ジェフリー・ディーヴァーの2017年作品『ブラック・スクリーム』を読みました。以下はあらすじです。
「第一部 死刑執行人のワルツ 9月20日 月曜日」
「ママ」
「ちょっと待って」
太陽が低くてまだ肌寒い秋の朝、二人はアッパー・イーストサイドの閑静な一画を縦に並んで歩いていた。（中略）
母と娘。娘のほうは、近ごろすっかり小学生の通学鞄（かばん）の定番となったキャリーバッグを重たそうに引いている。（中略）
「さっきから言おうとしているのに。さっきね、男の人が（中略）別の男の人を殴るか何かして、車のトランクに押しこんだんだよ」
「え？」（中略）「地面にこれを落として、車で行っちゃったの」そう言って、紐か細いロープのようなものを持ち上げた。いったい何だ？」（中略）娘の小さな掌に載っているのは、ミニチュアサイズの首吊り縄だった。（中略）
「誘拐事件だ。リンカーン。アッパー・イーストサイドで、成人男性一名が、別の成人男性一名を拉致（らち）したようだ」（中略）
「目撃したのは、モーガンって名前のその女の子一人だ。だが、信用していいと思うね。犯人が名刺代わりに置いていったものを拾ってるから」（ニューヨーク市警の刑事の）セリットーは携帯電話を持ち上げて写真を見せた。何が写っているのか、とっさにはわからなかった。黒っぽい色をした細い何かが歩道に落ちている。
「これは━━」
（下半身不随の科学捜査の天才、リンカーン・）ライムは先に言った。「首吊り縄」
「そうだ、
「何でできている？」
「わからん。女の子の証言によれば、犯人が拉致現場に置いていったそうでね。その子が拾ったが、初動の刑事がおおよそ元の位置に置き直した」
「すばらしい。九歳の子供の手で汚染された現場は初めてだ」
「まあ落ち着けよ、リンカーン。その子は拾っただけで何もしていないし、刑事は手袋を着けてた。現場は保全された状態で、検証を待ってる。たとえば（ライムのパートナーで、ニューヨーク市の女刑事）アメリア（・サックス）が検証に来るのをな」（中略）
「被害者は？（中略）」
セリットーが答えた。「まだ身元が判明してなくてな。行方不明者の届け出もない。事件発生の数分後に、通りがかりの車から携帯電話が投げ捨てられたって通報があったが、黒っぽい色のセダンだったことしか覚えていないそうだ。（中略）」
（中略）男は両手両足を縛られている。首には首吊り縄。ステファンが歩道に残してきたもの、誘拐事件の発生を愚弄をこめて宣言する首吊り縄は、チェロの弦で作られている。（中略）
二人の男がいる倉庫は、広大な工場の奥まった位置にあった。（中略）
いいぞ、ここまでは順調だ。
さらにもう一つ加えるとしよう。自分で生み出した音を。カシオのキーボードでメロディを弾いた。とくに優れた演奏家というわけではないが、音への偏愛、依存、執着ゆえに、鍵盤楽器の演奏には慣れている。もう一度同じ旋律を弾く。もう一度。なかなかいい。同じ解釈でまた弾いてみた。（中略）
ステファンはデジタルレコーダーを持っていた。「しゃべるなよ」
男はうなずき、沈黙を守った。ステファンは首吊り縄をつかんで引っ張った。（中略）男の唇から漏れる苦しげな音に、ほれぼれと聴き入った。複雑で多彩な音色、そしてリズム。
そう、それは音楽と呼べそうな音だった。
（中略）犯罪捜査における州と連邦の境界線は三月のイースト川のように灰色だが、誘拐事件は合同調査という議論の余地のない了解が存在している。（中略）（FBIニューヨーク南支局の捜査官）デルレイは、セリットーが少し前にライムに伝えた携帯電話の話に触れた。（中略）「電話の持ち主は、ロバート・エリス。サンノゼに本社がある、吹けば飛ぶようなちっちゃなスタートアップ企業の創業者らしいな。（中略）」
「同僚や家族に犯人から連絡は？ 身代金の要求はないのか」セリットーが尋ねた。
「ない。（中略）」（中略）
FBIの鑑識班は（PERT）は携帯電話を子細に調べたものの、指紋は一つも検出されなかった。犯人は車から投げ捨てる前にきれいに拭っていた。
それでも、微細証拠はいくつか見つかっていた。電話表面に付着していた微量の土と、オッターボックス製のiPhoneケースの継ぎ目に入りこんでいた明るい色の短い毛髪一本。毛髪はヒトのものだ。毛根がないため、DNA分析はできない。乾燥しており、プラチナブロンドに変色されている。
「エリスの写真はあるか」
数分後、（ニューヨーク市警の鑑識技術者の）クーパーがカリフォルニア州陸運局に登録されていた顔写真をダウンロードした。
これといって特徴のない顔立ちをした三十五歳の男性。ほっそりした輪郭。髪の色は茶だった。
となると、淡い色の毛髪は誰のものだろう。
誘拐犯のものか。
