認知症の早期診断 介護並びに回復と予防のシステム

アルツハイマー型認知症は、廃用症候群に属する老化・廃用型の生活習慣病なので、発病を予防でき、早期治療により治せるのです

アルツハイマー型認知症の本態に関わる諸学説の重大な誤り(B-82)

2017-05-15 | 前頭葉を含む脳機能の正常老化と異常老化

くたびれて くたびれ果てて 今もなお

   待てど暮らせど 来ぬものを By kinukototadao

世の中に不条理と感じられることは数あるのですが、その中でも最も不条理だと私の憤りが収まらないものがあります。それは、「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症に対する医療現場での診断の対応なのです。「アルツハイマー型認知症」の発病の機序(メカニズム)に対して無知であるにもかかわらず、症状の重症化の機序についても無知であるにもかかわらず、『「アルツハイマー型認知症」は、発病の原因が分からないし、発病を予防することが出来ないし、症状を治すことが出来ない』とする医学会の主張を鵜呑みにして居て、その主張に追随し、是認していながらも、実際の医療の現場では、様々な不条理な診断や行為や行動が平然と行われているのです。

その一つが、診断に際して、CTやMRIやSPECTや、果てはPETまでも持ち出して、的確な診断の役には立たないが売上高を大きく稼ぐだけの機器が嬉々として使用されているということなのです。その上、「記憶の障害」の症状こそが「アルツハイマー型認知症」の根幹となっているとする誤った考えに基づいているあの米国精神医学会が定めた「アルツハイマー型認知症」の診断基準である『DSM-4』の規定を無邪気にも疑いもせず、むしろそれを金科玉条として振りかざしていて、「DSM-4」の規定の第二の要件で確認が要求されている失語や失認や失行の症状(「脳のリハビリ」により回復させることが困難である「末期の段階」の更に後半になってからでないと発現が確認できない極めて重度の症状なのです。これらの症状が発現している人達に、脳の後半領域の働き具合を判定する神経心理機能テストであり満点が30点であるMMSEを実施すると、その得点は、一桁にしかならないのです。下位項目の一つである「時の見当識」の得点は零点になるのです。廃用性の機能低下によって「前頭葉」を含む脳全体の機能が衰えていく場合には、時の見当識は、日、年、月、季節、昼夜の順に分からなくなっていくものなのですが、その人達は、「昼夜」の区別さえもつかないまでに脳の機能が衰えてきているのです。)の発現の確認を基礎として、「アルツハイマー型認知症」の発病の有無を診断しているのです。回復させることが困難である「大ボケ」の段階の更に後半、末期の段階であり、極めて重度の症状を呈するこの段階で見つけることに何の意味があるというのでしょうか。そのお年寄り達は、身体が持つ限り「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルは更に低下し続けていき、認知症の症状はさらに重くなっていくだけなのです。この段階で見つけて居たのでは、施すべき手段としては、「介護」する以外には何も無くなるのです。売り上げを稼ぐ以外にそうした診断の目的を思いつかないのです。

そして他の一つが、その診断に基づいて、製造元の製薬会社自体が『「症状」を治すことは出来ないが、ケースによっては、症状の「進行」を1~2年程度遅らせる効果が期待できる 』としている薬(アリセプト他4種類の薬が発売されている「アルツハイマー型認知症」の治療薬と称されているもの)を製薬会社の謳い文句をオウム返しに患者やその付き添いの家族に説明して、無神経に処方しているのです(症状の改善又は悪化を惹き起こす真の原因である「生活要因」については、ここを「クリック」してください。「アルツハイマー型認知症」の症状の進行を遅らせる効果があるとされている薬は、治験の過程で、この「生活要因」による影響という要素を見落としているか、知らないだけのことなのです)。然も、効き目がないとのクレームが為されると、量を増やすか、或いは他の種類の薬に置き換えるだけの処置が医療現場ではまかり通っているのです。その際に処方した医師にとっての一番の関心事はと言うと、薬の効き目ではなくて、「副作用」の種類とその程度でしかないのです。

 「アルツハイマー型認知症」は、認知症の専門家と言われている人達(学者、研究者、医師)が追い求めている「器質的な病変」が原因で発病するものなのではなくて、機能低下、然も「前頭葉」(「前頭前野」を言うものとする。以下、同じ)を含む脳全体の機能の廃用性の機能低下が原因で発病するもの、廃用症候群に属する単なる「生活習慣病」(但し、この場合に言う「生活習慣」とは、食生活ではなくて、脳の使い方としての「生活習慣」であることに留意する)に過ぎないのです。そうした発病及び症状が重症化していくメカニズム(機序)に鑑みて言うと、どのような機関やどのような規模の製薬会社が、どれだけ優秀な人材を揃えて、どれだけのコストと時間を費やそうとも、『「アルツハイマー型認知症」の発病自体を予防したり、症状の進行を防止し/又は抑制したり、症状自体を治したりする効能を有する薬が開発されることは、未来永劫有り得ないこと』なのです。

「アルツハイマー型認知症」の発病自体を予防したり、症状の進行を防止し/又は抑制したり、症状自体を治したりすることが出来るのは、唯一、私たちが北海道から九州に至る広範囲で多数の452の市町村で実践し実際に成果を挙げて示してきた方法である、脳の使い方としての「生活習慣」の改善、趣味や遊びや人付き合いや運動、或いは地域興し等の「テーマ」で、自分なりに興味や関心が持てて、自分なりの目標が設定できて、その遂行の過程や遂行自体或いは目標の達成により、自分なりの達成感や喜びや生き甲斐が得られるもの、言い換えると、「前頭葉」の出番が出来るだけ多い「テーマ」の実践を日々の生活に取り入れて、その実行を「生活習慣」化することだけなのですから。

 『「アルツハイマー型認知症」は、発病を予防することが出来ないし、症状を治すことが出来ない』というのは、全くの誤りなのです。「アルツハイマー型認知症」こそが、発病自体を予防することが出来るし、早期の段階(私たちの区分で言う「小ボケ」及び「中ボケ」の段階)で見つけて「脳のリハビリ」(脳の使い方としての生活習慣の改善と工夫)に励めば症状の進行を抑制したり、防止することが出来るし、症状自体を治すことが出来るタイプの認知症なのです。末期の段階(私たちの区分で言う「大ボケ」の段階)で見つけて居るが故に/効きもしない薬を投薬するだけの処置であるが故に、治すことが出来ないだけなのです。但し、その本質が、廃用症候群に属する「生活習慣病」であるが故に、生き甲斐なく、趣味なく、交遊なく、運動もせず、目標となるものもない、ナイナイ尽くしの「単調な生活」の継続が原因で、「前頭葉」を含む脳全体の廃用性の加速度的で異常な機能低下の進行により発病し、症状が重症化していく性質のものであるが故に、発病自体を予防するにも、症状の重症化を抑制/防止するにも、症状自体を治すにも、「薬」が効かないだけのことなのです脳の使い方としての「生活習慣」の改善と工夫、「脳のリハビリ」が唯一無二の方法になるのです。然も、「脳のリハビリ」が症状改善の効果を発揮する対象となるのは、本当の意味での早期の段階、私たちの区分で言う小ボケ及び中ボケまでの段階であって末期の段階である「大ボケ」の段階で見つけて居たのでは治すことは出来ないのです

 回復させることが最早困難となる「大ボケ」の段階、「アルツハイマー型認知症」の末期の段階で見つけて居るだけの「診断」、めまい、頭痛、吐き気、嘔吐、食欲不振、錯覚や幻覚を伴う軽い意識障害等の副作用」があるだけで効きもしない「薬の処方及び投薬」、セルフケアもままならないまでに脳の機能が衰えたお年寄りの「介護」の為の費用の総額が、年間で15兆円を超える規模にまで膨れ上がっていて、その額はこの先増大の一途を辿ると予測されているにもかかわらず、誰もこの問題を取り上げようとはしないのです。誰も反乱の狼煙を上げようとはしないのです(ここを「クリック」してください)。嗚呼、何たる不条理の世界か! 

& 「アルツハイマー型認知症」の段階的な症状の類型

 世の中の、世界中の認知症の専門家とされる人達(学者、研究者、医師)は、「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムを知らないだけでなくて、そもそも「アルツハイマー型認知症」の症状自体についても良くは知らないのです。それでいて、「記憶障害」に起因した症状だとの誤解のもとに集めただけの症状を中核症状だとか随伴症状だとかに分類して、その分類自体には何の意味もないのに、専門家だと言わんばかりに悦に入っているだけなのです。私たちは、「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルに厳密にリンクした「アルツハイマー型認知症」の症状を類型化していて、且つ、脳のリハビリにより治すことが出来るか否か及びその可能性の有無及び程度から三段階に区分しているのです。米国精神医学会が定めた「アルツハイマー型認知症」の診断規定である「DSM-4」の規定の内容について疑うこともなく金科玉条として敬っていて、その「第一の要件」により確認が要求されている「記憶障害」の症状が「アルツハイマー型認知症」の根幹をなす症状であるとの重大な誤解に加えて、失語や失行や失認と言った「大ボケ」の段階の更に後半の段階、MMSEの得点が一桁にならないと発現してこない極めて重い症状を確認して初めて「アルツハイマー型認知症」の発病だと診断する二重の重大な誤りを犯してもいるのです。それらに対しての反省から主張されてくるに至ったものであり、もう少し軽い段階の症状を探そうと言う姿勢自体は良いのですが、その内容自体は、「MCI」(軽度認知障害)とか言う新たな概念を持ち出そうとも、その内容はと言うと、「DSM-4」の規定の第一の要件に毒されているだけでなく、前頭葉を含む脳全体の機能レベルという最も肝心な要素には気づかないで居て、外観から観察される極めて曖昧模糊とした「記憶障害」の症状をベースとした概念でしかないのです(ここを「クリック」してください)。

 「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症の特徴はと言うと、平たく言えば、脳が壊れてもいないのに発病し、認知症の症状が進行していくのであって、言い換えると、私たちが意識的に何かの「テーマ」を実行しようとする世界、何かのテーマを考え付き(発想)、その実行の仕方を考え組立てて(企画や計画)、実行の結果をシミュレーションすることにより(洞察や推理)、必要な修正を加えて、最終的な実行の内容、程度及び態様を決定し、実行の決断をして脳の各部に実行の指令を出すという、「意識」の世界を構築し、統括し、支配し、コントロールしていて、左脳、右脳及び運動の脳という三頭の馬を配した三頭立ての馬車の御者としての役割、脳全体の「司令塔」としての役割を担っている「前頭葉と言う脳機能が極めて高度で/極めて複雑で/極めて複合的で重層的な機能構造に基づき発揮されている/その役割を発揮する過程で、「前頭葉」を中核とした廃用性の加速度的で異常な機能低下が進行していくことに起因した及び「前頭葉」に僅かに遅れる形で左脳、右脳及び運動の脳の順番で、これを言い換えると、「前頭葉」を含む脳全体の機能について、廃用性の加速度的で異常な機能低下が進行していくことに起因した様々な程度及び態様での支障が出てくる病気、その最も症状が軽い段階では「社会生活面」で支障が出てきて(「小ボケ」の段階:脳のリハビリ」により「前頭葉」を含む脳全体の機能を正常な機能レベルに回復させること、言い換えると、認知症の症状を「治す」ことが容易)、症状が進んだ次の段階では「家庭生活面」で支障が出てきて(「中ボケ」の段階:「脳のリハビリ」により症状を「治す」ことが未だ可能)、さらに症状が進んだ末期の段階では「セルフケア」にも支障が出てきて日常生活面での介護が不可欠となる(「大ボケ」の段階:「治す」ことはもはや困難)認知症のことを言うのです。私たちが独自に開発した「二段階方式」の手技を活用して集積し類型化した14689例の症例を基礎とした精緻な「脳機能データ」の解析により三段階に区分する「アルツハイマー型認知症」の段階的な症状の類型は、次の通りなのです。

 「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルの判定(「前頭葉」の機能レベルを「かなひろいテスト」で判定し、左脳及び右脳の機能レベルをMMSEで判定した上で並びに両者を総合した基準により判定)及び当該判定による数値に厳密にリンクした三段階に区分される認知症の症状の類型並びに「キッカケ」を契機に開始されたナイナイ尽くしの単調な「生活習慣」の継続の具体的な中身の聞き取り(「生活歴」の聞き取り)に基づき、以下に「小ボケ」、「中ボケ」、「大ボケ」の順にそれぞれの段階に「特有な症状」をまとめて順番に並べて表示します。「アルツハイマー型認知症」の症状(「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルに厳密にリンクした症状)の進行具合が明確に読み取れることと思います。脳の機能が、「前頭葉」の三本柱の機能である「意欲」、「注意の集中力」及び「注意の分配力」の衰えに始まり(「小ボケ」の段階)、「中ボケ」の段階に入って以降は、「前頭葉」の機能の廃用性の加速度的で異常な更なる機能低下の進行と同時進行する形で次第に左脳、右脳、運動の脳の衰えが進んでいくことの総合的な結果としての「アルツハイマー型認知症」の段階的な症状が発現してきて、症状が次第に重くなっていくことが分かることと思います。専門家達が考えているような、情報を伝達する機能を有する神経細胞が特定の蛋白質(アミロイドベータやタウ蛋白)によって侵され、その結果として、情報を伝達する役割を担っている神経細胞の細胞死が惹起されることに起因して発病し及び症状が重くなっていく訳ではないのです。

注1)発病の対象者が、私たちが発病の「第一の要件」に掲げている「第二の人生」を送っている60歳を超える年齢の「高齢者」に限られるのは、その背景に、「加齢」を条件として進行してくる「正常老化の性質」が存在しているからなのです。発病の「年齢別の割合」は、60歳代が12%、70歳代が30%、80歳代が50%、90歳代が75%、100歳代が97%と年齢が上がるほど割合も増えていくのです(但し、この割合は、「小ボケ」、「中ボケ」及び「大ボケ」の全てを含んでいることに注意してください。厚労省が発表している数値は、末期の段階である「大ボケ」の段階のお年寄りだけの人数なのですから)。この「正常老化の性質」が背景となっているがために、60歳を超える年齢の「お年寄り」だけが発病の対象となり、且つ、症状の進行が緩やかなものにしかならないのです。

