それは、僕(ぼく)が彼女から別れを告(つ)げられた直後(ちょくご)のことだった。何も考(かんが)えられなくて、たまたま目に入ったお店(みせ)に、僕は吸(す)い込まれるように入っていた。無意識(むいしき)にコーヒーを注文(ちゅうもん)して、僕は大きなため息(いき)をつく。それを聞いた若(わか)い女店主(てんしゅ)が、
「何かお悩(なや)みでもあるんですか?」と僕に優(やさ)しい声で話しかけてくれた。
僕は、三年間も付き合っていた彼女に振(ふ)られたこと、何で別れることになったのか分からないこと、まだ彼女のことを愛していることを話した。女店主は、
「そうですか。男の方は未練(みれん)を断(た)ち切ることができないみたいですね。それじゃ、どうでしょう。もう一度、やり直(なお)してみたら」
「やり直す? そんなの無理(むり)ですよ。だって、彼女はもう僕のことなんか…」
「そうじゃなくて、時間を巻(ま)き戻(もど)すんです。つまり、過去(かこ)に戻ってやり直すんです」
「そんなこと、できるわけないじゃないですか。からかわないで下さい」
女店主は天使(てんし)のような微笑(ほほえ)みを浮(う)かべ、「あちらのお嬢(じょう)さんも、そうなさったんですよ」
僕は女店主の目線(めせん)を追(お)った。その先(さき)には、若い男女が座(すわ)っていて、何か真剣(しんけん)に話をしているようだった。女の方が、かけていたサングラスをはずす。僕は思わず声をあげそうになった。その女性は、いま週刊誌(しゅうかんし)で騒(さわ)がれているアイドルグループの――。
女店主は静(しず)かに言った。「でも、やり直して良かったかどうかは分かりませんけど…」
<つぶやき>えっ、どういうこと? もしそんなことができたら、どこまで戻ろうかなぁ。
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