認知症の早期診断 介護並びに回復と予防のシステム

アルツハイマー型認知症は、廃用症候群に属する老化・廃用型の生活習慣病なので、発病を予防でき、早期治療により治せるのです

アルツハイマー型認知症の治療薬の開発は、夢物語(B-73)

2016-12-15 | 治療薬の開発は、不可...

&「アルツハイマー型認知症」の発病とアミロイドベータの蓄積とは無関係なのです

〇最新の新聞記事報道の内容

『イーライリリー社 アルツハイマー型認知症の治療薬の「第3相試験」で主要評価項目の達成ならず』(2016-11-24)との見出しで、米国の大手製薬メーカーが、「アルツハイマー型認知症」の治療薬の開発に失敗したとの報道がありました。大きな期待が寄せられていたが故に、同社の株価は同日大幅な下落をしたのでした。

同社は、記者発表の際に、軽度の「アルツハイマー型認知症」患者に対する治療薬候補のモノクローナル抗体solanezumab(ソラネズマブ)の第3相試験において、主要評価項目であった認知機能低下の抑制効果が示されなかった為に、製品化を断念し、規制当局への申請を見送ることにしたと発表したのでした。  同社は、「アルツハイマー型認知症」に対する新薬の開発で製薬業界をリードしてきたので、同様の新薬を開発してきた他社への影響も大きいとのことなのです。これまでにも、日本の製薬メーカートップの10倍以上の売り上げ高の規模を持つ欧米のトップ三大製薬メーカーの全てが、「アルツハイマー型認知症」の治療薬の開発に失敗しているのですが、今回のイーライリリー社も同様の運命をたどることとなったのです。失敗したというよりは、私たちがこれまでに指摘し、問題提起してきたように、『アミロイドベータの蓄積と発病との間の因果関係そのものが存在しないのだから(不可能なこととは、気づかないで居て)』、無駄な投資を続けてきただけのことなのです

アミロイドベータ説に依拠した開発であろうと、或いはタウ蛋白説に依拠した開発であろうと結果は同じことなのです。私たちがこのGooブログ上で何度も指摘し、問題提起してきているように、両者(仮説)ともに、「アルツハイマー型認知症」発病の原因なのではなくて、発病の結果に過ぎないからなのです。私たちが20年も前から主張してきているように、「アルツハイマー型認知症」の真の正体は、廃用症候群に属する単なる「生活習慣病」に過ぎないのです。私たちの意識的な世界を構築し、支配し、統括し、コントロールしているのは「前頭葉」(前頭前野を言うものとする。以下、同じ)という脳機能であって、様々な程度及び態様で発現してくる「アルツハイマー型認知症」の症状は、ナイナイ尽くしの単調な「生活習慣」が継続される状況下で、廃用性の加速度的で異常な機能低下を進行させてきた「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルのアウト・プットに過ぎないのです。「アルツハイマー型認知症」の症状は、「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルに厳密にリンクして発現してくるものであり、アミロイド・ベータの蓄積量とかタウ蛋白の蓄積量とかとは無関係の関係にあるのです。直接的な関係があるのは、「前頭葉」を含む脳全体の廃用性の機能低下とその結果としての機能レベルという問題なのです。コーヒーブレイクで詳説するように、その廃用性の機能低下は、一つには、60歳を超えた年齢の「高齢者」であること(生来的に脳機能に内在している加齢に伴う脳機能の「正常老化」と言う問題の存在)、そしてもう一つには、ナイナイ尽くしの単調な「生活習慣」の継続に起因した廃用性の機能低下という問題が直接の原因なのです。この二つの条件が同時に充足されるとき、言い換えると、60歳を超えた年齢の「高齢者」が、生き甲斐なく、趣味なく、交遊なく、運動もせず、目標となるものが何も無い「単調な生活」を日々繰り返していると、「前頭葉」を含む脳全体の機能が廃用性の加速度的で異常な機能低下を進行させることとなり、その先に「アルツハイマー型認知症」の発病が待っているということなのです。アミロイドベータの蓄積による老人斑の生成とかタウ蛋白の蓄積による神経原線維変化とか言う器質的な病変が「アルツハイマー型認知症」発病の原因ではないのであり、廃用性の機能低下こそが発病の真の原因なのです

 このことは、「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルとその機能レベルに厳密にリンクした症状について、高度に正常な機能レベル(矍鑠老人)、通常の正常な機能レベル(普通のお年寄り)、正常下限の機能レベル、異常な機能レベルではあるが軽い段階(小ボケ)、異常な機能レベルでやや重い段階(中ボケ)、異常な機能レベルで重い段階(大ボケ)、異常な機能レベルで極めて重い段階(失語や失認や失行等の症状が確認されるようになる「大ボケ」の後半の段階)という風に連続したものとして「脳機能データ」を集積し解析してみれば容易にわかることなのです。末期の段階の症状が発現しているお年寄りばかりを対象として追いかけ、おまけに、「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルについての客観的な指標さえも持たないで、「記憶障害」の症状を核とした外観的な症状ばかりに着目して研究していたのでは、何時まで経っても、「アルツハイマー型認知症」の本質、発病の仕組みや、治す仕組みや、発病自体を予防する方法の核心に迫ることは出来ないのです。「アルツハイマー型認知症」こそが、発病自体を「予防」することが出来るし、本当の意味での早期の段階で見つけると「治す」ことが出来るタイプの認知症であるにもかかわらず、認知症の専門家とされ世の中での権威が認められている人達が、『アルツハイマー型認知症は、発病の原因自体が分からないし、治すことが出来ないし、予防することが出来ない』と言って、誤った情報を世間に流し続けてきているのです。