 但し、その発病自体は、「キッカケ」を契機として、私たちが発病の「第二の要件」に掲げているナイナイ尽くしの単調な「生活習慣」が開始され継続されると、半年から1年後には「アルツハイマー型認知症」を発病する(「小ボケ」の段階)のであって、『何十年も前からアミロイドベータの蓄積が始まっていて、且つ、そのことが「アルツハイマー型認知症」の発病の原因』だとする主張は、不可欠のものであるはずの「発病との間の因果関係の立証さえもされていない」単なる「仮説」であって、客観的な根拠もなく、意味不明の憶測にすぎないのです。

注2)「若年発症の認知症」と言うのは、生まれつき特定の「遺伝子」に異常が存在する人だけを対象として発病する「アルツハイマー病」のこと(30歳代から 50歳代までの極めて若い年齢で発症し、僅か数年で寝たきりになる程に症状の進行の度合いが極めて速いのが特徴)であって、『働き盛りの50歳代という若い年齢で、「アルツハイマー型認知症」を発病するケースが増えてきている』と題するテレビ報道で視聴率を上げて話題を呼んだNHKの特番の内容は、「側頭葉性健忘症」(30歳代から 50歳代までの極めて若い年齢で発病し、「新しい記憶」が全く入って行かないという重度の「記憶障害」の症状を呈するのが特徴であるが、肝心の「前頭葉」の機能レベルは正常であるのが特徴)であるのに、それを知らないか、誤審した症例を集めただけの物なのです。重度の「記憶障害」の症状が共通項として確認されていても、「アルツハイマー型認知症」の場合には「前頭葉」の機能レベルが異常なレベルであるのが特徴であるのに対して、「側頭葉性健忘症」の場合には「前頭葉」の機能レベルが正常なレベルであるのが特徴なのです。「前頭葉」の機能レベルを精緻に判定する「手技」を持たない人達が、両者の鑑別が出来ない為に、外観の症状、就中「重度の記憶障害」の症状の確認だけから判定して、両者を混同しているだけなのです(ここを「クリック」してください)。

特定のタンパク質(アミロイドベータやらタウタンパク質など)の蓄積と「アルツハイマー型認知症」の発病との間には何の関係もない、因果関係自体が存在していないのです。特定のタンパク質の蓄積量を精緻に判定する技術を確立したからと言って、「アルツハイマー型認知症」の発病及び症状の重症化と関係づけることは出来ないし、回復させることが可能な本当の意味での早期の段階(私たちの区分で言う「小ボケ」及び「中ボケ」の段階)を見つけることは出来ない相談なのです。両者の間には、肝心の因果関係が存在しないからです。「アルツハイマー型認知症」の発病及び症状の重症化の進行は、上述の私たちが発病の条件として規定する「第一の要件」と「第二の要件」とが同時に充足される条件の下で、「前頭葉」を含む脳全体の機能について、廃用性の加速度的で異常な機能低下が進行していくことが直接の原因であり、両者の間には、直接の因果関係が存在しているのです。アミロイドベータとかタウ蛋白とかいった特定のタンパク質の蓄積が発病及び症状重症化の直接の原因であるとする学説は、それらの主張と発病及び症状重症化との間の因果関係が立証されているものではなくて、単なる憶測、想像の類(所謂、「仮説」)に過ぎないのです。14689例にも及ぶ生きた人間の「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルとそれに厳密にリンクした症状の集積の結果として得られた「アルツハイマー型認知症」の特徴は、ナイナイ尽くしの単調な「生活習慣」の継続に起因した廃用性の機能低下が本質であるが故に、(1)「前頭葉」、左脳、右脳、運動の脳の順番に機能が衰えていくこと並びに(2)MMSEで判定される脳の後半領域の機能について、私たちが、「アルツハイマー型認知症」と判定する上で並びに他の種類の認知症との鑑別及び認知症と紛らわしい他の病気との鑑別を行うに際して、極めて有用で有効な「客観的基準」を提供してくれている「MMSE下位項目の項目困難度」という指標、即ち、「機能が衰えていく順番についての極めて厳格な機序」の存在であり(ここを「クリック」してください)、この「アルツハイマー型認知症だけに確認される特有の指標」について、アセチルコリン説やアミロイドベータ説やタウ蛋白説や脳の萎縮説と言った「仮説」を主張する人達は、どのような説明を行うことが出来るというのでしょうか。明確で客観的なデータに基づいた反論を一度聞いてみたいものです。

記憶のメカニズムについても脳科学者とか認知症の専門家と自称している人たちもその機能構造については良く分かっていないにもかかわらず憶測をベースにいろいろな説を唱えているのです。記憶は記銘、保持、想起の三つの段階の行程を辿るのですが、想い出す、つまり想起と言う機能は、MMSEの下位項目のうちで、最も早くその機能が衰えていくものなのです。その原因は、廃用性の機能低下の場合には最も高度な機能から衰えていくという機序があり、「前頭葉」の三本柱の機能のうち最も高度な機能である「注意の分配力」の機能が想起する上で最も重要な機能として関わっているからなのです。

)以下に、「二段階方式」の判定基準である「小ボケ」に特有の症状を列記しておきます(「小ボケ」は、「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルに厳密にリンクした客観的な指標により定義されています)。

  [ 小ボケのチェックリスト]

(「前頭葉」機能が異常な機能レベルに在ることの確認を条件として、4つ以上に該当していると、「小ボケ」のレベルであることが疑われます)。

□ 複数のことに注意が分配できなくて、3つの用事が同時にさばけない

□ 機転がきかなくて、創意工夫ができない

□ 発想が乏しくて、画一的な行動が目立つ

□ 何事をするにも億劫で面倒がり、何かをやってみようという意欲が見られない

□  同じ食材を買ってくることが多く、料理の献立の単調さが目立つ

□ 一日や一週間の計画が自分で立てられず、何も思いつかない様子

□ 朝は遅くまで起きてこないのに、気がつくと居眠りしている

□ これまでなら感動していたことに対して感動しない

□ 問いかけに対する反応が遅く、生き生きした笑顔がほとんど見られない

□ ぼんやりしていることが多く、自分から何もしないが指示されるとできる

□ 根気が続かず中途半端なことを繰り返し、やりかけの家事が目立つ

□ 目の光がどんよりしていて、顔つきが無表情

□ 反応が遅く動作がもたもたしていて、階段をトントンと降りられない

□ 歩くとき前屈みの姿勢で、小股でトボトボと歩く

□ 料理の手際が悪くなり、家族数に関係なく多すぎる量の料理を作る

□ 自分に自信がなくなり、何かにつけ人を頼ろうとする

□ 髪の手入れや、おしゃれに無関心

□ 同じ内容を繰り返して話し、そのことに本人が気づかない

□ 会話の最中唐突に、一方的に言いたいことを言い相手の話しを聞かない

□ 思い込みや思い違いが多く、指摘しても訂正や変更ができない

□ これまでなら楽しんでいた趣味や外出や旅行を嫌がる   

)以下に、「二段階方式」の判定基準である「中ボケ」に特有の症状を列記しておきます(「中ボケ」は、「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルに厳密にリンクした客観的な指標により定義されています)。

 【中ボケのチェックリスト】

(「前頭葉」機能が異常な機能レベルに在ることの確認を条件として、4つ以上に該当していると、「中ボケ」のレベルであることが疑われます)。

□ 何度教えても日付けがあいまいになる

□ 簡単な計算ができない(お札ばかりで買い物をし、やたらと小銭がたまる)

□ 電気やガスの消し忘れ、水道の蛇口の閉め忘れなどが目立つ

□ 家庭内の簡単な用事程度のこともきちんとできない(部屋や洗濯物の

整理、食後の片付け、畑や庭仕事などがきちんとできなくなる)

□ お金や持ち物のしまい場所をすっかり忘れてしまい、一日中探している

□ 自分が飲む2~3種類の服薬管理ができない

□ 服の着方に無頓着で、重ね着が目立つ(セーターの上からシャツを着る。裏表や前後ろに着る。入浴後、着ていた下着の上に新しい下着を着る)

□ 入浴時の温度管理が出来ず、体を洗わないとか石鹸がついたままとかする

□ 周りを汚したり流してないなど、トイレの後始末がきちんとできない

□ 料理の味付けが変になる(特に、塩加減が極端に変になる。塩辛すぎて、周りが食べられないようなものを作り、本人だけが平気で食べる)

□ 行き慣れている所に行くのに、スムーズに行けない(行き先の違う乗り物に乗ったり、行き道を間違えたりする)

□ 自分の子供の数、生まれ順、居住場所の説明がきちんとできない

□ 季節が分からなくなる(夏にセーターなど、季節違いの服を平気で着る)

□ 昨日の出来事をすっかり忘れてしまう

□ 物盗られ妄想(物の置き場所を忘れて、相手が隠したとか盗んだとか言う)とか、世話をしてくれる人に対して口汚くののしる行為とかがある   

)以下に、「二段階方式」の判定基準である「大ボケ」に特有の症状を列記しておきます(「大ボケ」は、「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルに厳密にリンクした客観的な指標により定義されています)。

 【大ボケのチェックリスト】

(「前頭葉」機能が異常な機能レベルに在ることの確認を条件として、3つ以上に該当していると、「大ボケ」のレベルであることが疑われます)。

□ 着ている服を脱ぎたがらず、便で汚れた下着をそのまま平気で着ている

□ 風呂に入るのを嫌がる

□ 服を正しく着られず、ズボンを頭からかぶったり上着に足を通したりする

□ 家族の名前を間違えたり、子供を配偶者と間違えたりする

□ 食事やあいさつをしたことなど直前に起きたことをすぐに忘れてしまう

□ 家庭生活に全面的な介助が必要(食事、入浴、排泄)

□ 自宅に居ても落ちつかず、出て行きたがる

□ 大小便を失敗しても、後の処置ができない(大小便で汚れた下着を、押し入れなどに隠すようなこともあります)

□ 自宅の方向が、たびたびわからなくなる

□ 同居している家族の名前も顔もわからない(家族かどうかも分からない)

□ 今は昼なのか夜なのかがわからなくて、夜中に騒ぐ(夜中に起きてくる、家中の電気をつけて回る、会社に行くとか田んぼに行くとか言い張る)

□ 痛んだものを平気で食べ、食べ物でないものを口にする

□ 独り言や同じ言葉の繰り返しが目立つ

□ 誰も居ないのに「人が居る」と言ったりする

 服を自分で着られなくなり、ズボンを頭から被るとか;自分の家が分からなくて、徘徊して迷子になるとか;同居している家族の顔も分からないとか;大便で縁が汚れても後始末が出来ないとか;失禁した服を平気で着ていたりしたら、自信を持って、その人はボケてると皆さんは思うのではないでしょうか。正確に言うと、これは、「アルツハイマー型認知症」の末期の段階の症状なのです。こうした症状が出てくる前のもっと軽い段階を専門家の精神科医が見落としているだけなのです。昨日まで、ゲートボールを仲間達と楽しんだり、町内会の小旅行に参加して楽しんでいたお年寄りが、一夜明けたら、洋服が着られないとか、自分の家が分からないとか言う具合には、ならないのです。「脳のリハビリ」により回復させることが困難な末期の段階の「重度認知症」(大ボケ)の段階でしか「アルツハイマー型認知症」を見つけられないでいて、効きもしない薬を処方しているだけの 医療機関は、その「社会的使命」を放棄してしまっていると言うべきではないでしょうか。 

 & 個別認知機能の機能の発揮度と「前頭葉」の三本柱

何かを考えたり、何かの行為をしたり、何らかの行動をしたりする場合、私達が意識的に何かをしようとする場合に、脳が壊れてもいないのに、言い換えると、原因となる器質的な病変が何等見当たりもしないのに、「認知症」の症状が発現してきて、社会生活面や家庭生活面やセルフケアの面で様々な支障が出てくる、段階的な「認知症の症状」が発現してくる、それが「アルツハイマー型認知症」だと言いました。その「アルツハイマー型認知症」発現のメカニズムを解明し、理解するには、私たちの意識的な世界で「前頭葉」の個別認知機能が働くとはどのようなことを言うのか、その機能構造を理解することが先決のテーマとなるのです。然もその為には、「前頭葉」の三本柱の機能と私たちが名付ける「意欲」、「注意の集中力」及び「注意の分配力」の機能が「前頭葉」の個別認知機能の働き具合を左右し、下支えしているということ、言い換えると、「機能発揮上の二重構造」の関係にあることを理解することが、「アルツハイマー型認知症」発病のメカニズム及び症状重症化のメカニズムを解明する上で不可欠の条件となるということなのです。即ち、私たちが世界で初めて発見し、機能発揮面における「二重構造」の問題と名付けている「前頭葉」の個別認知機能脳の機能発揮上の機能構造のことなのです。例えば、状況の「判断」という個別の認知機能を取り上げて説明すると、「意欲」、「注意の集中力」及び「注意の分配力」の機能の各機能及び/又は総合体としての機能の発揮度が一定以上のレベルに高まった状態でないと、「判断」という機能の機能の発揮度自体も必要な機能レベルに高くはならないということなのです。私達が「意識」という概念について、意識の覚醒度(意識の覚醒の度合い)という概念の必要性を問題提起している根拠がここにあるのです(ここを「クリック」してください)。

伊豆高原に在るエイジングライフ研究所の庭では、ブーゲンビリアの小さな芽が日毎にその葉色を濃くしてきているし、駐車場の上の石の壁を覆う面には、色とりどりのバラの花が咲きだしてきているし、上の庭では、隣家との境をなす樹々を覆うようにモッコウバラが咲き誇っているのです。「昨日は、一日中しとしとと雨が降っていて、雨に濡れた風情での薔薇の花」の鑑賞の日でした。「今日は、まさしく五月晴れの下での薔薇の花」の鑑賞です。雨天の下でのそれと晴天の下でのそれとは趣が全く変わるのです。そして、この差異を感じ取れるのは、「前頭葉」の機能が正常なレベルで働いている人達に限られるのです。私たちは、「前頭葉」の三本柱の機能の働き具合を精緻に判定することが出来る「かなひろいテスト」を筆頭として、色々な種類の「神経心理機能テスト」を開発したのですが、その中に、「表情読み取りテスト」と言うのがあります。

