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「幻滅のたびに甦る期待はすべて、未来論の一章を示唆する。」(Novalis)

『おたくの本』(別冊宝島104)のおたく

2009年08月10日 | 80年代文化論(おたく-新人類 族 若者)
『おたくの本』は、「宝島」の別冊ムック本で、1989年12月24日に出版された。前述した宮凬本と同じくJICC出版局によるもので、ほとんど同じタイミングで出版されている。宮凬本にその告知が載っている。

この本の表紙にはこうある。

「「おたく」は、'80年代が生んだ、高度消費社会を読み解くキーワードである!」
「ハッカー、ロリコン、やおい、デコチャリ、コミケ、カメラ小僧、ゲーマー、アイドリアンなどなどの知られざる生態!」

このラインナップにあがった者たちを本書ではおたくと読んでいるようだ。「コスプレ」がないことやアイドルの凋落と共に「カメラ小僧」「アイドリアン」のあり方が変わっただろうことを除けば、今日の「おたく」のひろがりはこの時点でだいたい出来上がっていたと見ることが出来そう。あ、「デコチャリ」は、ちょっと変わっていて、自転車にトラックみたいなデコレーションをするもの。これはいまどうなんだろ。「ヤンキー」的なものが「おたく」と絡まっている一例といえるだろうか(いまでいえば「痛車」にあたる?)。

◎別冊宝島編集部が語る「おたく」とは何か?

本書冒頭の「「おたく」を知らずして'90年代は語れない!」(別冊宝島編集部)というテクストは、かなり興味深いまとめをしている。

「幼女殺人事件で突然大衆メディアに浮上した「おたく族」なる言葉。大新聞や週刊誌によると、「おたく族」とは「アニメやマンガのファンで、ファッションや恋愛に興味のない暗い青少年」ということになる。これを翻訳すると、「わけのわからないことをやっている、薄気味の悪い、社会的意味のない奴ら」ということになる。あなたもきっと、そう思っているはずだ。
 だが、それは間違っている。徹底的に、間違っている。まず、
 「おたく」とは「おたく族」ではない!
 「おたく」の現場に近い人ならばけっして「おたく族」なんて言葉は使わない。「おたく族」というのは「太陽族」と同じくくだらない風俗用語にすぎない。
 この本でやろうとしているのは、「おたく族」という若者風俗のルポなんかじゃない!
 本来、「おたく」という語は、「おたく」によって作られ、「おたく」のなかだけで定着したものである。それまでのマニアとかコレクターという言葉では表現しきれない何かを自分のなかに抱えていた彼らは、それの呼び名を求めていたのだ。だから、
 「おたく」とは、マニアとかコレクターのことではない!
 現実のなかで生活するには働かなければならない。仕事をするには、価値観の違う他者とも関係しなければならない。世間の他者と接するためにはきちんとした服装をしなければ相手にされない。ましてや結婚するためには、完全に違う人類である異性ともうまくコミュニケーションしなければならない。このようにして生きている個人の趣味はただの趣味でしかない。マニアであっても、別の価値観を持つ他者と関係をもてる人は「おたく」と呼ばれたりはしない。
 「おたく」は八〇年代以前にはいなかった!
 世間の価値観を捨て、独自の世界に忠実に生きるには、かつては大変な孤独と生活の困難を背負う決意が必要だった。しかし、八〇年代の高度消費社会では、必要以上の豊かさが生きるための労力を軽くし、生活を重視する必要がなくなった。価値観は多様化し、肥大した。そうして、同じ価値観を持つ人どうしの「場」ができていった。そのなかでは他者と関係する必要はない。だから、
 「おたく」は孤独ではない!
 ……
 「おたく」は成熟しない!
 誰もがみな青春の一時期に「世界」と自分の違和感に悩む。それを乗り越えることを成熟と呼ぶ。だが、自分と同じ幻想を共有する「場」があれば、その「場」こそが本当の世界であり現実なのだと思いこめば、成熟する必要がなくなる。この本では、ロリコンと呼ばれる「おたく」特有の嗜好が実は「男になりたくない」願望の現れだったことをつきとめた。架空の美少女という共同幻想の「場」を得ることで、少年たちは生身の女性と無理につき合う必要がなくなった。成熟を不要にするこの「場」の磁力こそ「おたく」の正体なのだ!
 「おたく」とは、「場」にとらえられた状態を示す言葉だったのだ!
 こうして構造は「おたく」を培養した。現代思想家たちはなぜか誰も「おたく」に気づいていないようだが、「おたく」」こそはポスト生産社会を読む鍵に違いない。この本はそういう視点をもとに、「おたく」の記号生成と消費の現場に直接斬り込んだ日本で初めての試みである。心臓の弱い方は御遠慮下さい。」(pp.1-2)

興味深いポイントが山盛りなのだけれど、とくに、

「世間の価値観を捨て、独自の世界に忠実に生きる」ということの徹底において、おたくは「マニアとかコレクター」と一線を画すると論じられている点。「日曜~」みたいな状態ではおたくではない、というわけだ。実存を賭ける者がおたくである、と。あと、

世間の価値観-独自の世界

が永遠に交差しないと考える思考に、おたくのおたく性があるように思われる。他者との関係をもてないこと。ここでの他者とは、社会の中で了解されている規範とか「~らしさ」とかを尊重する者のことだろう。そうした人間との決別がおたくであることの証になる、というのだ。それはつまり、「成熟」を拒むことであり、「男になりたくない」という思いをまっとうすることだ。このまとめと、後にも触れる富沢雅彦と彼へ向けたエッセイは、恐らく、強い繋がりがあるだろう。

