名古屋大学大学院医学系研究科
救急・集中治療医学分野
教授 松田直之
はじめに
IIT(intensive insulin therapy:強化インスリン療法)は,救急・集中治療領域の急性期管理や糖尿病患者の血糖管理などにおける,即効型インスリンの持続投与による厳格血糖管理の方法である。血糖値上昇は,血漿浸透圧上昇,糖化蛋白を介した血管内皮細胞傷害,白血球機能低下,組織再生遅延などを介して,心血管系イベント,急性腎不全を高めるため,できるだけ正常な血糖値を維持することが望ましい。しかし, IITを用いた厳格血糖管理では,医原的低血糖合併の危険性,また,糖尿病罹患歴がある場合にはどのレベルでの維持が適切なのかにも留意しなければならない。現在,集中治療領域では,IITとして即効型インスリン50単位を50mLの生理的食塩水に希釈し,中心静脈路より持続投与し,4時間毎に観血的動脈路からの採血により血液ガス分析器を用いて,厳格血糖管理を行っている。このようなIITによる厳格血糖管理の動向を,近年の臨床研究に照らしてまとめる。名大病院をはじめ,救急・集中治療部で勤務される皆さんに,参考として頂きたい。
急性期臨床研究によるIITの目標血糖値の探求
救急・集中治療領域の対象とする急性期患者では,基礎疾患の内容によらず炎症性サイトカイン濃度の高まり,耐糖能異常が生じやすい病態となる。このような急性期全身性炎症病態では,糖負荷に対する即効型インスリンの持続投与により,厳格血糖管理を行っている。この管理血糖値目標を定めるいくつかの大規模臨床研究が,1990年代より報告されている。
1995年に報告されたDIGAMI study(diabetes mellitus insulin-glucose infusion in acute myocardial infarction)1)は,急性心筋梗塞を発症したHbA1cが8~8.2%レベルの糖尿病患者620名を対象に,1990~1993年にスエーデン19施設で行われた多施設合同前向き臨床研究である。本研究は,グルコース・インスリン療法(GI)として80 IUの速効型インスリンを5%糖液500 mLに溶解し,30 mL/hの速度で静脈内投与する効果を検討したものである。GIにより,血糖値170 mg/dLレベルに維持した306名と血糖値270 mg/dLレベルに維持した314名の生存率を比較した結果,血糖値170 mg/dLに調節した群で1年死亡率が26.1%から18.6%に低下したと報告されている。
この追試に当たるDIGAMI 2 study2)は,急性心筋梗塞を発症したHbA1c 7.2~7.3レベルの2型糖尿病患者1,253名を対象として,1998年1月より2003年5月までヨーロッパ44施設で施行された前向き臨床研究である。インスリン投与法を3群に分けて解析し,血糖値をすべて170 mg/dLレベルに維持している。DIGAMI study1) で施行された24時間のGIのみの群,初病日のGIに加えて第2病日以降もインスリン皮下投与を継続した群,さらに,施設独自の管理でインスリンの有無にこだわらずに血糖値を170 mg/dLレベルに調節した群の3群を比較した結果,3群間の院内死亡率に差が認められなかった。すなわち,糖尿病を合併した急性心筋梗塞患者の生命予後において,長期的なインスリン投与やインスリン投与量が重要なのではなく,管理初期の170 mg/dLレベルのIITによる血糖管理が長期生存に重要と結論されている。
一方,DIGAMI study1)を受けて2001年N Engl J Medに報告されたベルギーのルーバン大学のVan den Bergheらによるルーバンスタディは3),2000年2月から2001年1月までの期間における単一の集中治療室(intensive care unit: ICU)で施行された前向き臨床研究であり,Acute Physiology and Chronic Health Evaluation II score(APACHE-IIスコア)9レベルの重症度の比較的低い外科系患者1,548名を対象としたものだった。手術後の血糖値をIITによる厳格血糖管理80~110 mg/dLレベル,従来推奨型血糖管理180~200 mg/dLレベルの2群に分類し,死亡率を解析している。この研究は,管理初病日より盲目的に1日量200~300 gの糖負荷を行い,1日あたり約71単位の速効型インスリンの持続投与を行い,血糖値を80~110 mg/dLレベルに厳格管理している。結果として,ICU死亡率を8.0%から4.6%,5日以上ICUに滞在した患者群のICU死亡率を20.1%から10.6%,院内死亡率を10.9%から7.2%に減じることができたと報告し,厳格血糖管理の重要性を提起する結果となった。
後にVan den Bergheらは,2003年のCrit Care Med4)において,血糖値20 mg/dLの増加により急性腎不全や感染症の合併率が高まること,さらに,インスリン10 IU/日の増加は3日以上持続するCRP 15 mg/dL以上の発生を有意に減少させることを公表し,血糖値20 mg/dLの上昇で死亡率が30%上昇し,血糖値200 mg/dLでは血糖値100 mg/dLの2.5倍に死亡率が高まると報告した。