世界で一番の「権威」があるとは言いながら、内容的には重大な誤りがある米国精神医学会の「アルツハイマー型認知症」の診断規定である「DSM-4」の規定内容を信じている限り、「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムを解明することは出来ないし、本質を理解することは出来ないことなのです。「アルツハイマー型認知症」の本質が、脳の使い方としての単なる「生活習慣病」であることは、二段階方式を活用して私たちが集積してきた14689例にも及ぶ精緻な「脳機能データ」と北海道から九州までに至る440を超える市町村で展開してきた住民参加型の「地域予防活動」の成果が証明しているのです。アルツハイマー病を含む他のすべてのタイプの認知症とは性質が根本的に異なり、様々な種類のそれらの認知症とは全く異なる視点である機能低下、就中廃用性の機能低下という視点が不可欠となるのです。「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症は、超高齢化社会におけるお年寄り自身の日々の脳の使い方としての「生活習慣」、生き方自体が問われる認知症なのです。

とはいえ、我が国を含めて世界中の「アルツハイマー型認知症」の研究者(学者、製薬会社の研究者、医師)達は皆、「前頭葉を」含む脳全体の機能の廃用性の機能低下という私たちの主張には目もくれないで、器質的な病変が発病の原因であると信じていて(これこそが重大な誤りなのですが)、アミロイド・ベータの蓄積が駄目なら(欧米を含む他国の製薬会社は、根拠とならないとしているのに、何故か我が国だけは、東大、京大、そしてあの理化学研究所が、未だに信じているのです)、今度はタウ蛋白の蓄積に目を向けることになり(これも誤りなのですが)、それも駄目なら又何らかの標的を見つけることになるのでしょう。

コーヒー・ブレイク

米国製薬会社大手のイーライ・リリー社は、アミロイド・ベータ説の考えを基礎とした治療薬の新薬の開発で業界をこれまでリードしてきました。 開発の基礎となっている考え方は、アミロイドカスケード仮説です。アミロイド・ベータというタンパク質が脳内に蓄積して老人斑を生成することにより、その毒性が、情報を伝達する役割を担っている神経細胞の細胞死を惹き起こすこととなり、そのことが原因となって「記憶障害」を引き起こす結果として、「アルツハイマー型認知症」の様々な症状が発現してくることになるという考え方に立脚しているのです。その仮説に立脚して、アミロイド・ベータの蓄積を阻害する薬を開発することにより、「アルツハイマー型認知症」の発病を食い止める/症状の進行を食い止める/症状を治すことが出来るはずとの」前提に立ったものなのです。脳内でアミロイドβタンパク質(Aβ)が凝集して老人斑(アミロイド斑)として沈着し、その結果情報を伝達する役割を担っている神経細胞の細胞死が惹き起こされることが原因で「アルツハイマー型認知症」が発病するとの前提(仮説)に立脚しているものなので、「アルツハイマー型認知症」の治療薬の開発は、アミロイドベータの除去を目的としたアミロイドベータの産生酵素であるβ-セクレターゼやγ-セクレターゼの産生を阻害する効能が期待される様々な阻害薬の開発が行われてきたという訳なのです(但し、主張されている考え方と発病との間の因果関係が未だに立証出来ていない「私たちからいうと、因果関係そのものが存在していない」、単なる「仮説」に過ぎないのです。両者の間に因果関係が存在するとの大前提に立っての開発なので、私たちが問題提起してきているように、両者の間に因果関係が存在しないがために、結局のところ、無駄な投資にしか終わらないということなのです)。

  

「アルツハイマー型認知症」を患って、何年間もかかって症状が進行していき、末期の段階である「大ボケ」の段階の更に後半の症状である失語や失認や失行等の極めて重度の症状が発現してきたお年寄りの死後の脳の解剖所見に共通して観察される老人斑(その他、神経原線維変化及び脳の萎縮)を基礎とした仮説にすぎないのです。更にこの「仮説」には、二つの重大な欠陥(誤り)が存在していることを指摘しておきたいのです。

一つ目、『「アミロイドベータの蓄積と記憶障害の症状の発現」又は「アミロイドベータの蓄積量と記憶障害の症状の程度」との関係、これらの間には、因果関係が存在していない』という問題なのです。私たちの「脳機能データ」の解析によると、「アルツハイマー型認知症」の症状の一つとして発現してくる「記憶障害」の症状が①発現してくる及びその症状が②重症化してくる上でのメカニズムは、アミロイド・ベータの蓄積とは無関係であって、私たちが「前頭葉」の三本柱の機能と名付けている意欲、注意の集中力及び注意の分配力の機能の機能低下(私たちが定義している発病の「第一の要件」である加齢に起因した「正常老化」の性質による機能低下と発病の「第二の要件」であるナイナイ尽くしの単調な生活の継続に起因した「廃用性の機能低下」による機能低下という二つの条件が同時に充足されることによる「相乗効果」によって惹起される廃用性の加速度的で異常な機能低下)こそが、その真犯人だからなのです(ここを「クリック」してください)。

そしてもう一つ別の要因、二つ目の問題点は、『アルツハイマー型認知症の様々な症状は、「記憶障害」の症状に起因して、発現してくるものではない』ということなのです。この問題点については、以下に引用する私のブログ記事(B-57)で詳しく論じていますので、お読みください。

イーアイリリー社は、今後も、「アルツハイマー型認知症」の治療薬の開発を続けるとの声明を発表していて、同業他社も同様の声明を発表しているのですが、それらは、株価の大幅な下落を意識しての空念仏にも似た声明に過ぎないのです。「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムからして、発病自体を予防したり、治したり、或いは、症状の進行を抑制したりする効能を有する薬の開発は有り得ないこと、未来永劫どのような視点での開発であれ不可能なこと、言い換えると、単なる夢物語というか「絵空事でしかありえない」ことだからなのです。