◎浅羽テクストをめぐって(「高度消費社会に浮遊する天使たち」)
浅羽のおたく論は、『天使の王国』を読んでおく必要があるようだ(目下注文中)。さしあたり、本書で展開されている論考のみから興味深いところを(ちなみに「天使」とは、当時話題となったヴェンダース『ベルリン天使の詩』の「天使」から来ているらしい。あの映画の天使のように世界から距離を置き世界を俯瞰する存在として「おたく」を同定しようとしている)。

○「新人類」と「おたく」

マーケティング業界誌『消費と流通』が86年に掲載した論文「"感的知性"が優れた『新人類』」(三浦康英、松浦一郎)に対して、浅羽通明が書いている部分は、消費の観点から「新人類/おたく」を考える上で興味深い。浅羽は、この論文で4種の若者像が整理されており、とくに感的知性派と内的モラトリアムに注目する。前者が新人類に相当し、後者がおたくに相当するからだ。感的知性派とは「新人類世代のイメージリーダー層」であり、彼らはマーケティングの見地から重要な消費者とみなされる。対して内的モラトリアムは、彼らにとってほぼ無視の対象だった。そこに、浅羽は注視する。

「新人類ブームと呼ばれる八〇年代若者論のなかで、「おたく」がほとんど注目されないできたのは、おそらくここに原因があるのだろう。すなわち新人類論は、何よりも内需拡大の巨大な市場、消費者の群としての若者をめぐって闘わされたのであったから。マーケティング業界にとって、「おたく」は市場とはなり難い若者たちとして把握されていたのである。」(p. 253)

感的知性派は、しかし、おたくに近い面があるのではないか。論文の中では、感的知性派は「あらゆるものをすべて等価値にみ」ており、「アイドル歌手、昔見たTV番組の主人公、そして難解な論を立てる思想家を同列に扱って評している」ひとたちとされているのだ。そこで、浅羽は、「おたく」の命名者・中森明夫に注目してこう述べている。

「「おたく」の語は彼ら新人類によって使われ、彼らの間でこそ流布したのである。誰よりもまず、彼らが「おたく」のネーミングにピンときたのは、彼らが「おたく」に近い場所で生きていたこと、あるいは、彼ら自身が「おたく」だったことを意味する。」(p. 253)

そして、こう議論は進んで行く。

「感的知性派=新人類と、内向的モラトリアム派=「おたく」とが、未分化だった時代があったのだ。それはおそらく七〇年代中期から八〇年代に入った直後の一時期であろう。」(p. 254)

この両者の類似性というよりは同根性は、90年代以降の展開としてみれば「オタクVSサブカル」(2005年出版『ユリイカ』の同タイトルの臨時増刊号による)へと繋がっていると言えるかも知れない。そこでも、オタクの敵(なのかは読み直してみても若干不明確なのだけれど)であるサブカルは、実はオタクと同類なのではないかと論じられている。

「つまり、結局のところ--オタクVSサブカルの対立とは内ゲバに過ぎず、オタクが二次元の美少女キャラクターを大量消費するのも、サブカルがメンヘル系女性との共依存に陥るのも、特権的な個性=アイデンティティを確立できないまま大衆と融合してしまうことへの恐怖に起因しており、大衆化を容認できないことに対する屈託を隠蔽・忘却するための理論武装に伴う「オタク」たちの差異化ゲームに過ぎないのだ」(更科修一郎「敵は遠くにありて想うもの 内ゲバしか知らない子供たち」pp. 169-170)

○相手の「人格」ではなく「知識」と話す

「おたく」が決定的に非おたくと違う点はどこか、ということを考える際に、重要なのはコミュニケーションのあり方なのだろう。浅羽は、中野収の「おたく」の定義から、彼らが話し相手の「人格」ではなく「知識」に話しかけているあり方に注目する。
「『オタクのご主人』『オタクの娘さん』『オタクの新製品』『オタクの部長』など、旧人類の用例を見ればわかるように、『オタクの○○は〈オタク〉に所属する』。目の前にいる個人よりも、その個人を支えているような、個人を超えた何かを、個人を解して会話の相手に選んでいるのが、〈オタク〉なのだ。〈オタク族〉も同様である。目の前いるパソコン少年よりは、彼のパソコンの知識そのもののほうに興味があるのだから。」(中野収『新人類語』ごま書房)p. 266

「その(「おたく」という語の)エッセンスとは、中野収が読み解いたように、相互に人間を相手にするというより、相手の知識・情報に向かって話す、ところにある」(p. 266)

「目の前の個人」ではなく、目の前の個人のもつ情報に語りかけるりがおたくだとして、新人類は、おたくと違って相互に人間を相手にしたのだろうか。相互に相手の外見と話す内容に示される情報に向かって話をしていたのであって、「人格」に話しかけていたとは言い難い。自分の外見までもコミュニケーションに用いられる情報として提供したのが新人類であって、言い換えれば、自分の外見を情報として提供することをネグレクトしているのがおたくだったのではないだろうか。

◎富沢雅彦というおたく
本書には千野光郎という筆名のライターにによる「おたくに死す」というエッセイが入っている。富沢雅彦なる同人誌ライターについてまとめたこのエッセイがおたくを考える上できわめて重要だと思うのだけれど(ネットをブラウズしてもそのことはすぐに分かる)、ただいま資料収集中にて後日ノート整理します。