杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

素晴らしき「おくられびと」

2009-10-26 11:50:18 | アート・文化

 25日は駿河蒔絵師・中條峰雄先生の一周忌法要と偲ぶ会に参加しました。国民文化祭の創作演劇「ビューティフルフジマヤ」や「藤枝地酒まつり」にも行きたかったのですが、宝泰寺での法要も、日本平ホテルでの偲ぶ会も、本当に素晴らしい会で宝物のような時間を過ごすことができ、終了後も余韻に浸り、気がつくと18時を過ぎていました・・・。お誘いくださった国文祭関係者のみなさま、ごめんなさい。

 

 中條峰雄先生が昨年10月29日に68歳で急逝されて早1年。過去ブログにも書きましたが、毎年先生が楽しみにされていた6月の志太平野美酒物語のチケットを昨年取れずに不義理をしてしまい、「先生、10月の静岡県地酒まつりのチケットは万難を排して確保しますから!」とお約束したきり時間が過ぎてしまい、先生が入院されたことも知らず、お亡くなりになったことを新聞の訃報欄で知った始末・・・。本当に悔いの残る1年でした。

 

 

 今年になって、奥様の良枝さんから「一周忌の記念にオリジナルラベルの地酒を造ろうと思うんだけど・・・」とご相談を受け、だったら先生が楽しみにされていた志太の地酒で、オリジナルラベルを受注してくれる蔵元を、と考え、今年の静岡県清酒鑑評会純米の部県知事賞の杉錦さんを紹介しました。

 良枝さんは杉井酒造に再三通って打ち合わせをし、「やっぱりこの世に2本とない記念の酒だから」と、最高級の生もと純米大吟醸に、中條先生の実のお姉さま(女流書家)が書き下ろした文字を、手すき和紙にプリントして貼った素Imgp1555晴らしい記念酒が誕生しました。

 

 日本平ホテルの偲ぶ会の席で、私も初めて呑ませていただいた杉錦生もと純米大吟醸『うるしうるわし・中條峰雄漆の世界』。お隣の席の石川たか子さん(シズオカ文化クラブ代表理事)が、「(軽快ですっきりとした)静岡の吟醸酒とは違うイメージね」とおっしゃるので、「生もとというのは昔ながらの伝統的な酛造り手法で、現代的な吟醸酒よりも味が深く、どっしりと感じるかもしれませんが、いろいろな味付けの料理を口にするうちに、口中で調和し、しっかり受け止めてくれると思います」と即興解説させてもらいました。

 実際、食中酒として飲んでみると、次々と出てくるコース料理のどれにも合うし、負けないし、合間に酒を飲むのがコース料理のマナーと思えるほどマッチします。同じテーブルに藍染作家の増田猪富先生、版画家の牧野宗則先生、染色画家の松井妙子先生など中條先生の親しい作家仲間の先生方がいらっしゃったのですが、昼間のせいかみなさん自重されていて、石川さんと私でほとんど1本空けてしまいました(苦笑)。

 

 作業の合理化や効率化に背を向け、蒔絵の伝統を頑なに守りとおした職人の人柄を偲ぶ席に、杉井さんの生もと純米大吟醸はこの上なくふさわしい酒だ・・・と改めて実感します。杉井さん、手間のかかるお願いを聞きいれてくださって本当にありがとうございます!

 

 

 

 ついつい酒の話が先に出てしまいましたが、昨日は、今まで参加した法事の中で一番心温まる会でした。

 まず、宝泰寺の藤原東演師のお説教。人生で何が大事かといえば、やっぱり「楽しむ」ことで、きつい仕事や辛い勉強を強いられるとき、あるいは病で伏せっているときも、キツイツライと唱えるんじゃなくてその状況を楽しんでやろうと発想を変える。師は知人の漢方医から「楽という字に草かんむりをつければ“薬”になるだろう」と言われ、なるほどと思われたそうです。

 

 

 また、肉親―親が亡くなった後、1年(小祥)は晴れがましいことを控える理由とは、親が自分を産んでくれたとき少なくとも1~2年は寝ずの世話をしてくれた、そのお返しだという論語のお話。中條先生の2人のお嬢さんに向かって話されたことだと思いますが、あぁなるほどな・・・と深くうなづけました。

 

 

 そして追善供養の席ではおなじみ『大悲呪』の読誦。京都の興聖寺でいただいた禅宗教典を広げて、ナムカラタンノートラヤーヤーと通読しました。相変わらず意味はちんぷんかんぷんですが、なんとも心地の良い響き・・・。般若心経は読んでいてもいちいち頭で意味を考えてしまうのですが、大悲呪は響きが感覚的に入ってきます。…不思議ですよね。

 Imgp1558

  偲ぶ会では、中條先生が死期を悟った後、制作に取り掛かったという遺作の文箱が披露されました。昭和の名工だった馬場兼氏が昭和35年に制作したものを若かりし頃、お父様から譲り受け、当時はこれに蒔絵を施す腕も自信もなく、そのままにしておいたのを、昨年、一念発起されたとか。入院直前まで工房で作業を続けられたそうです。

 その横には、先生の日記の最後の1ページをコピーしたものが飾られていました。

Imgp1563

 

 『大分、冥土が近づいてきたようである。これまでに多くの友人知人と出会っておのれを磨くことができたことを感謝したい。また良き家族に恵まれ幸せな生涯を送ることができた・・・ただただ感謝です』

 

 最後のあいさつで良枝さんがその一節を涙ながらに読み上げられたときは、会場全員が涙に暮れました。記念酒の外箱の『感謝』の文字は、このメッセージから採られたものだそうです。

 同年輩の男性は、こんなメッセージを遺せたらどんなに幸せだろうと思ったでしょう。自分は、まだ死期を考える年齢ではありませんが、言葉を使う仕事で、しかも酒にかかわっている身の上としては、『感謝』という言葉の酒を遺せる人生を送れたら素晴らしいだろうなぁ…。

 素晴らしきおくられびとである中條先生、素晴らしきおくりびと良枝さんご夫妻とご縁をいただけたこと、心から感謝いたします。

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