 笑っている表情の人、怒っている表情の人、泣いている表情の人、悔しがっている表情の人、嬉しがっている表情の人など。私たち人間が表わす表情には、様々なタイプのものがありますが、こうした表情を表わすことが出来るのも、或いは表情を識別することが出来るのも、「前頭葉」の機能が正常なレベルにある人達に限られるのです。中でも、「注意の分配力」の機能が正常な機能レベルに無いと、そうした認知自体が困難になってしまうのです。左脳も右脳も運動の脳も、その全てが正常な機能レベルにあっても、肝心の「前頭葉」の機能が異常なレベルに衰えてきている段階に在る人達を私たちは「軽度認知症」(小ボケ)と呼んでいるのですが、その人達に特有な症状である(何かに感動することが無くなり、顔つきが無表情で、目の光がどんよりしている)というのは、まさしくこのことを物語っているのです。

 多岐に亘っていて、数有る個別の認知機能(理解、了解、了知、了承、考察、考慮、観察、鑑賞、感動、抑制、反省、忍耐、思索、思考、企画、計画、シミュ・レーション、創作、創造、洞察、推理、推測、詮索、想像、空想、妄想、探求、創意、工夫、比較、検討、評価、判定、判断、修正、選択、排除、排斥、構成、構想、構築、統合、分別、支配、確認、決定、決断、指示、采配、統率、統括等)の全てが、機能を発揮するに際しては、その機能の発揮度自体が、「前頭葉」の三本柱の機能の発揮度に左右され、下支えされているという訳なのです。このことを言い換えると、「前頭葉」の三本柱の機能の発揮度が何らかの原因で異常な機能レベルに衰えると(「アルツハイマー型認知症」の場合は、廃用性の加速度的で異常な機能低下)、「前頭葉」の個別認知機能の発揮度自体も極めて低い、異常な機能レベルのものになるということなのです。「前頭葉」の個別認知機能の発揮度は、「前頭葉」の三本柱の機能の発揮度に依存する機能構造となっていて並びにその上に、私達が「二段階方式」の手技を活用して集積した「脳機能データ」の解析結果が示しているように、以下に説明する「正常老化の性質」に起因した「加齢」に伴い発現してくる機能低下及びナイナイ尽くしの単調な「生活習慣」の継続に起因した廃用性の機能低下の影響を直接的に反映する機能構造になっているのです。

 その「脳機能データ」が示しているのは、「前頭葉」の個別認知機能の『機能の発揮度』を左右し、下支えする働きを有する「意欲」、「注意の集中力」及び「注意の分配力」の機能には、『脳の使い方としての「生活習慣」の如何に拘らず、「加齢」と共にその機能が衰えていく』という性質(私たちが「正常老化の性質」と名付けている性質)が、生来的に誰の脳機能にも内在しているということなのです。その「脳機能データ」によると、『「前頭葉」の三本柱の機能の働き具合は、「18歳から20歳代の前半のころ」がピークで、正常な機能レベルを維持しつつも、緩やかながらも直線的なカーブを描きつつ衰えていくのです。そして、「第二の人生」が始まる60歳代の半ばころには、正常な機能レベルを維持しつつも、ピーク時の半分くらいのレベルにまで機能が衰えてきていて、100歳代に向かって、正常な機能レベルを維持しつつも、直線的に緩やかに、更に衰えていくことになる』ということなのです。

そうした機能構造が存在するが故に、「第二の人生」を送っている60歳を超える年齢の「高齢者」である場合には、前述した「二つの機能低下」という条件が「同時に充足」された時、その「相乗効果」によって、「前頭葉」を含む脳全体の機能について、加速度的で異常な機能低下が進行して行くこととなり、その先に、「アルツハイマー型認知症」の発病、更には症状の重症化という問題が横たわっているということなのです。

更に加えて、「前頭葉」の三本柱の機能の内でも最も高度な機能である「注意の分配力」の機能の働きについて理解することが不可欠の条件となるのです。

お友達の家に招待されて、リビングと寝室とトイレの位置関係を理解し、正しく「記憶」するにも、世間話や自慢話に花を咲かせながら、楽しくておいしい夕食時間を満喫するにも、食後のカラオケの時間に自慢ののどを披露してお友達を楽しませるにも、「注意の分配力」の機能が正常な機能レベルで働いてくれることが不可欠の条件となるのです。

□ 着ている服を脱ぎたがらず、便で汚れた下着をそのまま平気で着ている;

□ 風呂に入るのを嫌がる;

□ 服を正しく着られず、ズボンを頭からかぶったり上着に足を通したりする:

等と言った「アルツハイマー型認知症」の症状、私たちの区分で言う「大ボケ」の段階に特有な症状は、アミロイドベータの蓄積が原因で発現している訳のものではなくて、或いはタウ蛋白の蓄積が原因で発現している訳のものではなくて、「前頭葉」を含む脳全体の機能が廃用性の加速度的で異常な機能低下を進行させてきたそのことが直接の原因で発現してきているだけのものなのです(言葉の上では同じ「失語、失行又は失認」の症状と言っても、器質的な病変に起因して発現してくるものと廃用性の機能低下に起因して発現してくるものとは、全く別の病気を体現した症状であるにもかかわらず、専門家とされる人達は、両者を精緻なレベルで鑑別する「手技」を持たないがために、両者を混同しているか、或いは、二種類のものが存在することさえも知らないでいるのです)。

の脳にも生来的な性質として宿る「正常老化の性質」が加齢により進行してきたことに加えて、ナイナイ尽くしの単調な「生活習慣」が継続されている状況下で、廃用性の機能低下が加重されたことにより、加速度的で異常な機能低下が進行した結果としてそうした症状が発現してきているだけのことなのです。その結果、自分が置かれている状況の理解も判断もつかなくて、何をどのようにしたらいいのかの実行と手順の組み立てが出来なくなっているだけのことなのです。「アルツハイマー型認知症」の様々な症状は、ナイナイ尽くしの「単調な生活」の継続に起因して進行した「前頭葉」を含む脳全体の廃用性の加速度的で異常な機能低下が直接の原因で発現してきているという単純なものであるにもかかわらず、何らかの器質的な病変が原因となって発現してきているに違いないとの専門家達の過度の思い込みが、逆に、迷路へと迷い込ませているのです。何時になったら、この単純な図式こそが「アルツハイマー型認知症」を発病させている真の犯人(本命)であることに気づいてくれるのでしょうか。こうした専門家達の狭い視野からくる研究態度は、諺に言う、「木を見て森を見ず」の典型的なケースだと言っても過言ではないでしょう。

私たちは、住民参加型の「地域予防活動」の実践により、極めて多数の市町村で、極めて多数の症例により、「アルツハイマー型認知症」の早期発見による回復というテーマを実証してきているというのに、権威が足りないというだけの理由で専門家たちの目にも止まらない状態に在って、アセチルコリン説とかアミロイドベータ説とか、タウ蛋白説とか言った権威だけはあるものの内容がない(内容に重大な誤りがある仮説とかやらに、世間は振り回されているだけなのです。その上、最近テレビなどでよく取り上げられる「脳の活性化」というテーマについても、回想法とか、デュアルタスクとかいう言葉が持ち出されて説明されているのですが、脳の機能と言う視点も知識もない人達がいかにも物知り顔に語るのは、見てはいられないほど滑稽な所業なのです。上述したように、脳の活性化とは「前頭葉」が活性化することであり、言い換えると、「前頭葉」の三本柱の機能が活性化することであり、就中、「注意の分配力」の機能が活性化し、その機能レベルが向上することを言うべきなのです。「意欲」と「注意の集中力」の機能だけでは、ほとんど何もできないことに気づくべきなのです。「注意の分配力の機能こそが、私たち人間だけが獲得した特別に高度な脳機能なのです。アー、哀しいかな。この程度のことに、言い換えると、「アルツハイマー型認知症」の発病及び症状の重症化のメカニズム(機序)、発病を予防する方法及び症状を治す方法について、私たちが知識として獲得し、住民参加型の「地域予防活動」の実践により証明してきたレベルのものを、何故に、世界中の認知症の専門家とされる人達が未だに気づかない儘で居るのか。東大、京大、理化学研究所と言えば、我が国でも抜きんでたレベルの研究者達が溢れかえる程いて、日夜研究に邁進しているはずなのに、未だに仮説でしかない、アミロイドベータ説にしがみついているのが理解不能なのです。既に発病している患者の数及び今後の発病者数の増加の見込みなどから、世界的な規模での発病が懸念されていて、極めて重要な認知症である「アルツハイマー型認知症」の発病及び症状重症化の原因が、私たちが主張している「機能の低下」、就中、「廃用性の機能低下」であるなどと言うのは素人の発想であって、器質的な病変こそプロの追い求めるものなのだと言わんばかりの研究態度なのです。『自分達の研究方法は、根本的に間違っているのではいないか』と疑うことを何故にしないのでしょうか。私のブログは、2012年の3月に公開を始めて、今回で、182回目なのです。その全てが、「アルツハイマー型認知症」がらみの内容なのです。一度でもいいから、私のこのブログを研究室で取り上げて、議論してみていただきたいのです。何時でも、公開討論に応じるつもりなのです。世の為、人の為になることですから。待っています!!

(追記)

「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症の本質は、廃用症候群に属する単なる「生活習慣病」であって、「前頭葉」を活性化させる生活習慣の構築と実践によって、発病自体を「予防」することが出来るし、本当の意味での早期の段階(私たちの区分で言う「小ボケ」及び「中ボケ」の段階)で見つけて、「前頭葉」を含む脳全体の出番が多い生活習慣の工夫と「脳のリハビリ」を実践することにより「治す」ことも出来るのです。「第二の人生」を送っておられるお年寄りの皆さん、「アルツハイマー型認知症」とは無縁で第二の人生を完走する上で不可欠の条件、脳を活性化させる「生活習慣」を構築し実践するには、言い換えると、「前頭葉」を活性化させるには、「意欲」、「注意の集中力」及び「注意の分配力」の機能をしっかりと使うことになる、自分なりに生き甲斐や喜びや楽しみが得られる「テーマ」を見つけて、日々の生活に取り入れて、生活習慣化することが不可欠となることを忘れないでいただきたいのです「アルツハイマー型認知症」というタイプの認知症は、「第二の人生」での生き方(脳の使い方としての「生活習慣」)が問われることになる病気なのです。『人の輪の中に入って行って、出来るだけ多くの人と交わり、プライバシ-自体は尊重しつつも、お互いに支えあい、助け合って、出来るだけ密な人間関係を構築して生きてゆく』、これこそが、健全な「超高齢化社会」を維持していく上で、必要不可欠の「価値規範/行動規範」となるのです。趣味や遊びや人付き合いや運動、或いは地域興し等で活発に活動し、活躍しながら、「第二の人生」を自分なりに楽しんで生きている貴方からは、「アルツハイマー型認知症」の発病という事態がどんどん遠ざかっていくことを保証します。(猶、「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムについては、ここを「クリック」してください)。

世界的に権威があるとされる米国精神医学会の診断規定である『DSM-4』の規定内容の重大な誤りが見過ごされているがために、末期の段階、私たちの区分で言う「大ボケ」の更に後半にならないと発現を確認することが出来ない極めて重度の症状である失語や失認や失行の症状が発現するまで待って初めて「アルツハイマー型認知症」の発病であるとの誤った診断がまかり通っているが為に、『「アルツハイマー型認知症」は、治すことが出来ない』との誤解が世界中の認知症の専門家達の共通の理解となってしまっているのです。そうした極めて重度の段階の症状が発現して何年間も過ごしてきたお年寄りの死後の「脳の解剖所見」に共通してみられる器質的な病変としての老人斑(アミロイドベータの蓄積によるもの)やら神経原線維変化(タウ蛋白の蓄積によるもの)が、「アルツハイマー型認知症」発病の原因であるとの誤解(言い換えると、老人斑や神経原線維変化が情報を伝達する役割を担っている神経細胞の細胞死を惹き起こすことにより、「DSM- 4]がその「第一要件」で確認を要求している「記憶障害」の症状が発現することが「アルツハイマー型認知症」の症状を発現させる源となっているとの重大な誤解)に権威が付与されてしまい、世界中にその「誤解」が広まってしまっているのです。権威がある機関や人達が主張しているからと言って、常に正しいとは限らないのです!!器質的な病変が原因ではなくて、機能の低下、就中、廃用性の機能低下が本態なのです。私たちが主張している発病の「第一の要件」(「正常老化の性質」に起因した「加齢」に基づく機能低下の進行)と「第二の要件」(「キッカケ」を契機としてナイナイ尽くしの単調な「生活習慣」が開始され継続されることに起因した廃用性の機能低下の進行が加重されること)とが「同時に充足される」条件下で、廃用性の加速度的で異常な機能低下が進行するその先に、「アルツハイマー型認知症」の発病及び症状の重症化が待っているということなのです。

 注)本著作物「Bー82」に記載され表現された内容に係る著作権は、(有)エイジングライフ研究所に帰属しています。

 エイジングライフ研究所のHP左の部分を「クリック」してください)

 脳機能から見た認知症(具体例をベースとしたもう一つのブログです)


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

意識の構築に不可欠の注意分配力の機能の特徴とその働き方(Bー57)

2016-04-01 | 前頭葉を含む脳機能の正常老化と異常老化

     

  意識して 行う世界 未知のまま

    何をどうする 脳の働き By  kinukototadao

(プロローグ)

私の一日は、お風呂に入ることから始まります。夜、就寝前に入るお風呂は、一日の汗を流す為のもの。私は、朝酒は嗜まないものの、朝風呂が大好きなのです。比較的ぬるめの温度にして、ゆったりと時間をかけて、入浴の時間を楽しむのが日課の始まりなのです。

お湯はと言えば、何を隠そう、温泉なのです。かの有名な熱川から引いてきていて、24時間何時でも、46度の熱い温泉が使えるのです。

お風呂の窓を開けると、上の庭の景色が目に入ってきます。窓の前には、大人が6人は十分に入れる、大理石造りの大きな温泉露天風呂があります。

露天風呂の石縁に沿って、淡い桃色をした可憐な花をつけたカイドウの木々が植えられて居り、すぐ向こうは、柑橘類の小さな林になっています。すだち、カボス、シークワーサー、花ゆず、キンカンなどが植えてあります。柑橘類の林の向こうは、ちょっとした空間になっていて、その中央に大型のピザ窯が据えられています。煉瓦を積んだ土台は、縦が120cm、横が90cm、高さが80cmの大きさで、その上にピザ窯が据え付けられています。ピザ窯の縦は100cm、横は70cm、高さはドーム状の頂上部までが90cmになっています。このピザ窯は、Tadがお友達と一緒に据え付けた100%の手作りなのです。ちゃんとした、T型の鉄製の煙突も、外方向に開く扉もついているのです。

