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増村保造監督『青空娘』

2017-02-01 07:09:00 | ノンジャンル
 増村保造監督の’57年作品『青空娘』をWOWOWシネマで見ました。
 高校の卒業後、東京行きを控えたユウコ(若尾文子)は、祖母から「あなたの母親は本当の母親じゃない」と打ち明けられる。本当の母親は父の元秘書で、ユウコを産んだ後、結婚して満州に向かったと。
 海に面した高台で「お母さーん」と叫ぶユウコ。たまたま通りがかった美術教師の谷(菅原謙二)は「この青空を見れば元気が出る。皆、空を見ようとしない。東京へ行っても目をつぶれば青空が見える」と言う。
 上京したユウコは父の家の女中(ミヤコ蝶々)に迎えられるが、兄弟と母(沢村貞子)からは女中扱いされ、物置小屋を自室に当てられる。長男も長女のテルコも自堕落な生活をしている。
 ある日、「俺の代わりに宿題をしろ」という末っ子のヒロシをユウコは投げ飛ばし、一目置かれるようになる。テルコ主宰の卓球大会で、ユウコはテルコの彼氏の広岡(川崎敬三)と無理やり対戦させられ、見事に広岡を打ち負かす。
 父の小野(信欣三)が帰宅すると、母と口論となり、母は「ユウコが自分から家事手伝いをしたいと言った」と嘘を言う。反論しないユウコ。
 しばらくして、谷から電話をもらったユウコは「不幸せだけど、青空は見える」と言う。父は「愛情のない結婚をした。お前のお母さんと別れたのは、自分が若かったからだ」とユウコに言い訳し、ユウコの本当の母の写真を見せ、「外でゆっくり話をしよう」と言って、ユウコを銀座に誘う。「今日はお前に服も靴も買ってやる」という父に、ユウコは「母を探したいので、服をもらう代わりに写真もほしい」と言う。楽しい夜を過ごす父とユウコ。(中略)
 家を訪ねてきた広岡の母は、小野の娘さんを息子がとても気に入っていると言い、母とテルコは喜ぶが、広岡の母がユウコのことを言っているのを知り、憤慨する。(中略)
 ユウコが帰宅すると、ヒロシは「パパとママがにらみ合ってる」と言う。ユウコの部屋は荒らされていて、母の写真もなくなっている。ユウコはテルコに「写真を返してほしい」と言うが、「今すぐ家を出れば返してあげる」と言われ、写真を破かれる。落胆し、犬に別れを告げて、2つの鞄と共に家を去るユウコ。
 谷が今勤めている広告会社をユウコが訪ねると、あいにく谷は留守で、同僚が家への地図を書いてくれる。そこを訪れると、谷はユウコの顔を描いたデッサンを隠して、彼女を迎え入れる。「仕事で大阪に行くので、ここにいてくれ」と鍵と金を渡す谷は「青空を忘れるな」とも言う。そこへ谷の恋人を名乗る女が現れ、「教師と生徒の恋愛はハシカみたいなもの」と言い、ユウコは鍵を女に渡して去る。
 広岡に電話して3千円を借りたユウコは、田舎に帰ると言い、「東京は疲れた。父が買ってくれた靴を預かってて」と言うと、広岡は「いつか僕の前でこれを履いてほしい」と言う。
 田舎に戻ると、3日前にユウコの本当の母が訪れ、ユウコが元気にしていると知ると泣き、東京へ戻っていったと叔母から教えられるが、東京のどこかは教えてもらえなかったと言われる。
 例の丘で「お母さーん」と叫ぶユウコ。現れた谷に、ユウコは「銀座のキャバレーで働きながら母を探す」と言う。(中略)
 ユウコは母の写真を谷と広岡に見せると、谷は「どこかで見た気がする」と答える。ユウコは谷に「ハシカは治った」とも言う。
 キャバレーで住み込みで下働きをするユウコ。「そんなところで働くと、すれっからしになる」と言う谷に、「大丈夫」と笑うユウコ。(中略)
 谷は会社で掃除係をしていたのがユウコの母だと気づき、そのことを本人に確認しようとするが、母は「そんなこと知りません」と答える。その後、母は急に会社を辞めたことを皆知ることとなるが、自宅の住所は分かる。そこへヒロシが現れ、父が病気になったことを告げる。遊園地で「お父さんによろしくと言っておいて」とヒロシに言うユウコ。
 ユウコの母のマチコ(三宅邦子)を訪ねた広岡は、ユウコが車に轢かれたと嘘をつき、マチコを連れ出すことに成功する。(中略)
 広岡と谷は「あの2人に乾杯」と言い、谷は「僕はどうしても恋心を告白できなかった」と敗北を認める。
 料亭でユウコとマチコは会い、ひっしと抱き合う。
 一方、「ユウコ、ユウコ」とうわごとを言う父に、母は「もっと苦しめばいい」と言う。そこへユウコが現れ、「さよならを言いに来た。これからは母と仲良く暮らす。お父さんの責任」と言うと、父も「私が悪かった」と言う。ユウコが去り、父が母に本気で謝ると、号泣する母。
 そして最後、ユウコと広岡は青空に向かって「さよーならー」と言うのだった。

 バイタリティにあふれる若き日の若尾文子が見られる貴重な映画でした。登場人物たちの、せきたてられているような言葉遣いも、既にこの作品に現われていたことも特記しておきたいと思います。