歴声庵

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7月24日(水)のつぶやき

2013年07月25日 01時00分07秒 | twitterまとめ

日記また云ふ。四月二十五日、近藤勇並びに附属の新撰組一人、斬罪に処す。
『近藤勇・流山前後56』 amba.to/18BYP0N

大塚さんがリツイート | 3 RT

ついにクライマックス、近藤勇の処刑です。ところで一緒に斬られた者が居たとの記述があったとは知りませんでした>RT


遅ればせながら『図説 幕末・維新の銃砲大全』を読了。全般的に良書だと思っていたら、巻末のコラムに「白虎隊はマンソー銃を装備していた」との珍説が。これって会津観光史学の中村彰彦が主張している愚説じゃないか!。(汗)。


この中村の愚説は、「白虎隊が騎兵銃を装備していた」との記述から、騎兵銃=マンソー銃と解釈した物です。しかし騎兵銃と言うのは、長銃身(三ツバンド)に対して短銃身(二ツバンド)の銃を称した物で、別にマンソーじゃなくても、ゲベールもヤーゲルもミニエーも短銃身だったら皆騎兵銃です。


だからゲベールやヤーゲルを標準装備していた会津藩が、マンソー銃を白虎隊に持たせたと言うよりも、短銃身のゲベールやヤーゲルを持っていたと考える方が自然でしょう。また短銃身の方が、西洋人より小柄な当時の日本人には扱い易かったので、もっと小柄な少年兵は当然短銃身が合っていた事でしょう。


ちなみに白虎隊マンソー説には賛同者が居なく、会津観光史学全開の『八重の桜』でさえも、白虎隊にゲベールないしヤーゲルを持たせていたのに、堂々と中村の愚説を採用していた事にビックリしました。中村が編集部にゴリ押ししたのか、編集部に中村の信者が居たのかどっちなんだろう...。


何にしろ、この一件で雑誌『歴史REAL』編集部は、会津観光史学に汚染されていると言うのが判明したので、これから記事を読む時は注意しよう。尚、この中村の愚説を最初に指摘したのは、私ではなく友人のサークル幕末ヤ激団の慧眼であった事を明記させて頂きます。


今週末は史跡訪問のために、友人と鎌倉に行くのですが、スキを見て『すぴぱら』の聖地巡礼(舞台が鎌倉)したいなと野望を抱いてる今日この頃(^^;)。


そう言えば、電気外祭りで販売されるminoriのグッズを見てみたら、今回のドラマCDは『ペルセウス』だけで、『すぴぱら』は無いのね(涙)。何気にドラマCDで結末が聴けると期待していたのですが...。


@tsukidokei はじめまして。本当に今回は人が多かったですよね。私も氷上さん目当てなのかなと思いましたが、終演後の列を見るとSto lat目当てだったのでしょうか?。



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