星のひとかけ

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予兆は「すでに起こったこと」へ

2003-05-05 | 映画にまつわるあれこれ
 スティーブン・キング原作の怖い映画を見に行く友と駅で別れて、私はGWまっただなかの丸ビルへ。赤レンガのステーションホテルから人はただただ丸ビルへ一直線に続いていて相変わらずの人気ぶり。でも私はファッションフロアもレストランフロアも足を止めずに一直線にホールへ。。だって人ごみは苦手なんだもの。

 先日『エルミタージュ幻影』という、エルミタージュ美術館内で撮影された90分ワンカットの信じられないようなロシア映画を見たのですが、(その映画も素晴らしかったですが)その会場でいろんなチラシを眺めていると、「あら?この人ルー・リードに似てない?」「・・ってそれルー・リードだよ」・・というわけで丸ビルで上映されるドキュメンタリー映画特集の中の『ポール・オースター』のひとコマなのでした。

 NYの作家ポール・オースターとルー・リードは古い友達らしく、今回のドキュメンタリーでもNYという街についてふたりで語ったり、オープニングテーマは「I'm waiting for my man」で、エンディングは「毛皮のヴィーナス」だったし。ポール・オースターが関わった映画のワンシーンにもNYから離れられない男としてルーが出演していたり。

 ポール・オースターの写真は何度か文芸雑誌で目にしたことがあったけれど、映像で見る彼は大変に端正な顔立ちで、ジュード・ロウが年を重ねたような感じの薄いグレーの透き通った瞳の持主でした。NYで多くの不動産を所有していたかなりの資産家の父のもとに育った彼が、幼少時に父のあとに付いて家賃を徴収に行った時の貧しい人々の暮らし、匂い。富裕な人間と貧しい人間を隔てる匂い。自分の小説を朗読する彼の声もまた端正な、俳優がナレーションをしてるかと思うようなクリアな言葉で。インタビューから伝わってくるのはビジネスの世界で生きるのを拒否した作家としての醒め切った自我。この世界、この都市NYで起こりつつある、一般の人にはまだ予兆とも気づかれていない気配が、彼にはもう「すでに起こりつつあること」として感じられ、それを言葉にする段階ではそれは「すでに起こったこと」として書かれる。オースターの父は、60代の年齢で突然の心臓発作で亡くなったそうだが、その訃報を聴いた時、彼は何故だかわからないうちに机に向かい一心不乱に書き始めていたのだそう。それが作家というものの残酷さだ。

彼のドキュメンタリーを見て、そして偶然読むことになって一晩で読んでしまった彼の作品『最後の物たちの国で』という世界の果ての物語に触れて、なんだかとても近いものを感じた。ルー・リードに心酔している今の自分が引き寄せた作家。ブルックリンブリッジの向こうにはまだ2本のビルが聳え立っていた。
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