このような結果は,内科ICU患者においてもVan den Bergheら5)により検討が加えられ,血糖値180-200 mg/dLより80-110 mg/dLに管理することで,急性腎不全合併率,人工呼吸管理期間,ICU管理期間を有意に減少することが確認されたが,対象とした全患者の院内死亡率を低下させてはいなかった。さらに,後に国際学会等を含めて大きな議論となったことは,ルーバンプロトコール4)によるインスリン投与により,低血糖発症率が6.2%から18%の約3倍に上昇していることだった。
急性期患者の厳格血糖管理を追試した臨床研究
2003年4月から2005年6月までにドイツの18施設の大学病院ICUで検討されたVISEPトライアル(the Efficacy of Volume Substitution and Insulin Therapy in Severe Sepsis trial)6)は,APACHE IIスコア20レベルの重症敗血症患者群を対象に,血糖値を110 mg/dLレベルに管理する厳格血糖管理(n=247)と,180 mg/dLレベルで管理する従来型血糖管理(n=290)が比較された。これらの患者群には,両群ともに糖尿病罹患患者を約30%含んでいたことが特徴である。ICU管理初日の投与カロリーは600 kcalレベル,第2病日で900 kcalレベルであり,ルーバンスタディより投与カロリーが少ない特徴がある。さらに,初病日より経腸栄養が約40%の患者に併用されている特徴がある。このような群間比較において,厳格血糖管理群の28日死亡率は24.7%,従来型血糖管理群の28日死亡率は26.0%と,厳格血糖管理群群に若干の死亡率減少を認めるものの,死亡率に有意差は認められなかった。このVISEPトライアル6)では,厳格血糖管理群で17%の低血糖合併を認め,従来型血糖管理群の4.1%と比較して,厳格血糖管理のIITで有意に高い低血糖合併が示される結果となった。
最終的にVan den BergheらのIITによる厳格血糖管理に対しての強い反論を訴える結果を提示したものが,Normoglycemia in Intensive Care Evaluation–Survival Using Glucose Algorithm Regulation study(NICE-SUGARスタディ)7)である。このIITによる厳格血糖管理の研究は,2004年12月から2008年11月までオーストラリア,ニュージーランド,カナダを中心とする38の大学病院を含む42のICUで,合計6,104名を対象として施行されたたものである。患者重症度はAPACHEスコア 21.1レベルであり,APACHEスコア 25以上の患者を約30%含んでいた。この研究では約20%の糖尿病歴のある患者を含み,ICU入室前にインスリン投与を受けていた患者を約29.8%程度に含んでいることが特徴である。また,NICE-SUGARスタディ7)の特徴は,ICU入室後の非蛋白カロリーが600 kcal/日レベルに保たれている点であり,経静脈栄養は 170 kcal/日レベルである点にある。
このような患者管理背景において,NICE-SUGARスタディ7)の1次エンドポイントは90日死亡率とされ,厳格血糖管理81~108 mg/dL(n=3,010)と,従来型血糖管理180 mg/dL(n=3,012)が比較された結果,少なくとも14日までの厳格血糖管理により,28日死亡率は従来型血糖管理で20.8%,厳格血糖管理で22.3%であり,さらに90日死亡率は厳格血糖管理で有意に高くなるという結果が得られた。低血糖合併率は,17%レベルのVISEPトライアル6)ほどには高くなく,厳格血糖管理で約6.8%,従来型血糖管理で約0.5%の結果であった。
ルーバンスタディとNICE-SUGARスタディの比較
IITによる血糖管理目標を定める上で,Van den Berghe らの外科系ルーバンスタディ3)とNICE-SUGARスタディ7)を比較する際に,注意するべきいくつかの点がある。主な注意点は,①患者重症度,②グルコース負荷量,③研究手法,つまり単施設研究か多施設共同研究か,の3点である。
まず第1に,Van den Berghe らの対象とした患者群は,NICE-SUGARスタディ7)より患者重症度が低い特徴がある。また,糖尿病既往歴のある患者を,NICE-SUGARスタディ7) では多く含んでいる。患者重症度の低い患者群では全身性炎症が必ずしも強いものではないため,急性期に生じた高血糖自体が炎症負荷として強く出現する可能性がある。全身性炎症が低い病態では,高血糖自体が白血球機能を低下させ,感染症合併率を高める結果を導く可能性は否めない。
第2に,外科系ルーバンスタディ3)の高血糖は医原的と考えられるものであり,ICU入室の初病日からの糖負荷が800~1,200 kcalと高い点に問題がある。ルーバンスタディ3-5)とNICE-SUGARスタディ7)を比較する上で,1日あたりの糖負荷量の差が結果に反映した可能性がある。これらの研究結果の差は,全身性炎症期の過量の糖負荷は有害であるということを意図しているのかもしれない。
最後に,単施設研究では,研究施行者達の主観が入り込む可能性は否定できない。また,NICE-SUGARスタディの28日死亡率は20%を超える比較的高いものであり,多施設研究による管理の質の乱雑さにより,IITによる厳格血糖管理の有意性が消失した可能性は否めない。
