杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

朝鮮通信使の漢詩

2010-01-09 11:32:13 | 朝鮮通信使

 昨年末にNHK教育で放送された『日本と朝鮮半島2000年』の朝鮮通信使特集、お世話になった仲尾宏先生や広島県鞆の池田一彦先生に、画面を通してお会いできて大感激でした!

 

 ソウルや釜山にも大々的にロケできて、さすがNHKだなぁ~と羨望の一言。…ロケ費用を必死に削ろうと、九州まで夜行バスで行ったり、安宿で男女一緒に雑魚寝した映像作品『朝鮮通信使~駿府発二十一世紀の使行録』(静岡市製作)の制作時の苦労を思い出し、ちょっぴり落ち込んだりもしました(苦笑)。

 

 

 番組をご覧になって朝鮮通信使の漢詩についてコメントをくださった桜ノ宮さん、こんなローカルでマイナーなブログまでたどり着いてくださって、ありがとうございました。

 月夜に、ある寺で住職に贈った詩についてのお問い合わせですが、番組に登場した寺や漢詩はいくつかあって、私もどこのどの詩だったかよく覚えていません。念のため番組ホームページをチェックしてみたものの、詳しい内容まではわからず。

 

 

 お問い合わせのお返事が出来ず、恐縮ですが、番組をご覧になって朝鮮通信使の漢詩に興味をもたれて、私のブログを訪問してくださったことに、いささかでも報いることができればと思い、手元の資料からすぐに引っ張り出せる詩をいくつかご紹介します。

 

 朝鮮通信使の漢詩はたくさん残っていて、詩だけでも番組1本作れるぐらい、どれもこれも素晴らしいものばかりです。たぶんNHKの構成台本を担当されたライターやディレクターも、どれを採用しようか悩まれたはずだと思いますよ。

 

 

◆鞆の浦(広島県福山市)の地酒「保命酒」を飲んだ朝鮮通信使の詩

 聞道鞆津醞味清 

 敲寒駆暑破愁城 

 幾回欲換金亀者 

 其奈舟行数百程

(訳)

道で鞆のゆかしく醸した酒の味の清しいことを聞いた。その効用は、寒い時は寒さを除き、暑い時は暑さを追い払い、愁いや苦しみを抜けださせてくれる。金亀の飾りものを酒に換えて、李白をもてなした故事のように、私も幾度か金亀を換えようと思った。舟行数百里という道のりを何のために来たんだろう・・・(いわずもがな、それはこの酒を味わうためだったと言おう)。

 

 

 

◆雨森芳洲と誠信の交わりをした通信使・李東郭の詩

 遥寄 芳洲案下

 万古傷心此別離 

 永嘉台外亦天涯 

 題詩輒 

 使相思字得酒先懐對酌時

 欲寄遠書徒有涙

 可堪良覿更無期

 唯憐夜々東城月

 来自扶桑海上枝

(訳)

芳洲に寄せる詩

遠く離れてしまったあなたとの別れは、いつまでも私の心を痛める。詩を作ると、すぐにあなたを相思うという字を使ってしまう。また、酒を飲むとまず思い出すのは、一緒に酌み交わした時のことだ。手紙を書こうと思うと、ただそれだけで涙があふれてしまう。もう会えないと思うと堪えられない。ただ救いは、月だけは毎夜、あなたと私の両方を照らしてくれるということだ。

 

 

◆徳川家康が清見寺(静岡市)でもてなした第1回通信使正使・呂祐吉の詩

 蓬島茫々落日愁

 海雲飛尽白鴎洲

 東来不過清見寺

 孤負扶桑此壮遊

(訳)

東海中にあるという神仙の山、蓬莱島かと思わせる長い島が望まれるが、日が落ちて茫々としている。海上の雲は消え去り、白いカモメが舞っているのみである。刷還使として日本と交渉するために東に向けてやってきて、江戸の往復に清見寺に立ち寄った。今、帰路にあたり、宿泊する清見寺からの眺望は日本離れしており、旅の目的も果たすことができて、なんとも壮大な旅だった。