私たちの意識的な世界を構築し、支配し、コントロールしている「前頭葉」と言う脳機能の廃用性の機能低下という問題に目が向かないでいる限り、天文学的な金銭規模での無駄な開発投資が果てしなく続けられていくことになってしまうのです。我が国の製薬業界の研究者の皆さん、「アルツハイマー型認知症」の研究に従事している東大や京大や理化学研究所の研究者の皆さん、今こそ、虚心坦懐になって、『「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズム(原因)は、器質的な病変が原因なのではなくて廃用性の機能低下が原因なのだ』という私たちの主張、「脳機能データ」の解析結果としての問題提起に目を向けて頂きたいのです。

分かり易い具体的な症状を挙げて説明すると、末期の段階である「大ボケ」の段階にある「アルツハイマー型認知症」患者が、自分が排便した後に、トイレが汚れていても、その後始末が出来ないのは、後始末の仕方を忘れているからではないのです。我が身の行為が惹き起こした状況の理解が出来ない上に、その状況に対しての採るべき対策や対応の仕方についての発想や組み立てができないのです。「前頭葉」を含む脳全体の機能が必要なレベルで働いてくれないことが原因で、自分が置かれている状況の理解が出来ないし、何をどのようにすればいいのかを思い立たないし、分からないだけなのです。「前頭葉」を含む脳全体の廃用性の加速度的で異常な機能低下の進行により、脳が必要な機能レベルで働いてくれないことにより、対応することが出来ないだけのことなのです。自分が置かれているその状況に対して、意識的に何をどのようにしたら良いのかが組み立てられなくなっているのです。ナイナイ尽くしの「単調な生活」の継続に起因した、廃用性の加速度的で異常な機能低下の進行により、「前頭葉」を含む脳全体の機能がそこまで衰えてきてしまっていて、状況の理解と判断に応じた、対応すべき適切な実行内容を組み立てた上で、的確に実行するという作業が出来なくなっているという訳なのです。「アルツハイマー型認知症」の様々な症状は、「記憶の障害が原因で発現してきている訳ではないのです。皆さんは一番肝心なところで勘違いしているのです。

その原因は、米国精神医学会の診断規定である『DSM4-4』の規定内容にあるのです『DSM-4』の規定は、「アルツハイマー型認知症」と診断する上で、「記憶の障害の症状」(第一要件に規定)並びに「失語、失認又は失行の症状」(第二要件に規定)の発現の確認を要求しているからなのです。この規定が世界的に権威があるとされているが為に、皆さんはその規定を疑いもせずというか、その規定内容を大前提として主張されているアミロイドベータ説とかタウ蛋白説とか、或いは脳の萎縮説とかの仮説を基礎とした治療薬の開発を組み立てている訳なのですが、そもそも『「DSM-4」が規定する内容自体に重大な誤りが存在する』という点に気づいていないことこそが大問題なのです(欧米の巨大な規模の製薬メーカーが、アミロイド・ベータ説の考えに則った「アルツハイマー型認知症」の治療薬の開発に、相次いで失敗したことを反映する形で、これまではアミロイドベータ説の陰に隠れた少数説でしかなかったタウ蛋白説が急に脚光を浴びてきているのですが、タウタンパク説もアミロイドベータ説と同じく、タウ蛋白の蓄積による神経原線維変化が情報を伝達する役割を担っている神経細胞の神胞死を惹き起こすことが「記憶障害」の症状発現の原因との考えに立脚しているものなので、これまた同じ途を辿ることになるのです)。「DSMー4」の規定内容が正しいものとしての大前提に立って、「アミロイドベータ説やタウ蛋白説」に則った開発の条件及び内容を計画していたのでは、何時まで経っても、どれだけの規模の開発資金を投入しようとも、どれだけ優秀な人材を投入しようとも、未来永劫開発に成功することは有り得ないことなのです(ここを「クリック」してください)。もう一度警告しておきます。「アルツハイマー型認知症」は、廃用症候群に属する単なる生活習慣病(但し、脳の使い方としての「生活習慣病」)に過ぎないのです。「アルツハイマー型認知症」発病の真の原因は、生き甲斐なく、趣味なく、交遊なく、運動もせず、目標となるものもない単調な生活、ナイナイ尽くしの「単調な生活」の継続という脳の使い方としての「生活習慣」に起因した廃用性の加速度的で異常な機能低下ということなのです。学者や研究者の皆さんがこれまで拘泥し続けてきている『器質的な病変が発病の真犯人だとの思い込み』から解放されない限り、何時まで経っても、「アルツハイマー型認知症」の発病の仕組みを解明することは出来ない相談なのです。

                                                                 

