徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:奥田英朗著、『ガール』(講談社文庫)

2017年03月14日 | 書評ー小説:作者ア行

久々に奥田英朗氏の作品。この『ガール』(講談社文庫、2009.1)は30代の、日本的な意味で「旬を過ぎた」働く女性を主人公にした短編集です。既婚・子供なし、独身・彼氏なし、バツイチ・子どもあり、独身・彼氏なし。と立場はそれぞれ違いますが、もはや「若い子」「女の子」扱いはされない、会社でも中堅、でもまだ40-50代のおばちゃんたちほど図々しくなれない、若い子たちを見てうらやましく思い、自分の現在と将来に不安を感じて、様々なそれぞれの葛藤に揺れる彼女たちのストーリーがユーモアたっぷりに展開していきます。

収録作品は「ヒロくん」、「マンション」、「ガール」、「ワーキング・マザー」、「ひと回り」の5編。共通のメッセージみたいなものは強いて言えば「人生人それぞれでいいんだよ」ではないでしょうか。どの話もそれなりのハッピーエンドで終わっていますが、客観的に見た彼女たちの状況にはほとんど変化が無いのも特徴的だと思います。

以下にそれぞれの作品の感想を。

「ヒロくん」

大手不動産会社に総合職として就職して14年目の武田聖子(35)は唐突に開発局第二営業部三課課長を拝命し、5人の部下ができますが、うち一人だけ3期先輩の男性が混じっていて、この人がフラットな関係を築けないタイプなので、だんだん問題が表面化。何やら派閥人事の兼ね合いで一時的に聖子の下に着いただけで、来年には恐らく聖子と同じ課長に昇進するらしい、という話で、全く非協力的。「女性の上司なんて」という反感もちらほらのぞかせていたり。

プライベートでは夫の「ヒロくん」と結構ほのぼの暮らしており、彼女の方が収入が多いものの、彼が「男の沽券」とかにこだわるタイプでなく、のんびりしていて子どもに好かれる癒し系(?)。子どもを作る・作らないに関しても余り頓着していない様子。

聖子はダンナに手ごたえの無さを感じたりする時もあったりしますが、傍から見ても彼女はこの癒し系のダンナに精神的に支えられているな、というのが分かります。

胸のすくような結末でした。「おやじたちの好きにはさせない」という主人公の反骨精神に思わずエールを送ってしまいました。

「マンション」

大手生保会社の広報課勤務の石原ゆかり(34)は、親友が都心のマンションを購入したのをきっかけに、自分もマンション購入を考えだします。マンション購入に関していろいろ勉強し、周囲にもそれを知らせてアドバイスを受けて見たり、物件を見て回ったり。独身・彼氏なしでマンション購入することに迷いや葛藤もあるものの、購入の方向で決意を固めます。

それまでは仕事なんていつでも辞めていいと思っていて、会社では「一人タカ派」「広報の石原都知事」などと陰口を叩かれるほど好き勝手に振る舞っていたのに、購入したい夢のマンションのローン支払いのことを考え出して、だんだん安定志向に傾き、少しずつ会社での振る舞いが慎重になってきてしまう。

そんな中、仕事上で対立するのが秘書室の秘書たち、別名「花嫁修業課」。異動が殆ど無いことと、新入社員で配属され、結婚退社まで勤め上げるパターンが多く、勤続年数が短いが、やたらと結束が強くプライドが高いと評されています。確かに総合職キャリア女性とはそりが合わなさそうですね。

女同士の対決シーンが緊張感があって、読んでるだけでちょっと動悸が…

「ガール」

表題作「ガール」の主人公は滝川由紀子(32)、広告代理店勤務、企業のイベントやキャンペーンの企画運営を担当。結構な美人で20代の頃はナンパも良くされ、行く先々でチヤホヤされたらしい。服装も化粧も派手で、悪く言えば「若造り」。

外見的なことでは20代の後輩を意識して、つい張り合ってしまい、また38歳でまだど派手な「可愛い系」を着て、態度や言葉遣いもギャル然としている先輩を見て、ある種の尊敬と「ああはなりたくない」的な軽い嫌悪感を抱き、そして我が身を振り返って、自分はこのままでいいのかと悩んでしまいます。

独身・彼氏なしは「マンション」の主人公と同じですが、タイプはかなり違いますね。あと悩みも。由紀子の悩みは日本ならではの「年相応って何?」という問題と「若い女の子」という特殊な立場の存在、それをいつの間にか卒業してしまったらしい自分のアイデンティティー・クライシスだと思います。

