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山本有三記念館を訪ねて

2015-04-14 17:20:47 | 画像をすべて表示
 暖かい春の陽気に恵まれた4月12日(日)三鷹市山本有三記念館へ行って参りました。
山本有三は≪1887年(明治20)~1974年(昭和49)≫大正から昭和にかけて活躍した日本を代表する小説家、劇作家であり政治家でもあることは有名です。

記念館は井の頭公園近くの玉川上水南岸の風の散歩道沿いに建つ重厚な2階建洋館です。執筆に適した環境を探しているときここ(当時三鷹村、今の三鷹市))の静かな環境が気に入り、1936年(昭和11)母、妻、4人の子どもとともに移り住みました。
ここで有三は「路傍の石」「波」「真実一路」や戯曲「米百俵」などを発表し華やかに文壇にデビューします。私は高校時代ごろ「路傍の石」を夢中になって読んだのが思い出されます。中学校の試験に失敗した吾一が鉄道自殺しようとして、教師から「たった一度しかない人生を本当に輝かしださなかったら、人間、生まれてきたかいがないじゃか・・・・」というところは鮮明に覚えています。吾一少年が種々の困難を乗り越えて成長していく姿が感動的でした。

大正末期に建てられた記念館は本格的な洋風建築で、石を自然に積み上げたような煙突、個性的にデザインされた暖炉や階段などが見どころです。様々な建築様式が融合されています。
また有三ゆかりの遺品や資料を中心に展示されています。

呉服商の長男として栃木市に生まれた有三は少年期は市内の学校で学びますが、向学心に燃え、やがて上京し大正4年東大独文科を卒業し、文筆活動に励みます。
2年前の紅葉のころ、栃木市を訪れ太平山に建つ山本有三の文学碑や蔵の建物の「山本有三ふるさと記念館」を親戚の方に連れて行って頂いたのが懐かしく思い出されます。

戦後、進駐軍の接収に遭い有三はやむなく転居しました。「三鷹は私にとって忘れがたい土地である」と語っています。1996年(平成8)に「三鷹市山本有三記念館」として開館しました。


井の頭公園


栃木市:山本有三の記念碑


栃木市:山本有三ふるさと記念館


記念館を後に、「風の散歩道」の通りを歩いて井の頭公園に向かいました。桜はもう過ぎましたが日曜日でしたので賑わっていました。今回は親戚の方をご案内したり、多くを語り合い楽しい二日間を過ごし幸せなひとときでした。12日は快晴でラッキーしたが、昨日は冬に逆戻りで寒い一日でした。中々天候が定まらず寒暖の差が大きいのでお互いに気を付けて過ごしましょう。