ピザ窯の中は、二段に構成されており、上下は直径が1cm程もある太い鉄製の棒が数十本も並べられていて、下の段に真っ赤に燃えた火を積んで、その上に鉄製の網の棚を置き、下側から輻射熱だけでピザ生地を瞬時に焼くと言うやり方なのです。外はパリッと焼けていて、中は柔らかに生地が焼けるという仕上がりになる訳なのです。

とはいえ、燃えている木は1本もない発火状態になった炭を大量に積む方式なので、ピザ用のクヌギや楢の木が一度に何十本も必要になるので、お客さんの数が10人を超えるときしかピザ会は行われないのです。ピザ窯で焼いた手羽先と手製のピザを食べながら、シャンパンと白ワインをいただくのが、私たちの何時もの流儀なのです。

そのピザ窯を囲うようにして、右手の奥隅には、季節に紅色の花をつけるブーゲンビリアの木と山桃の巨木が並んで立って居り、その手前には、真っ盛りの新芽群が空に向かって伸びた状態の金木犀の巨木があります。眼を転じた左手奥には、現在は、シダを植え付けてある部分がTadにより丸刈り状態にされたままのカナリーヤシの巨木が2本あって、下の庭へ通じる石の階段の手前には、季節に紫色の花をつけるブーゲンビリアの巨木があります。こちらのブーゲンビリアの巨木は、下の庭のプールサイド側から、我が家の庭の写真を写す場合に決まってアングルに取り入れるものなのです。このブログ中の写真にしばしば登場してくる、あのブーゲンビリアの巨木なのです。それらの巨木の足元を飾っているのは、様々な種類と色のバラの木々なのです。どうですか、皆さん。上の庭の全体構成が大体想像していただけたでしょうか。

      

 

& 私たちの眼前に同時存在するのは、重層的な「意識」の世界

 お風呂に身を沈めて、ゆったりと朝の入浴を楽しみながら、この庭の景色をぼんやりと眺めているのです。その時、上の庭の全体像を私の目が捉えているのです。その全体像を一つの視野に入れた時、複数の様々な覚醒レベルでの「意識」と言うか、或いは意識とは二次元的な性質のものもではなくて、三次元むしろ四次元的な意識状態と言うべきものであり、その「意識度」(個々の意識の覚醒度)が異なる意識の世界が、複数存在していることに気づいていただきたいのです。「主題」となって意識されていない世界も、意識度は「主題」のそれよりは低いものの、別の意識の世界として、複数の意識の一つとして、存在しているのです。「主題」となる対象を右奥のブーゲンビリアの木から庭の中央に据え付けられているピザ窯に移したとき、主題こそ変わっても、同じように視野の中に捉えられている「意識度」が主題よりも低い複数の意識の世界が、そこには、存在しているのです。私たちの意識の世界は、基本的には、このような「複数の意識の世界」の同時存在と言う形で構成されているのです。それを可能にしている脳機能が、今日のテーマである、「注意の分配力」の機能と言うことなのです。思考することであれ、言動であれ、或いは行動であれ、意識的に行われるそれらの世界は、この「注意の分配力」の機能なしには存在しえないのです。私が語っている、こうした「意識」の世界とそれを可能にしている「注意の分配力」の機能の働きについては、日本はおろか、世界中の哲学者も心理学者も脳科学者も、誰一人として、問題提起したことは無い、世界初の話なのです。この先、脳全体の司令塔の役割を担いながら、専門家達による研究が遅れていて、未知の領域に近い、「前頭葉」(前頭前野のことを言うものとする。以下同じ)と言う機能の働きやそのメカニズムが明らかになるにつれて、今日の私の問題提起と説明が注目されることになるのです。私たちの意識的な世界と「前頭葉」の機能とは切っても切れない関係にあるのですから。

私がこのテーマを今日持ち出すのは、「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムを理解する(解明する)上で、早期診断による回復(治療)の方法を解明する上で、或いは発病自体を予防する方法を解明する上で、「前頭葉」の機能、意欲、注意の集中力及び注意の分配力の機能から構成される「前頭葉」の三本柱の機能(私たち独自の命名)、就中、「注意の分配力」の機能の理解が必要不可欠のものであるからなのです。

アミロイド・ベータを注入したアミロイド・マウスも、アミロイド・ベータを吸収させたアミロイド・米も、「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムの解明にも、とりわけ、「アルツハイマー型認知症」の治療薬/予防薬の開発にも無関係だということを指摘しておきたいのです。何故なら、それらの説(仮説)が主張の根拠にしている、アミロイド・ベータの沈着と「アルツハイマー型認知症」の発病との間には、何らの「因果関係」も存在しないからなのです。「アルツハイマー型認知症」の様々な症状は、「前頭葉」を含む脳全体の機能の器質的な変化が原因なのではなくて、機能的な変化、廃用性の加速度的で異常な機能低下が原因で発現してくるものだからなのです。この極めて重要な要素が見落とされているのです。解剖所見に基づく誤解が、「アルツハイマー型認知症」発病のメカニズムの解明の妨げとなり、逆に、その「誤解」に基づく研究方法への「拘泥」が迷路へと彷徨いこませているということを指摘しておきたいのです。廃用性の機能低下という視点も、研究者にとって価値あるテーマだと思うのですが。「研究者」、「専門家」というプライドが、邪魔をしてしまうとでも言うのでしょうか。

「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症は、廃用症候群に属する単なる「生活習慣病」(脳の使い方としての「生活習慣」に起因する病気)に過ぎないのであって、早期診断(私たちの区分で言う「小ボケ」及び「中ボケ」までの段階で発病に気付いて、「脳のリハビリ」を実践させること)により回復させることが出来るし(治すことが出来る)、発病自体を予防することが出来る(脳の使い方としての「生活習慣」の改善と工夫に基づく、「前頭葉」を含む脳全体を活性化させる生活の実践が不可欠の条件)病気なのです。世の中の権威のある人達や組織、学者や研究者や医師達は、「DSM-4」の規定に惑わされて、「アルツハイマー型認知症」の中核症状が「記憶の障害」(第一の要件として規定されている)であると誤解し、第二の要件が規定し確認を要求している失語、失認、又は失行と言った極めて重い症状(私たちが末期の段階として規定する「重度認知症」の段階でも、更にその後半の段階、30点が満点のMMSEの得点が一桁にならないと発現してくることが無い極めて重度の段階の症状)が発現してきていないと、「アルツハイマー型認知症」の発病とは考えないのです。余りにも遅い段階、極めて重度の症状の確認に基づく診断であるが故に、本当の意味での早期の段階、私たちの区分で言う「軽度認知症」(小ボケ)及び「中等度認知症」(中ボケ)の段階で見つけて、「脳のリハビリ」を施せば治すことが出来るタイプの認知症であるにもかかわらず、治すことが出来ない病気にされてしまっているのです。

     

脳の使い方としての「生活習慣」、ナイナイ尽くしの「単調な生活習慣」の継続こそが、「アルツハイマー型認知症」の発病及び症状進行(重症化の進行)の唯一の原因なのです。なお、ここで私たちが言う「単調な生活」の継続とは、生き甲斐なく、趣味なく、交遊なく、運動もせず、目標となるものもない、ナイナイ尽くしの「単調な生活」の継続のことであり、こうした「生活習慣」こそが、発病及び重症化の真犯人なのです。それ故に、廃用症候群に属する「生活習慣病」であるというその本質から(発病のメカニズム)、症状の進行を遅らせる効能を有する薬も、治療の効能を有する薬も、発病自体を予防する効能を有する薬も、未来永劫開発されることは有り得ないことなのだということを指摘し、強調しておきたいのです。脳の使い方としての「生活習慣」の改善と工夫こそが、発病を予防する唯一の方法となるのであり、「脳のリハビリ」こそが、症状の進行を防止し及び症状を改善させる唯一の方法となるのです。

アミロイドベータ説は世界的には否定された仮説であるにも拘らず、何故か、我が国だけ、アミロイド・マウスとか アミロイド・米とか、肝心の因果関係の立証が為されないままに、意味不明の材料とデータを基礎にして、意味不明の主張が有力視されていて(いずれの仮説も、我が国を代表する東西の国立大学の医学部が主張している)、税金と人材と時間とが無駄に使用されているのが現状なのです。

アミロイドベータの蓄積による老人斑の出現も、タウ蛋白の蓄積による神経原線維変化の出現も、共に、「アルツハイマー型認知症」の症状の発現の原因ではなくて、発病の結果としての単なる副産物に過ぎないのです。一番肝心である因果関係の立証がなされないままで居る単なる「仮説」であるにも拘らず、その両国立大学が我が国では権威があるがゆえに、有力な主張であるかのような誤解を世間に与えているのです。こんな意味もない仮説に、大事な税金を投入するなどもってのほかのことだと思うのです。

       

& 重層的な意識の存在と注意の分配機能との関係

○  意識的な行為の世界と「前頭葉」の個別認知機能によるその認知度及び機能の発揮度の仕組み

意識的に何かの「テーマ」を実行する場面では、自発性、観察、分析、考察、洞察、推理、想像、理解、興味、関心、発想、連想、企画、計画、創意、工夫、予見、予測、シミュレーション、比較、修正、具象化、抽象化、整理、機転、抑制、感動及び判断等、「前頭葉」の機能を構成している各種の高度な認知機能を正常に発揮する上で、一定レベル以上での「認知度」が確保されていることが不可欠となるのです。認知度が一定レベル以下だと、例示した「前頭葉」の各種個別の認知機能自体が必要なレベルで発揮されなくなるのです。そうした個別の認知機能によるその「認知度」の高さ或いは低さを左右しているのが、意欲、注意の集中力及び注意の分配力という「前頭葉の三本柱」の機能なのです(「認知度」と「発揮度」とがともに、「三本柱」の機能レベルと「リンク」している)。

「前頭葉」を中核の機能として、有機的な連携のもとに「左脳」や「右脳」や「運動の脳」も参加して、脳全体で何をどのように実行するのかを組み立てるには(自分が置かれているその状況を判断し、判断に沿って実行すべき「テーマ」をいくつか発想し、その中から1つを選択し、その実行内容及び実行の程度と態様とを組み立てるには)、先立って且つ常に、必要な機能レベルでの「意欲」の継続的な発揮が不可欠となるのです。自分が現在置かれている状況と環境の判断をベースとして、様々な状況の変化を予測して考慮しつつ、いく通りかのケース・シミュレーションを経た上で最終的な実行内容及び実行の程度と態様とを決定し、最終的に実行に移すには、「注意の集中力」と「注意の分配力」の機能の継続的な発揮が不可欠となるのです。

上述のように、私たちが「前頭葉」の三本柱の機能と名付けている「意欲」、「注意の集中力」及び「注意の分配力」の機能は、「三頭立ての馬車」の「御者」の役割、脳全体の司令塔の役割を担っている「前頭葉」の機能の構成要素である「個別の認知機能」によるその認知度及び機能の発揮度を左右し、下支えする働きを担っていて、個別の認知機能を十分に発揮するに際しての「二重構造」の関係(私たちのネーミング)が存在しているのです。 

世界中の脳科学者や認知症の専門家とされる人達の誰もが未だ気づいてはいないその「テーマ」である、「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムが解明され、脳全体の司令塔の役割を担っている「前頭葉」という脳機能の働き方のメカニズムにも注目が集まることにより、やがては、「重層的」な意識の同時存在とそれらの覚醒度という「テーマ」が、専門家達に注目される時代がやってくることになるのです。「前頭葉」の三本柱の機能が担う重要不可欠のものとして、覚醒度が異なる複数の「意識」が重層的に、且つ同時に存在する状況下での全体の及び/又は個別の「意識」の覚醒度を支配し、コントロールする機能を有しているという、脳の機能構造面からの問題を提起しておきたいと思うのです。

     

もちろんのこと、そのテーマには、「前頭葉」の三本柱の機能の一つであり、廃用性の機能低下という視点で言うと最初にその機能が衰えていくところの機能、「注意の分配力」の機能が直結しているということになるのですが。

「意識」が存在している世界と言っても、その「意識」の覚醒度が様々に異なる世界、対象となる特定の「主題」に絞り込まない限り基本的には常に複数の重層的な「意識」が構成されて存在しているという、私たち人間だけに特有の「意識」の世界に、脳科学者達が未だ気づいていないだけのことなのです。

或る特定の「主題」に「意識」を集中させて、一定レベルでの機能を発揮させるには、「意欲」と「注意の集中力」の機能の発揮が不可欠となり、複数の「主題」について「意識」を同時に分配させて、一定レベルでの機能を同時に発揮させるには、「意欲」と「注意の分配力」の機能の発揮が不可欠となるのです。但し、我が身が置かれている状況下での「主題」を選択し/特定の内容に意識を集中させる機能は、「前頭葉」の三本柱の機能ではなくて、別の機能である「状況を判断する機能」ではないかと私たちは考えているのです。「評価の物差し」が関与することによって/且つ同時に、「覚醒された意識」の世界が出現することになるのです。「前頭葉」と言う機能部位には、カメラのレンズの焦点を特定の主題に選択的に切り変えるかのような機能が備わっているのです。

ナイナイ尽くしの単調な生活の継続に起因する廃用性の加速度的で異常な機能低下を本質とする「アルツハイマー型認知症」の場合には、脳の機能に衰えていく明確な順番があり、「前頭葉」の三本柱の機能、就中最も高度な機能である「注意の分配力」の機能から異常なレベルに衰えていくのです。私たちの区分で言う「軽度認知症」(小ボケ)の段階では、上述したような意識の世界は、脳の機能面から説明すると、自分が置かれている状況の理解と判断も、テーマの発想も、テーマに沿った実行内容の企画や計画も、実行結果についてのシミュレーションも、最終的な判断も、「前頭葉」の三本柱の機能、就中、注意の分配力の機能の発揮が明確に不十分/不適切な状態になるまでに機能低下してきているということを基礎とした世界、「意識度」の世界にあることを知るのです。

