昨日(11日)の朝日朝刊にiPS細胞研究拠点が京都大学に設けられる話が出ていた。この研究センターは1月中に正式に発足し、将来的には教授10人に研究員100人以上の規模になるそうである。仮設の施設が年内に設置され、2年後を目途に建物が完成されるとのことである。文部科学省がこの計画を支援するが、経済産業省と厚生労働省もそれぞれの支援方針を打ち出している。この極めて素早い対応はご同慶の至りである、と言いたいのだが詳細が分からないし、また山中伸弥京大教授の意向がこの計画にどのように反映されているのかも分からないので、先ずは控えめな評価に止めておきたいと思う。
山中教授がやりたいように研究を進めていただくこと、緊急の支援策はこれに尽きると思う。施設にお金、一切の制限なしに言われるままに支出する。と言っても当面は海上自衛隊が訓練で発射した邀撃ミサイル一発分もあれば十分であろう。国を挙げての研究支援策のプロトタイプを作り上げる意気込みで事務方も協力すればよい。そして落ち穂拾いとでも言うのか、山中教授がやりたい研究以外のそれを補完する分野、テーマにその他の研究者を組織化すればよい。iPS細胞研究のすべてに山中教授を巻き込むことは、研究者としての活力を削ぐことになるのではと恐れる。山中教授の出来ることは実は限られていると私は思う。その範囲内で存分の力を発揮していただくことこそ肝要なのであって、それ以外の『雑事』でエネルギーを濫費させることがあってはならないと思う。
そこで次に問われるのは、文部科学省、経済産業省、厚生労働省それぞれが縄張り争いすることなく大きな国家プロジェクトを推進していくそのやり方である。
戦時中、アメリカの原爆開発に与ったマンハッタン計画をモデルにするのである。この壮大な国家プロジェクトで科学者のリーダーを務めたのががロバート・オッペンハイマー博士で、計画全体の指揮者はグローブス将軍であった。わが国におけるiPS細胞研究推進にマンハッタン計画に準えられるような組織を作ればよい。iPS細胞研究は科学の基礎研究というより技術的開発の側面が濃厚だから、効率的な組織化が極めて有効になるからである。このオッペンハイマー博士、グローブス将軍に匹敵する人材をそのトップに据えることが出来れば、日本のこの分野における研究での世界制覇は夢ではない。
ところで、朝日新聞の記事で私が素直に賛成できなかったのが次の箇所である。《知的財産は大学本部で管理し、センターを担当する弁理士や弁護士を置く》とか《京都大での知的財産権保護を支援する》などである。要はこの万能細胞研究で取れる特許は総なめに頂きましょう、と言うことであろう。大学がなんの衒いもなく「知的財産権」とか言葉を飾って金儲けを頭においているのである。独立行政法人になって大学が財政面に敏感にならざるを得ないのも分かる。また世界的な特許合戦に日本が遅れをとるわけにはいかない、との心情も分からないわけではない。しかしこの万能細胞研究フィーバーの根底に、病人の治療に先だっての利潤狙いがあるのかと思えば、「武士は食わねど高楊枝」世代の私にはこれまた淋しい思いがする。憲法第九条を持つ『変わり者』日本が、万能細胞研究関連の特許を抛棄すべく全世界の研究者・研究組織に呼びかけてもおかしくはあるまい。
私が思い出すのはラジウムとポロニウムおよび放射能の発見でノーベル化学賞を受賞したマリー・キュリー夫人のことである。彼女の夫ピエール・キュリーは自分の腕にラジウムを当てるなどの人体実験を行い、さらに医学者たちのと共同研究でラジウムが病細胞を破壊することからいろいろなはれものやある種のがんを治療するのに効果のあることを明らかにして、その医療にラジウム療法(キュリー療法)と呼ばれるようになった革命的手段を導入したのである。そのピエールにある日アメリカから一通の手紙が届いた。事業を始めたがっている技術者たちが彼に参考資料を供給してほしいと頼んできたのである。そこでピエールがマリーの意見を質すのであるが、この部分を娘エーヴ・キュリー著「キュリー夫人傳」から少し長いが引用をする。
《―それでぼくたちは二つの解決のうち、どちらかを選ばなければならない。僕たちの研究結果を、その中に精錬のやりかたも含めて、すっかり書いてやるか・・・(中略)
―それとも、とピエールはつづけて、僕たちはみずからラジウムの所有権者、《発見者》と考えることもできる。そのばあいには、君がピッチブレンドを処理するのに、どんなやりかたをやったかということを公表する前に、その技術の特許をとり、そして世界じゅうのラジウム製造にたいする、僕たちの権利を確保しておく必要がある。》
《マリーは数秒間考え込む。それからこう言った。
―それはいけません。それでは、科学的精神に反することになるでしょう。》
《マリーは二十年後に書いている。
わたくしに賛成して、ピエール・キュリーは、わたくしたちの発見から物質的な利益を引き出すことを断念した。私たちは何一つ特許をとらず、研究の成果は、ラジウムの調製方法もともに、あますところなく発表した。それに、当事者にたいしてはその聞きたがる事柄をみな知らせてやった。それがラジウム工業に大変な恩恵となり、ラジウム工業はまずフランスで、それから外国で、のびのびと発展することができ、そうして学者や医師にその所望する産物を供給したのみならず、この工業は今日もなお、わたくしたちが指示した方法をほとんどそのまま使っている。》(「キュリー夫人傳」 川口・河盛・杉・本田 共訳 白水社)