以下に掲載する内容(&1~&6)は、私のブログ記事(B-57)からの「引用」です

&1 私たちの眼前に同時存在するのは、重層的な「意識」の世界

 お風呂に身を沈めて、ゆったりと朝の入浴を楽しみながら、この庭の景色をぼんやりと眺めているのです。その時、上の庭の全体像を私の目が捉えているのです。その全体像を一つの視野に入れた時、複数の様々な覚醒レベルでの「意識」と言うか、或いは意識とは二次元的な性質のものもではなくて、三次元むしろ四次元的な意識状態と言うべきものであり、その「意識度」(個々の意識の覚醒度)が異なる意識の世界が、複数存在していることに気づいていただきたいのです。「主題」となって意識されていない世界も、意識度は「主題」のそれよりは低いものの、別の意識の世界として、複数の意識の一つとして、存在しているのです。「主題」となる対象を右奥のブーゲンビリアの木から庭の中央に据え付けられているピザ窯に移したとき、主題こそ変わっても、同じように視野の中に捉えられている「意識度」が主題よりも低い複数の意識の世界が、そこには、存在しているのです。私たちの意識の世界は、基本的には、このような『意識度が異なる複数の意識の世界」の同時存在と言う形で構成されているのです。そのことを可能にしている脳機能が、今日のテーマであり、「前頭葉」の三本柱の機能と私たちが名付けている意欲、注意の集中力及び注意の分配力の機能、就中、「注意の分配力」の機能と言うことなのです。思考や言動であれ、或いは、行為や行動であれ、意識的に行われるそれらの世界は、この「注意の分配力」の機能なしには存在しえないのです。私が語っている、こうした「意識」の世界とそれを可能にしている「注意の分配力」の機能の働きについては、日本はおろか、世界中の心理学者も脳科学者も、誰一人として、問題提起したことは無い、世界初の話なのです。この先、脳全体の司令塔の役割を担いながら、専門家達による研究が遅れていて、未知の領域に近い、「前頭葉」(前頭前野のことを言うものとする。以下同じ)と言う機能の働きやそのメカニズムが明らかになるにつれて、今日の私の問題提起と説明が注目されることになるのです。私たちの意識的な世界と「前頭葉」の機能とは切っても切れない関係にあるのですから。

私がこのテーマを今日持ち出すのは、「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムを理解する(解明する)上で、早期診断による回復(治療)の方法を解明する上で、或いは発病自体を予防する方法を解明する上で、「前頭葉」の機能、意欲、注意の集中力及び注意の分配力の機能から構成される「前頭葉」の三本柱の機能(私たち独自の命名)、就中、「注意の分配力」の機能の理解が必要不可欠のものとなるからなのです。

 アミロイド・ベータを注入したアミロイド・マウスも、アミロイド・ベータを吸収させたアミロイド・米も、「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムの解明にも、とりわけ、「アルツハイマー型認知症」の治療薬/予防薬の開発にも無関係だということを指摘しておきたいのです。何故なら、それらの説(仮説)が主張の根拠にしている、アミロイド・ベータの沈着と「アルツハイマー型認知症」の発病との間には、何らの「因果関係」も存在しないからなのです。

「アルツハイマー型認知症」の様々な症状は、「前頭葉」を含む脳全体の機能の器質的な変化が原因なのではなくて、機能的な変化、廃用性の加速度的で異常な機能低下が原因で発現してくるものだからなのです。この極めて重要な要素が見落とされているのです。

解剖所見に基づく誤解が、「アルツハイマー型認知症」発病のメカニズムの解明の妨げとなり、逆に、その「誤解」に基づく研究方法への「拘泥」が迷路へと彷徨いこませているということを指摘しておきたいのです。廃用性の機能低下という視点も、研究者にとって価値あるテーマだと思うのですが。「研究者」、「専門家」というプライドが、邪魔をしてしまうとでも言うのでしょうか。

「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症は、廃用症候群に属する単なる「生活習慣病」(脳の使い方としての「生活習慣」に起因する病気)に過ぎないのであって、早期診断(私たちの区分で言う「小ボケ」及び「中ボケ」までの段階で発病に気付いて、「脳のリハビリ」を実践させること)により回復させることが出来るし(治すことが出来る)、発病自体を予防することが出来る(脳の使い方としての「生活習慣」の改善と工夫に基づく、「前頭葉」を含む脳全体を活性化させる生活の実践が不可欠の条件)病気なのです。世の中の権威のある人達や組織、学者や研究者や医師達は、「DSM-4」の規定に惑わされて、「アルツハイマー型認知症」の中核症状が「記憶の障害」(第一の要件として規定されている)であると誤解し、第二の要件が規定し確認を要求している失語、失認、又は失行と言った極めて重い症状(私たちが末期の段階として規定する「重度認知症」の段階でも、更にその後半の段階、30点が満点のMMSEの得点が一桁にならないと発現してくることが無い極めて重度の段階の症状)が発現してきていないと、「アルツハイマー型認知症」の発病とは考えないのです。余りにも遅い段階、極めて重度の症状の確認に基づく診断であるが故に、本当の意味での早期の段階、私たちの区分で言う「軽度認知症」(小ボケ)及び「中等度認知症」(中ボケ)の段階で見つけて、「脳のリハビリ」を施せば治すことが出来るタイプの認知症であるにもかかわらず、『治すことが出来ない病気』にされてしまっているのです。

脳の使い方としての「生活習慣」、ナイナイ尽くしの「単調な生活習慣」の継続こそが、「アルツハイマー型認知症」の発病及び症状進行(重症化の進行)の唯一の原因なのです。なお、ここで私たちが言う「単調な生活」の継続とは、生き甲斐なく、趣味なく、交遊なく、運動もせず、目標となるものもない、ナイナイ尽くしの「単調な生活」の継続のことであり、こうした「生活習慣」こそが、発病及び重症化の真犯人なのです。それ故に、廃用症候群に属する「生活習慣病」であるというその本質から(発病のメカニズム)、症状の進行を遅らせる効能を有する薬も、治療の効能を有する薬も、発病自体を予防する効能を有する薬も、未来永劫開発されることは有り得ないことなのだということを指摘し、強調しておきたいのです。脳の使い方としての「生活習慣」の改善と工夫こそが、発病を予防する唯一の方法となるのであり、「脳のリハビリ」こそが、症状の進行を防止し及び症状を改善させる唯一の方法となるのです。

