーソラト」さんの展示会に絵を出品します。

以前からちょくちょく参加していて、その都度お知らせしている展示会です。

今回のテーマは「幻想独逸展」。「<独逸(ドイツ)>の歴史、人物、文化等国のイメージ全般をテーマに自由に表現する展覧会」です。

会期は5月24日(火)から5月29日(日)。

私は展示する額装品と複製画数枚を販売する予定(通販可です)。

ギャラリーの住所や問い合わせ先などはこちらです。最近移転され、住所が変りました。

ギャラリーソラト
〒600-8475
京都市下京区風早町569-39ウインドファーストビル3階西側
mail:sawsininferno@yahoo.co.jp
tel:090-9698-9460

ブログはこちら。同展のフライヤーなどが完成したら随時UPされるそうですので、チェックお願いします。

以上です。よろしくお願いします。会期前に私のブログの更新がもう一度ありますので、その際にどういう絵を展示するのかお知らせします。とはいえ新規の絵はなくて、過去の絵を展示することになると思います。

それでは。

ホビージャパン、ほんと読んでくださいねー。


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ブラート襲撃車について。(その3・完)

2022年03月12日 | 模型の話題
というわけで3回目です。

前回までのあらすじ。

森男は、ツイッターで知り合ったシッポナ氏に蘭印軍の装甲車の存在を教えてもらう。しかし、呼称がよく分からない。オランダ在住の後輩で森男機関の在蘭諜報員(勝手に命名)W氏に意味を問い合わせる。シッポナ氏と相談の末「ブラート襲撃車」「ブラート遊撃警戒車」という訳語をつけた。やれやれ、と思いきや、、。※詳しくは前回、前々回をご覧下さい。

さて在蘭諜報員W氏は、今回の件に興味を持ったようでこの件に付随することについてアレコレ調べてくれました。その辺を要約して書いてみようと思います。

W氏は、オランダ語のサイトに「ジャワ通信(JAVA post)」というのがあって、そこでブラート社について紹介していることを知りました。著者は父母が蘭印にいて、戦争中は日本の収容所におり、自身も政府機関で勤務しインドネシアで子供の支援を行う財団と係わるなど、深い関係があるそうです。アドレスはこちら。
https://javapost.nl/2010/11/11/de-bewogen-geschiedenis-van-braat-nv/
リンク張っていいかわからないので、アドレスのみです。興味がありましたらご覧下さい、、、ってオランダ語なんですが。

W氏がこのエントリーを全部翻訳してくれたので(ほんとすいません)以下、かいつまんで紹介します。抜書き、ではなく私が翻訳を参考に再構成しています。私の所感や推測なども織り交ぜてますので、文責は私にあります。

で、その前に簡単なお勉強の時間です。そもそもインドネシアはどこ?どういう国?という話(インドネシアの人、すいません)。私もぼんやりでした。マレーシアとフィリピンの南、オーストラリアの北、にある国です。正式名はインドネシア共和国。たくさんの島(1万3466もあるそう)からなる国で、首都はジャワ島のジャカルタ。ブラート社のあったスラバヤはジャワ島西にあります。インドネシア第二の都市だそうです。

ジャワ、カリマンタン、スマトラ、スラウェシ、ニューギニアなどがおもな島です。ニューギニアは半分がインドネシア、半分はパプアニューギニアです(この画像では切れてます。すいません。)。マレーシアのすぐ南にあるスマトラ島に、日本軍が空挺作戦を行ったあのパレンバンがあります。

人口は2億4000万人超と、世界4位。300もの民族がいる多民族国家。16世紀頃からオランダの支配下となり、東インド会社を設立。以後20世紀まで統治。太平洋戦争で日本がオランダを破り、占領。日本の敗戦後再度オランダが支配しようとしますが独立戦争を経て独立。現在はASEANの盟主とされ、ジャカルタに本部があります。

以上かなりざっくりした解説でした。なるほど、、。今回の件がなかったらほぼ知らないことばっかでした。皆さんはどうですか?そもそもはマイナーな装甲車の話題だったのですが、それでこういう知識(浅いですが)が得られるのはほんといいですね。趣味の醍醐味であります、、。

