杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

しずおか地酒研究会20周年記念講演会「造り手・売り手・飲み手が切り拓いた静岡地酒・新時代」(その2)

2016-03-22 14:51:48 | しずおか地酒研究会

 3月15日開催のしずおか地酒研究会20周年記念講演会「造り手・売り手・飲み手が切り拓いた静岡地酒・新時代」(講師/松崎晴雄氏)のつづきです。

 

 日本酒の長い歴史の中の、わずか30年ほどの出来事ですが、静岡県は日本酒の産地の見方を変えた大きな存在であり、静岡の酒は長い歴史の中で大きな役割を果たしたといえるでしょう。ではこの先、静岡の酒はどうなっていくのでしょうか。

 今、日本酒がブームになっているといわれ、各メディアでさかんに取り上げられています。その中で静岡の特性は、30年前と変わらず、すっきりした飲み口でリンゴやバナナのようなフルーティーな香りの軽快な味わいを踏襲していますが、今のトレンドは香りがパイナップルやトロピカルフルーツのような芳醇なタイプで、味もどっしりした酒です。日本酒全体の味の傾向も甘口になってきていますね。食生活の多様化でスパイシーや脂っこい調味料を多用するようになり、アルコール類も酸の強いワインや梅酒が食中酒として好まれるようになっています。一方、刺身や豆腐のように和食本来の素材を生かした薄味の料理に合うのは、静岡のように端正できれいな酒です。その意味で、和食が見直されているように、静岡の酒も再評価されているのでは、と思っております。

 

 具体的にいいますと、最近では静岡酵母と同じような特徴を持つ金沢酵母(協会14号)、オーソドックスな9号酵母系―メロンやデリシャスリンゴ系の香りが特徴の酵母を使う若手の蔵元も増えていますね。(人気の)秋田の「新政」は白麹(注)のような特殊な造りをしていますが、香りの華やかな酒とは一線を画す路線を目指していますね。もともと協会6号酵母が生まれた蔵ですし、自社の特徴を大事にされています。醸造哲学的なものもしっかりお持ちですね。

 

 日本酒の世界では杜氏さんがどんどん高齢化し、なんとかしなければということで若い蔵元が杜氏を継いだり、社員を杜氏に抜擢するケースが増えてきました。その中には「自分はこういう酒を造りたいんだ」という自己主張、自己メッセージを強く打ち出ち、新たなブランドを立ち上げたり、従来の酒銘を横文字表記にしたりという工夫も見られます。そのような蔵元が注目され、彼らの多くが香りの華やかな、無ろ過で出すような強いタイプの酒を好んで造っていたのが、ここ2~3年、若手の新しい造り手の中にも、従来の9号系、金沢、静岡タイプの酒を志向する人が出てきています。おそらく、香りの華やかな甘い酒が巷に増え過ぎて、どれを飲んでも変わり映えがしないという状況への反動なのではないかと思われます。

 

(左)1999年開催のしずおか地酒公開地酒塾「異郷人が好む静岡の酒」での松崎氏&ジョン・ゴントナー氏(SAKEジャーナリスト)、(右)2011年開催のしずおか地酒研究会&東京・日本酒市民講座の交流企画・静岡県農林技術研究所で酒米「誉富士」開発最前線を視察

 

 最近では、“食中酒”という言葉を若い造り手さんも積極的に使うようになりました。酒そのものを飲ませるというよりも、時間をかけて料理を味わいながら飲むというスタイルを大事にするようになった。静岡の酒が30年かけて取り組んできたことが、最近、酒造りを始めた若い人にとっても、新鮮な感動を与えているのです。世の酒の嗜好も、辛口⇒甘口⇒大甘口、そして今、ふたたび若干辛口へと移り変わってきています。

 30年前の静岡の挑戦は、過去の出来事ではありません。つねに日本酒は時代や環境に伴って少しずつ進化していますので、静岡の酒の特徴を見直すことは、日本全国の新しい酒を見直すことにつながるのでは、と思っております。

 

 今、海外でも日本酒ブームだといわれますが、外国の人たちにとっては日本酒の飲み方そのものの情報が少ないようですし、まだまだ日本各地の地酒の違いなども分かりにくい状況です。静岡の酒はどういう特徴かと聞かれたら、まずは静岡が比較的温暖で水のおいしい地域であること、海の幸や山の幸に恵まれた食の宝庫であること等を伝えることから始めるのが肝要でしょう。そしてワインのテロワールのように「そういう土地だから、こういう酒になる」と物語を語る。日本は狭い島国ですが、自然が豊かで多様性があり、地域ごとの特徴があります。江戸時代の幕藩体制下で”お国柄”というものも豊かに育まれ、地域の特徴を生かした名産品、特産品も生まれました。

 静岡県の爽やかな酒質は、日本では高知、宮城、石川あたりが近いものの、県を挙げてこのような特徴を打ち出した県は他にありません。静岡吟醸が生まれた30年前の頃を知っている人間としては、もっともっと次の世代に伝えていく責務があると思います。

 とにかく、静岡の酒は静岡の土地で味わうのが一番大事です。もっとみなさんと盃を重ねてまいりたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。(つづく)

 (注)麹には、黄麹(おもに日本酒用)、黒麹(おもに伝統的な焼酎用)、白麹(おもに焼酎用)の3種類あり、最近ではあえて白麹や黒麹を日本酒に使う試みが注目をされています。従来の黄麹で作られた麹米は甘栗のような香りがしますが、白麹にはクエン酸が含まれるためレモンのような香りがします。