杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

富士山静岡空港フライト体験記その5・故宮博物院編

2009-06-13 13:11:42 | しずおか地酒研究会

 6月6日台北3日目午前中は、待望の国立故宮博物院です。オプションツアーも用意されていましたが、私たちはできるだけ公共交通を利用したくて、地下鉄とバスを乗り継いで向かいました。行先等が漢字表記でなんとなくわかるってのが助かりますね。ハングルだったらちんぷんかんぷんでした。

 

 まだ20代の駆け出しライターだったころ、JR掛川駅新幹線口の地域物産所『これっしか処』のチラシ広告の仕事をいただいたことがありました。当時、これっしか処は掛川市と静岡伊勢丹の第3セクターで運営されていて、伊勢丹から出向してきた情報通の巻田荘次店長とともに、中遠~遠州地方の酒蔵をはじめ、手作り名産品の生産者を訪ね歩いて多くの情報や人脈を得ることができました。その中に陶芸家も何人かいて、窯場を何ヶ所か訪問するうちに、ただの土が、人の手によって生活民具に加工され、さらには芸術作品にまで昇華されてきた歴史に魅了されました。

 

 静岡酵母開発者の河村先生には「吟醸酒を味わう杯には、唇につけたときのあたりが軽く、器の存在感を感じさせない極限まで薄い磁器がいい」と教えていただき、九州有田や唐津、京都清水へ一人で器探しの旅をしたこともあります。しずおか地酒研究会では、陶芸家をゲストに招き、参加者もMYお猪口を持参し、陶芸談義を楽しむサロンを開いたことも。たしか千寿酒造の山下社長が値段が付けられないというレアもの古伊万里を見せてくれたっけ…!。

 

  

Imgp0960  そんなこんなで、陶芸―とりわけ白磁や青磁の世界に憧れていた私にとって、故宮はひとつの“聖地”。

 1日2日じゃ回りきれないだろう、ポイントを絞って回らないと…と覚悟して入館したところ、展示フロアは本館の1~3階のみ。新石器時代から清代皇室モノまで年代・テーマ別に分かれていて、とても観やすかった!

 

 

 

 ご存じのとおり、清王朝の至宝が結集した故宮博物院は1925年に北京の紫禁城に開設されたものの、31年、戦火を避けて持ち出され、国内を転々と移動し、49年の国共内戦で国民党が台湾に持ち出しました。その数約60万点。現在、総コレクション数は65万点に及んでいます。展示室にはそのごく一部が常設展示されていて、期間限定の特別展が定期的に併催されます。つまり、行った日に運よく観られるものと観られないものがあるんですね。

 

 この日はタイムリーというか、特別展は三国志の赤壁の戦いがテーマ。文書資料が中心でしたが、映画レッドクリフシリーズを観た者にしたら、実際、こうして文書や墨絵でしか伝承されていない三国志の世界観を、ああいう映像美に仕立て上げた映画監督というのは、やっぱり大変な才能とイマジネーションの持ち主なんだなぁと改めて再認識しました…。

 

 

 とにもかくにも、歴史をさかのぼって古い時代のものから順番に観ることに。各展示室ごとに、中国語、英語、日本語の解説パンフレットが置いてあって、この展示室が目指したコンセプトや鑑賞ポイントが説明してあります。土曜日とあって、館内は団体客や修学旅行生などでごったがえしていて、中国語、英語、日本語のツアーガイドの声が飛び交っていました。フリー客の多くは有料音声解説キットを耳にしていましたが、私はまずは先入観なしにモノを観てみたいのと、展示物解説なら、どこかの日本人ツアーにまぎれて日本語のツアーガイドの説明を聞けば済むというセコい根性(苦笑)で鑑賞に臨みました。

 

 お目当ての白磁・青磁器は、宋(960~1279年)・元(1279~1368年)の時代の展示室にありました。

 白磁の定窯(ていよう)、青磁の汝窯(じょよう)。陶磁器に興味のある人なら必ず耳にする名窯です。日本の陶芸ファンの“聖地”である大阪市立東洋陶磁美術館でも定窯や汝窯の名品を観ることができますが、宮廷御用達の官窯的立場だった汝窯には、宮廷秘蔵品がベースの故宮コレクションでしか見ることのできない貴重な逸品が多いとか。

 貫入(釉層に入ったヒビ)のない、澄みきった“雨過天晴”のごときスカイブルーの水仙盆は、さすが宮廷の秘蔵品!と唸らせる品格がありました。

 

 私が気に入ったのは定窯の白磁壺。ガイドブックなどに紹介されている有名な白磁蓮花文龍耳壺も素晴らしかったのですが、目に留まったのは、壺の表面には何の装飾もない、ツルっとしたシンプルな、いかにも壺らしい形の白磁壺でした。

 

 シンプルな白磁器というのは、現代のライフスタイルにも好まれ、カジュアル雑貨から高級料理用まで、あらゆる場面で重用されていますよね。この、シンプル=美しいという価値観を、1000年前の中国の職人や宮廷の目利きたちが持っていたというのが素晴らしい。

 そして宋代の白磁や青磁のクオリティが、それ以降の陶芸職人や作家たちのひとつの道しるべになった・・・。

 

 

 今回、観られた点数はそんなに多くはなかったけれど、素人の目から観ても、他の美術館やコレクション展で観てきたものとは違う、超一級品だけが持つ近寄りがたさというのか(うまく説明できないのですが)、多くの先人たちが必死で守ってきただけ重みがあるって解ります。

 

 モノづくりを志す人間は、どんなジャンルのものであれ、可能な限り一流のもの、ホンモノを観て、自分の基準値を養わなければならないんだなと実感しました。

 故宮は館内撮影禁止なので、画像はこちらでお楽しみください。

 つづきは次回へ。