さて、話を戻します。オランダの方のブログの話でしたね。

ブラート社は1901年、オランダの実業家B.Braat Jnz 氏がジャワ島スラバヤのNgagel地区に設立。お茶、砂糖産業向けの機械製造を専門としており、船舶用エンジン、軍用機器も製造していたとのこと。前々回書いたように、橋梁なども手がけており装甲車も生産していたわけですから、かなり立派な会社ですね。従業員は1000人以上おり、現地では有名な大企業だったようです。ブログには当時の工場の空中写真も添えられており、確かに結構な規模です。

グーグルマップで探してみると、今はフットサル場と緑地公園(?)になっているようです。川沿いの緑の縦長の四角の敷地がそれ。
参照元のブログが書かれたのは2010年で、どうも筆者は現地を訪れたようです。その際はこの土地は空き地だったと。その後整備されてフットサル場になったようです。

太平洋戦争中は日本のために稼動し、戦後のインドネシア独立後も存続。1971年、他の民間企業や国有企業と合併し「PT Barata Indonesia」という会社になり、現在もあります。つまり、同社は120年以上インドネシアの工業を支え続けているわけですね。社名が消えたとはいえ、血は繋がっていると。びっくり。

太平洋戦争中は、白人系オランダ人はじめ、インドネシア人ら従業員はまとめてこの写真の川の対岸にある収容所に収容され、そこから通勤していたそうです。当時、公務員や大企業の従業員など、日本の占領下で戦前からの活動を続けた人々は「Nipponwerkers(ニッポンワーカー)」と呼ばれていたとのこと。要は占領地の運営に協力したわけです。強制された人ばかりだったのか、自由意志で選べたのかどうかはわかりませんが、ブラート社に限っては収容所があったということでまあ基本強制だったんでしょうね。

彼らは識別のために、日の丸の腕章を付けており「ボールボーイ」と呼ばれていたとか。これは日の丸のボールと、野球やテニスのボールボーイの仕事をかけた「主体性のない、誰かの言いなりになる存在」という皮肉なニュアンスがあったそうです。

1943年7月、スラバヤは連合軍の爆撃を初めて受けます。「爆撃を誘導するため、現地内通者が地上から照明弾を発射した」という疑惑が浮上し、容疑者の捜索が行われました。結果、71名が拘束され、70名が処刑。彼らはほとんどがブラート社の従業員だったとのこと。これは関係者の間で「照明弾事件」として記憶されているそうです。

この件は、実際に現地内通者がいたのかどうか、本当に70名も処刑されたのか、などなど個人的には疑問点が多いです。内通(容疑)者が70人もいたというのは多すぎですし、ブログでは拷問で自白を強要したとありますが、これも真偽不明。こういう話は政治的に利用されることもあるセンシティブなものなので、はっきりしたソースが知りたいところです。

その後1944年5月、連合国によるスラバヤへの本格的な爆撃が行われました。目標はブラート社や近在の石油施設。ブラート社では約150人が犠牲に。連合国側の記録では、同社や石油施設に決定的な打撃を与えたとされており、実際この後同社工場はほぼ機能しなくなったようです。

「照明弾事件」同様、この爆撃も内通者の協力によるもの、という疑惑がでてこれまたブラート社の従業員50人が連行されました。こちらはほとんどが数ヵ月後に釈放されたとのこと。

これは戦後の戦争犠牲者調査サービス(ODO)という組織によって調査されたものだそうです。この組織がどういうものかは不明。戦後の戦犯容疑者を洗い出すための組織だったのでしょうか。先の「照明弾事件」と結果が違いすぎるのも変ですね。なんであれ、この手の話はきちんと調査・裏取りをして、可能な限りはっきりさせないといけないのでしょうが、今となっては難しいでしょう。

インドネシアは、太平洋戦争緒戦に占領され戦争中は戦場にならなかったので、どんな感じだったのかよく考えると全く知りません。爆撃があったということも初めて知りました。こういう感じで知識のエアポケットみたいになってることがたくさんあるんだろうなあ、、と。

さて、このブログ記事のコメント欄には、いくつか興味深いやり取りがあるようで、W氏はそれも翻訳してくれました。

「ブラート社は蘭印軍向けに、ブラート襲撃車以外に何か製造していたのか?」という質問が。筆者の回答は「はっきりした資料はないが、同社は39-42年の間、軍関係の生産のみを行っていたという印象。襲撃車以外にはヘルメットを製造していた」とのこと。同軍のヘルメットは非常に印象的で、あれを作ってたのかー、と。

