旅行中、携帯から簡単に経過をおくりましたが、きちんとご報告。
今回の旅、第一日目(8月31日)は近江八幡の駅から近江鉄道八日市線に乗って、
一つ目の駅「武佐」(むさ)。
この駅、無人でした。
中山道の67番目の宿場町であった「武佐」。
駅から中山道が真っ直ぐに伸びています。
この道の両側に高札場があり、本陣があり、脇本陣があり、大門があり、という感じです。
中山道と八風街道の交差するところにある文政4年建立の道標。
泊まった宿は本陣の前にあり、400年続いている旅籠「中村屋」。
女将さんの心のこもった料理。
行き届いたもてなし。
窓には簾、障子や襖のかわりに簾戸という、忘れていた日本の夏の室礼(しつらい)。
パリッと糊のきいた麻の縮みのシーツがとても気持ちよかった。
近江麻だったのかもしれない。
女将さんと歴史にまつわるいろいろな話をしました。
皇女和宮さんはこの前の道をとおり、江戸へむかったという。
この「武佐」には泊まらなかったけれど、休憩をしていったとか。
その列5000人。
こういった一行が通ると宿場町はたいへんに荒れたという。
中山道で江戸に下るには、和田峠が一番の難所で、駕籠でも上がれず、
和宮さんはおんぶされて峠越えをしたという。
この話を聞いて、昨年川越の喜多院でみた和宮さんの公武合体の長持ちを思い出した。
菊と葵の両方の紋が入った立派な長持ちでした。
それらもこの地を通って運ばれたものでしょう。
今は静かなこの宿場町を大勢の人々が行き来した往時に、
しばし想像をめぐらした夜でした。
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