友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

新しい時代の女性を描く作家

2023年07月17日 18時17分27秒 | Weblog

 延江浩氏の『J』を読み終わった。「J」は瀬戸内寂聴さんのことだが、主人公の母袋晃平がよく分からなかった。寂聴さんの愛人で、SEXの相手として描かれているが、彼の思いは描き切れていないように感じた。

 本の帯に「母袋はJのことをよほど誰かに話したかったのだろう。私(作者のこと)は仰天し、痺れながらも手帖を取り出した。贅沢な恋愛をさせてくれたJと別れ、ただの男になりさがって家庭に戻り、かつての恋人の死を知った母袋の声はしとしとと降る小雨のように寂しげだった」とある。

 もちろん作者は、母袋のことよりもJについて書きたいのだから仕方がないが、それでは母袋はただの添えものになってしまう。本の最後に参考文献が47点もあるが、それだけ瀬戸内寂聴さんについて読み調べている。そのせいか、本の構成は短い章でつながっている。

 「母袋が付き合ったJは、比類なくドラマチックな展開と力強さに満ちた私小説を著した。緊張を孕んだ状況を設定した上で、読み手に、お前ならどうすると選択を迫り、人生の渦に誘いこんだ。Jは、自分の伝記を書かれるようなことがあれば、噂話の類があたかも真実らしく語られるのではないかと危惧もしている」。

 「文字の向こうでJがにやにやしている。油断ならない女である。人生で会った男を喰い、文章にしてしまったのだから。『ならば今度はあなたが生贄になる番です』と私は考えた。『あなたをむさぼり喰って、この手で文章にして差し上げよう』」と、本の意図を書いている。

 私は瀬戸内寂聴さんの作品は、『美は乱調にあり』しか読んでいないので、新しい時代の女性を描く作家くらいの認識しかなかった。テレビで見る寂聴さんは、法衣を着て、人を笑わせる、憎めない、おちゃめなおばあちゃんでしかなかった。

 もちろん、作家の井上光晴氏との不倫のことは、井上氏の娘である作家の井上荒野さんの『あちらにいる鬼』を読んで知っていた。家族ぐるみの付き合いになっていて、こういうのも不倫なのかと思ったが、寂聴さんと男の関係は皆、よく似ている。

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