この記事については以上です。

次に、フェイスブックでもブラート襲撃車の投稿があった、と。アドレスはこちら。
https://www.facebook.com/HCRSPB/posts/alles-aan-boord-mannen-wapens-munitie-proviand-water-stop-de-gitaar-moet-ook-mee/526317594752922/

アカウント主は、オランダ軍の「Stoottroepen」という連隊の歴史を紹介する小さな博物館(資料館?)のようです。この投稿では、簡単にブラート襲撃車について紹介されています。そこに一つ興味深い記述が。襲撃車の設計者の名前があるのです。

それは蘭印軍軍人「Luyke Roskott」氏と。これは初めて知る情報です。装甲車の性能についての記述は他のサイトの情報とも一致しますので、確度は高いかと。なんといってもオランダの人が書いた情報ですからね。

W氏はこのLuyke Roskott名で検索してみたところ、オランダ公文書館HPに同氏が捕虜になった際の日本側の記録(収容者カード)が出てきたそうです。それがこれ。

公開されているので転載してもいいのかな?もちろん画質は落としてます。

こういうのも保存公開されてるんですねえ、、。「爪哇」はジャワ、のことです。日本語読みはルイケ・ロスコット。階級は大尉。職業はエンジニア、所属部隊はmotor transporter(車両輸送部隊)。設計者である可能性はかなり高いですね。もしそうならここで日本と繋がったわけです。うーん、凄いなあ、、。歴史探偵団(なんじゃそら)みたい、、。

で、備考欄に日本語で「昭和20年10月、連合国に引き渡す」とあるので無事戦争を生き抜けたようです。これはよかった。オランダに帰国したのかな?

ルイケ氏が本当に設計者なのか、もしそうならどういう経緯で開発に加わったのかなどなど知りたいところ。しかしそれもなかなか困難ですね。今後、何らかの情報が入ってくることを期待したいと思います。

絵にするため写真をずっと見ていて感嘆したのですが、ブラート襲撃車・遊撃警戒車ともども、よくよく見るとかなり洗練されたデザインです。被弾経始についてはほんとよく考えられており、とても現地急造とは思えないレベル。

後部のスペースの張り出しは、機銃架を360度回転させるものだと思うのですが、ここも被弾経始を考慮して菱形にしています。かなり凝ってますよね。

同時期の英米の装甲車のスタイルとは全く違うのも面白いです。普通なら身近な車両を参考に、それらしくすると思うのですが。ドイツの222などを参考にしたのかもしれませんが、時期・地域的に存在を知っていたとも思いにくいです。なので、私はゼロからこういう形状を創作したんじゃないかと思ってます。かなりの設計者だったんじゃないかと、、。

ちなみに、この車両は現存していないのですが、全く同型の軌道用車両(レールカー)がありまして(恐らく足回りだけを変えたもの)、それはインドネシアの軍事博物館に保存されています。ここは、ほぼ完全体のチハが展示されているところ(アーマーモデリングで紹介されてました。主砲が鉄パイプの長砲身で塗装もでたらめなのですが)なのでご存知の方も多いのでは。そんなこんなで一度見学してみたいですねえ、、。

というわけで、以上はW氏からの提供された情報の要約でした。いやー、装甲車の名前を知りたいというスタート地点からあれこれと広がってしまいました。断片的ではありますが、当時の蘭印の状況がおぼろげながらでも知ることができたのはよかったです。

さて、こういう風に知識を得ることができた(ほぼ人まかせ、でしたけど)のですが、それは全て海外のウェブからのものでした。外国語だとどうしてもピンと来ない部分もあります。蘭印軍についても、もうちょっと知りたいなあ、と日本語の書籍で何かないかしら?と思って探してみましたがやっぱりないんですね。蘭印史、についてはいくつかあるようでしたが。

そして、いまさらですが日本が太平洋戦争で戦った国はアメリカとイギリスだけではないのです。オランダ、オーストラリアも交戦国なのですね。でも、米英に比べて資料は非常に少ない。オランダは開戦当初に降伏したのでなおさらのようです。そもそも、日本はオランダとオーストラリアと戦争していた、ということ自体が忘れ去られようとしている、と言うのはいいすぎでしょうか。その証拠に、日本語の書籍ではまあ見当たらないわけです。過去の本ではあったとしても新刊ではまあでないでしょう。

