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ジェフリー・ディーヴァー『ブラック・スクリーム』その3

2021-11-27 11:01:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。
 ステファンは火が好きだった。(中略)好きなのは、言うまでもなく、炎が立てる音だ。
 唯一の無念は、ここにとどまれないこと━━炎が鳴らすぱちぱちという音、炎に焼かれて尽きる命のうめき声を聞けないことだった。

 (中略)
「なんてこと」
 警察の到着を察知して、未詳は現場に━━あの動画を撮影した部屋に、火を放ったのだろう。物的証拠を破壊するためだ。
 それは、ロバート・エリスも炎にのまれることを意味する。まだ生きているにせよ、首を吊られてすでに絶命しているにせよ。(中略)
「ちょっと妙じゃないですか。サックス刑事」走ったせいで息を切らしながら、となりの男性警官が言った。
「何が、アロンゾ?」
「ここには煙が来てません」
 なるほど。奇妙だ。(中略)
 とりあえず気にしないことだとサックスは自分に言い聞かせた。放射性物質の製造施設だった建物だ。この通路の突き当りに機密性の高い分厚い防護ドアがあって、それが煙の侵入を防いでいるということも考えられる。(中略)
 通路がL字形になっているところに来た。(中略)
 ウィルクスが背後を警戒し、アロンゾが先に角を曲がる。
 何もなかった。無人の空間が伸びているだけだ。
 サックスの無線機がかりかりと音を立てた。「こちらパトロール4878。裏のフェンスに隙間を発見。外にいた住民によると、五分ほど前に大柄で髭面の白人男性一名がそこを抜けて走っていったそうです。(中略)」
「了解」サックスは小声で応答した。「最寄りの分署とESUに報告してください。建物の裏手にいる人の姿は? 火元は確認できますか」
 誰からも応答がなかった。(中略)
 そろそろこの翼棟の行き止まりのはずだ。(中略)
 サックスは全速力で走り出した。猛然と入口を駆け抜け、炎にのみこまれた部屋に一刻も早く飛びこもうと、そのままの勢いで走った。
 と、息も止まるような衝撃があって、ロバート・エリスに体ごとぶつかった。木箱に立たされていたエリスが落ち、恐怖の叫び声を上げた。(中略)
 エリスはむせ、嗚咽(おえつ)した。「ありがとう。ありがとう! もう少しで死ぬところだった」
 サックスは室内に視線を巡らせた。火はない。ここにも、すぐとなりの部屋にも、火は見えなかった。いったいどういうことだろう。(中略)
 サックスの無線機が音を立てた。「パトロール7381より。サックス刑事へ。どうぞ」女性の声だ。
「どうぞ」
「建物の裏手にいます。火元はここです。ドラム缶が燃えてます。証拠を焼こうとしたみたいですね。電子装置、紙、布。ああ、だめだ、燃え尽きてます」(中略)

 ステファンはクイーンズの通りを歩いていた。(中略)
 周囲を見回す。こちらを見つめている目はない。(中略)
 車の横で立ち止まり、もう一尾あたりを確かめてから、スーツケースをバックシートに積み、パソコンバッグを助手席に置いた。運転席に乗りこんでエンジンをかける。(中略)
 ゆっくりと発進して車の流れに乗った。
 尾行はない。停止を命じられることもなかった。
〈女神〉に念を送る。悪かったよ。これからはもっと用心するから。約束します。
 決して〈女神〉の機嫌をそこねてはならない。失望させてはならない。エウテルペを怒らせるわけにはいかない。エウテルペこそ、〈ハーモニー〉に至るガイド役だ。そして〈ハーモニー〉は、天球の音楽の概念に従えば、天国に等しく、人が達する至高の境地だ。(中略)

「一つ伝えておきたいことがある」
 サックスの声に不安を感じ取ったのだろう。ライムはゆっくりと言った。「何だ?」
「現場に急行したパトロールの一人が、ほかにも目的者がいないか、未詳の逃走ルートの周辺を当たってたの。目撃者は見つからなかった。でも、未詳が落としていったものらしきポリ袋を発見した。ミニチュアの首吊り縄が二つ入っていたそうよ。事件はまだ始まったばかりということみたい」(中略)

 ライムは、サックスと現場鑑識班が持ち帰った宝に視線を注いでいた。(中略)GC/MSが低い作動音を立て、サンプルを次々に燃やす。分析の結果、微量のタバコ、コカイン、ヘロイン、偽性エフェドリンが検出された。偽性エフェドリンは鼻炎薬の成分の一つだが、メタンフェタミン製造の原料という隠れた使い道ゆえに現場に残されていたらしい。(中略)
 一つ、かろうじて無傷の証拠物件があった。小さな紙片だ。

 CASH T
 EXCHA
CONVER
TRANSAC

「『ホイール・オブ・フォーチュン』だな(クイズ番組。言葉当てゲームが出題される)」メル・クーパーがつぶやいた。(中略)

(また明日へ続きます……)