杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

第三の茶、香り緑茶

2019-06-17 10:00:00 | 農業

 八十八夜から約1カ月経ち、一時はご祝儀価格だった新茶が手頃に入手できるようになりました。この春は、久しぶりにJA静岡経済連情報誌スマイルでお茶の取材をし、お茶を取り巻く時代の変化を現場で感じることができました。5月末に発行され、経済連のHPで全頁閲覧できますので、こちらをぜひご覧ください。

 

 今回の取材で最も印象に残ったのは「香り緑茶」です。女性に人気の、花や果実やハーブを使ったフレーバーティーの二番煎じか?と最初は穿ってみたのですが、聞けば、「煎茶」「深蒸し茶」に続く画期的な新製法による‶第三のお茶”とのこと。茶葉以外のもので香り付けをしたのではなく、摘み取った生の茶葉に温度を加えて萎凋(しぼんでシナシナになった状態)させてから従来の蒸し工程に進むと、茶葉が本来持っていたナチュラルフレーバーを発揮する、というのです。

 現場取材をしたJAおおいがわ茶業センター金谷工場では、昨年『香り緑茶―宗平SOHEI 』を試作し、今年から本格的にデビュー。山内茂センター長によると、仕上がった香り緑茶を飲んだとき「茶農家だったわが家の茶部屋(茶を揉む部屋)と葉部屋(葉を保管する部屋)の匂いに似ている」と直感したそうです。年配の生産者も同様に「懐かしい香りだなあ」と反応したそう。というのも、現代ほど生茶の鮮度管理を厳密に行っていなかった昭和30~40年代、荒茶工場では摘み取った葉をひと晩くらい放置しておいたので、その間に生葉が萎凋し、独特の香りを発散していたのです。

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 山内さんが淹れてくれた宗平を飲んでみたら、なんとなく、小学生の頃、遠足で水筒に入れて持って行ったお茶の味を思い出しました。淹れたてのすっきりシャープな立ち香とは違う、時間が経って角が取れた甘い含み香というのかな・・・ひと言でいえばやっぱり「懐かしい」。

 「この香りが、うちの若い女性職員たちに大好評だったんですよ」と驚いた表情の山内さん。香り緑茶製法を開発した県茶業技術研究センターでも、東京在住のふだんあまりリーフ茶を飲まないという20~40代女性108名に試飲してもらい、嗜好調査したら、9割という圧倒的多数から「好き」「どちらかといえば好き」との回答を得たとのこと。年配者には「懐かしい」、若者には「新鮮」に感じるって、ファッションの世界か、昨年来ブームになっているボヘミアン・ラプソディーのクイーンみたいな音楽・サブカルの世界の話かと思ってましたが、香りもそうなんだ~!と、新鮮な驚きでした。

 と同時に「昭和の時代の荒茶工場で萎凋した生葉の香り」と聞いて、酒蔵で、厳密に低温管理を行う吟醸酒造りとは違う、生酛や長期熟成の香味の変化を思い浮かべました。


 道具や設備がローテクだった昭和以前の酒蔵では、杜氏が算段しきれない自然任せの要素が大きくて、失敗も多かったと思いますが、逆に思いがけない香りや味に仕上がる"偶然の産物”もあったでしょう。日本酒は冷蔵庫で低温貯蔵すると香味の変化はあまり見られませんが、常温で貯蔵すると香味はもちろん色も変わって見るからに熟成した!ってわかる。常温長期貯蔵酒の中には、上品なブランデーのような熟成酒に仕上がる酒もある。そんな醗酵醸造酒の鷹揚な温度管理が産む香味の変化が、不醗酵の緑茶にも存在するんだなあ…と二重の驚きでした。


 といっても、今回、県茶業研究センターで開発した香り緑茶製法「香気発揚処理」は、かなり厳密なマニュアルになっています。

 スマイルにも書きましたが、摘み取った生葉に①加温(20~25℃で30~60分)、②低温静置(15℃で12時間)と撹拌処理(静置の間に2時間間隔で5分の撹拌×3回)を行うもの。センターでは製茶機械メーカーと共同で独自の〈香り揺青機〉を開発し、大量に仕上げるマニュアルを確立しました。

 県茶研では様々な品種での試作を進捗中で、これまでの分析で〈香駿〉〈さやまかおり〉〈つゆひかり〉等で高い香気成分が認められており、JAおおいがわでは実際〈さやまかおり〉〈かなやみどり〉〈やぶきた〉で試作をしたそうです。今後、産地別・品種別に特徴ある香り緑茶が数多く出回れば、山田錦一辺倒だった酒造米の世界に地域に適した新品種が増えてきたように、やぶきた一辺倒だった静岡茶にも多様性が生まれることでしょう。

 米農家や茶農家にとって、品種を変えるというのはビッグチャレンジ。しばらくはいろいろな品種を少しずつ試す期間が続くと思われますが、これという手応えを得たなら、思いきって変えてみる・挑戦してみる・世に問うてみるという決断行動に期待したいですね。それを成し得た先人たちが、煎茶製法や深蒸し製法を開発普及させたはず・・・との思いを込めて、今回のスマイルの記事では、最澄が中国から茶をもたらした頃からの茶の歴史を、長いイントロダクションとしてつづってみました。

 

 

 ところで、縁あって酒や茶の生産現場を身近に知る立場となり、歴史を紐解いていくうちに、どうしても気になったのが『酒茶論』という古書。2種類あって、一つは茶の湯の席での客人の失言から端を発し、茶と酒のどちらが優れているかのケンカになって、茶にはお茶うけのお菓子や果物、酒には肴の魚鳥が加勢して、大軍団となった両者が大和の宇治川をはさんで大合戦に及んだという御伽草子。もう一つは中国の古典「茶酒論」をベースに、戦国時代に岐阜乙津寺の蘭叔玄秀和尚(のちに臨済宗大本山妙心寺53世管主)が漢文で書いた酒と茶の効能比べ。禅僧らしく「どっちも水がなければ存在しない」と丸く収めています。

 この『酒茶論』の研究が、私の次なるライフワークになりそうです。