杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

緑茶王国しずおかの誇り「天下一製法」

2012-11-15 14:18:15 | 歴史

 報告が遅くなりましたが、11日(日)、富士市立博物館の旧稲垣邸で行われた富士市茶手揉み保存会の実演を取材しました。あいにくのお天気で寒くてお客さんは少なかったけど、ベテラン茶師の熟練の技を半日じっくり観察できました。

 

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 稲垣邸というのは文化元年(1804)に建築された富士市最古の茅葺屋根の民家で、博物館の敷地に移築保存されました。時々使ったほうがいいということで、博物館では市民対象でそば打ち体験、かまどご飯炊き体験などを行っているそうです。こういDsc01069
う施設があるっていいですねえ。

・・・もちろん私は、囲炉裏端で地酒研究会の仲間と酒を酌み交わす妄想にふけりました(笑)。くわしくはこちらを。

 

 

 

 

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 富士には幻の製茶法といわれる『天下一製法』という手もみ技術が伝わっています。茶葉を縫い針や蜘蛛の足のように細く長くもみあげる。こんなふうに針山かクリスマスツリーみたいに積み上げて、もみ上げ技術の高さをデモするんです。今年6月には中国浙江省の緑茶博覧会に出展し、現地の人の目を釘付けにしたそうです。

 

 自分が取材して書いた記事はまだ公表できないので、とりあえず、参考資料にいただいた博物館学芸員・井上卓哉さんの文を紹介します。

 

 

 

 

【野村一郎と天下一製法~幻の製茶法をめぐって】

 

 富士の茶業の歴史は(中略)、『駿河国新風土記』によれば、「山中を上の一路とす、其の民、良材を伐て桴を下し、茶を製し、紙を製し、薬草の採などを業す」とあります。また『富士郡茶業史』によれば、岩本村で寛文年間(1661~1672)頃から茶の製造を始めたという記載や、大渕村に大正7年当時に樹齢300年を超える茶樹があったと記載されています。こうした記述から、江戸時代の中黒には茶業が富士に住む人々の重要な産業になっていたことが推測でき、現在では全国で製造量の70%を占める煎茶ではなく、現在の基準でいうところの「番茶」が盛んに製造されていたようです。

 

 

 

 煎茶は、元文3年(1738)に京都宇治の茶業者・永谷宗円によって初めて製造され、各地に普及します。とくに安政6年(1859)に横浜港が開港されると、茶は生糸とともに日本から輸出する花形商品となりました。しかしながら、この当時の富士の茶業は未熟なもので、他の茶産地から遅れをとっていました。

 

 

 このことを危惧し、富士の茶業の発展に尽くしたのが野村一郎でした。天保3年(1833)に西比奈村(現富士市比奈)に生まれた野村一郎は、若くして名主をつとめるかたわら、治水工事などの公益事業を熱心に行った人物です。

 

 

 野村一郎は、富士山の南麓・愛鷹山の西北に位置する内山と呼ばれる原野山林を開拓し、茶樹の栽培をすすめるとともに、優れた手もみ製法技術を持つ茶師と呼ばれる職人を雇い入れ、伝習所を開いて職人の育成を行います。

 とくに明治4年(1871)には茶師の中でも有名であった静岡の市川源之助、遠州の赤堀玉吉、江州佐平など優秀な職人を雇い入れました。その中でも成績のよかった赤堀玉吉とともに手もみの方法を研究し、独自の製法を開発しました。明治9年(1879)、この製法によって製造された茶を横浜に出荷したところ、絶賛を浴びて、居留地の百一番地のイギリス人茶商と中国人茶商から【天下一品茶製所】の扁額を贈られました。その後、野村一郎らが開発した茶製法は“天下一製法”と呼ばれるようになり、九州や四国をはじめ、日本各地へと広がることになります。

 

 

 一方で、明治時代には、手もみ製法から機械による製茶へと変化していく時代であり、製茶機械の導入とともに、優れた手もみ技術が次々と姿を消していきました。天下一製法も例外ではなく、現在では、その製法は明治・大正時代の文献から読み取れる範囲で部分的に継承されているだけで、幻の製法となっています。

 

 

 しかし近年、茶業の振興の目的で富士市茶手揉保存会と静岡県茶業試験場富士分場が中心となって、天下一製法の発祥地である富士の地で、其の製法への復活の研究が行われています。まだその全容の解明には課題もあるとのことですが、近い将来、富士の発展に生涯を捧げた野村一郎が、ふたたび富士の茶業の振興に貢献する日がやってくるのかもしれません。

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 この文は6年前のもので、今現在、天下一製法はほぼ復活し、2013年に市販できる体制になりました。富士市茶手揉保存会の平柳会長はじめ、保存会の皆さんに、実際に実演を見せていただき、揉み始めから6時間かかってこの針山が出来るまでを観察させてもらいました。・・・いかに針のようにまっすぐピンとさせるか、同じ方向に伸ばすよう細心の注意を払ってもみ上げていきます。

 

 

 

 

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 ちなみにこの方は御歳94歳の山本精作さん。現役です・・・!

 

 

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 こちらの記事にも書きましたが、手揉み技術は機械製法になっても絶やすことのできない、緑茶王国しずおかの鉄板技術です。「手揉みの技が向上すると、機械の調整も上手になるんだ」と平柳会長。「子どもたちにお茶づくりの話をするときも、“機械まかせだ”なんて言えないからね」と職人の矜持をキリッと語ってくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 平柳さん自身は、お茶では難しいとされる無農薬無化学肥料農法を続けています。海草や魚かすなどミネラル豊富な海の栄養分を肥料にし、雨が降っても流出しないよう、田んぼの葦を刈って茶畑に敷いてフィルター代わりにしているそう。富士山麓の茶畑では、かつて井戸水から農薬が検出されたことがあり、その苦い経験から、「おいしい水は、おいしいお茶の最後の砦。せめて子どもたちが川遊びできるようにしてあげたい」と水環境の改善に努めています。

 

 

 手揉み技術とは、茶葉の状態をよくよく観察し、最良の状態に仕上げるきめ細やかさと、目指すところのレベルの高さがなせる業です。そういう感性と価値観を持つ職人ならば、茶葉が育つ自然環境をないがしろにはできないのも道理。日本酒の杜氏と同じです。

 

 

 天下一製法によって作られた『天下一品茶』は、来年から市販が始まります。この日、お試し販売していたのは、10グラムで1000円というプライス。・・・ちょっと手が出ませんでしたが、ちょこっと試飲させていただいた限りでは、玉露と見紛うほどの“甘涼しい”味わい。・・・煎茶でこのレベルまで到達できるのかと感動しました。茶師さんたちに静岡酵母の大吟醸を、杜氏さんたちに天下一品茶を飲ませてあげたい・・・つくづく思います。