じゃあ、洋書では蘭印軍を紹介したものはあるのかな?とざっと調べてみましたが、2冊が見つかりました。でも1冊はちょっと高価でしかも入手方がよくわかんない。もう1冊はオスプレイのシリーズでした。オスプレイというのはイギリスの出版社で、このシリーズは古今東西の各国の軍隊や部隊を1冊で(ペーパーバックの薄い本ですが)紹介するという有名なものです。

とりあえず、購入してみました。

このシリーズはとりあえずの入門編としては定評があります。この本も一通りきちんと丁寧に蘭印軍について解説してくれているようです。ようです、というのは英語なのでちゃんと読めてないのです(笑)写真などを見ると、実に濃くて、かなりの資料となっているようです。ようです(笑)。まあ、機会をみてちょこちょこ読んでみたいと思います。

で、さっきの「日本は実はオランダと戦争してた」という話のつながりでは、日本とオランダは戦争前からずっと密接な関係を持っていました。ご存知の通り江戸時代からの付き合いです。長崎、出島、ですね。こちらは平和的な友好関係でした。江戸時代はずっと、オランダは日本にとって西洋の重要な窓口として存在していて、オランダも日本との交易によって利益を得ていました。

私は歴史漫画の「風雲児たち」(みなもと太郎著)が大好きでして、中でも前野良沢らが「解体新書」執筆に奮闘するあたり(コミックス5-12巻くらい)が特に好きです。これを読むと、本当にオランダから多々の恩恵をこうむっていたことが分かります。鎖国の中で細々ながらも海外の知識を得た人たちが、少しずつ醸成した知識や技術を後身にバトンタッチしていたのです。そのおかげで、幕末の突然の開国のドタバタもなんとか凌げることができたんだなあ、と。この辺については「風雲児たち」を読むとよく理解できます。

そんなこんなで、日本とオランダとの関係は深かったわけです。でもその割に、今は結構忘れられてるのかもなあ、と。私自身、今回の件で久しぶりにそこに思い至ったわけです。インドネシアとの関係もそうですけど、知らないというのはアカンよな、と。そもそもの話ですがそう思ったのですね。

そもそもは装甲車がきっかけだったんですけど、なんか変なところに来ちゃいましたね。すいません。まあでも、趣味の面白いところはこういうとこにあるんじゃないかな、とも思います。ある一つの興味が、次、次と繋がっていく醍醐味、といいますか。だからといって私も今すぐインドネシアやオランダの本を読んで研究を始めるわけではないのですが、それでも興味の取っ掛かりとして自分の中に「フック」ができたことはよかったな、と思います。なんじゃそら、ですかもですが、それがあるとないとでは大違い、じゃないかと。

なので、今回の一連のエントリーも、どなたかが読んで、もし何かに興味を持ってあれこれ読んだり調べたりすることになってくれたらほんと嬉しいなあと思います。きっかけの大事さって、そういうことだと思います。

というわけで、お終いです。長かったですね(笑)このテーマについては一旦これで〆させてもらいます。もし何か進展があればUPしたいと思います。

で、何度も書きますけど、そもそもはブラート襲撃車がカッコいいなあ、というところからだったんですね。っていうか私は究極的にはこのブラート襲撃車のプラモがあったらそれでいーんですけどね(笑)そういう思いで作ったのがこのイラスト、というわけです。

タ●ヤさんからMMで出たら嬉しいんですけどねえ、、。まあ、絶対無理か(笑)

最後に、情報をいろいろと提供して下さったシッポナ氏と、忙しいなかアレコレと調査して下さったW氏に重ね重ねお礼申し上げます。ありがとうございました!

