従業員が通勤途上(本稿では逸脱・中断が無いものとして考察する)で事故に遭った場合、通常は、労働者災害補償保険(以下、「労災保険」と呼ぶ)の療養給付・休業給付・障害給付・遺族給付を受けられる。
しかし、通勤途上での傷病であっても「通勤災害」として取り扱われないケースもあるので注意を要する。
その典型例は私傷病によるものだ。 業務や通勤とは無関係の心臓疾患により倒れたようなケースは労災保険でカバーされない(昭50.6.9基収第4039号、名古屋高判S63.4.18等)。
また、通勤途上で犯罪行為に巻き込まれた場合は、見ず知らずの犯人による“通り魔”的なものであれば「通勤に通常伴う危険が具現化した」と判断されて通勤災害として取り扱われる(昭49.3.4基収第69号)が、その一方、個人的な怨恨によるものであれば(それが誤解に基づくものであっても)「通勤がその犯罪にとって単なる機会を提供したに過ぎない」と判断されて通勤災害とはならない(大阪高判H12.6.28)。
さて、経営者にとって頭が痛いのは、通勤途上であっても「業務災害」として取り扱われるケースがあることだ。
業務災害だと、次のような点で会社にとって不利に働く。
(1) 労働基準監督署に『労働者死傷病報告』を提出しなければならない
(2) 休業3日間(労災保険から給付なし)について休業補償を要する
(3) 年次有給休暇の発生基準計算に際して休業した期間は出勤したものとみなす
(4) メリット制が適用される事業場では次年度の労災保険料が増額する可能性がある
(5) 療養のために休業している期間およびその後30日間は原則として解雇できない
(6) 民事上の損害賠償責任を問われる可能性がある
例えば、上に挙げた心臓疾患により倒れたケースにおいて、その要因が過重労働にあった場合は、業務災害として取り扱われる。 もっとも、こうした事案においては、過重労働の有無や疾病との因果関係が争われることも多いが。
また、出張中においては、出張先へ向かう道中や出張先からの帰宅中に事故に遭った場合でも、通勤災害ではなく業務災害として取り扱われる。
ちなみに、労働時間の算定(労働基準法での考え方)にあたっては、出張における移動時間は、「人や物を運搬することが業務の目的である場合」や「移動中に行うべき業務を命じている場合」を除き、労働時間として取り扱う必要はない。
どうあれ、会社には「労災保険を使わせない」という選択肢は無い。
それは、「労災隠し」(=犯罪行為)に他ならない。 事故が起きてしまった以上、「轢き逃げ」で罪を重ねずに、正しい手続きを進めるべきことを肝に銘じたい。
※この記事はお役に立ちましたでしょうか。
よろしかったら「人気ブログランキング」への投票をお願いいたします。
(クリックしていただくと、当ブログにポイントが入り、ランキングページが開きます。)
↓