アミロイドベータ説は世界的には否定された仮説であるにも拘らず、何故か、我が国だけ、アミロイド・マウスとか アミロイド・米とか、肝心の因果関係の立証が為されないままに、意味不明の材料とデータを基礎にして、意味不明の主張が有力視されていて(いずれの仮説も、我が国を代表する東西の国立大学の医学部が主張している)、税金と人材と時間とが無駄に使用されているのが現状なのです。

アミロイドベータの蓄積による老人斑の出現も、タウ蛋白の蓄積による神経原線維変化の出現も、共に、「アルツハイマー型認知症」の症状の発現の原因ではなくて、発病の結果としての単なる副産物に過ぎないのです。一番肝心である因果関係の立証がなされないままで居る単なる「仮説」であるにも拘らず、東大及び京大という両国立大学が我が国では権威があるがゆえに、有力な主張であるかのような誤解を世間に与えているのです。こんな意味もない仮説に、大事な税金を投入するなどもってのほかのことだと思うのです。それ程潤沢な資金があるのであれば、私たちが提唱じている住民参加型の「地域予防活動」の全国展開に振り向けた方が、よほど国民の為になると思うのです。大事な血税なのですから。

 

&2 重層的な意識の存在と注意の分配機能との関係

○  意識的な行為の世界と「前頭葉」の個別認知機能によるその認知度及び機能の発揮度の仕組み

意識的に何かの「テーマ」を実行する場面では、自発性、観察、分析、考察、洞察、推理、想像、理解、興味、関心、発想、連想、企画、計画、創意、工夫、予見、予測、シミュレーション、比較、修正、具象化、抽象化、整理、機転、抑制、感動及び判断等、「前頭葉」の機能を構成している各種の高度な認知機能を正常に発揮する上で、一定レベル以上での「認知度」が確保されていることが不可欠となるのです。認知度が一定レベル以下だと、例示した「前頭葉」の各種個別の認知機能自体が必要なレベルで発揮されなくなるのです。そうした個別の認知機能によるその「認知度」の高さ或いは低さを左右しているのが、意欲、注意の集中力及び注意の分配力という「前頭葉の三本柱」の機能なのです(「認知度」と「発揮度」とがともに、「三本柱」の機能レベルと「リンク」している)。

「前頭葉」を中核の機能として、有機的な連携のもとに「左脳」や「右脳」や「運動の脳」も参加して、脳全体で何をどのように実行するのかを組み立てるには(自分が置かれているその状況を判断し、判断に沿って実行すべき「テーマ」をいくつか発想し、その中から1つを選択し、その実行内容及び実行の程度と態様とを組み立てるには)、先立って且つ常に、必要な機能レベルでの「意欲」の継続的な発揮が不可欠となるのです。自分が現在置かれている状況と環境の判断をベースとして、様々な状況の変化を予測して考慮しつつ、いく通りかのケース・シミュレーションを経た上で最終的な実行内容及び実行の程度と態様とを決定し、最終的に実行に移すには、「注意の集中力」と「注意の分配力」の機能の継続的な発揮が不可欠となるのです。

上述のように、私たちが「前頭葉」の三本柱の機能と名付けている「意欲」、「注意の集中力」及び「注意の分配力」の機能は、「三頭立ての馬車」の「御者」の役割、脳全体の司令塔の役割を担っている「前頭葉」の機能の構成要素である「個別の認知機能」によるその認知度及び機能の発揮度を左右し、下支えする働きを担っていて、個別の認知機能を十分に発揮するに際しての「二重構造」の関係(私たちのネーミング)が存在しているのです。 

世界中の脳科学者や認知症の専門家とされる人達の誰もが未だ気づいてはいないその「テーマ」である、「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムが解明され、脳全体の司令塔の役割を担っている「前頭葉」という脳機能の働き方のメカニズムにも注目が集まることにより、やがては、「重層的」な意識の同時存在とそれらの覚醒度という「テーマ」が、専門家達に注目される時代がやってくることになるのです。「前頭葉」の三本柱の機能が担う重要不可欠のものとして、覚醒度が異なる複数の「意識」が重層的に、且つ同時に存在する状況下での全体の及び/又は個別の「意識」の覚醒度を支配し、コントロールする機能を有しているという、脳の機能構造面からの問題を提起しておきたいと思うのです。

   

もちろんのこと、そのテーマには、「前頭葉」の三本柱の機能の一つであり、廃用性の機能低下という視点で言うと最初にその機能が衰えていくところの機能、「注意の分配力」の機能が直結しているということになるのですが。

「意識」が存在している世界と言っても、その「意識」の覚醒度が様々に異なる世界、対象となる特定の「主題」に絞り込まない限り基本的には常に複数の重層的な「意識」が構成されて存在しているという、私たち人間だけに特有の「意識」の世界に、脳科学者達が未だ気づいていないだけのことなのです。

或る特定の「主題」に「意識」を集中させて、一定レベルでの機能を発揮させるには、「意欲」と「注意の集中力」の機能の発揮が不可欠となり、複数の「主題」について「意識」を同時に分配させて、一定レベルでの機能を同時に発揮させるには、「意欲」と「注意の分配力」の機能の発揮が不可欠となるのです。但し、我が身が置かれている状況下での「主題」を選択し/特定の内容に意識を集中させる機能は、「前頭葉」の三本柱の機能ではなくて、別の機能である「状況を判断する機能」ではないかと私たちは考えているのです。「評価の物差し」が関与することによって/且つ同時に、「覚醒された意識」の世界が出現することになるのです。「前頭葉」と言う機能部位には、カメラのレンズの焦点を特定の主題に選択的に切り変えるかのような機能が備わっているのです。