この手の悩みは、本当の意味で生き方が多様化しているヨーロッパではあり得ないように思います。就職する年齢もまちまちなので、「同期」とか「先輩・後輩」とかいう意識が会社ではそもそもありません。男女平等も少なくとも表明上・建前上はかなり浸透しているので、若ければ男女にかかわらずかわいがられることはありますが、日本の「若い女の子」的な感じでチヤホヤされることはまずないので、それを「卒業する」こともないわけです。

私自身、29歳でドイツの大学院を卒業し、(ビザの関係上)ドイツ人のダンナと結婚してからドイツで社会人デビューしたのですが、多分日本ではあり得ない経歴になるのでしょうが、ドイツでそのことについて何か言われたりしたことはありません。今でこそヨーロッパの高等教育の互換性を高めるためにドイツの大学でもバチェラー(学士)とマスター(修士)に分かれて、バチェラーだけ取って社会人デビューすることも可能になりましたが、私がドイツの大学行っていたころはバチェラーは存在せず、一度大学入学したら、修士号取るか中退するかのニ拓しか無かったので、平均的なドイツの社会人デビュー年齢は25・6歳でした。授業料が無料なため、「永遠の学生」もいました。現在は州によって差はあるものの、長期学生は、ある一定の期間を超過した後は授業料を徴収されるようになるので、さすがに昔ほどではなくなってます。当時の人事関係者の見方では、初就職年齢の限界が35歳(ただし博士号取得した者)でした。一方では高校を卒業して、職業訓練生として17・8歳で就職する人たちもいるので、「新入社員」の年齢層が極端に幅広くなっています。もちろん学歴によってスタートレベルが違うので、同じ時期に入社しても、同じスタートレベルでなければ交流はありません。途中入社も多いので、「同期」のくくりがそもそもできない状況です。

そういうわけで、この主人公と共感することは無理なのですが、「日本だったらそうだろうな」というのがよく理解でき、つくづく日本に居なくて良かったと思いました。

「ワーキング・マザー」

この作品の主人公は36歳になるバツイチの女性、平井孝子、自動車メーカー勤務で一児の母。小学1年生の息子と二人暮らし。離婚後3年間はシングルマザーに対する配慮で営業部から残業の少ない総務部厚生課に勤務。実家は北海道で、頼る親戚も近くにはなし。息子が小学校へ上がったのを機に営業部への復帰を希望し、その通りに異動となり、生き生きと働き始めます。

彼女の葛藤は、シングルマザーということで、自分では「育児は育児。仕事は仕事。」で分けて考え、子どものことを理由に仕事上で便宜を図ってもらったり、気を遣ってもらったりすることには抵抗感があるため、意地でも子どものことは出さないようにしています。にもかかわらず上司も同僚も彼女に気を遣っているという、ある意味恵まれた状況です。

そんな中、仕事上で違う部署のキャリア女性(独身)とある企画を巡って対立することになったり。

息子は基本的に学校終了後、学童クラブに預け、孝子が残業になる時はホームヘルパーに面倒を見てもらうことになっているのですが、とても素直でしっかりしたけなげな子で、「ママは頑張ってるから邪魔しちゃいけない」と考えて、熱を出してもヘルパーさんがままに連絡を入れるのを拒んだり。ママの方は仕事にかまけてばかりいるわけではなく、息子のために内緒で逆上がりとかキャッチボールの練習したりして、息子との交流を大切にしています。その親子のやり取り、双方の努力は感動的ですらあります。

「ひと回り」

最後の収録作品「ひと回り」の主人公は老舗文具メーカーの営業課に勤める小坂容子(34)・独身で、新しく配属された新人の指導社員に任命されるところから話が始まります。その新人、和田慎太郎(22)は容子の好みのイケメンで、行く先々で女性を色めき立たせることになります。容子とは年齢がひと回り違うので、このタイトルになっています。彼女は内心慎太郎が気になって仕方がないのですが、でもその年齢差から本気で彼とどうこうなるというのは土台無理と思い、けれども、いろんな女性社員たちが彼に迫ろうとするのに心穏やかでいられず、ついお局的にその邪魔をしようとしてしまいます。

なんというか、はしかのような「恋もどき(?)」で揺れ動く主人公の気持ちと行動が描写されていて、「さてどこに辿り着くのだろう?」とページを繰る手が止まらなくなる感じでした。凄く感情移入ができるわけではありませんでしたが、状況が面白かったです。

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