      

&  アルツハイマー型認知症の段階的な症状の態様とその特徴

「軽度認知症」(小ボケ)の段階で発現する症状の特徴

□ 発想が乏しくなり、画一的な行動が目立つようになってきた

□ 何事をするにも億劫で、何かをやろうという意欲が見られない

□  同じ食材を買ってくることが多く、献立の単調さが目立つ

□ 一日や一週間の計画が立てられず、テーマを自分で思いつかない

□ 朝は遅くまで起きてこないのに、気がつくと昼間に居眠りしている

□ これまでなら感動していたことにも感動しなくなった

□ 問いかけに対する反応が遅く、生き生きした笑顔が見られない

□ 根気が続かず、中途半端な繰り返しや、やりかけの家事が目立つ

□ ぼんやりしていることが多く、何もしないが指示されるとできる

□ お化粧や髪の手入れや服装など、おしゃれに無関心になってくる

□ 自分に自信がなくて、何かにつけ人を頼ろうとするようになった

□ 歩くとき前屈みの姿勢になり、小股でトボトボと歩く

□ 目の光がどんよりしていて、顔つきが無表情になった

□ 思い込みや思い違いが多く、指摘しても訂正や変更ができない

□ 同じ内容を繰り返して話し、そのことに本人が気づかないでいる

上に挙げた症状はすべて、私たちが定義する「軽度認知症」(小ボケ)の段階に特有な「アルツハイマー型認知症」の症状なのです。

上記症状のうちの4つ以上に該当するお年寄りで、60歳を超える年齢の高齢者である場合、「二段階方式」による神経心理機能テストを実施すると、殆どの場合、次のことが必ず確認されることになるのです。

① 「前頭葉」の機能レベルが、異常なレベルに衰えてきていること。

②  左脳も右脳も運動の脳も全て未だ正常な機能レベルにあること。

③ 何かを「キッカケ」にして(典型的なケースの例示をすると、先の「東日本大震災」のような大きな災害の被災)、生き甲斐なく、趣味なく、交友なく、運動もせず、目標となるものもない、ナイナイ尽くしの「単調な生活」が日々繰り返され継続されていること

④ ナイナイ尽くしの「単調な生活」が始まるその「キッカケ」となった出来事の発生或いは生活状況の変化は、判定時から起算し半年から3年半前の範囲の期間内に起きていること。

       

&「軽度認知症」(小ボケ)の症状が発現するメカニズム

上記に列挙した本当の意味での初期症状、すなわち「アルツハイマー型認知症」の最初の段階の症状(「小ボケ」の症状)は、実は、「記憶の障害」とは関係がないのです。私たちが何かのテーマについて文章で考えを表現するとしましょう。どのようなテーマについて、どのような筋を展開し、どのような内容で表現内容を構成するか、或は、どのような言葉の表現方法を使用するか、全ては、「注意の分配力の機能」(異なった複数のテーマを同時に処理する機能)の適切なレベルでの働きなしには実行することが困難となるのです。

言葉を介して、何かのテーマについて、相手とコミュニケーションを適切に実行するにも、同様に、注意の分配力の機能が適切なレベルで働くことが不可欠となるのです。自分が置かれている現在の状況を理解して、其の上で、様々な対応の仕方(テーマの発想、実行内容の企画と計画、実行の程度と態様)をシミュレーションして、適切な選択を行い、最終的な実行内容を判断し決定しようにも、「注意の分配力」の機能が、廃用性の異常で加速度的な機能低下を進行させてきている「小ボケ」の機能レベルの下では、もはや期待困難なことなのです。この「小ボケ」の段階で、上述したあらゆる場面で、その人らしさは失われていることにも気付いてほしいのです。

アミロイド・ベータの蓄積による老人斑の沈着やらタウ蛋白の蓄積による神経原繊維変化などによる神経細胞の脱落や滅失とやらが原因となって、「記憶障害」の症状を発現させ、且つそのことが、先に列挙した「小ボケ」の症状を発現させているわけではないことを知るべきなのです。アミロイド・ベータ説にこだわる学者や研究者の皆さん、何時まで、アミロイド・ベータやタウ蛋白とやらに執着し続けるつもりなのですか。

「軽度認知症」(小ボケ)の段階では、左脳も右脳も運動の脳もすべてが正常な機能レベルにあるのに対して、「前頭葉」の機能だけが異常なレベルに衰えてきているといいました。異常なレベルに衰えているその機能とは、「注意の分配力」の機能を中核とした「前頭葉」の三本柱の機能のことなのです。「前頭葉」の三本柱の機能には、誰にでも確認される、生来的な性質としての「正常老化の性質」(私たちが発見した性質)が内包されているのです。日々の暮らしの中で、「前頭葉」の出番が十分に確保されている脳の使い方としての「生活習慣」を構築し、実行していても、「加齢」とともに衰えていくという性質があるのです。20歳の前半を折り返し点として、100歳に向かって、緩やかではあるが直線的に衰えていくという性質のことなのです。65歳ごろには、最盛期の20歳の前半のころの半分くらいに衰えてきているのです。従って、加齢と共に「正常老化の性質」という条件が進行してきた60歳を超える年齢の「高齢者」が(私たちが定義する、「アルツハイマー型認知症」発病の「第一の要件」)、何かを「キッカケ」にして、生き甲斐なく、趣味なく、交遊なく、運動もせず、目標となるものもない、ナイナイ尽くしの「単調な生活」を日々継続していると(私たちが定義する、「アルツハイマー型認知症」発病の「第二の要件」)、第一の要件と第二の要件とが同時に充足されることによるその相乗効果として、「前頭葉」の三本柱の機能が、加速度的で異常な機能低下を進行させていくことになる、その行き着く先に、「アルツハイマー型認知症」の発病が待っているという訳なのです。

     

その最初の段階が、「脳のリハビリ」により正常なレベルに回復させることが容易な段階であり(私たちの区分で言う、軽度認知症「小ボケ」の段階)、次いで、「脳のリハビリ」により回復させることが未だ可能な段階があり(私たちの区分で言う、中等度認知症「中ボケ」の段階)、最後に、回復させることがもはや困難となる段階(私たちの区分で言う、重度認知症「大ボケ」の段階)があるのです。認知症の専門家とされる人たちは、「小ボケ」の段階も、「中ボケ」の段階も見落としていて、末期の段階である「大ボケ」の段階で見つけているために、「アルツハイマー型認知症」は治すことができないタイプの認知症だと、誤解による確信を抱いているということなのです。

「アルツハイマー型認知症」の末期の段階の更に後半にならないと発現がみられない症状であり、後述する「DSM-4」が「第二の要件」として規定する「失語や失認や失行」といった症状の確認を要求している(私たちの脳機能データによると、MMSEの得点が一桁にまで低下して来ない限り、これらの症状は確認することができないのです)米国精神医学会の診断規定である「DSM-4」の規定は、「アルツハイマー型認知症」と診断するための「第一の要件」として「記憶の障害」による症状の確認を要求しているのですが、上述したように、「アルツハイマー型認知症」の中核をなす症状は、「記憶の障害」に起因する症状なのではなくて、「前頭葉」の機能障害に起因する症状なのです。その意味で、世界的に権威があるとされている「DSM-4」の規定自体が、「第一の要件」及び「第二の要件」の規定の内容の両者共に、重大な誤りであることをここで再度指摘しておきたいのです。

       

& 「前頭葉」という脳機能について学者や研究者や医師達は理解不足

 私たちは、様々な種類が数ある認知症全体の90%以上の割合を占めている、「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症に特化して、早期診断による回復と発病自体の予防を目的とした「地域予防活動」の実施を市町村の保健師さんを通じて、且つ地域のボランティア組織の協力を得ながら、小さな地域単位で展開して、市町村全体に拡大する活動を1995年以来北海道から九州までの地域にまたがる累計440を超える数の市町村で全国展開し、早期診断による「回復」及び発病の「予防」の両面で実践の成果を挙げてきているのです。

 ところが、世界中の専門家達の間では、「アルツハイマー型認知症」は治すことも予防することも出来ないタイプの認知症とされてきているのです。その根本的な原因は、認知症の専門家とされる人達が、脳全体の司令塔の役割を担い、私たち人間の意識的な世界を支配し、コントロールしている「前頭葉」と言う脳機能について無関心である上に、「意識」についても無知なことにあるのです。私たちのように、「二段階方式」と言う精緻な神経心理機能テストを活用して、生きた人間の「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルを測定し、同時にその脳機能レベルに厳密にリンクした「症状」と脳の使い方としての「生活習慣」と言う「生活歴」を詳細に調べ、正常なレベルから始めて、正常下限、「小ボケ」、「中ボケ」の前半、「中ボケ」の後半、「大ボケ」と言う風に段階を追って、順を追って判定し、鑑別して行けば、「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症は、脳の器質的な変化が原因で発病してくるのではなくて、機能的な変化、「前頭葉」を含む脳全体の廃用性の異常で加速度的な機能低下が原因で発病してくるという「発病のメカニズム」を容易に解明することが出来るのです。

アルツハイマー型認知症」の発病の原因を器質的な変化に求め、「前頭葉」を含む脳全体の機能的な変化(廃用性の加速度的で異常な機能低下)という視点に気づかない限り、脳の使い方としての「生活習慣」の改善と工夫/脳のリハビリという方法によって発病の予防も、早期診断による回復も可能である、廃用症候群に属する単なる「生活習慣病」であるにすぎない病気を、発病の原因も分からないし、発病を予防することも治すこともできない病気、マンモスに仕立て上げ、効きもしない薬を処方して血税を垂れ流し、(「前頭葉」を含む脳全体の廃用性の異常で加速度的な機能低下が症状の発現及び症状の進行の唯一の原因である、「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症の発病のメカニズムを考えるとき、開発することがそもそも不可能であると考えられる)「治療薬や予防薬」の開発という無意味なテーマに、血税を垂れ流し続けることになるのです。政治家の皆さん、官僚の皆さん、もっと大事で、緊急を要する税金の使い道は、有るのではないですか。

皆さんが絶大な信頼を寄せている医学会と言う世界は、実に摩訶不思議な世界なのです。主張内容の正しさ/深さよりも、主張者の権威の方が重視される世界なのです。「アルツハイマー型認知症」の診断規定である、米国精神医学会の診断規定「DSM-4」の「第一要件」及び「第二要件」の規定内容には、両者共に重大な誤りが有るにもかかわらず、我が国だけでなくて世界中を席巻しているのです。アミロイドベータというタンパク質の蓄積と「アルツハイマー型認知症」の発病との間には肝心の因果関係が存在していないにも拘らず、我が国では、著名な東西の両国立大学の医学部が主張している(因果関係の立証が未だに為されていない、単なる「仮説」)がために、我が国では有力視されていて、早期診断の方法の開発とか、治療薬/予防薬の開発とかの名目の実現の可能性が全く無いプロゼクトに、巨額の大事な血税が無駄に使われているのです。

あ~、嘆かわしや。

(総まとめ:分かり易く、ポイントだけをまとめてみました)

  認知症全体の90%以上の割合を占めていて、世界中の学者や研究者や医師達から、「発病の原因が分からないし、治すことが出来ないし、発病を予防する方法もわからない」とされている「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症は、廃用症候群に属する単なる「生活習慣病」に過ぎないのです。脳の使い方としての「生活習慣」の改善と工夫を実践することにより発病自体を予防することが出来るし、早期の段階で見つけて(私たちの区分で言う小ボケ及び中ボケの段階で見つけて)、脳の使い方としての生活習慣の改善(脳のリハビリ)を実践することにより治すことも出来るタイプの認知症なのです。末期の段階、私たちの区分で言う「重度認知症」(大ボケ)の段階で見つけているから治せないだけなのです。

 人は誰でも例外なく、意欲、注意の集中力及び注意の分配力の機能(私たちが「前頭葉」の三本柱の機能と名付けているもの)が、加齢とともに、衰えてくるものなのです。40を超える機能が確認される「前頭葉」の「個別認知機能」の認知度及び機能の発揮度を下支えし、支配している、「前頭葉」の「三本柱の機能」には、脳の使い方としての「生活習慣」の如何に拘わらず、20歳代の前半を折り返し点としてそれ以降は、加齢と共に緩やかではあるが機能が衰えていくという性質、私たちが「正常老化」の性質と名付けている性質が生来的な性質として内在しているのです。

脳全体の司令塔の役割を担っていて、私たちが意識的に何かをしようとする際になくてはならない働きをしている「前頭葉」を含む脳全体の機能が、生き甲斐なく、趣味なく、交遊なく、運動もせず、目標となるものもない「単調な生活」の継続、ナイナイ尽くしの単調な「生活習慣」の下で、使われる機会が極端に減ったことに起因した加速度的で異常な廃用性の機能低下の進行により【情報を伝達する神経細胞が、器質的な病態を発現してくること又は廃用性の萎縮を起こすことにより、「記憶機能」が低下することが発病の原因なのではなくて、1つの要因としては「正常老化の性質」に起因する加齢による機能の劣化がもう1つの要因としては使われる機会が極端に少ない生活習慣の下で神経細胞の再生が弱まってしまい、意欲、注意の集中力及び注意の分配力の機能からなる「前頭葉」の三本柱の機能を中心として、各種の認知機能自体が廃用性の機能低下を起こしてくることの2つの要因が同時に充足される相乗効果により、「前頭葉」を含む脳全体の加速度的で異常な機能の衰えが進むことが発病の原因であると私たちは考えているのです】、60歳を超える年齢の「高齢者」のみを対象として発病する老年性のアルツハイマー型認知症」は、症状が何年もかけて、徐々に段階的に緩やかに進んでいくのが特徴なのです。その最初の段階が、私たちの区分で言う「軽度認知症」(小ボケ)の段階なのです

