ダーリン三浦の愛の花園

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明日のためにその157-ダンドゥイット

2015年08月17日 | ワールドミュージック
インドネシア音楽が熱い。

以前にもこのブログに書いたが、世界初のポピュラー音楽は、インドネシアで生まれた「クロンチョン」と言われている。
16世紀、大航海時代にヨーロッパの列強国が、アジアの国を植民地化した。
そこで様々な文化が交流し、新しい物を生んでいった。
音楽もその一つで、当時ポルトガル支配下だったインドネシアで、ポルトガル船に乗っていた人々が、各国の音楽をインドネシアに伝え、さらにそれらが混合されて「クロンチョン」は生み出された。
日本でも、太平洋戦争後、松田トシが「ブンガワンソロ」と言う「クロンチョン」をリリースし、ヒットしたことは知られている。
その後、インドネシアにおける大きな音楽のムーヴメントはおこらなかったが、1970年代、音楽の一大革命が起こる。
「ダンドゥイット(dangdut)」の誕生である。
この「ダンドゥイット」は「ロマ・イラマ」と言う男性歌手が創作したものとされ、曲中に使用される打楽器「クンダン」のリズムを擬音化して命名された。
「ロマ・イラマ」に続き「エルフィ・スカエシ」と言う女性歌手がそれに追随し「ダンドゥイット」は広くインドネシア中に知られることとなる。
当初はアナーキイズムを持った歌詞が問題視されたが、徐々に「ダンドゥイット」は市民権を得た。
その後、一時期ブームは下火となり、以後の「ダンドゥイット」はどうなるのかと心配していたが、ここ数年ほど前から再ブームが到来、以後安定したジャンルとして音楽を提供している。
私が「ダンドゥイット」を知ったのは、25年ほど前になる。
当時インドネシアでは、レコードを製作しておらず、音楽媒体は全てカセットテープだった。
しかし日本のマイナーレーベル「スープレコード」が日本で独自にレコードを製作、私はそれを購入し「ダンドゥイット」を聴いていた。
そして、あるきっかけがあり、最近また「ダンドゥイット」を聴き始めた。
今や「ダンドゥイット」も多様化し「ダンドゥイットレゲエ」「ダンドゥイットディスコ」など新たなジャンルが生まれている。
しかしに問題がある。
日本でなかなかCDが入手できないのだ。
私はあることから、「ダンドゥイット」などを扱っている、ネット専用ショップサイトを発見し、そこでめぼしいものを購入している。
しかしそのサイトも万能ではなく、最近リリースされたCDについて問い合わせたが、扱いは無いと言う。
一説にはインドネシア盤よりマレーシア盤の方が入手しやすいらしい。
マレーシアは多くのインドネシア人が出稼ぎにいくという、そういう事情もありマレーシアでのCDリリースの方が本家のインドネシアより多いらしい。
私は今後も「ダンドゥイット」との付き合いを続けて行くつもりだ。

下に「ダンドゥイット」リンクを貼った。
今や大御所の雰囲気漂うベテラン歌手「イヌル・ダラティスタ」と若手歌手の「アユ・ティンティン」である。
熱いビートをご堪能いただきたい。

CEMBURU - INUL DARATISTA


Ayu Ting Ting - Single Happy


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