杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

天使の分け前

2013-07-19 20:49:14 | 映画

 今月は映画を1本も観ることができず、ストレスが溜まりに溜まっていたのですが、やっと時間がとれて、静岡のシネギャラリーで今日(19日)まで上映の『天使の分け前』を、ギリギリセーフで観てきました。2012年のカンヌ映画祭審査員賞受賞作品ですね(ちなみに今年の審査員賞は是枝監督の「そして父になる」)。

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 それにしても、小粋なタイトルですよね、天使の分け前って。お酒の用語なんですよ。

 

 私がテキストにしている『ウイスキーの教科書』(樋口孝司著)によると、熟成中のウイスキーは水分と一緒に不快な香味成分(硫黄化合物など)を樽の外へと放出します。これを専門用語で「蒸散」というのですが、蒸散の働きによって雑味や刺激臭が和らぎ、年2~3%液量が減る。これを“天使の分け前”というのです。

 

 

 

 蒸散せずに残った液体は酸化し、熟成し、樽材から溶け出した香味成分と、アルコールや脂肪酸などがエステル化して、ウイスキー独特の香りになるのです。

 

 

 というわけで、この映画、ウイスキーのウンチクがたっぷり楽しめるかと思ったら、まったく違ってました。

 喧嘩に明け暮れるグラスゴーの青年ロビーが、収監を免れる代わりに課せられた社会奉仕活動の指導者ハリーによって人生を一変させるハートフルコメディ。ロビーを親身に世話するハリーがウイスキー愛好家で、蒸留所見学やテイスティングの会に連れて行かれるうちに、ロビーは利き酒能力に目覚め、100万ポンドの樽入り超高級ウイスキーや世界的なコレクターと“対峙”することに。周囲の人間と衝突してばかりの落ちこぼれ青年が、恋人に子どもが生まれたことで己を振り返り、生まれて初めて信頼できる大人に出会って、己の知恵と度胸で一発逆転の勝負に出る・・・彼に、“天使の分け前”が与えられるのかどうか、最後までハラハラさせられます。

 

 

 

 

 期待していた酒造りの映画ではなかったけれど、彼の周りの不純なものが蒸散していく過程は、まさにウイスキーの製造工程そのもの。原料に果物は使わないのに「フルーティーだ」と表現したロビーのテイスティング能力を、プロの専門家が評価したり、ロビーが「潮の香りがする」と評したことに仲間がビックリするくだりなど随所にテイスティング用語が使われ、利き酒の経験がある人ならば思わずニンマリ。幻のシングルモルトにオークションで100万ポンド(1億3千万円)以上もの値段をつける道楽者たちに、ひと泡ふかせる大芝居が、なんとも皮肉で痛快です。

 

 最後はちょっと甘いんじゃないの~?とも思えるオチだけど、ロビーが人間として成長していくには、相応の熟成期間が必要だろうし、天使の分け前をどう活かすのかは、また別の物語になるんでしょう。

 

 

 

 

 映画に登場するウイスキーは、超幻のモルト・ミル、ラガヴーリン16年、スプリングバンク32年、クラガンモアなど。とても手が出る酒ではありませんが、せめて名前だけでも覚えておかDsc02465
ねば。

 ちなみに私が「飲んだどー!」と自慢できるスコッチは、65歳のボウモア。ウイスキーの味や香りは、麦が育った土の環境、麦芽を完走させるときに燃料と一緒に使うピート(泥土)、酵母の種類、水の環境、樽の種類、そして熟成の時間・・・実に複雑な要素が絡み合います。これに比べたら日本酒はシンプルだけど、シンプルゆえに職人の手加減匙加減がストレートに左右する。・・・どっちもスゴイ酒だと思います。

 

 

 いつか自分も、日本酒造りの過程を人生になぞらえた物語が書けたら・・・なんて思っちゃいました。

 

 ちなみに、日本酒に“天使の分け前”に相当するものってあるのかなあ。あったら誰か教えてください。

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