糖尿病合併患者に対する留意点
IITの目標とする血糖値は,糖尿病患者ではやや高い方が望ましいとする可能性が指摘されていることには,今後の注意が必要である。表には,本稿で解説を加えた臨床研究結果をまとめたが,VISEPトライアルにおいても,NICE-SUGARスタディにおいても,糖尿病罹患歴のある患者を多く含んでいることに注意が必要である。
Van den Bergheら8)は2006年に,既に報告した外科ICU患者1,548名3,4)と内科ICU患者1,200名5)を合わせたサブグループ解析として,非糖尿病患者2,341名と糖尿病罹患患者407名の解析を加えている。この報告8)では,ICU入室前に糖尿病を罹患していた患者群の院内死亡率は,血糖値150 mg/dLを超える管理で21.2%,血糖値110~150 mg/dLで21.6%,血糖値110 mg/dL未満で26.2%と,血糖値110 mg/dL未満の厳格血糖管理で院内死亡率がむしろ増加する傾向が確認されている。
このような糖尿病患者を対象とした厳格血糖管理の近年の臨床研究としては,2型糖尿病患者 10.251名を対象としたACCORD (Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes) スタディ9),11,140 名を対象としたADVANCE (Action in Diabetes and Vascular Disease: Preterax and Diamicron Modified Release Controlled Evaluation) スタディ10),1,791名を対象としたVADT (Veteran Administration Diabetes Trial) 11, 12)などがある。これらの研究結果を評価しても,2型糖尿病患者の急性期に厳格血糖管理を施行しても,心血管系イベントや死亡率が低下すると結論できないのが現状である。
おわりに
即効型インスリンの持続投与を用いたIITにより,少なくとも180 mg/dLを超える血糖管理は望ましくないと評価できる。IITによる厳格血糖管理の血糖目標は,糖尿病既往歴のない患者では150 mg/dL以下,糖尿病既往歴のある患者では170-180 mg/dL以下と近年の臨床研究より評価される。このような厳格血糖管理において,留意すべきことは,①糖負荷量,②低血糖合併であることを本稿では記した。患者急性期の全身性炎症病態においては,まず,盲目的な過剰糖負荷を行っていないかを各施設で再評価する必要がある。蛋白や脂質の投与量に比べ,糖負荷量が多い傾向を目にする機会が多い。その上で,厳格血糖管理の技術的手法に,スライディングスケールやダイナミックスケールを用いるにせよ,時系列で血糖変動を評価することが今後の課題である。現在,さまざまな企業で簡易型人工膵臓や持続血糖モニタの臨床応用が検討されている。今後は,これらのルーティンな臨床使用の中で,血糖値を時系列で評価し,IITによる急性期患者管理が安全に施行されることが期待される。多くの臨床結果が,日本集中治療医学会学術集会でも発表されることを期待している。
■ 参考文献
1. Malmberg K, Ryden L, Efendic S, et al; Randomized trial of insulin-glucose infusion followed by subcutaneous insulin treatment in diabetic patients with acute myocardial infarction (DIGAMI study): effects on mortality at 1 year. J Am Coll Cardiol 26:57–65, 1995
2. Malmberg K, Ryden L, Wedel H, et al; Intense metabolic control by means of insulin in patients with diabetes mellitus and acute myocardial infarction (DIGAMI 2): effects on morbidity and mortality. Eur Heart J 26:650–661, 2005
3. Van den Berghe G, Wouters P, Weekers F, et al; Intensive insulin therapy in the critically ill patients. N Engl J Med 345:1359-1367, 2001
4. Van den Berghe G, Wouters PJ, Bouillon R, et al; Outcome benefit of intensive insulin therapy in the critically ill: insulin dose versus glycemic control. Crit Care Med 31:359–366, 2003
5. Van den Berghe G, Wilmer A, Hermans G, et al; Intensive insulin therapy in the medical ICU. N Engl J Med 354:449-461, 2006