60歳を超えた年齢の「高齢者」が(私たちが規定する発病の「第一の要件」)、何かを「キッカケ」として(ここを「クリック」してください)、生き甲斐なく、趣味なく、交遊なく、運動もせず、目標となるものもない、言い換えると、ナイナイ尽くしの「単調な生活」を日々継続させていると(私たちが規定する発病の「第二の要件」)、「第一の要件」と「第二の要件」とが同時に充足される相乗効果により、「前頭葉」を含む脳全体の機能が、廃用性の加速度的で異常な機能低下を進行させていくことになり、その行きつく先に、「アルツハイマー型認知症」の発病が待っているということ、このことが原因不明と言われている「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムなのです。一部の学者が主張し拘泥しているアミロイドベータの蓄積も、タウ蛋白の蓄積も、「アルツハイマー型認知症」の発病とも、症状の進行(重症化)とも無関係(主張する原因と発病との間の因果関係が存在しない)の関係なのです。

注)本著作物(Bー57に記載され表現された内容)に係る著作権は、 (有)エイジングライフ研究所に帰属しています。   

      エイジングライフ研究所のHP左の部分を「クリック」してください)

       脳機能から見た認知症(具体例をベースとしたもう一つのブログです)

     

    

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アルツハイマー型認知症の治療法は、脳のリハビリだけ(B-30)

2015-02-15 | 前頭葉を含む脳機能の正常老化と異常老化

  押さずとも 空気は動くと 人は言う 

 

            飲むだけで良い 魔法の薬 By  kinukototadao

       

 

&「アルツハイマー型認知症」の診断に関わる「DSM-4」の規定

世界中の認知症の研究者や医師達から、「アルツハイマー型認知症は、原因不明で治らないし、予防することも出来ない」病気とされているのです。原因不明とされていながら、(研究者達自身も原因不明と考えている一方で)世界中の研究者達(特に、製薬会社の研究者達)が、「治療薬」の開発に日夜しのぎを削ってもいるのです。

 それらの研究者達は、発病の原因がナイナイ尽くしの「単調な生活」の継続と言う脳の使い方としての「生活習慣」に起因するものだということに気づいていないのです。「前頭葉」(前頭前野を言うものとする。以下、同じ)を含む脳全体の機能レベルの加速度的で異常な「廃用性の機能低下」が症状を発現させている原因であることに気づかないで、「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルのアウトプットそれ自体が認知症の症状として発現していることにも気づかないで、「アルツハイマー型認知症」の「治療薬」を開発することが出来ると考えて居るのです。

「アルツハイマー型認知症」は、廃用症候群に属する単なる「生活習慣病」に過ぎないのです。発病の直接の要因は、第一に「加齢」(60歳を超える年齢の「高齢者」であること)であって、第二に脳の使い方としての「生活習慣」(生き甲斐なく、趣味なく、交遊なく、運動もせず、目標となるものもないというナイナイ尽くしの「単調な生活」が日々継続する生活)なのです。廃用性のものであるからこそ、「症状の進行が極めて緩やか」であり、且つ回復の可能性と言う視点で言う三段階に区分される「段階的な症状を示す」ことになるのです。後述する「小ボケ」の期間が3年間続いた後、「中ボケ」の期間が2年間続き、その後は「大ボケ」の期間が身体が持つ限り(「アルツハイマー型認知症」が原因で死ぬことはないので、何らかの他の病気が原因で死を迎えることになるまで)続くことになるのです(ここを「クリック」してください)。

 私たちが解明した「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズム(上記二つの要因が真の原因)から考えて、飲むだけで、或いは貼るだけで、「アルツハイマー型認知症」の症状の進行を遅らせる効能を有する薬、或いは治すことが出来る薬など未来永劫開発されることはあり得ないのです。「アルツハイマー型認知症」を発病させている直接の原因は、アミロイドベータでもタウ蛋白でも脳の委縮でもないのです。「東日本大震災」の被災地の高齢者たちの間で起きていること、その人達の脳に起きていることに学者も医師もマスコミも早く注目していただきたいのです。廃用性の加速度的で異常な脳機能の低下が進行しているからです。これこそが、「アルツハイマー型認知症」を発病させている真犯人だからです(ここを「クリック」してください)。

        

 わが国で最も有力な地位を占めている学説である(但し、「原因」と「結果」との間の「因果関係」の証明が未だに為されていない、単なる「仮説」に過ぎないのですが)「アミロイドベータ説」は、脳内で過剰に生産されて老人斑を形成するまでに蓄積したアミロイドベータが、脳内の情報を伝達するために不可欠である神経細胞を死滅させることが直接の原因となって、徐々に「記憶の障害」の症状を惹き起こしてくると言う理解に立っているのです(世界で最も権威があるとされる米国精神医学会の診断規定である『DSM-4』の規定でも、「アルツハイマー型認知症」診断の「第一の要件」とされている)。

そのため、「記憶の障害」を惹き起こさせないために、アミロイドベータの蓄積を排除し或いは蓄積量を抑制することが出来れば、「記憶の障害」の症状が出てこなくなる、言い換えると、(そうした効能を有する薬を開発することが出来れば)その薬こそが「アルツハイマー型認知症」の治療薬になるものと勘違いしていて、若い有為な研究者たちが、アミロイドベータの蓄積量を人為的に操作された「マウス」の行動に関するデータの収集に今日も追われているということなのです。

      

 

&「記憶の障害」を第一の要件と考えること自体が重大な勘違いなのです

彼らの共通の誤解はと言うと、「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症の第一の要件としての症状は「記憶の障害」の症状であると勘違いしていることなのです。基本的な、最も重要な要素を理解すべきところで、「重大な過ち」を犯しているのです。

私たちは、「二段階方式」と呼称する精緻な神経心理機能テストを開発し、生きた人間の「前頭葉」を含む脳の機能レベル及びその機能レベルを生じさせるに至った脳の使い方としての生活習慣(「生活歴」)並びにその機能レベルにリンクした症状に関する「脳機能データ」を収集し、解析する努力を積み重ねてきました。

14689例にも及ぶその「脳機能データ」によると、何らかの種類の認知症と疑われるその症状が「アルツハイマー型認知症」の症状であるためには、「前頭葉」の働き具合が異常なレベルにあることが必要不可欠の判定条件となることを示している、或いは要求しているのです。言い換えると、「前頭葉」の機能が正常なレベルにある限りは、程度のいかんを問わずどのような「記憶の障害」の症状が確認されようとも、それは、「アルツハイマー型認知症」の症状ではないということなのです。30歳代から50歳代の年齢の人達に発症例がみられる「側頭葉性健忘症」は、その代表例です。その人の「前頭葉」の働き具合を測定し判定することさえもしないで、重度の「記憶の障害」の症状さえ観測されると、そのことだけで、「アルツハイマー型認知症」と安易に診断されてしまっているのです(ここを「クリック」してください)。このような誤診による誤った症例紹介のテレビ番組を見ることが多いのです。

       

わが国で超一流とされる研究機関の研究者達までもが、なぜにそのような「基本的」な過ちを犯しているのか。世界で最も権威があるとされている米国精神医学会の診断規定である「DSM-4」が、「アルツハイマー型認知症」と診断するには、第一に「記憶の障害」が確認されること、第二に「失語、失行又は失認の症状」が確認されることと規定しているからなのです。

この規定が重大な誤りを犯していることに気づかないで、この規定の要件が正しいものと盲信しているからが故のことなのです。裏返して言うと、それほどにまで、「DSM-4」の規定に権威があるということでもある訳なのですが。その既定の内容を微塵も疑うこともなく、正しいものだと言う前提に立っているところに重大な落とし穴があるのです。

       


&「DSM-4」の規定の重大な誤り

「DSM-4」の規定の第一の要件と第二の要件とは、診断時に同時に確認されることが必要なのです。皆さんもご存知のように、私たちでさえと言うか、30歳代以降の年齢になると脳の機能レベル自体は正常な機能レベルに在ろうとも、「記憶の障害」の症状が発現してくるのです。所謂、物忘れの症状のことです。「記憶の障害」の実態については様々な程度と態様が確認されるのですが、「DSM-4」の規定に「記憶の障害」についての程度の規定がないので、第二の要件である「失語、失行、または失認の症状」が確認される人について同時に「記憶の障害」が確認されることが診断の手順とならざるを得ないのです。

 私たちは、「前頭葉」を含む脳全体の働き具合を精緻なレベルで判定することができる「二段階方式」と呼称する(脳全体の司令塔の役割を担っている「前頭葉」の働きのレベルとその下部機構である左脳及び右脳の働きのレベルとその相乗的及び総合的な働き具合のアウト・プットとしての症状を総合的に判定するという考え方からこのように命名している)神経心理機能テストを開発し、脳の機能レベル、その機能レベルにリンクしたアウトプットとしての直接の症状及びその機能レベルを構成する基礎となった「キッカケ」後の生活歴(脳の使い方としての視点から言う「生活習慣」)を詳細に聞き取り、世界でも例のない生きた人間の極めて多数にわたる精緻な「脳機能データ」を集積してきたのです。

       

 そうした「脳機能データ」の解析によると、失語、失行又は失認の症状が発現してくる人達の脳の機能レベルはと言うと、「前頭葉」の働き具合が極めて異常なレベルにあって且つ脳の後半領域の働き具合を判定するMMSの得点が(粗点ではなくて、私たちは一定の指標に基づく換算点を使用しています)一桁にまで落ちてきているのです。このような脳の機能レベルにある人達の「記憶の障害」の症状のレベルはと言うと、よく例示されるように、昨日の出来事は愚か「僅か数時間前に食事をとったこと」も覚えていない(食事をとったそのこと自体について、「前頭葉」の機能レベルが極めて低い状態にあるが故に、そのことを「記銘」すること自体が困難になっている結果として、「想起」できないのです。)と言うような極めて重度の「記憶の障害」の症状が確認されることになるのです。

       


& 「アルツハイマー型認知症」の正体

「アルツハイマー型認知症」は、廃用症候群に属する単なる「生活習慣病」に過ぎないのです(「発病のメカニズム」の詳細な説明については、ここを「クリック」してください)。「アルツハイマー型認知症」の症状は、もっと厳密な表現で言うと、三段階に区分される段階的な症状は(段階的な症状の例示については、ここを「クリック」してください)、「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルの単なる(直接の)アウト・プットに過ぎないのです。このことを、脳の機能面から説明すると、「失語、失行又は失認の症状」が確認される人達の「前頭葉」を含む脳の機能レベルは、極めて低いレベルにあって、自分が置かれている「状況の判断」ができないばかりか、何かを自分なりに楽しむ「テーマ」の発想やその内容を組み立てることが出来ない上に、言葉を介した「意思疎通」さえも出来ないのです。相手が話す内容を理解できないし、自分が思っていることを相手に伝えることも出来なくなっているのです。

(私たちが集積してきた極めて多数の「脳機能データ」から言うと)、「失語、失行又は失認の症状」が確認される人達は、脳全体の司令塔の役割を担っていて、意識的な世界を支配し、コントロールしている「前頭葉」が、ナイナイ尽くしの「単調な生活」の継続下で進行してきた「廃用性」の加速度的で異常な機能低下によって、殆ど機能しなくなっているのです。そのうえ、脳の後半領域の機能である「左脳及び右脳」の機能レベルはと言うとMMSの得点が一桁にまで衰えてきているのです(MMSの得点は、満点が30点で、14点以下からが「大ボケ」のレベル )。このレベルにまで脳の機能が衰えてくると、もはやその働きを正常なレベルに回復させることは困難(不可能)となるのです。「大ボケ」のレベルにまで症状が進んできたら「治せなくなる」のです。「前頭葉」を含む脳の機能レベルを正常なレベルに「回復させることができなくなる」ことを意味しているのです。

「小ボケ」の段階で見つけると、「脳のリハビリ」により回復させることが容易なのです。「中ボケ」の段階で見つけると、「脳のリハビリ」により回復させることが未だ可能なのです。「大ボケ」の段階で見つけていたのでは遅すぎる、回復させることが出来なくなるのです。「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症は、治らない病気ではないのです。一つには、見つけるのが遅すぎるから、治せないのです。もう一つには、せっかく「小ボケ」や「中ボケ」の段階で見つけても、「脳のリハビリ」を実行しないで、(発病のメカ二ズムからして)効くはずもない薬を飲ませているから、治らないのです。

       


&医療現場の実態と医師たちの社会的使命

「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症は、「本質的に治らない病気」なのではなくて、見つけている段階が遅すぎるだけなのだということを認知症の治療を専門としている医師達に指摘しておきたいのです。治すことができないレベルにまで脳の機能が衰えてきている段階で発現してくる症状(私たちの区分で言う、「大ボケ」の段階の症状)を手掛かりにして、「アルツハイマー型認知症」と診断していたのでは、せっかく見つけても手遅れ(見つけるのが遅すぎる)と言うことなのです。見つけている段階が遅すぎることになっている最大の原因は、「DSM-4」が規定している「第二の要件」の確認にある(その規定の重大な誤りに気づかないで、或いは疑うこともなく盲信していて)ことがお分かりいただけたでしょうか。

「DSM-4」の規定の重大な誤りが、本当の意味での早期の段階(私たちの区分で言う、「小ボケ」及び「中ボケ」の段階)で見つければ「脳のリハビリ」によって「前頭葉」を含む脳全体の機能を正常なレベルに回復させることができる(「アルツハイマー型認知症」を治すことができる)病気であるにも拘らず、治らない(治せない)病気にしてしまっているのです。

 医師達が、重大な誤りのある「DSM-4」の規定を疑うこともなく盲信していて、治すことが出来ない末期の段階でしか確認されることがない「失語や失行や失認」の症状を確認して初めて、「アルツハイマー型認知症」と診断しているのが、医療現場の実態なのです。他方で、(最近流行りの「軽度認知障害」《MCI》と言う極めて曖昧な判定基準であり、医療現場での恣意的な判定結果を誘発することになる考え方を含めて)、「記憶の障害」の症状さえ確認されると、「前頭葉」を含む脳の働き具合には目もくれずに、「アルツハイマー型認知症」と診断してもいるのです。遅すぎたり、早すぎたり、或いはズサンだったり、医師としての使命感やプライドはどこに行ってしまったのかと、驚きあきれるばかりなのです。

       

 

&「記憶の障害」を生じさせているメカニズムについての誤解

「記憶の障害」が第一の要因だとする「DSM-4」の規定を盲信し、「アミロイドベータ」の蓄積や「タウ蛋白」の蓄積や「脳の委縮」の進行が原因となって、「記憶の障害」の症状が発現し或いは症状が重くなっていくと考えているそれらの学説について、その理解自体が重大な誤りであることを(「空気ポンプ」の機能を例にとって)、分かり易く説明しておきたいのです。