それでは。

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ブラート襲撃車について(その2)

2022年02月27日 | 模型の話題
というわけでブラート襲撃車の話の続きです。

前回までのあらすじ
蘭印軍が使用していた装甲車に魅せられた森男は、その絵を描こうとする。んが、その車両の名前「Braat overvalwagen」の意味がよく分からない。幸い、オランダ在住の後輩W氏がいたので、その辺を問い合わせることに。すると、あれこれ興味深い内容があることがわかってきた、、。詳しくは前回のエントリーをご覧下さい。

というわけで続きです。まず「overvalwagen(オーバーファルワーヘン)」の意味からでしたね。W氏によりますと、overvalはやはり英語ではraidやattackの意味だそう。wagenはご存知の通りcar、ですね。要するに、アサルトカーでいいわけです。翻訳としてはブラート突撃車、攻撃車が妥当なところでしょう。

ところが独語や蘭語は単語をつなげると独立した単語になることがあるようで「overval wagen」と「overvalwagen」ではまた違う意味になるとのこと。「?」ですが、でもわからないでもない。どの言語にもあることかもです。

日本語では「新幹線」が分かりやすいかも。「新」と「幹線」は別の単語です。それぞれ「新人」「幹線道路」などといった別の単語と組み合わすことでいろいろな意味を持ちます。しかしこの2つを組み合わせた「新幹線」という単語は、あの列車しか連想しないし、事実上固有名詞です。そういうこと、、じゃないかな、と(すいません今思いついて適当に書きました)。

で、W氏が「overvalwagen」で調べると、3つの意味が出てきたそうです。在蘭歴の長い同氏ですが、この単語を調べるのは初めてだったとか。W氏はミリタリーマニアでもなんでもないカタギですからね。まあ、そうでしょうね、、。

その意味は以下の通り。
1)「警察官のグループが迅速に現場に向かうための車両」
2)「多数の被拘束者の輸送に使用する車両」
3)「強盗で使用される車両」

1)は屋根のないトラックっぽい車両にわさっと警官が乗り込んでる画像が出てきたと。銭形突撃隊のCMPみたいな感じだそうです。
2)はトラックの荷台に拘束者を複数乗せてるようなイメージ。フーリガンや暴動などで大量に出た拘束者を載せるバスっぽい車両も該当するそうな。
3)犯罪者が強盗に向かうに当たって、仲間とギュウギュウになった自分たちの車を揶揄して表現するような単語、いわゆるスラングの類のようです。

というわけで、大枠では「警察が使う人員輸送車」みたいな意味があるようです。意味として近いのは1)っぽいですね。

3)は要するにそういう車両があることが前提としてのスラング、ということでしょう。なので、前回書いた翻訳サイトの「強盗車」というのはある意味で正しかった、ということです。うーん、ディープ●、侮れんな、、(褒めるなら伏字にするなよ)。

それはそれとして、どうも語彙的に軍用車というより警察車両のようなテイストがある気がします。でもoverval単独の意味として攻撃・突撃などの意味があるのならば、その辺も加味したい。そもそも、ですが蘭印軍(KNIL)にはどうも警察軍のような性格を持っていたようです。植民地軍ですから、その任務は外国の侵攻に備えるだけでなく、国内の治安維持もあったでしょう(むしろこっちが重要なのかも)。この辺は資料に乏しくてなんとも、なのですが。

というわけで警察軍、として考えると警察で使う名称を冠してもおかしくはないわけです。逆に、軍用車のような名称だと変になるかな?とも。

そこで「ブラート襲撃車」という呼称を考えてみました。襲撃なら、攻撃よりは穏健な表現ですし、警察車両的なニュアンスがあったとしても妥当な線かな?と。そして私が単純に九九式襲撃機が好きだという(笑)

そこでシッポナさんにこれまでの経緯込みで相談してみました。快く賛同してくれました。

というわけで、2人の談合の末、めでたく「ブラート襲撃車」と決定したのでした。要するに勝手に命名しちゃったわけです(笑)

しかし、こういうのってほんと大事だと思うんですよ。とりあえずでも、まず誰かが日本語表記しないと、ずっと「Braat overvalwagen」のままですし、それではいつまでも日本では浸透しない(いや、浸透しなくても別にいいっちゃいいんですが)。

でも、魅力的な車両なのでもっと知って欲しい!のですね。なので先陣をきってあえて命名しちゃったわけです。後日、どなたか専門家の方が妥当な訳を当てはめてそれが一般化しても全然別にいいわけですからね。先週も書きましたが何よりもまず、自分の中できちんとすっきりする形で心の中に収めたかった、というのが大事なので。

