友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

攻撃よりも降伏の方が命を救う

2009年08月10日 21時47分45秒 | Weblog
 台風が近づいてきているというが、雨も風もなく穏やかだ。昨夜は今年になって始めてクーラーをつけたままで寝た。昼間は暑くて耐えられずクーラーをつけることはあっても、夜は涼しくなるから滅多につけることはない。夏の間で、熱帯夜となるのは5日間くらいではないだろうか。昨夜は暑いというよりも蒸し風呂のようにベットリとしていて、これでは寝られないとクーラーをつけた。
 
 今朝方は雨が降っていたのに、午前9時くらいからは全く雨が降らない。それでもかなりの湿度だと思う。通路でコガネムシが仰向けになってバタバタしていた。時々こんな風にひっくり返って慌てて手足をバタつかせている昆虫を見かけることがある。コガネムシを拾い上げて手のひらに載せ、「さあ、飛んでいけ」と声をかけるがなかなか飛ばない。そればかりか、真っ直ぐではなく円を描くように進む。おやっと思ってよく見ると、左側は3本なのに、右側は2本しか足がない。右側の一番大きな足がないのだ。奇形なのか天敵に食べられたのかわからないが、これでは物に掴まるに不便かも知れない。そう思って草むらに返してやる。

 夏祭りの準備をしていた時の雑談を思い出した。夏休みに行なわれているNHKのラジオ番組で、子どもが「セミはなぜ仰向けになって死んでいるのですか」と質問していたのには感心したと話してくれた友人がいた。それで、「どういう答えだった?」と聞くと、「えっ、覚えていないな」と言う。子どもの質問が余りに面白かったので、そのことに感心してしまい、答えの方には気が回らなかったのだ。

 子どもの感性には驚かされることがしばしばある。大人になるとどうしてあの純粋さがなくなってしまうのだろう。昨日の朝日新聞に自民党が「日本を守る責任力」、幸福実現党が「今のままでは、愛する人も守れない」とする全面広告を出していた。そして今日の新聞では、長崎原爆の日に、長崎市を訪れた麻生首相と鳩山民主党代表の発言が載っていた。麻生首相は政府の『安全保障と防衛力に関する懇談会』の報告書を受け、敵基地攻撃能力の可能性も含めて検討するというものであり、鳩山代表は非核3原則の法制化を検討することを約束したいというものであった。

 幸福実現党が主張する「攻撃される前に攻撃せよ」が、戦争の歴史であった。民主党の非核3原則の法制化については、党内で一致できるかどうかも危ぶまれるけれど、敵基地攻撃よりは具体的で現実的だと私は思う。オバマ大統領は核兵器を本気でなくすつもりなら、まずアメリカの核兵器を廃絶すべきだ。そうすれば核保有国を説得できるし、他の多くの国が支持するだろう。私は以前にも書いたけれど、攻撃される前に降伏するほうがいいと思っている。国民の命を守ることが政治であれば、白旗を掲げた方がたくさんの命を守ることができるだろう。

 政治の力を信じるなら、まず戦争をなくすために何をするかだと思う。攻撃されるぞと宣伝する前に、相手国が何を求めているかを知ることであろう。お互いが傷つけ合うことなく解決する方法は何か、探すことが政治であろう。子どもたちの未来は大人の責任である。これは人類が誕生した時からの定めである。
コメント (3)
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