 自転車のタイヤの中には柔らかいゴム製のチューブと言うものが入っていて、そこに空気が十分に充満されていることにより、心地よい走行が確保されるメカニズムになっています。「アルツハイマー型認知症」は、空気をチューブに運ぶ紐状のゴム管の部分(脳で言えば、情報を伝達する神経線維)に支障が起きてくることが、「DSM-4」が診断の第一の要件として規定している「記憶障害」の症状が発現する原因だというのが、アミロイドベータ説やタウ蛋白説、或いは脳の委縮説の考え方なのです。これらの説に共通しているのは、第一の要件に規定されている「記憶障害」に起因して「DSM-4」が診断の第二の要件として規定している「失語や失行や失認」などの症状が発現してくるという考え方なのです。

      

 私達は(ナイナイ尽くしの「単調な生活」の継続という生活習慣に起因する廃用性の加速度的で異常な脳機能低下説)、ゴム管の部分に支障があることが原因となって「記憶障害」を含む(記憶障害以外の認知症の症状があるという意味です)様々な種類、程度及び態様の認知症の症状が発現してくるのではなくて、ポンプを押して空気を押し出してやる部分(脳で言えば、情報を認知し、処理し、発信してやる「前頭葉」を含む脳全体の機能)に支障が起きてきて(「廃用性の加速度的で異常な機能低下」に起因したもの)、脳が正常に働かなくなったこと(正常なレベルで機能しなくなった)が「記憶障害」を含む様々な種類、程度及び態様の認知症の「症状」発現の直接の原因だと考えているのです(私達が集積してきたデータは、「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルのアウト・プットそれ自体が「アルツハイマー型認知症」の症状だということを示している)。

 従って、ゴム管をどのようにしてどんなに繕ってみたところで(アミロイドベータやタウ蛋白の排除、或いは神経細胞の修復)、そもそもポンプをキチンと押してやる作業を継続してやらない限り(「前頭葉」を含む脳の機能が正常なレベルで機能していない状態では)、空気は流れない(正常な機能レベルの下で処理された正常なレベルでの情報の認知も処理も発信もない)ので、「前頭葉」を含む脳の機能レベルに応じた認知症の症状(私たちが区分する「アルツハイマー型認知症」の「三段階の症状」)が発現してくると私達は考えているのです。

       

 

&「軽度認知症」(小ボケ)の症状と「老化現象」との違いとは

私たちが「意識的」に何かをしようとする場面では、「状況の判断」であれ、「テーマの発想」であれ、「実行内容の構成」であれ、実行結果の「ケースシミュレーション」であれ、「実行の決断」であれ、全ては、「前頭葉」の支配とコントロールのもとに行われていると言うことが極めて重要な視点なのです。

  「アルツハイマー型認知症」の最初の段階であり、私たちが定義する「軽度認知症」(小ボケ)の段階を脳の機能面から説明すると、この段階では、「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルを「二段階方式」と言う精緻な神経心理機能テストを活用して判定すれば、「左脳」も「右脳」も「運動の脳」も未だ正常な機能レベルにあることが確認できるのです。脳全体の司令塔の役割を担っている「前頭葉」の働きだけが異常な機能レベルにあることが分かるのです。

       

 「左脳」がらみのデジタル情報の処理であれ、「右脳」がらみのアナログ情報の処理であれ、「運動の脳」がらみの身体を動かす情報の処理であれ、全ては「前頭葉」の支配とコントロールのもとで実行されているのです。分かり易く言うと、「三頭建ての馬車」の御者の役割を担っているのが「前頭葉」の働きなのです。御者が居眠りを始めると三頭の馬は、どこへどのようにして行けばいいのかを判断できないので、馬車は道に迷ってしまうことになるでしょう。道を走ること自体は未だ出来るのだけど、単に走るだけのこととなってしまって、行くべき道をたどることも、行くべき目的地にちゃんとたどり着くことが出来なくなってしまうでしょう。

「前頭葉」の働き具合が異常なレベルに衰えてきていると(左脳、右脳、運動の脳のすべての働き具合が正常な機能レベルに在ろうとも)、「協働作業」による処理結果は、もはや「正常なものではなくて、異常なレベルのものになってしまう」、脳全体としての機能レベルのアウトプットは異常なレベルのものになってしまう、それが「アルツハイマー型認知症」の症状、「小ボケ」の症状なのです。本当の意味での早期の段階を見つけるには、記憶の障害ではなくて「ナイナイ尽くしの単調な生活の継続に起因する、前頭葉の廃用性で且つ異常な機能低下」を診断の第一の要件として[DSM-5]に規定すべきなのです。その場合、第二の要件として規定すべきなのは、失語や失行や失認の症状ではなくて、60歳を超える年齢の「高齢者」と言う要件なのです。

       

アミロイドベータの蓄積が確認されない状態に在っても、タウ蛋白の蓄積が確認されない状態に在っても、脳の委縮が確認されない状態に在っても、「前頭葉」の働き具合自体が異常なレベルに衰えてきていさえすれば、脳全体の働き具合のアウトプットは、もはや正常なものではありえなくなる、「認知症の症状」となって発現してくるのです。

60歳を超える年齢の「高齢者」(私たちが定義する発病の「第一の要件」)の「前頭葉」の働き具合自体が異常なレベルに衰えてきていて、その機能低下の原因がナイナイ尽くしの「単調な生活」の継続と言う生活習慣(私たちが定義する発病の「第二の要件」)に基づく廃用性の加速度的で異常な脳機能低下が原因となったものである時、その症状こそが、「老化現象」ではなくて「アルツハイマー型認知症」の症状そのものなのです。

       

「老化現象」とは、「前頭葉」を含む脳全体の働き具合が正常な機能レベルを保っているという条件下で発現してくるもの、「小ボケ」との対比で言えば、「前頭葉」の働き具合自体も未だ正常な機能レベルにある下での脳全体の機能レベルのアウトプットなのです。「前頭葉」の働き具合は正常な機能レベルにはあるものの(私たちが発見した生来的な性質である「正常老化」のカーブを描きつつも)、正常域の中で次第に異常域に近づいてきた段階で発現してくる脳全体の機能レベルのアウトプットとしての正常な症状なのです。

 「二段階方式」の手技を活用して、生きた人間の脳の働き具合、「前頭葉」を含む脳全体の働き具合とそれに直接リンクした症状について、極めて多数の症例に基づく「脳機能データ」を集積してきた私たちだからこそ、外観からの単なる憶測に頼るのではなくて、客観的なデータに基づいた分析ができるのです。

    

(コーヒー・ブレイク)

前回のブログ(B-29)の内容と今回のブログ(B-30)の内容とに、一部重複した内容/箇所があることに気づかれたでしょうか。それは、私の脳の老化のせいではないのです。極めて重要なテーマ/内容であるにもかかわらず、認知症の専門家とされる人達(学者、医師、製薬会社の研究者達)が全く気付いていないので、その人達に注意を喚起する目的で、意図的に記述してあるのです。

注)本著作物(このブログB-30に記載され表現された内容)に係る著作権は、(有)エイジングライフ研究所に帰属しています。

     エイジングライフ研究所のHPを「クリック」してください)

    脳機能からみた認知症(IEでないとうまく表示されません

     

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アルツハイマー型認知症の発病と脳の老化の問題(Bー25)

2014-12-01 | 前頭葉を含む脳機能の正常老化と異常老化

  目も見えず 何を根拠に 叫ぶのか 

          耳も聞こえぬ 人たちなのに      By kinukototadao

 

  

&1:「物忘れ」の症状と脳の働き方のメカニズム

お部屋でジャズ・ミュージックに浸っていた時、電話が鳴ったのです。

頼んでいたメガネができたということだったので、直ぐに、お店に取りに行くことにしたのです。車を車庫の外に出したとき、Tadが運転した時のままになっていたミラーの状態を私が運転し易いように調整したのです。バックミラーやら、サイドミラーやらの調整にしばらく手間取って、それでも、道幅がとても広いので、あわてることもなく、角度を、十分に調整してから出発したのです。

眼鏡を最終調整していただいて受け取って、何処へも寄らずにそのまま家に帰り着いて、車庫の前に来たら、ガレージの扉が上がったままになっているのです。大型の車を横に並べて、それでもゆったり入るぐらいのスペースがあるので、扉が上がったままの状態は、とても奇異に映るのです。「誰かさん、どうぞお入りください」と言っているような、変な雰囲気があふれているのでした。

 

これは、「前頭葉」(前頭前野のことを言うものとする。以下、同じ)を含む脳の機能レベル自体は正常なレベルで発現がみられる、「脳の老化現象」の一態様としての、「物忘れ」の症状なのです。「認知症」の症状ではありませんので、念の為。

道に車を止めて、ミラーをあれこれ調整するのに手間取って、注意がそのことだけに向けられていて、それだけで私の脳は一杯一杯になっていて、他のことには注意が向けられない状態になっていたということなのです。通常であれば、「注意の分配力」の機能が働いているので、ガレージの扉を閉めることにも注意が向けられていて、扉を下ろさないで車を発進させるようなことは起きないのです。前の夜、お友達のNickさんのお家で、深酒をした上に、酒に酔った勢いに任せて、夜遅くまで下手な「ど演歌」を歌いまくって、睡眠不足だったせいなのです。「前頭葉」は、深酒には、実はからきし弱いのです。

良い訳は置いといても、ああ、哀しいかな! 私の脳は、もう十分に老化してきているということの証明明でもあるのです。

実は、この出来事には、おまけがついたのです。眼鏡を調整していただいていた時、髪がばらついていたのに気づいて、家に帰ったら、お風呂を沸かして髪を洗おうと思ったのです。お風呂の栓を開いて、そのあとこのブログを書こうと思いついたのです。今日の出来事を引き合いに出して、「アルツハイマー型認知症」発病の第一の要件である「脳の正常老化」の問題をテーマにしようと思ったのです。

  そして、書き始めて、しばらくしたところで、アッと思ったのです。お風呂に湯を出していることを思い出したのです。慌てて行ってみたら、時すでに遅し、お湯があふれかえっていたのでした。

  ブログの「テーマ」とその内容の構成とに「注意が集中」していた間、それでなくても老化により容量自体が小さくなってきている、私の「前頭葉」の三本柱の機能の「注意の分配力」への配分が足りなくなっていたということなのです(「物忘れ」の症状が起きてくるメカニズムについての詳しい説明については、こここを「クリック」してださい)。

   

&2:人間だけに特有な「意識的」な世界と「前頭葉」の機能

〇 「前頭葉」の諸認知機能と機能発揮面での二重構造

左脳、右脳及び運動の脳を手足として支配管理しコントロールしている三頭立ての馬車の「御者」、脳全体の司令塔の役割を担っている「前頭葉」には、自分独自の「評価の物差し」に基づき行う自分が置かれている「状況の判断」、自らの意思により様々なことに取り組むための「自発性」、色々なテーマを思いつくための「発想」、実行しようとする内容を組み立てる上で必要な「理解」や「計画」や「工夫」、実行内容をシミュレーションする上で必要な「考察」や「分析」や「予見」、実行した場合の結果の推測に必要な「推理」や「想像」や「洞察」、予期しない状況に対応するための「機転」や「修正」、状況や実行内容の「判断」、感情の高ぶりを抑えるための「抑制」、実施を指令するための「指示」、その他、「創造」、「感動」といった機能等、私たち人間だけに備わる様々な働きが詰まっているのです。

こうした高度な脳機能は、チンパンジーやゴリラにさえも備わっていないのです。ましてや、「ラット」などに備わっているはずもないのです。ラットの行動を分析して、人間の「記憶」にかかわるメカニズム等を研究している人達がいますが、「本能」に基づくラットの行動と二種類のニューロンだけの活性化に基づくその記憶に比べ、「前頭葉」の指令に基づく人間の行動とその記憶は、異次元のものなのです。そうした、極めて単純な構造のラット(たとえ、それがアルツハイマー・マウスとかいう代物であろうとも)の行動範囲の記憶のデータを本にして組み立てていたのでは、「アルツハイマー型認知症」の発病後に発現してくる様々な程度及び態様から成る私達人間の記憶障害の症状の発現のメカニズムを解明することは出来ないのです。私達人間だけに特有な脳機能である「前頭葉」の機能は、そんな単純なものではないのです。「前頭葉」の三本柱の機能に潜む「正常老化」の性質、或いは、「前頭葉」の個別認知機能の発揮度を左右している三本柱の機能が関わる「二重構造」の問題等のメカニズムを知らない限り、「アルツハイマー型認知症」の本当の意味での早期の段階、「前頭葉」のこうしたメカニズムのことを知らない世の中の識者たちが命名している「不活発病」なるものの真相(性質)に迫ることさえできないのです(「不活発病」の問題点については、ここを「クリック」してください)。

  

 私が今住んでいる伊豆高原の別荘地は、伊豆半島の東海岸にあって、熱海と下田の中間あたりに位置していて、すぐそばを北上する暖流の影響を受けて、冬もとても暖かいのです。ゴルフ好きの人達には願ってもないこと、一年中ゴルフを楽しむことができる程なのです。このところ天気がぐずつく日々が続いていて、久しぶりに晴れ間を見ることができました。温度はやや低いものの、久方ぶりに味わう日和の良い今日のこの日に、「何処か」へ出かけて何かを体験し楽しむための「テーマ」を考えつけるのも、その楽しみを一緒に味わえる友達を選べるのも、テーマと季節に合った服装を選択できるのも、全ては、脳全体の司令塔の役割を担っている「前頭葉」が左脳や右脳や運動の脳をコントロールし、且つ協働して、「周りの状況を判断し、自分独自の/且つ自分なりの『評価の物差し』に基づいて、何をどのようにするかをケースワークした上で最終的な内容を決定し、且つ左脳や右脳や運動の脳に必要な指令を出して、実行させている」からなのです(「評価の物差し」の形成についての詳しい説明については、ここを「クリック」してください)。

  

