18日(土)は午前中、京都シネマで今年のアカデミー賞主演男優賞&脚本賞を受賞した『ミルク』を観ました。ライターを生業とし、ドキュメンタリー映像の制作に挑戦中の我が身としては、本年のアカデミー賞ノミネート作品の中で、実在の人物をドキュメントタッチに描いてオリジナル脚本賞をゲットしたという本作が、一番気になっていました。授賞式で観た脚本家のダスティン・ランス・ブラックは思った以上に年若く、才能に一番エネルギーが注入できる世代で、いい仕事してるなぁと羨ましく思ったものです。
主演男優賞に輝いたショーン・ペンは、納得の演技力でした。彼を本作で初めて観る人は、彼が本当にゲイじゃないかと信じるだろうと思えるほど、演じていることを微塵にも感じさせない堂々のなりきりぶりでした。作品の中では多くの若手俳優が同性愛者役に挑戦していましたが、どこか“演技してる感”があって、ショーン・ペンの圧倒的な演技力がより際立って見えました。
彼が演じたのは、70年代、同性愛をカミングアウトし、同じくマイノリティである有色人種や高齢者などの声を政治に届けようと、サンフランシスコの市制執行委員(市会議員みたいなもの)に何度も何度も出馬して落選し、やっと当選して、同性愛者やそれを支持する人を教職から追い出そうとする条令の実現阻止に向けて闘ったハーヴィー・ミルク。〈タイム誌が選んだ20世紀の100人〉にも選ばれた人です。
10数年前、(社)静岡県ニュービジネス協議会の海外視察研修でサンフランシスコを訪ねたときのこと。夜、参加者数人で食事を終えてホテルまで徒歩で帰る道すがら、参加者の某社役員の男性(40代だったかな?)が、通行人の白人男性にたばこの火を求められ、何気なくライターをつけてやってそのまま立ち去ろうとしたら、白人男性にいきなり怒鳴られた…という場面に出くわしました。
鈍感な私は、いったい何が起きたのかわからず、ホテルに戻って、ツアー添乗員から、たばこの火のやり取りが、同性愛者の求愛サイン&OKサインだったことを知らされ、某社役員氏も私も目がテン!になったことをよーく覚えています。役員氏には失礼ながら、彼が特別目を引くような二枚目というわけではなく、体格がよくて背が高いのがポイントぐらい? ほかにも男性は4~5人いたと思いますが、なぜ彼が??というのも、忘れ難い経験になった一因でした。
一般情報として、サンフランシスコに同性愛者が多いということは知っていましたが、普通の日本人男性が普通の白人男性に、普通にナンバされた目の前のリアル体験で、本当に普通に街を歩いてて、そういうことがある街なんだと強烈に残りました。
その20年前に、ハーヴィー・ミルクという同性愛者初の公職者が、普通に暮らせる権利を求めて闘って、凶弾に倒れたという事実があったことは、今回、この映画に出会って初めて知りました。
この時代に、自分が公言しづらいマイノリティであることを堂々と明かして、社会の偏見に立ち向かうことがいかに難しかったことでしょう…しかも彼は40歳になるまで自分の性癖を隠していたごく普通のサラリーマンでした。40歳を過ぎてから「自分は何のために生きているのか」を自問自答し、見た目もさえない中年のゲイである自分に、20歳年下の恋人が出来たことで一歩踏み出す勇気を得て、行動を起こした。そのことにまず共鳴します。自分が何者かに揺らぎながら中年になってしまい、このままでいいのか、生まれてきたからにはこの世の中に自分を役立てる道があるはずだと焦る気持ち。愛する人を得たならば、その思いは一層強まるでしょう。
彼のようなマイノリティが行動に起こす勇気の源泉は、不満、怒り、憎悪…等など、負のエネルギーを想像しがちですが、私はこの作品を通して、恋人や仲間たち、そして自分の人生への愛情と愛着が、彼を奮い立たせていたと感じました。その意味でも、この作品は、特別な境遇の人の特別な人生を描いたのではなく、希望を求めて生きようとした普通の人々の挑戦を描き、それが多くの人々の共感を得たのだと思います。自分たちが異質ではない、どこにでも普通に暮らしている人間だということを知ってもらうために、仲間たちにカミングアウトを呼びかけるシーンは心に迫るものがありました。
サンフランシスコという街に対する、自分の狭い見方が少し変わったような気がしました。
午後、京都国立博物館で開催中の妙心寺展を回り、白隠禅師のユニークで風刺の効いた禅画を堪能し、夕方の新幹線で戻りました。
新聞等でも紹介されたとおり、18日夜、JR静岡駅南口の『湧登』、青葉シンボルロード近くの『狸の穴』、常盤町の『たがた』という3店による、〈静岡DEはしご酒〉というイベントがありました。
企画者である湧登のオーナー山口登志郎さんからは、事前に、映画『吟醸王国しずおか』の募金をしましょうかと声をかけてもらったものの、はしご酒に参加予定の小夜衣、國香、正雪の蔵元を、映画では取り上げていないので、蔵元さんに悪いし、本企画とは関係ないことでお金がらみの手間をかけるのもご迷惑なので…と丁重にお断りしました。
自分の映画の宣伝は無理でも、代わりにスタッフとして何かお手伝いできれば…と思っていましたが、私のような古参者はお呼びじゃなかったみたいですね(苦笑)。スタッフはみんな若くて、この企画をトコトン楽しんでいるよう。『吟醸王国しずおか』の個人出資者である『湧登』と『狸の穴』のオーナーに挨拶だけでも、と京都土産を持って顔を出したところ、客席に若い人や女性同士を大勢見かけました。酒の消費の現場に若い世代が育っていることを嬉しく思いました。
…一般的に、シティセールスの下手な奥手の街と思われている静岡、しかもお茶やおでんほどメジャーではない日本酒というジャンルで、こういう企画が動き出したことで、少しは街のイメージが変わるかも。
街を変える力とは、酒が売れないからなんとかしなければ、という負のエネルギーではなく、酒をトコトン愛している、というポジティブエネルギーに相違ありません。そのことをほんの少し予見できた夜でした。
そういえば、國香の松尾晃一さん(蔵元杜氏)って、ちょっとショーン・ペンに似てますよね。ショーン・ペンが前回、『ミスティック・リバー』でアカデミー主演男優賞を受賞した時、松尾さんに話したことがあって、「ションベン? 品のない名前だなぁ」とムッとされたっけ(笑)。