ご苦労さん労務やっぱり

労務管理に関する基礎知識や情報など。 3日・13日・23日に更新する予定です。(タイトルは事務所電話番号の語呂合わせ)

入社後すぐに退職した社員から支度金を返してもらえるか

2018-04-23 20:10:56 | 労務情報

 従業員の採用にあたり、「支度金」(「入社祝い金」とか「契約一時金」とか「サイニングボーナス」などとも称されるが、本稿では「支度金」の用語に統一しておく)を支給している会社もあるだろう。
 この「支度金」とは、元来の趣旨は、文字どおり身だしなみを整えたり、事情によっては転居したり等、入社準備に要する費用として、あるいは、最初の給与支払い日までの当面の生活資金として、入社前もしくは入社時に渡しておく金員のことであって、その意味では、昔から日本の雇用慣行に根付いてきた制度と言える。これが、昭和の終わり頃からは、優秀な人材をヘッドハンティングする際にも活用されるようになり、その金額が100万円を超えるケースも珍しくなくなった。

 ところで、そうまでして獲得した従業員が入社後すぐに退職してしまったら、会社としては大きな痛手を被ることになる。
 その場合、「渡した支度金を返せ」と言いたくもなろうが、実際に支度金を返還させるのは、容易ではない。

 と言うのも、支度金の“返還”を求めるなら、支度金が貸付金の性格を有しているべきところ、例えば「入社後1年以内に自己都合退職した場合は、支度金は全額返還する」というような特約付きの労働契約は、労働基準法第16条が禁じる「違約金または賠償予定」に該当するため、同法第13条により無効となってしまう(加えて同法第119条の規定により懲役・罰金を科せられる可能性まである)からだ。
 この点に関し、「タクシー乗務員の二種免許取得に要した実費相当額部分については労基法16条違反に当たらず、金銭消費貸借契約に基づく返還義務がある」とした裁判例(大阪高判H22.4.22)はあるものの、逆に、こうした特殊事情でも無い限りは、支度金を返還させるのは難しいと考えるべきだろう。

 もちろん、その者の退職によって現に損害が生じたのであれば、その賠償を求めることは可能ではあるが、それは支度金とは別の問題として論じるべき話だ。

 なお、退職者に対し“ダメ元”で支度金の返還を請求してみるというのも、悪くはない。本人が自分の意思で払ってくれたら、それで問題は解決する。
 しかし、請求を無視された場合に、それ以上の法的措置(支払督促や訴訟提起、その前段階としての内容証明郵便による請求等)を講じるのは、コスト・労力を費やす割に勝ち目が薄く、得策とは言えない。
 そんなことよりも、経営者としては、従業員が定着しないのは会社側に何らかの問題があるはずと認識し、これを反省材料に会社の体質を変えていくことを考えたい。


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部下の不祥事について上司を懲戒できるのか

2018-04-13 09:59:40 | 労務情報


 部下が不祥事を起こした場合に、その上司も懲戒処分を科されるという例をよく見聞きする。
 当該上司にしてみれば、自分が不祥事の当事者でもないのに懲戒を受けてしまうことに不満を抱くかも知れない。こういう懲戒は法的に問題ないのだろうか。

 そもそも会社は、企業秩序を維持するため従業員に対して懲戒処分を科すことができるとされている。しかし、そのためには、会社は、予め懲戒の対象となる事由を就業規則等に定め、従業員に周知しておく必要がある。
 とすれば、就業規則等に「部下が懲戒処分を受けたときはその上司も懲戒することがある」との明文規定が無ければならないかと思いきや、そういうことでもない。
 部下の監督や指導を行う立場の者がそれを怠ったために不祥事が起きたのだとしたら、それを理由に、例えば「故意または過失により会社に損害を与えたとき」というような条項を適用して懲戒処分を科すことが可能だ。
 部下が横領を働いていたのを見逃した上司を「重大な過失により会社に損害を与えた」という理由で懲戒解雇した事件(大阪地判H10.3.23)でも、裁判所は会社側の言い分を認めている。

 つまり、部下の不祥事により上司が懲戒処分を受けるのは、「部下の不始末は上司の責任」という“精神論的スローガン”でも、「部下に代わって処分を受ける」という“美談”でもなく、「部下を監督・指導する」という上司自身の職務を全うしなかったことが懲戒の対象になると考えるべきだ。
 したがって、上司の懲戒処分は不祥事を起こした当人のそれよりも、軽くなる場合も重くなる場合もありうる。「ミスした部下はお咎めなしだが上司は始末書を提出せよ」というのも何らおかしなことではない。ただ、行為と処分との均衡を図らなければならないのは、すべての懲戒処分に共通して言えることではあるが。

 一方で、プライベートな飲酒運転や通勤途上での痴漢行為など、上司の監督や指導が及ばない場面での不祥事についてまで、その上司に責任を負わせるのは酷と言えるだろう。
 また、充分な指導や注意をしていたにもかかわらず、部下が言うことを聞かずに事故を起こしてしまったのであれば、やはり上司の責任はゼロとはいかなくても軽減されて然るべきだ。

 経営者としては、懲戒の目的が「企業秩序の維持」にあることを忘れてはならず、「懲戒のための懲戒」に陥ることのないよう、心がけたい。


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「雇い止め」に「無期雇用化」以上のリスクも

2018-04-03 21:59:03 | 労務情報


 改正労働契約法が施行されて丸5年、とうとう「2018年問題」のスタートを切った。各社どのような滑り出しだろうか。
 今日までの2日間に限っては、そして、小職の耳に届く範囲においては、5年を超えて有期雇用契約を締結している労働者が権利発生して早々に無期雇用契約への転換を申し込んだ、という話は、今のところ1件も聞かない。
 もっとも、彼らにしてみれば、次の契約更新までの間に無期契約になれば良いわけで、今のタイミングでそれを持ち出して働きづらくなってもいけない、との心理が働いているのかも知れない。

 一方、雇う側は、今後は(というより「5年前から」ではあるが)有期雇用できる期間は実質的に「5年以下」と考えなければならず、しかも、雇い入れの際に「最長5年である」旨を明示しておく必要もあるだろう。無論、将来的に無期雇用を考えられる余地があるのなら、「最長5年」のくだりは不要であるし、それが法の趣旨でもあるのは言うまでもない。

 ところで、一部の経営者(および一部の識者)からは、「無期契約化を防ぐために、5年が経過する前に雇い止め(有期雇用契約を更新しないこと)すれば良い」といった声を聞くことがある。
 しかし、それは、無期雇用化するよりも、むしろリスクが高いかも知れない。

 というのも、まず、労働契約法第19条は、「反復更新されてきた有期雇用契約を更新しないことが正社員に対する解雇と同視できる場合」または「労働者が更新を期待することについて合理的な理由がある場合」には、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない雇い止めはできないとしているからだ。
 無期雇用化の可能性がある(すなわち5年経過を間近に控えている)雇用契約ということは、このどちらか(または両方)に該当する可能性が高く、そうであれば会社側からの一方的な雇い止めは許されない。

 では、契約を反復更新してきた有期雇用従業員との間で「不更新合意」(例えば「この契約を最終とし次期の契約は締結しない」といった条項)を交わしておけば、それに基づいて雇い止めができるかというと、それも簡単な話ではない。
 確かに、契約更新しない旨の合意が明らかであるなら、基本的には、両者の意思が尊重される。しかし、労働者側が「会社からの趣旨説明が不充分だった」とか、「合意しなければその時点で契約更新ができないと思った」などとして、錯誤無効(民法第95条)を主張したとき、会社側はそれを覆す材料を提示できるだろうか。
 この点からすると、「不更新合意に基づく雇い止め」も、リスクを含有しないわけではない。

 となれば、契約更新しない旨を持ち掛ける時期に差異はあるにしても、いずれにせよ、雇い止めしなければならない事情を丁寧に説明したうえで本人に納得してもらうしかない。つまり、無期雇用化した後で退職勧奨するのと変わらないのだ。
 そう考えれば、拙速に雇い止めするのは、トラブル発生やモチベーション低下の要因となるばかりかも知れず、そこまでのリスクを負って無期雇用化を防ぐことにどれだけのメリットがあるのかを見極める必要がありそうだ。


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