 

 

◆清見寺に残る第6回通信使従事官・南壺谷の詩。

 夜過清見寺

 日落諸天路

 風翻大海波

 法縁憐始結

 詩句記曾過

 瀑布燈光乱

 蒲圑睡味多

 客行留不得

 其奈月明何

(鈴木真弓の意訳)

天上人が舞い降りる道に、日が落ち、風が立ち、大海原が波立っている。ここで詩を詠むことは、みほとけの縁(えにし)だろうか。滝のしぶきに灯光がきらめくのを眺めていると、心地よい眠りに誘われる。旅はまだ終わらないが、こんな月明かりの夜は、このまま留まっていられたら・・・と思わずにいられない。

 

 

 この詩は当時、紙のまま保存してありましたが、100年後にやってきた第11回通信使が、「第1回正使の呂祐吉の詩は扁額にして掲げてあるのに、(朝鮮屈指の詩人である)南壺谷の詩はなぜ扁額にしないのか」と清見寺住職に詰め寄った。そのやりとりの筆談の原紙も残っていて、静岡版『朝鮮通信使』でも取り上げています。ちなみに上記の詩は、俳優の林隆三さんが、情感たっぷりに朗読してくださいました!

 

 

 保命酒の詩は鞆の浦歴史民俗資料館に、雨森芳洲関連の詩は滋賀県高月町立歴史民俗博物館や雨森芳洲庵に、静岡の清見寺には本堂に当時の雰囲気のまま、数多くの通信使漢詩の扁額が飾ってあります。

 

 

 桜ノ宮さん、機会があったら、ぜひ通信使の漢詩をたどる旅をなさってみてください。詩のエッセンスを味わうには、詩に詠まれた地を訪れるのがイチバンですよ!。

 朝鮮通信使は、日韓交流、歴史と旅、文学や酒など、地域をまたにかけて楽しめる文化的要素がたくさんあるので、これからますます関心が高まると思います。ぜひご注目を!

 

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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
はい、いつでもノックしてください。期待はずれ、... (鈴木真弓)
2010-01-16 09:24:58
はい、いつでもノックしてください。期待はずれ、と思われないよう、私もがんばります!
返信する
またまた ご親切に有り難うございます。 日... (桜ノ宮)
2010-01-15 21:57:23
益々のご活躍を祈ります。
返信する
桜ノ宮さん、ご丁寧なお返事ありがとうございました。 (鈴木真弓)
2010-01-12 21:56:46
通信使の漢詩、折をみてまたご紹介しますね。
そうそう、広島県の鞆の浦は、通信使の史跡のみならず、地酒は美味しいし、坂本龍馬いろは丸事件の舞台でもあるし、最近ではポニョのモデルになった町として注目されています。
2月末からは町を上げて鞆の雛祭りが開かれますので、ぜひ一度訪れてみてください!
酒蔵を愉しむ方法はいろいろありますが、まずお水を試飲することですね。
また、洗米・釜場や麹室(=直接、原料米を手で触れる作業場)の構造などを見比べると、その蔵の特徴がわかると思います。見学可能な酒蔵では、案内する人がちゃんといると思いますので、わからないことは遠慮なくどんどん聞いてみてください。
返信する
鈴木様 ご丁寧に お忙しい中 長文にわたり 感激致... (桜ノ宮)
2010-01-12 18:30:09
又、漢詩を解りやすく訳して頂き 有り難うございました。どの詩も 思慮深く、情があり、親しくも敬いの精神が現われた詩でした。特に南壺谷の詩はロマンチックで大好きな詩です。素敵な詩を有り難うございました。又、以前 坂本龍馬ゆかりの地 中書島近くに住んでいました。寺田屋から五分も無い所に月桂冠、黄桜酒蔵の前を 散歩するばかりでした。
日本酒初心者 でも 楽しめる方法 有りましたら 教えて下さい。
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