ナイナイ尽くしの単調な生活の継続に起因する廃用性の加速度的で異常な機能低下を本質とする「アルツハイマー型認知症」の場合には、脳の機能に衰えていく明確な順番があり、「前頭葉」の三本柱の機能、就中最も高度な機能である「注意の分配力」の機能から異常なレベルに衰えていくのです。私たちの区分で言う「軽度認知症」(小ボケ)の段階では、上述したような意識の世界は、脳の機能面から説明すると、自分が置かれている状況の理解と判断も、テーマの発想も、テーマに沿った実行内容の企画や計画も、実行結果についてのシミュレーションも、最終的な判断も、「前頭葉」の三本柱の機能、就中、注意の分配力の機能の発揮が明確に不十分/不適切な状態になるまでに機能低下してきているということを基礎とした世界、「意識度」の世界にあることを知るのです。

      

&3  アルツハイマー型認知症の段階的な症状の態様とその特徴

○「軽度認知症」(小ボケ)の段階で発現する症状の特徴

□ 発想が乏しくなり、画一的な行動が目立つようになってきた

□ 何事をするにも億劫で、何かをやろうという意欲が見られない

□  同じ食材を買ってくることが多く、献立の単調さが目立つ

□ 一日や一週間の計画が立てられず、テーマを自分で思いつかない

□ 朝は遅くまで起きてこないのに、気がつくと昼間に居眠りしている

□ これまでなら感動していたことにも感動しなくなった

□ 問いかけに対する反応が遅く、生き生きした笑顔が見られない

□ 根気が続かず、中途半端な繰り返しや、やりかけの家事が目立つ

□ ぼんやりしていることが多く、何もしないが指示されるとできる

□ お化粧や髪の手入れや服装など、おしゃれに無関心になってくる

□ 自分に自信がなくて、何かにつけ人を頼ろうとするようになった

□ 歩くとき前屈みの姿勢になり、小股でトボトボと歩く

□ 目の光がどんよりしていて、顔つきが無表情になった

□ 思い込みや思い違いが多く、指摘しても訂正や変更ができない

□ 同じ内容を繰り返して話し、そのことに本人が気づかないでいる

上に挙げた症状はすべて、私たちが定義する「軽度認知症」(小ボケ)の段階に特有な「アルツハイマー型認知症」の症状なのです。

上記症状のうちの4つ以上に該当するお年寄りで、60歳を超える年齢の高齢者である場合、「二段階方式」による神経心理機能テストを実施すると、殆どの場合、次のことが必ず確認されることになるのです。

① 「前頭葉」の機能レベルが、異常なレベルに衰えてきていること。

②  左脳も右脳も運動の脳も全て未だ正常な機能レベルにあること。

③ 何かを「キッカケ」にして(典型的なケースの例示をすると、先の「東日本大震災」のような大きな災害の被災)、生き甲斐なく、趣味なく、交友なく、運動もせず、目標となるものもない、ナイナイ尽くしの「単調な生活」が日々繰り返され継続されていること

④ ナイナイ尽くしの「単調な生活」が始まるその「キッカケ」となった出来事の発生或いは生活状況の変化は、判定時から起算し半年から3年半前の範囲の期間内に起きていること。

      

&4「軽度認知症」(小ボケ)の症状が発現するメカニズム

〇「アルツハイマー型認知症」の最初の段階の症状

上記に列挙した本当の意味での初期症状、すなわち「アルツハイマー型認知症」の最初の段階の症状(「小ボケ」の症状)は、実は、「記憶の障害」とは関係がないのです。私たちが何かのテーマについて文章で考えを表現するとしましょう。どのようなテーマについて、どのような筋を展開し、どのような内容で表現内容を構成するか、或は、どのような言葉の表現方法を使用するか、全ては、「注意の分配力の機能」(異なった複数のテーマを同時に処理する機能)の適切なレベルでの働きなしには実行することが困難となるのです。

言葉を介して、何かのテーマについて、相手とコミュニケーションを適切に実行するにも、同様に、注意の分配力の機能が適切なレベルで働くことが不可欠となるのです。自分が置かれている現在の状況を理解して、其の上で、様々な対応の仕方(テーマの発想、実行内容の企画と計画、実行の程度と態様)をシミュレーションして、適切な選択を行い、最終的な実行内容を判断し決定しようにも、「注意の分配力」の機能が、廃用性の異常で加速度的な機能低下を進行させてきている「小ボケ」の機能レベルの下では、もはや期待困難なことなのです。この「小ボケ」の段階で、上述したあらゆる場面で、その人らしさは失われていることにも気付いてほしいのです。

アミロイド・ベータの蓄積による老人斑の沈着やらタウ蛋白の蓄積による神経原繊維変化などによる神経細胞の脱落や滅失とやらが原因となって、「記憶障害」の症状を発現させ、且つそのことが、先に列挙した「小ボケ」の症状を発現させているわけではないことを知るべきなのです。アミロイド・ベータ説にこだわる学者や研究者の皆さん、何時まで、アミロイド・ベータやタウ蛋白とやらに執着し続けるつもりなのですか。