6. Brunkhorst FM, et al; Intensive insulin therapy and pentastarch resuscitation in severe sepsis. N Engl J Med 358:125-139, 2008
7. NICE-SUGAR Study Investigators; Intensive versus conventional glucose control in critically ill patients. N Engl J Med 360:1283-97, 2009
8. Van den Berghe G, Wilmer A, Milants I, et al; Intensive insulin therapy in mixed medical/surgical intensive care units: benefit versus harm. Diabetes 55:3151-3159, 2006
9. Gerstein HC, Miller ME, Byington RP, et al; Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes Study Group. Effects of intensive glucose lowering in type 2 diabetes. N Engl J Med, 358: 2545–2559, 2008
10. Patel A, MacMahon S, Chalmers J, et al; ADVANCE Collaborative Group. Intensive BG control and vascular outcomes in patients with type 2 diabetes. N Engl J Med 358: 2560–2572, 2008
11. Duckworth W, Abraira C, Moritz T, et al; Intensive glucose control and complications in American veterans with type 2 diabetes. N Engl J Med 360: 129–139, 2009
12. VADT Group; Glycaemic separation and risk factor control in the Veterans Affairs Diabetes Trial: an interim report. Diabetes Obes Metab 11: 150–156, 2009
救急・集中治療医学分野
教授 松田直之
はじめに
IIT(intensive insulin therapy:強化インスリン療法)は,救急・集中治療領域の急性期管理や糖尿病患者の血糖管理などにおける,即効型インスリンの持続投与による厳格血糖管理の方法である。血糖値上昇は,血漿浸透圧上昇,糖化蛋白を介した血管内皮細胞傷害,白血球機能低下,組織再生遅延などを介して,心血管系イベント,急性腎不全を高めるため,できるだけ正常な血糖値を維持することが望ましい。しかし, IITを用いた厳格血糖管理では,医原的低血糖合併の危険性,また,糖尿病罹患歴がある場合にはどのレベルでの維持が適切なのかにも留意しなければならない。現在,集中治療領域では,IITとして即効型インスリン50単位を50mLの生理的食塩水に希釈し,中心静脈路より持続投与し,4時間毎に観血的動脈路からの採血により血液ガス分析器を用いて,厳格血糖管理を行っている。このようなIITによる厳格血糖管理の動向を,近年の臨床研究に照らしてまとめる。名大病院をはじめ,救急・集中治療部で勤務される皆さんに,参考として頂きたい。
急性期臨床研究によるIITの目標血糖値の探求
救急・集中治療領域の対象とする急性期患者では,基礎疾患の内容によらず炎症性サイトカイン濃度の高まり,耐糖能異常が生じやすい病態となる。このような急性期全身性炎症病態では,糖負荷に対する即効型インスリンの持続投与により,厳格血糖管理を行っている。この管理血糖値目標を定めるいくつかの大規模臨床研究が,1990年代より報告されている。
1995年に報告されたDIGAMI study(diabetes mellitus insulin-glucose infusion in acute myocardial infarction)1)は,急性心筋梗塞を発症したHbA1cが8~8.2%レベルの糖尿病患者620名を対象に,1990~1993年にスエーデン19施設で行われた多施設合同前向き臨床研究である。本研究は,グルコース・インスリン療法(GI)として80 IUの速効型インスリンを5%糖液500 mLに溶解し,30 mL/hの速度で静脈内投与する効果を検討したものである。GIにより,血糖値170 mg/dLレベルに維持した306名と血糖値270 mg/dLレベルに維持した314名の生存率を比較した結果,血糖値170 mg/dLに調節した群で1年死亡率が26.1%から18.6%に低下したと報告されている。