うーん、それにしても「ブラート襲撃車」ってなかなかイイ感じの名称だと思いますけどね。鹵獲した日本軍がいかにもそう呼んでそうでもありますし(笑)

というわけで一件落着、、、、と思いきや、まだ宿題は残っていたのでした。

ブラートの装甲車は、実は何種類かありまして、しかもそれぞれ形が違う上に名前も別です。
こちらが「Braat stadswacht overvalwagen」

装甲の面構成や車体長など、完全に別の車両です。そのためか名前も変わっています。ベースとなったトラックも、キャブオーバー型じゃなくてボンネット型でしょうね。

これはブラート襲撃車の対空型、と呼ばれているものです。

飛行場などの防空用車両のようです。中央の機銃はブローニングM2の水冷型。水冷型は米海軍などが艦艇用に装備していたものです。周囲のはビッカースです。

防空用ならM2のみでいいような気もするので、必ずしも防空専用、というのではなかったのかもしれませんね。車体の装甲板の面構成が似てますが、ホイールベースが少し長いです。また、前面下部に襲撃車には見られないスリット状の装甲グリルのようなものも見えます。なので、そんなこんなで別の車両と捉えていいようです。

しかし固有名称はないようで、ただ「Braat overvalwagen」の対空型、となっているようです。

さて、「Braat stadswacht overvalwagen」です。

「stadswacht」 という新たな単語が出てきました。これまたW氏に問い合わせます。ここまでに何度もW氏とやりとりしてて、ほんと迷惑極まりなく申し訳なかったのですが、いきがかり上仕方がないのでW氏もあきらめてくれたようです。人をタダ働きさせるコツは「いきがかり上という土俵に持ち込んで巻き込む」、という点です(ほんと嫌な先輩だな!!)

これくらいの時点で、W氏は森男機関の在蘭諜報員W、に勝手に任命されました。森男機関とは「誰やお前?的な機関長の超個人的な興味本位の物事を適当にかいつまんで調べ、確たる根拠のないあやふやな情報を、さも真実のように誰も読まないブログにUPし、グーグル検索に引っ掛かりもしないのに世界中に撒き散らした気になって悦に入るのを目的とする」という非常に恐ろしい組織なのです。

さて、それはそれとして「stadswacht」です。英語サイトではcity guard と訳されています。W氏もこの置換は妥当だとのこと。要するに「市内(ないしは都市)警護車」のような意味になります。日本語だと「スタッツワフト」と表記するのが妥当なそうです。

この単語には、市内警備の補助(駐禁取り締まり、パトロールなど警察の下請け的な位置)というニュアンスもあるようです。

さらに、ウィキのstadswachtの項目には1980年代のオランダ、ベルギーでは地方自治体の監督者、執行者という意味で使われ出しているようです。でもこれは比較的新しい例です。

W氏は「じゃあこれ以前はどうだったのか?」と調べると、中世の街の警護っぽい意味合いで使われていた例がベルギーであったとか。

そもそもwachtには英語でいうところのgaurdの意味が含まれている。「場所など何かを守る人」というニュアンスがある。レンブラントのあの名画「夜警」はオランダ語では「De Nachtwacht」だそうです 。なるほど、、。

なので「これらの車両が作られた当時の人には、stads+ wachtと聞けば脳内にはなんとなくレンブラントの夜警的な、ああいう集団がイメージされたのでは」「1914年の刊行された本に兵隊言葉で、警備員的な意味で使われていたらしい」(W氏の報告より)うん、いいぞいいぞ諜報員W!

以上の報告から、改めて写真を見てみると、確かに軍用車というよりは重装甲の警察車両、というのがぴったり来る気がします。固定武装もないし、恐らく天井は開いているでしょう。日本の警察の装甲車がありましたけど(あさま山荘で使われたやつ)、あれに似たオーラがあるようなないような、、。結局、先に書いたように、警察軍のようなイメージがついてまわるんですよね。

で、まあなんであれこれらの調査結果をシッポナさんに報告。また談合タイム(笑)

以上の経緯を鑑み、シッポナさんはこの車両に関しては、overvalの訳を「襲撃」から軍・警察が共に用いる「遊撃」に訳し直し、「遊撃警戒車」という呼称を提案。いやそれはメチャカッチョいい!ということで満場一致で「遊撃警戒車(遊警車)」に決定。