「軽度認知症」(小ボケ)の段階では、左脳も右脳も運動の脳もすべてが正常な機能レベルにあるのに対して、「前頭葉」の機能だけが異常なレベルに衰えてきているといいました。異常なレベルに衰えているその機能とは、「注意の分配力」の機能を中核とした「前頭葉」の三本柱の機能のことなのです。「前頭葉」の三本柱の機能には、誰にでも確認される、生来的な性質としての「正常老化の性質」(私たちが発見した性質)が内包されているのです。日々の暮らしの中で、「前頭葉」の出番が十分に確保されている脳の使い方としての「生活習慣」を構築し、実行していても、「加齢」とともに衰えていくという性質があるのです。20歳の前半を折り返し点として、100歳に向かって、緩やかではあるが直線的に衰えていくという性質のことなのです。65歳ごろには、最盛期の20歳の前半のころの半分くらいに衰えてきているのです。従って、加齢と共に「正常老化の性質」という条件が進行してきた60歳を超える年齢の「高齢者」が(私たちが定義する、「アルツハイマー型認知症」発病の「第一の要件」)、何かを「キッカケ」にして、生き甲斐なく、趣味なく、交遊なく、運動もせず、目標となるものもない、ナイナイ尽くしの「単調な生活」を日々継続していると(私たちが定義する、「アルツハイマー型認知症」発病の「第二の要件」)、第一の要件と第二の要件とが同時に充足されることによるその相乗効果として、「前頭葉」の三本柱の機能が、廃用性の加速度的で異常な機能低下を進行させていくことになる、その行き着く先に、「アルツハイマー型認知症」の発病が待っているという訳なのです。

その最初の段階が、「脳のリハビリ」により正常なレベルに回復させることが容易な段階であり(私たちの区分で言う、軽度認知症「小ボケ」の段階)、次いで、「脳のリハビリ」により回復させることが未だ可能な段階があり(私たちの区分で言う、中等度認知症「中ボケ」の段階)、最後に、回復させることがもはや困難となる段階(私たちの区分で言う、重度認知症「大ボケ」の段階)があるのです。認知症の専門家とされる人たちは、「小ボケ」の段階も、「中ボケ」の段階も見落としていて、末期の段階である「大ボケ」の段階で見つけているために、「アルツハイマー型認知症」は治すことができないタイプの認知症だと、誤解による確信を抱いているということなのです。

「アルツハイマー型認知症」の末期の段階の更に後半にならないと発現がみられない症状であり、後述する「DSM-4」が「第二の要件」として規定する「失語や失認や失行」といった症状の確認を要求している(私たちの脳機能データによると、MMSEの得点が一桁にまで低下して来ない限り、これらの症状は確認することができないのです)米国精神医学会の診断規定である「DSM-4」の規定は、「アルツハイマー型認知症」と診断するための「第一の要件」として「記憶の障害」による症状の確認を要求しているのですが、上述したように、「アルツハイマー型認知症」の中核をなす症状は、「記憶の障害」に起因する症状なのではなくて、「前頭葉」の機能障害に起因する症状なのです。「前頭葉」の廃用性の機能障害を中核とし、それに加えて、左脳、右脳及び運動の脳の廃用性の機能障害が起きてくる、脳全体としての機能レベルのアウト・プットそれ自体が、「アルツハイマー型認知症」の段階的な症状として発現してくるのです。

その意味で、世界的に権威があるとされている「DSM-4」の規定自体が、「第一の要件」及び「第二の要件」の規定の内容の両者共に、重大な誤りであることをここで再度指摘しておきたいのです。

     

&5「前頭葉」という脳機能について学者や研究者や医師達は理解不足

〇 私たちの意識的な世界は、「前頭葉」が構築し、支配し、コントロールし、統括しているものなのです

 私たちは、様々な種類が数ある認知症全体の90%以上の割合を占めている、「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症に特化して、早期診断による回復と発病自体の予防を目的とした「地域予防活動」の実施を市町村の保健師さんを通じて、且つ地域のボランティア組織の協力を得ながら、小さな地域単位で展開して、市町村全体に拡大する活動を1995年以来北海道から九州までの地域にまたがる累計440を超える数の市町村で全国展開し、早期診断による「回復」及び発病の「予防」の両面で実践の成果を挙げてきているのです。

 ところが、世界中の専門家達の間では、「アルツハイマー型認知症」は治すことも予防することも出来ないタイプの認知症とされてきているのです。その根本的な原因は、認知症の専門家とされる人達が、脳全体の司令塔の役割を担い、私たち人間の意識的な世界を構築し、支配し、統括している「前頭葉」と言う脳機能について無関心である上に、「意識」についても無知なことにあるのです。私たちのように、「二段階方式」と言う精緻な神経心理機能テストを活用して、生きた人間の「前頭葉」を含む脳全体の機能レベルを測定し、同時にその脳機能レベルに厳密にリンクした「症状」と脳の使い方としての「生活習慣」と言う「生活歴」を詳細に調べ、正常なレベルから始めて、正常下限、「小ボケ」、「中ボケ」の前半、「中ボケ」の後半、「大ボケ」と言う風に段階を追って、順を追って判定し、鑑別して行けば、「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症は、脳の器質的な変化が原因で発病してくるのではなくて、機能的な変化、「前頭葉」を含む脳全体の廃用性の異常で加速度的な機能低下が原因で発病してくるという「発病のメカニズム」を容易に解明することが出来るのです。

「アルツハイマー型認知症」の発病の原因を器質的な変化に求め、「前頭葉」を含む脳全体の機能的な変化(廃用性の加速度的で異常な機能低下)という視点に気づかない限り、脳の使い方としての「生活習慣」の改善と工夫/脳のリハビリという方法によって発病の予防も、早期診断による回復も可能である、廃用症候群に属する単なる「生活習慣病」であるにすぎない病気を、発病の原因も分からないし、発病を予防することも治すこともできない病気、マンモスに仕立て上げ、効きもしない薬を処方して血税を垂れ流し、(「前頭葉」を含む脳全体の廃用性の異常で加速度的な機能低下が症状の発現及び症状の進行の唯一の原因である、「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症の発病のメカニズムを考えるとき、開発することがそもそも不可能であると考えられる)「治療薬や予防薬」の開発という無意味なテーマに、血税を垂れ流し続けることになるのです。政治家の皆さん、官僚の皆さん、もっと大事で、緊急を要する税金の使い道は、有るのではないですか。