 これが、「意識的な行為」における「脳の働き方」のメカニズムの概要なのです。言い換えれば、運動の脳、左脳、右脳という「三頭立ての馬車」をあやつりつつ、「テーマ」とされたその目的に沿った内容の実行を指示し、コントロールする「御者」の役割をしているのが「前頭葉」なのです。手足となって働く「三頭の馬」を十分に働かせられるのも、不十分にしか働かせられないのも、「前頭葉」の働き方次第ということなのです。ところで、「御者」が「馬」をあやつれなくなったら、どうなりますか?たちどころに、馬はどこへ行ったらいいのか分からなくなってしまうでしょう。脳全体の司令塔である「前頭葉」の働き具合(「前頭葉」の機能レベル)が正常なレベルから離脱して異常なレベルに衰えてきたとき、その直接の結果として、「アルツハイマー型認知症」の症状が発現してくるのです。私達が区分し命名するその最初の段階である「軽度認知症」(小ボケ)の段階では、米国精神医学会が定める「アルツハイマー型認知症」の診断基準としての「DSM-4」が第二の要件として規定している、「失語や失行や失認」の症状はその欠片さえも確認されないのです。

更に言うと、第一の要件として規定している「記憶の障害」の症状さえも未だこの段階では確認されないのです。私たち人間の意識的な世界を支配しコントロールしていて、脳全体の司令塔の約割を担っている「前頭葉」の個別認知機能並びに「前頭葉」の個別認知機能の発揮度を左右している「意欲、注意の集中力及び注意の分配力」の機能(私達は、これを「前頭葉」の三本柱の機能と呼んでいます)について、「アルツハイマー型認知症」の専門家とされる人達が余りにも無知無関心であることが、「DSM4」の規定にみられるような重大な過ちを犯させることにつながっているのです。

極めて重要なことなので、再度繰り返して指摘しますが、「前頭葉」の個別認知機能の発揮度に関わる「二重構造」の問題や「前頭葉」の三本柱の機能の重要性と言ったテーマに気づかない限り、何時までラットを追い掛け回していても、或いは、アミロイド・ベータの脳内での蓄積量の変化を精緻に追跡できる機器を開発して、それらのデータを蓄積してみたところで、「アルツハイマー型認知症」発病のメカニズムを解明することも、回復させることが容易或いは未だ可能な本当の意味での「アルツハイマー型認知症」の初期症状との関係について知ることも、期待することは出来ない相談なのです。

  

&3:「アルツハイマー型認知症」発病の対象は、高齢者だけ

〇「前頭葉」の三本柱の機能に潜む正常老化の性質

脳全体の「司令塔の役割」を担っていて、自分の置かれている状況を「判断」したり、実行する「テーマ」を思いついたり、実行する「計画」を立てたり、実行の内容や仕方を「工夫」したり、実行結果の「シミュレーション」をしたり、状況の変化に対応して「機転」を利かせたり、各種の高度な働きを内包している「前頭葉」の機能、中でも、その個別認知機能を正常に発揮する上でとりわけ重要な「認知度」を左右する三本柱の、「意欲」、「注意の集中力」及び「注意の分配力」の働きには、「生活習慣」の如何にかかわらず「加齢と共に老化し衰えていく」という重要なしかし専門家からは見過ごされている性質があるということを、ここで問題提起しておきたいと思います(「正常老化」の性質)。

この「三本柱」の機能の「働き具合」(機能レベル)は、18歳から20歳代半ばまでがピークで、20歳代半ばを過ぎるころから100歳に向かって、緩やかではあるけれど、一直線に衰えていくのです。 「アルツハイマー型認知症」を発病する人の割合が急に多くなってくる60歳代後半にもなると、前頭葉の働き具合は、ピーク時の18歳から20歳代半ばの頃に比べて、「働き」が半分以下に衰えてきているのです。70歳代、80歳代、90歳代、100歳代と、年をとればとるほど、前頭葉の働きがさらに衰えていって、正常なレベルを保ちつつもどんどん低空飛行になっていくのです。

  

認知症の大多数90%以上を占めていて、皆さんが普段よく目にしていて、専門家からは「原因も分からないし治らないし予防することもできない」と言われている「アルツハイマー型認知症」の正体は、「加齢による脳の老化」という問題が基本にあるのです。「加齢による脳の老化」という問題が基本にあるから、「アルツハイマー型認知症」は、若者には関係なくて、「60歳代以降のお年寄りだけが対象になる」のです。

「アルツハイマー型認知症」発病の原因の(第一の要件)は、この「加齢による脳の老化」を充足することなのです。つまりは、アルツハイマー型認知症を発病する対象は、60歳代以降の「高齢者」であることなのです。その第一の要件を充足する年齢の「高齢者」が、「第二の要件」である、ナイナイ尽くしの「単調な生活」の継続(生き甲斐なく、趣味なく、交友なく、運動もせず、目標もない「単調な生活」のことを言います)という要件を充足するとき、「アルツハイマー型認知症」を発病することになるのです。30代や40代の若い人たちが、どんなにぐうたらな生活、ナイナイ尽くしの単調な生活を日々送っていたところで、「アルツハイマー型認知症」を発病することは絶対に起きてこないのです。第一の要件と第二の要件を充足すること、つまりその「相乗効果」によって、「アルツハイマー型認知症」が惹き起こされてくるのです。「アルツハイマー型認知症」の専門家とされる人達(医師や研究者や学者)は、このことに早く気付いて欲しいと願うのです。

  

「大ボケ」の段階で見つけて大騒ぎしても、もはや手遅れ

だからこそ私たちは、「東日本大震災の被災地の高齢者達」のことをとても心配しているのです。その人達の多くが、私たちが主張している「アルツハイマー型認知症」発病の第一の要件(60歳を超える年齢の「高齢者」であること)及び第二の要件(「キッカケ」を契機として、生き甲斐なく、趣味なく、交遊なく、運動もせず、目標となるものもない、ナイナイ尽くしの「単調な生活」の継続)を共に充足する生活を日々送っているとすれば、その人達は必ず「アルツハイマー型認知症」を発病することになるからです。被災から起算して半年から3年の期間は「軽度認知症」(小ボケ)の段階が続きます。

その後の、1~2年の期間は「中等度認知症」(中ボケ)の期間で、その後の期間が「重度認知症」(大ボケ)の期間となります。「小ボケ」と「中ボケ」の段階までは、脳を活性化させる「生活習慣」の改善による脳のリハビリにより回復させること(「前頭葉」を含む脳の機能を正常レベルに引き戻すこと)が未だ可能なのですが、「大ボケ」の段階にまで脳の機能が衰えてしまうと、回復させることは困難となり、身体が持つ限り脳の機能は衰え続ける(症状がひたすら重くなっていく)のです。但し、上述の期間は、通常のケースを想定した基準(通常のケースにおける、ナイナイ尽くしの単調な生活が始まる「キッカケ」の事例を集積して算出された基準)であって、「東日本大震災」のように意欲を喪失させることになる要素が余りにも多岐にわたり、且つその程度態様が重く深く複雑なので、この被災者達の場合には、上述した期間がより短くなるのではないかと考えているのです。

  

○ 脳活性化研究所の新設

私たちは、「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムの解明、回復させることが可能な本当の意味での早期の段階(私たちの区分で言う、「小ボケ」及び「中ボケ」の段階)の判定、「小ボケ」及び「中ボケ」の段階から正常なレベルに「前頭葉」を含む脳の機能を回復させるための脳リハビリの実行、更には、「アルツハイマー型認知症」の発病を予防するための脳の使い方としての生活習慣の確立等について、440を超える市町村での「二段階方式」の実践の成果にもとづいて、その概要をこのブログを通じて公開してきました。東日本大震災の発生後1年を経過した直後の2011年3月に開始したこのブログは、今回で延べ125回を数えるに至りました。

 今後は、市町村による「地域予防活動」が制度化される日に備えて、「アルツハイマー型認知症」の発病を予防するための唯一無二の方法であると私達が確信する、脳全体の司令塔の役割を担う「前頭葉」を含む「脳の使い方」と言う視点で言うところの「脳を活性化させる生活習慣」の構築を、個々の人達の生活環境、或いは生活状況等の要因も考慮しつつ、出来るだけパターン化して問題提起できるよう、「脳活性化研究所」を南箱根ダイヤランド別荘地内に新規に立ち上げ、伊豆高原を拠点とする「エイジングライフ研究所」の活動と並立させつつ、事業展開していくことにしました。

  活動の拠点を二か所に置くことによって(両者間は、車で、80分くらいの距離があります)、Tadも私自身も、自らの脳を更に活性化させたいと考えています。

2015年から、週の半分はここ(脳活性化研究所)が私達の活動拠点となります。

 私たち自身の脳の活性化も図りながら、「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズム、「アルツハイマー型認知症」の予防、早期の段階の判定と正常なレベルへの回復と言う「テーマ」についての私たちの主張並びに「前頭葉」を含む脳の機能レベルの精緻な判定、脳の機能レベルにリンクした症状の判定及び脳の機能レベルを低下させてきた直接の原因である「生活歴」の聞き取りと言う三位一体化された判定手法である「二段階方式」の手技が、「地域予防活動」と言うこれまでにない新機軸の発想に基づく「地域住民」と市町村の保健師さん達を主体とした自主的な活動により、権威はあるが内容的には重大な誤りを抱えた「アルツハイマー型認知症」についてのこれまでの主張並びに考え方及び判定のための手技を根底から覆し、私たちの考え方及び主張並びに「二段階方式」の手技が、日本中だけでなく海外にも広まっていくよう、努力していきたいと考えています。2015年1月1日を、その「スタート」にしたいと考えています(ここを「クリック」してください)。

  

私たちが提案している「アルツハイマー型認知症」の予防及び早期発見による回復を目的とした地域予防活動は、市町村の保健師さんが中核となります。単に、歌って踊って遊ぶ教室ではなくて、「前頭葉」を含む脳の機能レベルを精緻に判定し、脳の機能レベルに直結した症状及びその症状を発現させるに至った脳の使い方としての生活習慣(「キッカケ」を契機として、ナイナイ尽くしの「単調な生活」を継続してきた「生活歴」)について、私たちが開発した「二段階方式」と言う神経心理機能テストを基礎とし体系化された手技を活用して、参加者たちの脳の機能レベルの判定及び生活習慣の評価と生活改善の指導が不可欠となるのです。その脳の使い方としての「生活習慣」の在り方を個別に指導する「生活の改善指導」を保健師さんが担うのです。

「東日本大震災」の被災地の「高齢者」達の間に密かに進行している「アルツハイマー型認知症」の発病及び症状の進行(大震災の発生から3年半しか経過していない現在は、私たちの区分で言う「小ボケ」及び「中ボケ」の前半の段階の人達ばかりなので、認知症の専門家とされている人達(学者や医師達)が、事の重大さに気づいていないのです。あと、1~2年が経過すると、末期の段階である「大ボケ」の段階に入った人達が、(専門家達が驚愕するほどの割合且つ多人数で)出てくることになるのです。日本中のどの地域と比較した場合にも、比較にならない桁外れの年齢別での発症の割合及び多人数となるので、私たちの主張が疫学的に証明されることになるのです。

    

ところが、このブログで何度も指摘してきているように、「アルツハイマー型認知症」の予防は、薬を処方することではなくて脳の使い方としての「生活習慣」の改善指導が処方箋となること並びに「前頭葉」を含む脳の機能レベルを正常なレベルに回復させることができるという本当の意味での早期の段階である「小ボケ」及び「中ボケ」の段階にある人達の判定は、「二段階方式」のような保険点数が極めて低くて稼ぎにならない「神経心理機能テスト」でしか正確な判定をすることができなくて、CTやMRIやPETと言った極めて高額の収益をあげられる機器では正確な判定をすることができないのです。おまけに、早期の段階で見つけて正常なレベルに回復させるために不可欠な方法は、「薬」を処方することではなくて、脳の使い方としての「生活習慣」の改善指導が、唯一無二の処方箋となるのです。効く薬はない(「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムからして、廃用性の加速度的な機能低下が直接の原因で異常なレベルに衰えた「脳の機能レベル」を正常なレベルに回復させる効能がある薬が開発されることは、未来永劫あり得ないのです)。そのため、「アルツハイマー型認知症」の予防にも本当の意味での早期段階の判定にも、必要な事業収益を上げることが命題とされている医師達は、関心を示さないのです(ここを「クリック」してください)。

そうした背景からしても、「アルツハイマー型認知症」の予防活動及び回復させることが可能な本当の意味での早期の段階(「小ボケ」及び「中ボケ」)の発見と脳リハビリによる回復の為の生活改善の指導も市町村の保健師さん達以外には担い手がいないのだということを、強く自覚して欲しいと願うのです。

      

○ 「アルツハイマー型認知症」の予防を国民的な「テーマ」に

  色々な種類がある認知症の内で、「アルツハイマー型認知症」の発病者数がその90%以上を占めているのです。原因不明で治らないと言われ続けてきた原因は、専門家とされる人達が回復させることが困難な「末期の段階」(私たちの区分で言う「大ボケ」の段階)でしか見つけることができないで来たことが原因なのです。私たちの区分で言う「大ボケ」の段階である「アルツハイマー型認知症」の末期の段階で何年間も生き続けた人達の死後の脳を解剖して得られる「解剖所見」で確認される3つの特徴のそれぞれが発病の直接の原因であると誤解して、「因果関係の立証」も行われないままに主張されてきたアミロイドベータ説、タウ蛋白説及び脳の委縮説が、廃用症候群に属する単なる「生活習慣病」でしかない「アルツハイマー型認知症」を摩訶不思議な病気に仕立てあげてしまっているだけなのです(ここを「クリック」してください)。

その結果我が国では、回復させることが困難な「大ボケ」の段階の人達が何百万人にも膨れ上がっていて、その介護のための費用が天文学的な規模に達してしまっているのです。消費税を更に2%引き上げたところで焼け石に水なのです。そんなことで、衆議院を解散するぐらいなら、「アルツ・ハイマー型認知症」の予防と早期段階の判定による回復と言う問題を、今こそ国民的なテーマとして、「地域予防活動」の制度化の是非について、全国民挙げて議論すべきなのです(ここを「クリック」してください)。

   

 注)本著作物(このブログB-25に記載され表現された内容)に係る著作権は、(有)エイジングライフ研究所に帰属しています。

エイジングライフ研究所のHPを「クリック」してください)

        脳機能からみた認知症(IEでないとうまく表示されません

   

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする