八重咲きの柘榴の花に出遭った。
迂闊にも、虚庵居士は「柘榴の花は一重」だと信じていたので、八重咲きの、しかも赤白斑模様の花に出遭って、感激であった。尚且つ、花の傍には既にかなりの数の果実がなっている、と見えた。
だが待てよ、果実にしては何処となく様子が変だ。柘榴の果実はオヘソの部分に花が咲いた痕跡が残っているが、此処に見える果実風のものには、その痕跡が無い。
よくよく見ると果実ではなく、どうやら蕾の様だ。もともと柘榴については殆ど無知の虚庵居士が、「柘榴の花は一重」だ、「花は赤」だと信じていたこと自体が、トンデモナイ早とちりだったことを改めて知らされて、恥じ入るばかりだ。
信州・諏訪に生まれた虚庵居士の身近には、ザクロ自体が存在していなかった。
初めて柘榴の果実を手にし、甘い実を口に含んだのは姉の嫁ぎ先であった。ばば様から聞かされた「鬼子母神とザクロ」のお話も、奇々怪々であった。その折のことは「柘榴とお婆ちゃま」に書いたが、虚庵居士にとっては、柘榴は未だに未知の世界の存在なのかもしれない。
そんな柘榴の花に出逢った後、とある民家の庭先のベンチに、老人が腰を下ろしていた。思わず声を掛けて暫し歓談した。夕刻の一つの情景と、彼と虚庵居士の人生の夕暮れが重なるひと時であった。
梅雨空に柘榴咲くかな其処だけは
陽射しもあるらし鬱蒼なるにも
果実かな? 蕾なるかも八重花の
柘榴に寄り添うまろき姿は
柘榴の実? 蕾かも? とや 足留め
見知らぬ同士が言葉を交わしぬ
何もかも知らぬにもあれわぎ友と
親しく語りぬ暫しの朋なれ