友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

全国学力テスト

2007年04月25日 20時42分12秒 | Weblog
 昨日、全国学力テストが行われた。
 そのために全国で唯一参加しなかった犬山市が、テレビで何度も取り上げられていた。その度に、教育長の瀬見井さんが映し出され、自論の「教育に競争原理はなじまない」を展開していた。孤立無援の中でよく頑張っている。さすがに骨のある人だと感心した。そういえば何年か前だが、議会で教育問題が取り上げられていた時、当時の教育長がやはり「教育に競争原理はなじまない」と発言していたことを思い出した。そう言っていた教育長の自治体も今回の全国テストに参加している。

 私の先輩で、学生運動のリーダーだった人も今では教育長を務めている。彼は当時、文部省の教育行政を痛烈に批判していた。「教育は即戦力の労働者を作るためだ」とか「君が代・日の丸こそは国家権力の象徴だ」とか、論理的で頭のキレが良くて彼に敵う者はいなかった。また彼は「自分が教えた子どもと結婚する教師はサギ師だ」と私に言った。きっとそういう教師に出会ったのだろう。私は彼の言葉をそのまま受け止めてきた。大学を卒業してから、どこで何をしていたのか全く知らなかった。

 新聞で、彼が教育長に任命された記事を見てビックリした。さぞユニークな教育行政を展開しているものと期待したが、全くの期待はずれだった。何よりも驚いたのは、彼の奥さんは彼の教え子だということだった。もちろん、人が誰を好きになろうと誰と結婚しようと自由だ。「教え子と結婚するような教師はサギ師だ」と言っていたことは言わなかったでもいい。もっと大事なことは国家の教育行政と彼の思想とがどのように整理されたのかということだ。昔、言っていたことと違ってもかまわないと思うけれど、少なくとも自分の中では整理が必要であるし、影響力を持った人間であるならなおさら自分の思いを語るべきであろう。

 東京都知事選挙で浅野氏を担いだ人々、特に社会的に大きな影響力を持っている人は自分の思いを語って欲しい。上野千鶴子さんなどはどのように考えているのだろう。日本人は過去のことをいつもあいまいにしてきた。「水に流す」ことで問題を掘り下げずにきた。戦争が終わって「一億総懺悔」ということで、責任の所在を明らかにせずにきた。同じじゃないかと思うのは私だけなのだろうか。
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