少し前に話に出た、ガールフレンドのサブリナか。
（明日へ続きます……）
「第一部 死刑執行人のワルツ 9月20日 月曜日」
「ママ」
「ちょっと待って」
太陽が低くてまだ肌寒い秋の朝、二人はアッパー・イーストサイドの閑静な一画を縦に並んで歩いていた。（中略）
母と娘。娘のほうは、近ごろすっかり小学生の通学鞄（かばん）の定番となったキャリーバッグを重たそうに引いている。（中略）
「さっきから言おうとしているのに。さっきね、男の人が（中略）別の男の人を殴るか何かして、車のトランクに押しこんだんだよ」
「え？」（中略）「地面にこれを落として、車で行っちゃったの」そう言って、紐か細いロープのようなものを持ち上げた。いったい何だ？」（中略）娘の小さな掌に載っているのは、ミニチュアサイズの首吊り縄だった。（中略）
「誘拐事件だ。リンカーン。アッパー・イーストサイドで、成人男性一名が、別の成人男性一名を拉致（らち）したようだ」（中略）
「目撃したのは、モーガンって名前のその女の子一人だ。だが、信用していいと思うね。犯人が名刺代わりに置いていったものを拾ってるから」（ニューヨーク市警の刑事の）セリットーは携帯電話を持ち上げて写真を見せた。何が写っているのか、とっさにはわからなかった。黒っぽい色をした細い何かが歩道に落ちている。
「これは━━」
（下半身不随の科学捜査の天才、リンカーン・）ライムは先に言った。「首吊り縄」
「そうだ、
「何でできている？」
「わからん。女の子の証言によれば、犯人が拉致現場に置いていったそうでね。その子が拾ったが、初動の刑事がおおよそ元の位置に置き直した」
「すばらしい。九歳の子供の手で汚染された現場は初めてだ」
「まあ落ち着けよ、リンカーン。その子は拾っただけで何もしていないし、刑事は手袋を着けてた。現場は保全された状態で、検証を待ってる。たとえば（ライムのパートナーで、ニューヨーク市の女刑事）アメリア（・サックス）が検証に来るのをな」（中略）
「被害者は？（中略）」
セリットーが答えた。「まだ身元が判明してなくてな。行方不明者の届け出もない。事件発生の数分後に、通りがかりの車から携帯電話が投げ捨てられたって通報があったが、黒っぽい色のセダンだったことしか覚えていないそうだ。（中略）」
（中略）男は両手両足を縛られている。首には首吊り縄。ステファンが歩道に残してきたもの、誘拐事件の発生を愚弄をこめて宣言する首吊り縄は、チェロの弦で作られている。（中略）
二人の男がいる倉庫は、広大な工場の奥まった位置にあった。（中略）
いいぞ、ここまでは順調だ。
さらにもう一つ加えるとしよう。自分で生み出した音を。カシオのキーボードでメロディを弾いた。とくに優れた演奏家というわけではないが、音への偏愛、依存、執着ゆえに、鍵盤楽器の演奏には慣れている。もう一度同じ旋律を弾く。もう一度。なかなかいい。同じ解釈でまた弾いてみた。（中略）
ステファンはデジタルレコーダーを持っていた。「しゃべるなよ」
男はうなずき、沈黙を守った。ステファンは首吊り縄をつかんで引っ張った。（中略）男の唇から漏れる苦しげな音に、ほれぼれと聴き入った。複雑で多彩な音色、そしてリズム。
そう、それは音楽と呼べそうな音だった。
（中略）犯罪捜査における州と連邦の境界線は三月のイースト川のように灰色だが、誘拐事件は合同調査という議論の余地のない了解が存在している。（中略）（FBIニューヨーク南支局の捜査官）デルレイは、セリットーが少し前にライムに伝えた携帯電話の話に触れた。（中略）「電話の持ち主は、ロバート・エリス。サンノゼに本社がある、吹けば飛ぶようなちっちゃなスタートアップ企業の創業者らしいな。（中略）」
「同僚や家族に犯人から連絡は？ 身代金の要求はないのか」セリットーが尋ねた。
「ない。（中略）」（中略）
FBIの鑑識班は（PERT）は携帯電話を子細に調べたものの、指紋は一つも検出されなかった。犯人は車から投げ捨てる前にきれいに拭っていた。
それでも、微細証拠はいくつか見つかっていた。電話表面に付着していた微量の土と、オッターボックス製のiPhoneケースの継ぎ目に入りこんでいた明るい色の短い毛髪一本。毛髪はヒトのものだ。毛根がないため、DNA分析はできない。乾燥しており、プラチナブロンドに変色されている。
「エリスの写真はあるか」
数分後、（ニューヨーク市警の鑑識技術者の）クーパーがカリフォルニア州陸運局に登録されていた顔写真をダウンロードした。
これといって特徴のない顔立ちをした三十五歳の男性。ほっそりした輪郭。髪の色は茶だった。
となると、淡い色の毛髪は誰のものだろう。
誘拐犯のものか。
少し前に話に出た、ガールフレンドのサブリナか。
（明日へ続きます……）