皆さんが絶大な信頼を寄せている医学会と言う世界は、実に摩訶不思議な世界なのです。主張内容の正しさ/深さよりも、主張者の権威の方が重視される世界なのです。「アルツハイマー型認知症」の診断規定である、米国精神医学会の診断規定「DSM-4」の「第一要件」及び「第二要件」の規定内容には、両者共に重大な誤りが有るにもかかわらず、我が国だけでなくて世界中を席巻しているのです。アミロイドベータというタンパク質の蓄積と「アルツハイマー型認知症」の発病との間には肝心の因果関係が存在していないにも拘らず、我が国では、著名な東西の両国立大学の医学部が主張している(因果関係の立証が未だに為されていない、単なる「仮説」)がために、我が国では有力視されていて、早期診断の方法の開発とか、治療薬/予防薬の開発とかの名目の実現の可能性が全く無いプロゼクトに、巨額の大事な血税が無駄に使われているのです。

&6「アルツハイマー型認知症」の治療薬の開発は、未来永劫不可能

認知症全体の90%以上の割合を占めていて、世界中の学者や研究者や医師達から、「発病の原因が分からないし、治すことが出来ないし、発病を予防する方法もわからない」とされている「アルツハイマー型認知症」と言うタイプの認知症は、廃用症候群に属する単なる「生活習慣病」に過ぎないのです。脳の使い方としての「生活習慣」の改善と工夫を実践することにより発病自体を予防することが出来るし、早期の段階で見つけて(私たちの区分で言う小ボケ及び中ボケの段階で見つけて)、脳の使い方としての生活習慣の改善(脳のリハビリ)を実践することにより治すことも出来るタイプの認知症なのです。末期の段階、私たちの区分で言う「重度認知症」(大ボケ)の段階で見つけているから治せないだけなのです。

 人は誰でも例外なく、意欲、注意の集中力及び注意の分配力の機能(私たちが「前頭葉」の三本柱の機能と名付けているもの)が、加齢とともに、衰えてくるものなのです。40を超える機能が確認される「前頭葉」の「個別認知機能」の認知度及び機能の発揮度を下支えし、支配している、「前頭葉」の「三本柱の機能」には、脳の使い方としての「生活習慣」の如何に拘わらず、20歳代の前半を折り返し点としてそれ以降は、加齢と共に緩やかではあるが機能が衰えていくという性質、私たちが「正常老化」の性質と名付けている性質が生来的な性質として内在しているのです。

脳全体の司令塔の役割を担っていて、私たちが意識的に何かをしようとする際になくてはならない働きをしている「前頭葉」を含む脳全体の機能が、生き甲斐なく、趣味なく、交遊なく、運動もせず、目標となるものもない「単調な生活」の継続、ナイナイ尽くしの単調な「生活習慣」の下で、使われる機会が極端に減ったことに起因した加速度的で異常な廃用性の機能低下の進行により【情報を伝達する神経細胞が、器質的な病態を発現してくること又は廃用性の萎縮を起こすことにより、「記憶機能」が低下することが発病の原因なのではなくて、1つの要因としては「正常老化の性質」に起因する加齢による機能の老化が、もう1つの要因としては使われる機会が極端に少ない生活習慣の下で(神経細胞の再生が弱まってしまい)、意欲、注意の集中力及び注意の分配力の機能からなる「前頭葉」の三本柱の機能を中心として、各種の認知機能自体が廃用性の機能低下を起こしてくることの2つの要因が同時に充足される相乗効果により「前頭葉」を含む脳全体の加速度的で異常な機能の衰えが進むことが発病及び重症化の原因であると私たちは考えているのです】、60歳を超える年齢の「高齢者」のみを対象として発病する老年性の「アルツハイマー型認知症」は、症状が何年もかけて、徐々に段階的に緩やかに進んでいくのが特徴なのです。その最初の段階が、私たちの区分で言う「軽度認知症」(小ボケ)の段階なのです。

60歳を超えた年齢の「高齢者」が(私たちが規定する発病の「第一の要件」)、何かを「キッカケ」として(ここを「クリック」してください)、生き甲斐なく、趣味なく、交遊なく、運動もせず、目標となるものもない、言い換えると、ナイナイ尽くしの「単調な生活」を日々継続させていると(私たちが規定する発病の「第二の要件」)、「第一の要件」と「第二の要件」とが同時に充足される相乗効果により、「前頭葉」を含む脳全体の機能が、廃用性の加速度的で異常な機能低下を進行させていくことになり、その行きつく先に、「アルツハイマー型認知症」の発病が待っているということ、このことが原因不明と言われている「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムなのです。一部の学者が主張し拘泥しているアミロイドベータの蓄積も、タウ蛋白の蓄積も、「アルツハイマー型認知症」の発病とも、症状の進行(重症化)とも無関係(主張する原因と発病との間の因果関係が存在しない)の関係なのです。「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムが、脳の使い方としての「生活習慣」、ナイナイ尽くしの単調な「生活習慣」に在ることからして、発病自体を予防したり、治したり、或いは症状の進行を遅らせる効能を有する「アルツハイマー型認知症」の治療薬の開発は、絶対に有り得ない、不可能なことだということをここに明確に指摘しておきたいのです。

  注)本著作物(Bー73に記載され表現された内容)に係る著作権は、 (有)エイジングライフ研究所に帰属しています。   

   エイジングライフ研究所のHP左の部分を「クリック」してください)

   脳機能から見た認知症(具体例をベースとしたもう一つのブログです)


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