歴声庵

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猪飼隆明著 「西郷隆盛~西南戦争への道~」

2007年08月16日 20時45分18秒 | 読書
 現在も評価が難しい西郷隆盛について、色々な史料や先行研究を元に、独自の視点で説明してくれています。しかし、その独創的な見解は興味深く読ませてくれる半面、主観が強すぎて強引な見解が目立ちました。
 例えば上野戦争以降、新政府軍の指揮権が西郷から大村益次郎に委譲された件に対し、「西郷にとっては全軍の指揮官となるほうが不本意だったのであり、(大村と)指揮権を争う気は毫もなかったろう」という見解は、その様に西郷が直接述べた史料が無い以上強引過ぎる見解だと思います。
 また表題の西南戦争や明治六年の政変での西郷の真意について、「西郷は天皇親政を目指していた」との見解を示すのも、こちらもまた強引な見解と感じました。征韓論での西郷の真意については、井上清氏が「士族独裁国家を目指した」、毛利敏彦氏が「征韓論争は長州閣と江藤新平の対立であり、大久保と西郷はこれに巻き込まれたに過ぎない」と、それぞれ見解を示しています。これに対し筆者は両者の説を批判した上で、「自分が謀殺される事で国内のナショナリズムが高揚し、これが天皇親政につながる」と西郷は考えたと述べています。しかし具体的にこの説を裏付ける史料を提示していない以上、筆者の説には首を傾げざるを得ませんでした。正直筆者が批判する井上氏と毛利氏の説の方が余程説得力があると思います。
 とにかく全編的に「西郷は天皇の権威を利用しようとした有司専制の官僚と戦った」という筆者の主観が伝わってくる内容で、岩波の本とは思えない保守思想の強い内容だと感じました。

 しかし一方で、西郷を取り上げる以上は「大久保について語らなくてはいけない」と言う事で、大久保の有司専制体制について、実に本書の半分近くも割いて述べてくれるのですが、こちらは筆者の主観が入っていない分、多くの史料を駆使した説明は判りやすい内容でしたので、非常に勉強になりました。