友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

思い込みとすれ違い

2008年05月19日 19時03分58秒 | Weblog
 中学のクラス会に来られなかった女友だちのところへ、みんなで行こうかということになった。なったというのは、みんなでお酒を飲んでいた時の話だったので、誰がどのように計画するか、何も決めていなかったのだ。私が友だちに、そちらの二人の都合の良い時を決めて、来られなかった友だちがその日でOKなら、他の人には私が連絡するからと伝えた。その友だちが、「彼は都合が悪いんだって」と言うので、「じゃー、もう一度都合の良い日を聞いてみて、行ける人だけで行くことになるけれど、仕方ないじゃーないの」と話したつもりだった。

 あれから、いくら待っても友だちは何も連絡してこない。なかなか調整が難しいのかなと思っていたら、友だちも「ミニクラス会はどうなっているんだろう」と言う。思い違いというか、すれ違いというか、こういうことが多くなってきた。カミさんは「あなたはホントに思い込みが激しいのだから」と、たいていの悪いことは私の思い込みのせいだと、非難する。言われてみると確かに私は確認もせずに思い込んでいることがある。

 高校時代の初恋が悲しい結末となったのは、正しくその思い込みだったのに、未だに学習できていない。単なる連絡事項の場合なら、間違って恥をかくより、前もって恥をかいておいた方が傷は小さくてすむから、「ごめん。アレはどういうことだったケ」なんて聞いて確かめることができる。しかし、人の気持ちとなるとそういうわけにはいかない。私が彼女を好きであることは間違いないからというので、彼女と会って話もしないで、彼女だって私が好きに違いないといい気になっていた。彼女から「あなたが見ているのは私ではなく、あなたが作り上げている私なのよ」と指摘されて、愕然とした。私はトータルな彼女を好きになっていたはずなのに、全く彼女を見ていなかったのか。地獄に突き落とされる思いだった。

 大切な人との関係は、なかなか仕事の時のように割り切って「確認」をするわけにはいかない。人のコミュニケーションの取り方は微妙で難しい。自分では「誠意」を尽くしているつもりでも、その判断基準は受け取る人で違ってくる。12年間、友だち以上恋人未満を続けている友だちが彼女との間が修復できて、「『彼女.の気持を大切にしなければ、』 私は、知らず知らず、何度も自分に向かい、その言葉を呟いていた。」とブログに書いていた。彼は彼女の気持ちをどのように確かめているのだろう。これも余計な私の思い込みかもしれない。
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