京都大学(山中教授)が万能細胞研究の人類全体の医療に及ぼす影響の普遍性にかんがみ、すべての研究者が特許出願を抛棄するべく全世界に率先して働きかけて欲しいものである。研究者が自らの研究の社会的意義を考え、特許を念頭に置かずに研究成果をすべて公表する、これは一人一人の研究者の判断で出来ることであろう。科学者の社会的責任を今原点に戻ってじっくり考えていただきたいと思う。
山中教授がやりたいように研究を進めていただくこと、緊急の支援策はこれに尽きると思う。施設にお金、一切の制限なしに言われるままに支出する。と言っても当面は海上自衛隊が訓練で発射した邀撃ミサイル一発分もあれば十分であろう。国を挙げての研究支援策のプロトタイプを作り上げる意気込みで事務方も協力すればよい。そして落ち穂拾いとでも言うのか、山中教授がやりたい研究以外のそれを補完する分野、テーマにその他の研究者を組織化すればよい。iPS細胞研究のすべてに山中教授を巻き込むことは、研究者としての活力を削ぐことになるのではと恐れる。山中教授の出来ることは実は限られていると私は思う。その範囲内で存分の力を発揮していただくことこそ肝要なのであって、それ以外の『雑事』でエネルギーを濫費させることがあってはならないと思う。
そこで次に問われるのは、文部科学省、経済産業省、厚生労働省それぞれが縄張り争いすることなく大きな国家プロジェクトを推進していくそのやり方である。
戦時中、アメリカの原爆開発に与ったマンハッタン計画をモデルにするのである。この壮大な国家プロジェクトで科学者のリーダーを務めたのががロバート・オッペンハイマー博士で、計画全体の指揮者はグローブス将軍であった。わが国におけるiPS細胞研究推進にマンハッタン計画に準えられるような組織を作ればよい。iPS細胞研究は科学の基礎研究というより技術的開発の側面が濃厚だから、効率的な組織化が極めて有効になるからである。このオッペンハイマー博士、グローブス将軍に匹敵する人材をそのトップに据えることが出来れば、日本のこの分野における研究での世界制覇は夢ではない。
ところで、朝日新聞の記事で私が素直に賛成できなかったのが次の箇所である。《知的財産は大学本部で管理し、センターを担当する弁理士や弁護士を置く》とか《京都大での知的財産権保護を支援する》などである。要はこの万能細胞研究で取れる特許は総なめに頂きましょう、と言うことであろう。大学がなんの衒いもなく「知的財産権」とか言葉を飾って金儲けを頭においているのである。独立行政法人になって大学が財政面に敏感にならざるを得ないのも分かる。また世界的な特許合戦に日本が遅れをとるわけにはいかない、との心情も分からないわけではない。しかしこの万能細胞研究フィーバーの根底に、病人の治療に先だっての利潤狙いがあるのかと思えば、「武士は食わねど高楊枝」世代の私にはこれまた淋しい思いがする。憲法第九条を持つ『変わり者』日本が、万能細胞研究関連の特許を抛棄すべく全世界の研究者・研究組織に呼びかけてもおかしくはあるまい。
私が思い出すのはラジウムとポロニウムおよび放射能の発見でノーベル化学賞を受賞したマリー・キュリー夫人のことである。彼女の夫ピエール・キュリーは自分の腕にラジウムを当てるなどの人体実験を行い、さらに医学者たちのと共同研究でラジウムが病細胞を破壊することからいろいろなはれものやある種のがんを治療するのに効果のあることを明らかにして、その医療にラジウム療法(キュリー療法)と呼ばれるようになった革命的手段を導入したのである。そのピエールにある日アメリカから一通の手紙が届いた。事業を始めたがっている技術者たちが彼に参考資料を供給してほしいと頼んできたのである。そこでピエールがマリーの意見を質すのであるが、この部分を娘エーヴ・キュリー著「キュリー夫人傳」から少し長いが引用をする。
《―それでぼくたちは二つの解決のうち、どちらかを選ばなければならない。僕たちの研究結果を、その中に精錬のやりかたも含めて、すっかり書いてやるか・・・(中略)
―それとも、とピエールはつづけて、僕たちはみずからラジウムの所有権者、《発見者》と考えることもできる。そのばあいには、君がピッチブレンドを処理するのに、どんなやりかたをやったかということを公表する前に、その技術の特許をとり、そして世界じゅうのラジウム製造にたいする、僕たちの権利を確保しておく必要がある。》
《マリーは数秒間考え込む。それからこう言った。
―それはいけません。それでは、科学的精神に反することになるでしょう。》
《マリーは二十年後に書いている。
わたくしに賛成して、ピエール・キュリーは、わたくしたちの発見から物質的な利益を引き出すことを断念した。私たちは何一つ特許をとらず、研究の成果は、ラジウムの調製方法もともに、あますところなく発表した。それに、当事者にたいしてはその聞きたがる事柄をみな知らせてやった。それがラジウム工業に大変な恩恵となり、ラジウム工業はまずフランスで、それから外国で、のびのびと発展することができ、そうして学者や医師にその所望する産物を供給したのみならず、この工業は今日もなお、わたくしたちが指示した方法をほとんどそのまま使っている。》(「キュリー夫人傳」 川口・河盛・杉・本田 共訳 白水社)
京都大学(山中教授)が万能細胞研究の人類全体の医療に及ぼす影響の普遍性にかんがみ、すべての研究者が特許出願を抛棄するべく全世界に率先して働きかけて欲しいものである。研究者が自らの研究の社会的意義を考え、特許を念頭に置かずに研究成果をすべて公表する、これは一人一人の研究者の判断で出来ることであろう。科学者の社会的責任を今原点に戻ってじっくり考えていただきたいと思う。