というわけで、こちらもやっと名前が決まったのでした。

言葉というのは、身近で何気なく使っているものですが、よくよく考えると不思議なもので、単語一つとっても改めて見直してみるといろいろな気付きがあります。最初にあげた「新幹線」もそうですが、バラバラにすると普通の単語なんですけど、組み合わせると一つの意味にしかならない。そしてそれは単に言葉という括りだけではなく、その言葉を使う国の歴史の流れの中で意味が付与されていく(こともある)。面白いですよね。

つまり言葉って、勝手に突然ポンと産まれるものではなく、政治や経済、文化、自然などなど人間の関わる、あらゆる環境や状況によって徐々に形作られていくわけです。それは外国でも同じことで、先につらつら書いたように、いろいろな物事を経て「もの」に「名前」が付いていく。そういうのを出来るだけきちんと把握したいなあと思っています。なので、こういう風にこだわっているわけです。

でも、今回実は私は何もやってないんですけどね(笑)お気づきでしたか。ワハハ。

で、諜報員Wの報告はそれ以後も続き、そもそもは装甲車の名称を調べるはずだったの話がさらに膨らんでいきます、、、って、まだ続くのかよ!

でもまあいきがかり上しかたないと思って(笑)よろしければもうちょっとお付き合い下さい。

写真はシッポナさんから頂戴したものです。シッポナさんからは資料提供含め、多々示唆を頂きました。W氏には翻訳作業などいろいろと協力して頂きました。両氏に改めてお礼申し上げます。


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ブラート襲撃車について(その1)

2022年02月13日 | 模型の話題
今回はブラート襲撃車について書きたいと思います。
いきなりなんのこっちゃ、ですね。これは第二次大戦の開戦時、インドネシアを植民地にしていたオランダの軍隊、蘭印軍が装備していた装甲車です。

蘭印軍は、本国のオランダ軍とは別の独立した組織だったようです。いわゆる植民地軍ですね。正式な呼称は王立オランダ領東インド陸軍(原語ではKoninklijk Nederlands Indisch Leger・略称KNIL )といいます。

オランダ軍と別組織であり、本国から遠く離れた土地ということもあってか、車両はじめ大砲や銃器など兵器についても独自に調達・装備していたようです(もちろん重複しているのもある、、と思う)。

この装甲車も蘭印軍が独自に装備していたもので現地で設計・製造されたものです。生産数は極少数のようなのですが(25台程度)、その仕様など含めはっきりしたことは分かりません。

ただ、写真などはそれなりに残っており、いくつか目にすることができます。名前は「Braat overvalwagen」といいます。
あ、見たことある、という方もおられるのでは。

見ての通り、とても個性的な姿でカエルみたいです。可愛いかつカッコイイ装甲車です。
※2022年5月5日追記
この擱座した襲撃車の写真の提供者から連絡を頂きました。この写真は静岡連隊(歩兵第230連隊)従軍カメラマン柳田芙美緒氏撮影によるものです。提供者は日向昭了氏です。キャプションをつけることで継続して掲載する許可を頂きました。この場をお借りしてお礼申し上げます。ネット上の写真を無断で使用することは一般的に行われていますが、厳密にはアウトな行為です。過去の写真ということで当方の判断が非常に甘かったと反省しております。日向氏には心からお詫び申し上げます。

エンジンや足回り、シャーシはシボレーの1939年式のCOEトラック(キャブオーバーエンジン式・操縦席がエンジンの上部にあるタイプ。今のトラックと同様の構造)をそのまま流用しており、上部の装甲部を新規に製造したものです。

装甲は最厚部で20ミリ。その他は12ー6ミリ。結構な厚さです。日本の九五式軽戦車の最厚部が12ミリですからね。武装はビッカース7.7ミリ機銃1丁。これは写真を見る限り航空用の空冷型のようです。

乗員は2名(ドライバーとガンナー)で、12人の歩兵を搭載でき、路上で時速90キロで走ることができます。

というわけで、結構な性能の装甲車だったようです。これらのスペックは海外のサイトから引用したものです。どのくらい確度のある情報なのかは判然としないのですが、、。ここを参考にしました。かなり詳しく書かれています。リンクしていいのかよくわかんないので、アドレスだけ貼っときます。
https://tanks-encyclopedia.com/ww2/Netherlands/Braat_Overvalwagen.php