この追試に当たるDIGAMI 2 study2)は,急性心筋梗塞を発症したHbA1c 7.2~7.3レベルの2型糖尿病患者1,253名を対象として,1998年1月より2003年5月までヨーロッパ44施設で施行された前向き臨床研究である。インスリン投与法を3群に分けて解析し,血糖値をすべて170 mg/dLレベルに維持している。DIGAMI study1) で施行された24時間のGIのみの群,初病日のGIに加えて第2病日以降もインスリン皮下投与を継続した群,さらに,施設独自の管理でインスリンの有無にこだわらずに血糖値を170 mg/dLレベルに調節した群の3群を比較した結果,3群間の院内死亡率に差が認められなかった。すなわち,糖尿病を合併した急性心筋梗塞患者の生命予後において,長期的なインスリン投与やインスリン投与量が重要なのではなく,管理初期の170 mg/dLレベルのIITによる血糖管理が長期生存に重要と結論されている。
一方,DIGAMI study1)を受けて2001年N Engl J Medに報告されたベルギーのルーバン大学のVan den Bergheらによるルーバンスタディは3),2000年2月から2001年1月までの期間における単一の集中治療室(intensive care unit: ICU)で施行された前向き臨床研究であり,Acute Physiology and Chronic Health Evaluation II score(APACHE-IIスコア)9レベルの重症度の比較的低い外科系患者1,548名を対象としたものだった。手術後の血糖値をIITによる厳格血糖管理80~110 mg/dLレベル,従来推奨型血糖管理180~200 mg/dLレベルの2群に分類し,死亡率を解析している。この研究は,管理初病日より盲目的に1日量200~300 gの糖負荷を行い,1日あたり約71単位の速効型インスリンの持続投与を行い,血糖値を80~110 mg/dLレベルに厳格管理している。結果として,ICU死亡率を8.0%から4.6%,5日以上ICUに滞在した患者群のICU死亡率を20.1%から10.6%,院内死亡率を10.9%から7.2%に減じることができたと報告し,厳格血糖管理の重要性を提起する結果となった。
後にVan den Bergheらは,2003年のCrit Care Med4)において,血糖値20 mg/dLの増加により急性腎不全や感染症の合併率が高まること,さらに,インスリン10 IU/日の増加は3日以上持続するCRP 15 mg/dL以上の発生を有意に減少させることを公表し,血糖値20 mg/dLの上昇で死亡率が30%上昇し,血糖値200 mg/dLでは血糖値100 mg/dLの2.5倍に死亡率が高まると報告した。
このような結果は,内科ICU患者においてもVan den Bergheら5)により検討が加えられ,血糖値180-200 mg/dLより80-110 mg/dLに管理することで,急性腎不全合併率,人工呼吸管理期間,ICU管理期間を有意に減少することが確認されたが,対象とした全患者の院内死亡率を低下させてはいなかった。さらに,後に国際学会等を含めて大きな議論となったことは,ルーバンプロトコール4)によるインスリン投与により,低血糖発症率が6.2%から18%の約3倍に上昇していることだった。
急性期患者の厳格血糖管理を追試した臨床研究
2003年4月から2005年6月までにドイツの18施設の大学病院ICUで検討されたVISEPトライアル(the Efficacy of Volume Substitution and Insulin Therapy in Severe Sepsis trial)6)は,APACHE IIスコア20レベルの重症敗血症患者群を対象に,血糖値を110 mg/dLレベルに管理する厳格血糖管理(n=247)と,180 mg/dLレベルで管理する従来型血糖管理(n=290)が比較された。これらの患者群には,両群ともに糖尿病罹患患者を約30%含んでいたことが特徴である。ICU管理初日の投与カロリーは600 kcalレベル,第2病日で900 kcalレベルであり,ルーバンスタディより投与カロリーが少ない特徴がある。さらに,初病日より経腸栄養が約40%の患者に併用されている特徴がある。このような群間比較において,厳格血糖管理群の28日死亡率は24.7%,従来型血糖管理群の28日死亡率は26.0%と,厳格血糖管理群群に若干の死亡率減少を認めるものの,死亡率に有意差は認められなかった。このVISEPトライアル6)では,厳格血糖管理群で17%の低血糖合併を認め,従来型血糖管理群の4.1%と比較して,厳格血糖管理のIITで有意に高い低血糖合併が示される結果となった。
最終的にVan den BergheらのIITによる厳格血糖管理に対しての強い反論を訴える結果を提示したものが,Normoglycemia in Intensive Care Evaluation–Survival Using Glucose Algorithm Regulation study(NICE-SUGARスタディ)7)である。このIITによる厳格血糖管理の研究は,2004年12月から2008年11月までオーストラリア,ニュージーランド,カナダを中心とする38の大学病院を含む42のICUで,合計6,104名を対象として施行されたたものである。患者重症度はAPACHEスコア 21.1レベルであり,APACHEスコア 25以上の患者を約30%含んでいた。この研究では約20%の糖尿病歴のある患者を含み,ICU入室前にインスリン投与を受けていた患者を約29.8%程度に含んでいることが特徴である。また,NICE-SUGARスタディ7)の特徴は,ICU入室後の非蛋白カロリーが600 kcal/日レベルに保たれている点であり,経静脈栄養は 170 kcal/日レベルである点にある。
このような患者管理背景において,NICE-SUGARスタディ7)の1次エンドポイントは90日死亡率とされ,厳格血糖管理81~108 mg/dL(n=3,010)と,従来型血糖管理180 mg/dL(n=3,012)が比較された結果,少なくとも14日までの厳格血糖管理により,28日死亡率は従来型血糖管理で20.8%,厳格血糖管理で22.3%であり,さらに90日死亡率は厳格血糖管理で有意に高くなるという結果が得られた。低血糖合併率は,17%レベルのVISEPトライアル6)ほどには高くなく,厳格血糖管理で約6.8%,従来型血糖管理で約0.5%の結果であった。
ルーバンスタディとNICE-SUGARスタディの比較
IITによる血糖管理目標を定める上で,Van den Berghe らの外科系ルーバンスタディ3)とNICE-SUGARスタディ7)を比較する際に,注意するべきいくつかの点がある。主な注意点は,①患者重症度,②グルコース負荷量,③研究手法,つまり単施設研究か多施設共同研究か,の3点である。
まず第1に,Van den Berghe らの対象とした患者群は,NICE-SUGARスタディ7)より患者重症度が低い特徴がある。また,糖尿病既往歴のある患者を,NICE-SUGARスタディ7) では多く含んでいる。患者重症度の低い患者群では全身性炎症が必ずしも強いものではないため,急性期に生じた高血糖自体が炎症負荷として強く出現する可能性がある。全身性炎症が低い病態では,高血糖自体が白血球機能を低下させ,感染症合併率を高める結果を導く可能性は否めない。
第2に,外科系ルーバンスタディ3)の高血糖は医原的と考えられるものであり,ICU入室の初病日からの糖負荷が800~1,200 kcalと高い点に問題がある。ルーバンスタディ3-5)とNICE-SUGARスタディ7)を比較する上で,1日あたりの糖負荷量の差が結果に反映した可能性がある。これらの研究結果の差は,全身性炎症期の過量の糖負荷は有害であるということを意図しているのかもしれない。
最後に,単施設研究では,研究施行者達の主観が入り込む可能性は否定できない。また,NICE-SUGARスタディの28日死亡率は20%を超える比較的高いものであり,多施設研究による管理の質の乱雑さにより,IITによる厳格血糖管理の有意性が消失した可能性は否めない。
糖尿病合併患者に対する留意点
IITの目標とする血糖値は,糖尿病患者ではやや高い方が望ましいとする可能性が指摘されていることには,今後の注意が必要である。表には,本稿で解説を加えた臨床研究結果をまとめたが,VISEPトライアルにおいても,NICE-SUGARスタディにおいても,糖尿病罹患歴のある患者を多く含んでいることに注意が必要である。
Van den Bergheら8)は2006年に,既に報告した外科ICU患者1,548名3,4)と内科ICU患者1,200名5)を合わせたサブグループ解析として,非糖尿病患者2,341名と糖尿病罹患患者407名の解析を加えている。この報告8)では,ICU入室前に糖尿病を罹患していた患者群の院内死亡率は,血糖値150 mg/dLを超える管理で21.2%,血糖値110~150 mg/dLで21.6%,血糖値110 mg/dL未満で26.2%と,血糖値110 mg/dL未満の厳格血糖管理で院内死亡率がむしろ増加する傾向が確認されている。
このような糖尿病患者を対象とした厳格血糖管理の近年の臨床研究としては,2型糖尿病患者 10.251名を対象としたACCORD (Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes) スタディ9),11,140 名を対象としたADVANCE (Action in Diabetes and Vascular Disease: Preterax and Diamicron Modified Release Controlled Evaluation) スタディ10),1,791名を対象としたVADT (Veteran Administration Diabetes Trial) 11, 12)などがある。これらの研究結果を評価しても,2型糖尿病患者の急性期に厳格血糖管理を施行しても,心血管系イベントや死亡率が低下すると結論できないのが現状である。
おわりに
即効型インスリンの持続投与を用いたIITにより,少なくとも180 mg/dLを超える血糖管理は望ましくないと評価できる。IITによる厳格血糖管理の血糖目標は,糖尿病既往歴のない患者では150 mg/dL以下,糖尿病既往歴のある患者では170-180 mg/dL以下と近年の臨床研究より評価される。このような厳格血糖管理において,留意すべきことは,①糖負荷量,②低血糖合併であることを本稿では記した。患者急性期の全身性炎症病態においては,まず,盲目的な過剰糖負荷を行っていないかを各施設で再評価する必要がある。蛋白や脂質の投与量に比べ,糖負荷量が多い傾向を目にする機会が多い。その上で,厳格血糖管理の技術的手法に,スライディングスケールやダイナミックスケールを用いるにせよ,時系列で血糖変動を評価することが今後の課題である。現在,さまざまな企業で簡易型人工膵臓や持続血糖モニタの臨床応用が検討されている。今後は,これらのルーティンな臨床使用の中で,血糖値を時系列で評価し,IITによる急性期患者管理が安全に施行されることが期待される。多くの臨床結果が,日本集中治療医学会学術集会でも発表されることを期待している。
