goo blog サービス終了のお知らせ 

BCLとベリカードの楽しみ

海外短波放送や国内放送を聴き、放送局からいただけるベリカードなどを紹介。近頃は、自分が楽しいと思える事柄も書いています。

プラハの風景写真  ラインハルト・ハイドリヒ暗殺の記念行事

2022-06-18 | エトセトラ
プラハに住む友人から送られてきた「プラハの風景写真」で、今回は、特別なイベントを撮った写真です。

チェコにとって、5月27日は歴史的な出来事の記念日になっていて、それは「ラインハルト・ハイドリヒ暗殺記念日」です。

第二次世界大戦前の1939年3月、チェコ領土は「ベーメン・メーレン (ボヘミア・モラヴィア) 保護領」として、ドイツに編入されました。その保護領の副総督として、1941年9月に就任したのが、秘密警察を束ねる国家保安本部長官で、親衛隊 (SS) 最高幹部の「ラインハルト・ハイドリヒ」でした。また、彼は、ユダヤ人虐殺計画の主要遂行者でもありました。

これに対して、英国とチェコスロバキア駐英亡命政府が、彼の暗殺を計画。工作員をチェコに潜入させました。(エンスラポイド作戦(類人猿作戦)と言われる) 1942年3月末には準備が整い、そして、5月27日に襲撃が実行されました。

プラハでは、5月末にあたる期間、この襲撃を記念する展示会やイベントが行われました。(ちょうど今年が、その出来事から80周年に当たります)

まずは、旧市街にある「カレル大学」本館・カロリナムで、「新世界秩序」と名付けられた展示会です。当時の出来事を紹介する写真や資料、ビデオ上映が行われました。





「平和広場」では、屋外での写真パネル展示が、開催されました。





また、プラハ6区デイビツェ(Dejvice)にある「勝利広場」(Vítězné náměstí)では、記念式典が開催されました。国防省陸軍のアレシュ・オパタ (Aleš Opata) 参謀長がスピーチをし、軍楽隊が演奏したりしました。





緑色ベレー帽は野戦軍、青色ベレー帽は空軍、赤色ベレー帽は空挺部隊と特殊部隊の隊員を表しているということですが、写真を見ると、現役軍人ではなく、本部の職員が整列しているような感じがします。また、式典には、退役軍人も参加していました。

さて、メインのイベントは「襲撃現場の再現」です。実行された27日、同時刻に、実際の現場近くの、プラハ8区ホレショヴィチカーフ (V Holešovičkách) 通りで行われました。

会場には、多くの人々が見にやってきていますので、警備用ドローンが飛ばされています。





雰囲気を盛り上げるために、当時の車 (タトラ57、1933年製) や、オートバイ (ČZ、チェスカー・ズブロヨフカ・ストラコニツェ製) も登場。



ハイドリヒが乗った、SS-3のナンバープレートを付けた、メルセデス・ベンツ320がやってきました。彼は、プラハ市民に自分の姿がよく見えるようにとの思いから、日頃はオープンカーを好みました。



暗殺実行者の一人は、短機関銃をレインコートの中に隠し持ち、自転車でやって来ました。



そして、銃撃しようとしますが、弾が出ずに失敗。それを見た別の場所にいたもう一人が、手榴弾を投げ、車に被弾。(白煙がたかれ) その破片で、ハイドリヒは傷を負います。(血は赤い布で)



通りすがりのバン (これも昔の車) に乗せられて、病院に運ばれますが、1週間後に敗血症で亡くなりました。



演じた俳優の方々です。ハイドリヒ役の方との、記念撮影も。



ヘリコプターがやってきて、国旗にちなんだ赤と青の煙を出して、イベントを締めくくりました。



この出来事は、戦争終結への大きな転換点となりましたが、終戦となるまでには、この後も多くの血が流されることになります。



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« Radio Prague International ... | トップ | リーチ・ビヨンドHCJB日本語... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。