この車両は日本軍との戦闘後も可動状態で鹵獲されたようで、日本軍も鹵獲使用していました。
日の丸がカッチョいいですね。兵士たちの「勝ったぞー!」という喜びが伝わってくるいい写真です。
※2022年5月5日追記
この写真も日向氏が入手されたものです。先の写真同様、静岡連隊(歩兵第230連隊)従軍カメラマン柳田芙美緒氏撮影によるものです。提供者は同じく日向昭了氏です。キャプションをつけることで継続して掲載する許可を頂きました。

この写真を元に描いたのが最初のイラストなんですね。これらの写真はツイッターでシッポナさんがUPしているものをお借りしました。

私は子供の頃からあれこれ戦争関係の本を読んでいました。その中でチラッとこの装甲車を見たことがあります。多分、マレー戦の日本軍戦車部隊の活躍を紹介した本だったような。その写真の中に写ってたんですね。「変な装甲車だなあ」くらいに思ってそのまま忘れてました。

で、前述のシッポナさんは日本の空中挺進部隊(空挺部隊)の研究をされている方で、あれこれとその成果(非常に濃い)をツイッターやブログで発表されています。その流れもあってこの装甲車も研究対象となっており、これらの写真を発掘されてあれこれUPされていました。それを見て「あ、これだったんだ」と思い出したわけです。で、改めて見ると凄く魅力的な車両であることに気付きました。

で、絵を描きたくなって最初の絵ができたわけです。

しかし、絵を描くに当たってまず気になることがありました。
「Braat overvalwagen」
という名称の意味が分からない。なんと読むのかも分からない。
絵に描くなら名前なんて関係ない、と思われるかもですがこういうの気になるんですね私。まず名前がはっきりしないとなんか気持ちが入らないのです(いっちょまえの絵描き気分だな)。

まず当然これはオランダ語であろうと。先のサイトでは「Braat assault vehicles 」と訳されています。Braatは恐らくメーカーなどの固有名詞なんだろうな、と。アサルトビークル、なので直訳で突撃車輌、つまり装甲車、みたいな意味なのでしょう。オランダ語で翻訳サイトで訳してみたのですが「ブラット強奪車」「強盗車」というなんとも剣呑な結果に。強盗車って(笑)

というわけで私の能力的に調査の限界にきてしまいました(早いな!)

そこで、オランダ在住のW氏に聞いてみることにしました。W氏は学生時代の後輩で、いろいろ経て経てオランダに住んでます。在蘭歴は10年以上(20年近い?)で当然オランダ語ができます。

W氏は多忙なので、こういう特に急ぎでもないどーでもいー用件(しかも無償)を依頼するのは大変非常に心苦しかったのですが、すぐ先輩風を吹かしまくる私のような嫌な先輩を持ったのが運の尽き。私は涼しい顔で当然のように問い合わせます。W氏は嫌な顔ひとつせず(メールだから顔見えんしな)すぐ調べてくれました。

Braatはやはりメーカーの名前でした。日本語ではブラートという表記が適当なようです。正式名はMachinefabriek Braat N.V. (ブラート機械工場)。当時ジャワ島のスラバヤにあり、オランダ人ブラート氏が1901年に設立した企業でした。鉄橋建設、石油産業や海運向けの機械を製造。第二次世界大戦中は防衛関係のインフラに貢献したとのこと。オランダ語のウィキに項目があるようですが、読めない、、。

 で、overvalwagenは「オーバーファルワーヘン」と表記するのが適当なようです。ワーゲン、じゃなくてワーヘンなのが面白いですね。

で、その意味なのですが、、、とここまでで結構長くなってしまいました。その後の経緯を考えると1回で済まそうとするとメチャ長くなりそうな予感が、、。なので今回はここまでにしたいと思います。

気を持たせんじゃねーよ、って感じですけど、ご了承ください。その後の展開もいろいろ面白く興味深い感じになりまして、1回じゃもったいないんですよ(笑)



というわけでまた。

この件に関して、シッポナ氏とW氏には多々情報を頂きました。この場をお借りしてお礼申し上げます。


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