■ 参考文献
1. Malmberg K, Ryden L, Efendic S, et al; Randomized trial of insulin-glucose infusion followed by subcutaneous insulin treatment in diabetic patients with acute myocardial infarction (DIGAMI study): effects on mortality at 1 year. J Am Coll Cardiol 26:57–65, 1995
2. Malmberg K, Ryden L, Wedel H, et al; Intense metabolic control by means of insulin in patients with diabetes mellitus and acute myocardial infarction (DIGAMI 2): effects on morbidity and mortality. Eur Heart J 26:650–661, 2005
3. Van den Berghe G, Wouters P, Weekers F, et al; Intensive insulin therapy in the critically ill patients. N Engl J Med 345:1359-1367, 2001
4. Van den Berghe G, Wouters PJ, Bouillon R, et al; Outcome benefit of intensive insulin therapy in the critically ill: insulin dose versus glycemic control. Crit Care Med 31:359–366, 2003
5. Van den Berghe G, Wilmer A, Hermans G, et al; Intensive insulin therapy in the medical ICU. N Engl J Med 354:449-461, 2006
6. Brunkhorst FM, et al; Intensive insulin therapy and pentastarch resuscitation in severe sepsis. N Engl J Med 358:125-139, 2008
7. NICE-SUGAR Study Investigators; Intensive versus conventional glucose control in critically ill patients. N Engl J Med 360:1283-97, 2009
8. Van den Berghe G, Wilmer A, Milants I, et al; Intensive insulin therapy in mixed medical/surgical intensive care units: benefit versus harm. Diabetes 55:3151-3159, 2006
9. Gerstein HC, Miller ME, Byington RP, et al; Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes Study Group. Effects of intensive glucose lowering in type 2 diabetes. N Engl J Med, 358: 2545–2559, 2008
10. Patel A, MacMahon S, Chalmers J, et al; ADVANCE Collaborative Group. Intensive BG control and vascular outcomes in patients with type 2 diabetes. N Engl J Med 358: 2560–2572, 2008
11. Duckworth W, Abraira C, Moritz T, et al; Intensive glucose control and complications in American veterans with type 2 diabetes. N Engl J Med 360: 129–139, 2009
12. VADT Group; Glycaemic separation and risk factor control in the Veterans Affairs Diabetes Trial: an interim report. Diabetes Obes Metab 11: 150–156, 2009