季節の花と言葉の花束

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季節の花の紹介と言葉の花束を書いています。

八十里越え

2007-01-31 09:21:12 | インポート
「八十里越え」新潟の吉ケ平から福島の只見町入叶津までの26kmの山道である。
越後と会津を結ぶ「八十里越え」は、越後から塩まどを会津へ運び、会津からは麻、芋、綿などを運ぶのに使われ、物資にとどまらず村人の交流も盛んであった。
かってはこの間八里とされていたが、峠道のあまりの険しさに「一里が十里に相当する」というので「八十里越え」と呼ばれるようになった。

10月よりしている花「10月桜」
開花時期は、10/20頃~翌1/10頃。 (二度咲き→ 3/25頃~ 4/10頃)。 ・花弁は八重で、白、または、うすピンク色。 ・全体のつぼみの3分の1が10月頃から咲き、 残りの3分の2は春に咲く。2回楽しめる。 春の花のほうが少し大きいらしい。 冬に「季節はずれに桜が咲いてるな」というときはf この十月桜であることが多い。 ・冬、春ともに、葉があるときに咲くことが多い。(季節の花300より)

会津街道⑧

2007-01-30 06:29:10 | インポート
滝沢峠頂上には、「十八人之墓」がある。
日橋川を渡った官軍を会津藩士が迎え討ち数多く戦士した。
また戸ノ口原では百余名の会津藩士が数倍の官軍と戦って敗れた。白虎隊二十余名は飯盛山へ逃れ、山腹から炎に包まれた鶴ケ城を見て落城と思い、自ら命を絶ったのであった。
最寄の駅=JR磐越西線・只見線・会津若松駅、只見線・会津坂下駅。
10月より咲いている「パンジー」
開花時期は、10/10頃~翌7/10頃。 ・ヨーロッパまたはアジア西部原産。 ・19世紀以降欧米各国で改良が進んでいる。 日本へは江戸時代に渡来した。 (季節の花300より)

会津街道⑦

2007-01-29 07:20:41 | インポート
滝沢峠の登り口には、白河街道に面して「旧滝沢本陣」がある。戊辰戦争では会津藩の本営として使われ、白虎隊に戸ノ口原への出陣を命じた所でもある。
ここから峠に向う石疊」の道は昭和四十年代に復元された。
10月から咲いている「山茶花」
開花時期は、10/10頃~翌2/10頃。 ・花の少ない晩秋から初冬にかけて、 朝夕の冷たい空気に誘われるように咲き出す。 さびしくなった秋、冬の庭にいろどりを添えてくれる ありがたい花です。 ・椿(つばき)の漢名(中国名)「山茶花」が、 いつの頃からかこのサザンカの名前として 間違って定着した。 読みは「山茶花(さんさか)」 (季節の花300より)

会津街道⑥

2007-01-28 06:40:46 | インポート
豊臣秀吉に仕え、「賤ケ岳七本槍」のひとりである加藤嘉明は、会津城主になると峠道の整備に力を注ぎ、十年の歳月と延べ八万人の人足を費やしてこの街道を石疊に改宗した。
そして、この道は参勤交代の道となり、また佐渡から会津街道、さらにこの街道を経て江戸へ向う「佐渡金山」の金を運ぶ道となった。
冬の花「冬牡丹」

花は牡丹と同じだが、特別な管理をすることで 冬の間に咲かせることができるそうだ。 二季咲き性の牡丹を使い、春に作られる予定の 花芽を摘んで、秋にできるつぼみを冬に開花 させることで可能になる。でも地温等の コントロールがかなり難しそうです。 開花時期は1月頃。(季節の花300より)

会津街道⑤

2007-01-27 06:35:44 | インポート
東松峠は直ぐ先である。昔ここには二軒の茶屋があり、「峠の茶屋」の名で親しまれていた。
峠からは会津盆地を一望する事が出来る。
ここから道は新発田、新潟方面への下りとなる。
さて、会津若松からは、北東にある滝沢峠を越えて、猪苗代湖の西を通り白河に至る街道・「白河街道」があった。
「葉牡丹」
開花時期は、 4/ 1頃~ 5/10頃。 ・ヨーロッパ原産。17世紀に渡来。 ・写真左は花が出てきていない状態のもの。 2月頃から中央部がだんだん盛り上がってきて、 4月頃からその先端に花をつける(写真右)。 「駿河の初日(するがのはつび)」などの 園芸品種も多い。 (季節の花300より)