歴声庵

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6月11日(土)のつぶやき

2011年06月12日 02時12分52秒 | twitterまとめ
08:51 from goo
北総史学舎「寺子屋歴史講座」 #goo_kidouhan http://goo.gl/e1DKq
09:00 from web
戊辰時の米沢藩における藩主藩士の、和平派主戦派のグループ分けをしてみます。まずは和平派(戦争回避派):藩主斉憲・色部久長・若林秀秋・小林五兵衛・宮島誠一郎。
09:03 from web
続いて主戦派(消極的開戦派含む):甘粕継成・斉藤篤信・大井田修平・中条明資・木滑要人・大滝新蔵・雲井龍雄。
09:08 from web
主戦派なのか和平派なのか判らない人物:千坂高雅・竹俣久綱・毛利業広・中里丹下・片山仁一郎。米沢全軍の総督(総司令官)の千坂が、主戦派なのか和平派なのかがハッキリしないのが、米沢藩のスタンスが判り難い原因の気がする。まあ後年の本人によると、「自称)和平派ですが(^^;)
20:03 from web
黒田基樹著『戦国関東の覇権戦争』読み終えました。後北条氏を主軸とした関東戦国史が描かれており、前半は扇谷・山内の両上杉氏との抗争が、後半は謙信公との抗争が、国人領主の動向を交えて描かれています。
20:07 from web
御館の乱後、上杉家が関東に侵攻出来なくなってからは、佐竹義重が北関東の国人領主を纏めて、後北条氏と敵対する旨が描かれています。しかし本書のサブタイが「北条VS関東管領上杉氏55年の戦い」の為、義重との抗争については殆ど触れられなかったのは残念かな。
20:09 from web
そう言う意味では後北条氏と義重、そして織田家(滝川一益)、秀吉との抗争を描いた、中公新書の斎藤慎一郎著『戦国時代の終焉~北条の夢と秀吉の天下統一~』と併せて読むと良いかもと思いました。
20:16 from web
また本書で御館の乱について「景勝は(中略)春日山城の本城に入って家督を継いだ。しかしその後、家中内で抗争が生じてしまい、やがて五月十三日になって、反対派に擁立された景虎が城から退去し、府中御館に篭った」と書かれています。一時期定説だった景勝公クーデター説は否定されつつあるのかな。
20:20 from web
全体的には興味深く面白かったのですが、著書が後北条氏に思い入れが強いのか、国人領主を自害させた事を「生害」と判り難い言葉を使っていたのが気になったりして。ちなみに私は在地勢力の呼称について、「国衆」よりも、「国人領主」ないし「地方領主」の呼称の方がしっくりくるかな?
23:21 from web (Re: @itaru_ohyama
やはり戦国関東史をやろうとすると、伊達・芦名・最上辺りも見ないと、実情は見えませんかね? 流石に南部や大崎までは大丈夫かな。 個人的には本庄繁長絡みで庄内が色々面白いのですが。 @itaru_ohyama そこへ伊達政宗もからんでくるですよ。
23:35 from web
伊達政宗ばかりが取り上げられますが、北関東・南陸奥の諸勢力連合を確立させた佐竹義重はもっと評価されるべきだと思うのですけれどもね。芦名家を実質傀儡化時点で、その勢力は伊達に匹敵したと思いますが @itaru_ohyama  佐竹が豊臣枢軸に加わったから、影響は広範囲に及びます
by tukaohtsu on Twitter

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