豪雪地帯では3メートルを超える積雪だというが、雪のない横須賀でも、かなりの寒波に見舞われるこの頃だ。
郷里の信州・諏訪は、シベリア寒波による降雪も北アルプス連峰に遮られるので、雪の少ない盆地は寒さだけが誠に厳しかった。子供の頃から寒さには鍛えられた筈であるが、長年雪も氷もない土地で暮していると、体が鈍ってすっかり寒がりになった。虚庵夫人に言わせれば、「おじいさん」になった証拠だと云うが・・・。
陽ざしに誘われて「うつろ庵」の庭に降り立ったら、二・三年前に植えた河津桜の枝が、花芽を膨らませていた。まだ幹も枝も頼りなげな桜であるが、大寒にも拘わらず着実に花咲く準備を整えている姿に、「寒がり」の虚庵居士は喝を入れられた気分だ。
大寒の青空に向け枝のばし
みどりに芽吹くか 河津桜は
逞しくおのれの意思を漲らせ
春待つ桜は頼もしきかな
植えた頃は虚庵居士の腰の高さだったが、何時の間にか背丈の倍ほどにも伸びた。
「うつろ庵」の庭は、桜を育てるほどの広さもないし、土地も肥沃ではないが、そんなことは意にも介さぬ態の桜木である。
すでにはや我が背を超えて枝のばす
河津桜を しみじみ観しかな
見上げれば苞を開きて二つ三つ
莟は陽ざしをシカと捉えて
陽を受けて、みずみずしく色づかせた莟を見い出して、感嘆した。
莟の艶やかな色合いとふくよかな姿は、淡い萌黄色の苞が莟を優しく慈しむ気配と相俟って、何とも雅な雰囲気であった。「うつろ庵」には似つかわしからぬ、典雅な世界がそこには醸されていた。
陽を受けてうす紅に装うは
やがて咲き初む弾むこころか
萌黄なる打衣つけて雅にも
春の襲に装う君はも
注 萌黄(もえぎ) 打衣(うちぎぬ) 襲(かさね・重ね色目)
十二単(じゅうにひとえ)の襲ね色目、唐衣の下に着る打衣などは、
平安時代・源氏物語の世界のお話しだ。